法務省は、毎年度、法務本省に加えて、地方検察庁、地方法務局、刑務所等の各官署において、庁舎等の改修やシステム整備等を実施するために歳出予算を執行している。これら各官署のうち、刑務所、少年刑務所、拘置所(以下、これらを「刑事施設」という。)等は、毎年度、被収容者等に必要な処遇等を行う施設(以下「処遇施設」という。)の改修工事等を実施するなどしている。
このうち、比較的小規模な改修工事等の実施に当たっては、支出負担行為担当官である刑事施設等の長が契約を締結しており、新営工事、比較的大規模な改修工事等の実施に当たっては、支出負担行為担当官である大臣官房施設課長が契約を締結している。
そして、法務省は、全国にある多数の処遇施設等が老朽化して毎年度多数の改修工事等を実施する必要が生じていて、これらを当初予算に加えて補正予算により実施しており、工期の見直しなどの理由から、毎年度多額の施設整備費等を翌年度に繰り越して執行している。
国の会計制度においては、予算統制を図るために、財政法(昭和22年法律第34号)第12条の規定により、各会計年度における経費はその年度の歳入をもって支弁しなければならないこと、同法第42条の規定により、毎会計年度の歳出予算の経費の金額は、翌年度において使用することができないことがそれぞれ定められており、これらの規定は会計年度独立の原則を定めたものである。
しかし、会計年度独立の原則どおりに処理することにより、不経済又は非効率となって実情に沿わないことになる場合もあることから、歳出予算については、財政法等において、一定の条件の下に、会計年度内に使用し終わらなかった歳出予算の経費の金額を翌年度に繰り越して使用(以下、繰り越した金額を「繰越額」という。)することができるとする繰越制度が定められている。
このうち財政法第14条の3の規定に基づく明許繰越しは、歳出予算の経費のうち、その性質上又は予算成立後の事由に基づき年度内にその支出を終わらない見込みのあるものについて、あらかじめ繰越明許費として国会の議決を経て翌年度に繰り越すものである。この明許繰越しについては、財政法第43条第1項の規定等によれば、各省各庁の長は、繰越計算書を作製し、事項ごとに、その事由及び金額を明らかにして、財務大臣の承認を経なければならないとされており、支出負担行為担当官等である申請者は、「繰越計算書」、「箇所別調書及び理由書」等の申請書類を財務局長等に提出し、その審査を受けて、承認を得ることとされている。
そして、本院は、歳出予算における繰越しについて、平成24年10月26日に財務大臣に対して会計検査院法第36条の規定により意見を表示し(以下「24年意見表示」という。)ている。24年意見表示では、繰り越された歳出予算(以下「繰越予算」という。)の執行状況について、繰越しの承認を受けた事項の内容と異なる内容の事業に繰越予算を充てている事態が見受けられ、このような事態は繰越制度の趣旨に沿っていないと認められると記述した上で、その事例として、法務省大臣官房施設課が実施した刑事施設の新営工事に係る事態を記述している。
財務省は、24年意見表示を受けて、25年10月に財務省主計局司計課長から各府省会計課長等宛てに「歳出予算の繰越しに係る事後検証について」(事務連絡第2292号。以下「25年事務連絡」という。)を発出して、繰越予算の執行に係る事業目的の範囲の考え方等を周知している。そして、25年事務連絡によれば、一定の条件を満たす公共事業を除き、「繰越承認時において箇所別調書及び理由書に記載のある事務・事業、箇所等以外に経費を充当することは、繰り越した予算の内容に沿ったものとは判断しないこととする」とされている。
法務省は、25年事務連絡を受けて、同年11月に、大臣官房会計課から各部局及び各官署の長に対して通知を発出しており、この中で、上記の繰越予算の執行に係る事業目的の範囲の考え方等を周知している。また、矯正局及び全国8か所に設置されている矯正管区は、刑事施設等の適正な管理運営を図るために指導監督等を行っている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
法務省は、全国に多数ある老朽化した処遇施設等の改修工事等について、毎年度多額の施設整備費等を翌年度に繰り越して執行していることから、本院は、合規性等の観点から、法務省における刑事施設に係る繰越予算が25年事務連絡に従い繰越制度の趣旨に沿って適切に執行されているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、29年度から令和2年度までに、22刑事施設(注1)が繰越手続を行った明許繰越しのうち計339事項、繰越額計143億9816万余円を対象に、繰越計算書、箇所別調書及び理由書、繰越予算の執行状況に係る資料等の内容を確認するなどして、法務本省及び22刑事施設において会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、21刑事施設(注2)は、繰越手続を行った明許繰越し99事項について、前記公共事業の例外に当たるものではないのに、①繰越承認時の箇所別調書及び理由書に記載されていない刑事施設又は拘置支所の処遇施設に係る改修工事等、②記載されている処遇施設内ではあるが、記載されている建物とは異なる建物等に係る改修工事等、③記載されている建物に係る工事ではあるが、記載されている工種とは異なる工種の工事等を繰越予算を充てて実施していた。
そして、矯正局及び21刑事施設は、箇所別調書及び理由書に記載されていない箇所等に繰越予算を充てて改修工事等(以下「無記載工事等」という。)を実施している理由について、無記載工事等は全て繰越承認時に予定していたものであるなどとしていた。
しかし、25年事務連絡によると、繰越予算の執行に係る事務・事業の範囲は、繰越承認時において箇所別調書及び理由書に記載のある事務・事業、箇所等の範囲となることになっており、当局において予定していたものであったとしても、記載して承認を受けていないものは範囲外となる。
したがって、21刑事施設が実施していたこれらの無記載工事等に係る99事項、執行額6億9854万余円は、繰越しの承認を受けた事項の内容と異なる内容の事務・事業に繰越予算を充てていたものであり、繰越制度の趣旨に沿っていないと認められた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
名古屋刑務所は、名古屋刑務所第3工場の屋根改修工事を目的として平成29年度の一般会計歳出予算から事項名「平成29年度名古屋刑務所工場屋根等改修工事(第3期)」(繰越額4644万円)を30年度に繰り越していた。そして、当該繰越予算により、同年度に名古屋刑務所第3工場の屋根改修工事を実施(支出済額3758万余円)していた。
しかし、上記の支出済額3758万余円と繰越額4644万円の差額885万余円の執行状況等を確認したところ、同刑務所は、岡崎拘置支所において炊場等の屋根改修工事を実施(支出済額615万余円)するなどしており、箇所別調書及び理由書に記載されていない拘置支所の処遇施設に係る改修工事を繰越予算を充てて実施していた。
このように、財務省から25年事務連絡が発出され、これを受けて法務省大臣官房会計課から各部局及び各官署の長に対して通知を発出していたにもかかわらず、刑事施設が実施した処遇施設の改修工事等について、繰越しの承認を受けた事項の内容と異なる内容の事務・事業に繰越予算を充てていた事態は、繰越制度の趣旨に沿ったものとなっていないことから適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、矯正局、矯正管区及び刑事施設の繰越事務に携わる職員において、繰越制度の趣旨、25年事務連絡についての理解が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、法務省は、刑事施設において繰越予算により実施する改修工事等について、繰越予算が繰越制度の趣旨に沿って適切に執行されるよう、次のような処置を講じた。
ア 4年8月に、改めて、各部局及び各官署の長に対して、繰越しの承認を受けた事項の内容と異なる内容の事務・事業に繰越予算を充てることのないよう通知を発するとともに、矯正局に対して、箇所別調書及び理由書に記載されていない処遇施設、建物、工種の工事等を繰越予算を充てて実施することのないよう指導等を行った。
イ 同年9月に矯正局において、繰越予算の執行に係る具体的な留意事項等を記載した手引書を作成した上で、これを用いるなどして、矯正局、矯正管区及び刑事施設の繰越事務に携わる職員に対して研修を行い、今後も、新たに繰越事務に携わる職員に対して研修を行うこととするとともに、刑事施設に対して、会議等の各種機会を通じて繰越予算に関して適切な指導を実施することとするなどした。