水産庁は、離島の漁業の再生を図ることを目的として、「水産関係地方公共団体交付金等実施要領」(平成22年21水港第2631号農林水産事務次官依命通知)等(以下「実施要領等」という。)に基づき、離島振興法(昭和28年法律第72号)の指定地域等のうち、一定以上の不利性を有する離島を対象として、漁業の再生に共同で取り組む漁業集落を支援するために、離島漁業再生事業交付金(以下「離島交付金」という。)を都道県に交付している。そして、離島交付金は、市町村が離島漁業再生事業を実施する漁業集落(以下「事業主体」という。)に交付金を交付するのに要する経費に充てるために、都道県が市町村に交付するのに要する経費に充てられる。
そして、実施要領等によれば、離島交付金の交付対象となる漁業集落は、漁業就業者(事業主体において共同で取組等を行う者の間で締結される協定(以下「集落協定」という。)の構成員であって年間30日以上漁業活動を行っている漁業者。以下同じ。)1人当たりの平均漁業所得(漁業収入から漁業支出を差し引いたもの(以下「漁業所得」という。)の1人当たりの平均をいう。以下同じ。)が、所在する都道府県の都道府県庁所在地の勤労者1人当たりの平均所得を上回る場合に該当するものでないこと(以下「所得要件」という。)などの交付要件を満たす集落とされている。
実施要領等によれば、市町村長は、漁業の振興方向に関する目標等を記載した市町村離島漁業集落活動促進計画(以下「促進計画」という。)を、原則として計画期間(第3期は平成27年度から令和元年度まで、第4期は2年度から6年度まで)ごとに策定し、都道府県知事の認定を受けることとされている。
また、事業主体は、所在する市町村の促進計画の内容に即して、原則として上記の計画期間ごとに集落協定を策定し、市町村長の認定を受けることとされており、集落協定には、集落協定の趣旨、集落協定の対象となる漁業世帯(以下「協定対象世帯」という。)の数、事業主体の目標、取組に関する事項等を記載することとされている。そして、事業主体の目標については、促進計画で定められた目標の中から選択して設定することとされており、第4期からは、漁業所得及び漁業就業者数を含む定量的な目標を複数設定することとされている。また、選択した目標に係る計画期間開始前年度又は前々年度(以下「基準年度」という。)の数値(以下「現状値」といい、計画期間中の各年度の数値を「実績値」という。)及び計画期間最終年度(以下「目標年度」という。)の目標とする数値(以下「目標値」という。)を記載することになっている。そして、事業主体が市町村長に集落協定の認定を申請する際は、各協定対象世帯から提出を受けた漁業所得等を記載した漁業所得調書等を取りまとめて集落協定に添付して提出することとされている。
実施要領等によれば、市町村長は、毎年度、所得要件等の該当性、集落協定に定められている事項の実施状況、漁業所得、目標の達成状況等について確認することとされている。そして、所得要件等を満たすことができなくなった事業主体については、次年度以降、離島交付金の交付対象とならないとされている。
また、各期の目標年度に目標が達成できていない場合や、目標年度前であっても上記確認の結果必要な場合には、市町村長は、事業主体に対して目標を達成させるための指導や集落協定に定められている事項を見直すなどの指導等(以下、これらを合わせて「目標達成に向けた指導等」という。)を行うこととされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、所得要件の該当性及び目標の達成状況の確認は適切に行われているか、目標達成に向けた指導等は適切に行われているかなどに着眼して、13都道県(注1)内の66市町村に所在する196事業主体が、平成27年度から令和2年度までの間に実施した離島漁業再生事業(事業費計90億7136万余円、離島交付金計44億7297万余円)を対象として検査を実施した。
検査に当たっては、水産庁、13都道県及び47市町村において、実績報告書、集落協定、漁業所得調書、各漁業就業者の収入及び支出の内訳等に関する資料(以下「根拠資料」という。)等を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、13都道県、上記の47市町村を含む66市町村及び196事業主体から資料の提出を受けてその内容を分析するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
第3期の基準年度及び目標年度並びに第4期の基準年度の平均漁業所得を確認したところ、検査の対象とした66市町村の196事業主体全て(事業費計90億0178万余円、離島交付金計44億3818万余円)について、次のアからエまでの事態が見受けられ、事業主体による平均漁業所得の算出及び市町村によるその内容の確認が適切に行われていなかったため、市町村において所得要件の該当性及び目標の達成状況の確認が適切に行われていなかった。
そして、上記の事態が平均漁業所得の算出に及ぼす影響について確認するために、前記196事業主体の中から抽出(注2)した49事業主体について、保存されていた根拠資料等により、収入又は支出が漁業収入又は漁業支出に該当するか確認するなどして第3期の目標年度である元年度の平均漁業所得を試算した。なお、平均漁業所得の算出の対象とされていた者が漁業就業者に該当するかどうか確認できない事業主体については、当該者が全て漁業就業者に該当すると仮定するなどして試算した。
その結果、事業主体から市町村に報告されていた金額(以下「報告額」という。)と上記で試算した金額(以下「試算額」という。)との開差が1割以上となったり、報告額では黒字とされていたものが試算額では赤字となったりしたものが計41事業主体(上記の49事業主体に対する割合84%)見受けられた。なお、このうち1事業主体については、報告額289万円に対して試算額は403万余円となり、当該事業主体が所在する北海道の道庁所在地(札幌市)の勤労者1人当たりの平均所得(376万余円)を上回る結果となった。
また、前記49事業主体のうち36事業主体は第3期において平均漁業所得を目標として設定しており、このうち18事業主体は当該目標を達成したとされていた。そして、上記18事業主体のうち第3期の基準年度の根拠資料等が保存されていた7事業主体について、現状値及び目標値についても前記と同様の仮定の下で試算したところ、5事業主体は、目標値に対する目標年度の実績値の割合(以下「達成率」という。)が低くなり、このうち2事業主体は、目標年度の実績値が目標値を下回る試算結果となった。
上記の2事業主体に係る事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
東京都小笠原村に所在する父島漁業集落は、平成27年度から令和2年度までの間に、離島漁業再生事業を事業費3313万余円、離島交付金1656万余円で実施していた。
同集落は、第3期の集落協定において、平均漁業所得に関する目標の現状値を224万余円、目標値をその2.4%増となる230万円としていた。そして、目標年度の実績値が266万余円となり、目標を達成した(達成率116%)としていた。しかし、平均漁業所得の算出に当たり、漁業収入又は漁業支出にこれらに該当しない観光業に係る収入又は支出を含めていたり、漁業就業者に該当する者を算出の対象に含めていなかったりなどしていて、その算出が適切に行われていなかった。また、同村においても、収入、支出又は所得について合計額のみを確認して、その内訳を確認せずに当該合計額をそのまま漁業収入、漁業支出又は漁業所得とするなどしていて、平均漁業所得の確認が適切に行われていなかった。
そして、保存されていた根拠資料等により、第3期の現状値、目標値及び目標年度の実績値について試算すると、現状値は313万余円、目標値は321万余円、目標年度の実績値は219万余円となり、目標年度の実績値が目標値を下回る試算結果(達成率68%)となった。
第3期の目標年度に平均漁業所得、漁業就業者数等に関する目標を達成できなかったと報告していた128事業主体に対する42市町村の目標達成に向けた指導等の実施状況についてみたところ、次のとおりとなっていた。
前記のとおり、目標年度に目標が達成できていない場合には、市町村長は、事業主体に対して目標達成に向けた指導等を行うこととされている。
しかし、上記42市町村の128事業主体のうち27市町村の104事業主体は、目標年度に目標を達成できなかったと報告していたにもかかわらず、当該27市町村は、目標達成に向けた指導等を全く行っていなかった(目標年度に係る事業費計7億9869万余円、離島交付金計3億9575万余円)。
前記のとおり、目標年度前であっても目標の達成状況等の確認の結果必要な場合には、市町村長は、事業主体に対して目標達成に向けた指導等を行うこととされている。これは、目標年度に目標を達成させるために、指導等の時機を失しないよう、目標年度前であっても必要に応じて目標達成に向けた指導等を行うこととされているものである。
しかし、アの27市町村の104事業主体のうち26市町村の92事業主体は、目標年度前(平成27年度から30年度までの間の延べ318年度)においても実績値が目標値を下回っていたことを報告していたにもかかわらず、当該26市町村は、目標達成に向けた指導等について、その必要性の検討を行わないまま、全く行っていなかった(目標年度前に実績値が目標値を下回っていた年度に係る事業費計22億9343万余円、離島交付金計11億3613万余円)。
このように、離島漁業再生事業の実施に当たり、事業主体による平均漁業所得の算出及び市町村によるその内容の確認が適切に行われていなかったため、市町村において所得要件の該当性及び目標の達成状況の確認が適切に行われていなかった事態並びに市町村による目標達成に向けた指導等が行われていなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、事業主体において、平均漁業所得の算出方法に対する理解が十分でなかったこと、市町村において、所得要件の該当性及び目標の達成状況の確認並びに目標達成に向けた指導等を適切に行うことの重要性に対する認識が欠けていたことなどにもよるが、水産庁において、次のことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、水産庁は、所得要件の該当性及び目標の達成状況の確認が適切に行われるよう、また、目標達成に向けた指導等が適切に行われるよう、令和4年7月に、都道県に対して文書を発するなどして、次のような処置を講じた。
ア 事業主体及び市町村に対して、都道県を通じるなどして、平均漁業所得の算出方法を周知徹底するとともに、事業主体において、第4期の基準年度及び2、3両年度の平均漁業所得が適切に算出されているか確認し、適切に算出されていない場合には修正して、その結果を市町村に報告するよう指導し、市町村において、その内容を確認の上、所得要件等の交付要件に該当しない場合には速やかに水産庁に報告するよう指導した。そして、上記の報告があった場合には、水産庁においてその内容を十分確認の上、必要に応じて所要の措置を講ずることとした。
イ 事業主体に対して、都道県を通じるなどして、平均漁業所得の算出に当たっては、根拠資料に基づいて収入又は支出が漁業収入又は漁業支出に該当するかなどについて確認し、適切に漁業所得を算出するよう、また、集落協定の構成員の漁業活動の日数等について確認し、漁業就業者に該当しない者を算出の対象に含めないようにするなどするよう指導した。
ウ 市町村に対して、都道県を通じて、根拠資料に基づいて事業主体による平均漁業所得の算出が適切に行われているか確認し、所得要件の該当性及び目標の達成状況の確認を適切に行うよう指導した。また、事業主体が目標年度に目標を達成していない場合や目標年度前に実績値が目標値を下回っている場合には、その原因、取組内容等の把握及び分析を行って、目標年度の状況又は必要な場合には目標年度前の各年度の状況に応じて目標達成に向けた指導等を適切に行うよう指導した。