国土交通省は、河川法(昭和39年法律第167号)等に基づき、ダム、水門、排水機場等の河川管理施設の整備等を行うとともに、都道府県等が実施する河川管理施設の整備等に要する経費に対して、社会資本整備総合交付金交付要綱(平成22年国官会第2317号)等に基づき、防災・安全交付金(以下「交付金」という。)等を交付している。
河川管理施設は、①流水の調節、止水等を行うためのゲート等、②ゲート等を支持する土木構造物(以下、①と②を合わせて「河川構造物」という。)、③ゲート等を稼働させるための受変電設備、監視制御設備、機側操作盤等の電気・制御設備、④電気・制御設備を設置等するための上屋等の建物等から構成されている(河川管理施設の構成は図参照)。
図 河川管理施設の構成
そして、同省の河川国道事務所等又は都道府県等(以下、これらを合わせて「事業主体」という。)は、洪水、高潮等による災害の発生を防止して河川管理施設の周辺に居住する住民等の生命、財産等を守るため、建物内等に設置された電気・制御設備により河川管理施設を操作している。
国土交通省は、「河川構造物の耐震性能照査指針(案)」(平成19年国河治第190号。以下「耐震指針」という。)等により、大規模地震(プレート境界で発生する大規模な地震又はマグニチュード7級の内陸直下型地震)に対して河川構造物が確保すべき耐震性能は、治水上又は利水上重要な水門・樋門、堰(せき)、常用の揚排水機場等については、地震後においても機能を維持する性能等としている。そして、同省は、「河川構造物の耐震性能照査における優先度の考え方について」(平成25年2月水管理・国土保全局治水課課長補佐事務連絡)等により、被災した場合に二次被害を発生させるおそれのある河川管理施設における河川構造物について優先的に耐震性能照査(注1)を行うとしており、その実施に当たっては、優先度を設定するなどした上で、適切に行うこととしている。
河川管理施設における建物には、河川構造物上に河川構造物と一体的に建設されているもの(参考図参照)と、地盤上に建設されているものとがあるが、いずれも、建築基準法(昭和25年法律第201号)、建築基準法施行令(昭和25年政令第338号)等に示された耐震設計のための基準(以下「耐震基準」という。)に基づき耐震設計が行われている。
現行の耐震基準(以下「新耐震基準」という。)は、昭和53年に発生した宮城県沖地震を契機として、建築物の耐震性能を向上させるため55年に建築基準法施行令が改正されて定められたものであり、56年6月1日に施行されている。この改正前の耐震基準(以下「旧耐震基準」という。)は、数十年に一度程度発生する中規模地震(震度5強程度)に対してほとんど損傷しないことを確認するものであったのに対して、新耐震基準は、この確認に加えて、数百年に一度程度発生する大規模地震(震度6強から7に達する程度)に対して人命に危害を及ぼすような倒壊等の損傷が生じないことを確認するものとなった。
このため、旧耐震基準に基づき設計された建物(以下「旧耐震基準の建物」という。)については、建設時において、大規模地震が発生した際に倒壊等の損傷が生じないことの確認は行われていないことになる(以下、旧耐震基準の建物について大規模地震が発生した際に倒壊等の損傷が生じないか確認することを「耐震診断」という。)。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
上記のとおり、旧耐震基準の建物については、建設時に大規模地震で倒壊等の損傷が生じないかの確認が行われていないことから、大規模地震発生後に河川管理施設を操作するためには、河川管理施設を操作するための電気・制御設備が設置されている建物の耐震診断を行っておくことが重要である。
そして、河川構造物と一体的に建設されている建物については、その耐震診断を河川構造物の耐震性能照査と同時に行うことにより、一度に河川管理施設全体での耐震性能を把握することができ、効率的に確認を行うことができる。
また、河川構造物の耐震性能照査の結果、河川構造物の耐震性能が確保されている場合であっても、河川管理施設全体での耐震性能を確保するためには、河川構造物と一体的に建設されている建物の耐震性能を確保することが重要であるが、前記の耐震指針等では、河川管理施設における建物の耐震診断については言及されていない。
そこで、本院は、効率性等の観点から、河川構造物と一体的に建設された建物について、建物の耐震診断が河川構造物の耐震性能照査と同時に行われているか、河川管理施設全体での耐震性能が確保されているかなどに着眼して検査した。検査に当たっては、5地方整備局(注2)管内の8河川国道事務所等(注3)及び16道府県等(注4)が管理する河川管理施設のうち、事業主体が重要な施設であると判断して河川構造物の耐震性能照査を行った4地方整備局(注5)管内の4河川国道事務所等(注6)が管理する河川管理施設18施設及び3府県等(注7)が管理する河川管理施設4施設、計22施設における建物(注8)計22棟(4河川国道事務所等が令和2年度末時点において18棟の建物内に設置している電気・制御設備39設備(取得価格計4億6193万余円)、3府県等が平成30年度から令和2年度までの間に更新等の工事を行い4棟の建物内に設置している電気・制御設備6設備(直接工事費計4億3589万余円、交付金相当額計1億6209万余円))を対象とし、河川構造物及び建物の耐震性能について、4河川国道事務所等及び2府市(注9)において、耐震性能照査及び耐震診断の結果報告書等の関係資料を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、1県(注10)から、調書及び関係資料の提出を受けるなどして検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、前記の河川管理施設計22施設における建物計22棟のうち、15施設における15棟は旧耐震基準の建物であった。
そして、当該15施設における15棟について確認したところ、3河川国道事務所等(注11)の7施設における7棟(3河川国道事務所等が建物内に設置している電気・制御設備10設備(取得価格計990万余円))については、河川構造物の耐震性能照査が行われた際、同時に耐震診断が行われていなかった。この7棟については、その後も耐震診断が行われていないことから、当該7施設については、河川管理施設全体での耐震性能が確保されているか不明となっていた。さらに、上記7施設のうち3河川国道事務所等の5施設における5棟については、河川構造物の耐震性能照査の結果、耐震補強工事を行う必要があることが既に判明しているのに、建物の耐震診断が行われていないことから、建物の耐震補強工事を河川構造物の耐震補強工事と同時に行うことができない状況となっていた。
また、上記の15施設における15棟のうち、8施設における8棟については、河川構造物の耐震性能照査と建物の耐震診断が行われていた。そして、このうち1河川事務所(注12)及び1県(注13)の2施設における河川構造物については、耐震性能照査の結果、大規模地震に対する耐震性能が確保されていた。一方、当該2施設における建物2棟(1河川事務所が建物内に設置している電気・制御設備2設備(取得価格計1億3170万余円)、1県が平成30年度及び令和元年度に更新等の工事を行い建物内に設置している電気・制御設備3設備(直接工事費計5120万円、交付金相当額計2445万余円))については、耐震診断の結果により、大規模地震で倒壊等する可能性があることが判明していたが、河川管理施設全体での耐震性能を確保するための対策の検討は行われていなかった。
このように、河川構造物の耐震性能照査が行われた際、河川構造物と一体的に建設されている建物について同時に耐震診断が行われていなかった結果、河川管理施設全体での耐震性能が確保されているか不明となるなどしていたり、河川構造物について既に耐震性能が確保されている一方、河川管理施設全体での耐震性能を確保するための対策の検討が行われていなかったりしていた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、国土交通省において、事業主体に対して、河川構造物と一体的に建設された建物については、建物の耐震診断を河川構造物の耐震性能照査と同時に行うことが重要であること、及び河川構造物のみならずそれと一体的に建設されている建物を含む河川管理施設全体での耐震性能を確保するための対策を検討する必要があることを明示して周知していなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、国土交通省は、4年8月に、事業主体に対して事務連絡を発して、河川構造物と一体的に建設された建物については、建物の耐震診断を河川構造物の耐震性能照査と同時に行うこと、既に河川構造物の耐震性能照査を行った一方で建物の耐震診断を行っていない場合は建物の耐震診断を行うこと、及び河川構造物のみならずそれと一体的に建設されている建物を含む河川管理施設全体での耐震性能を確保するための対策を検討する必要があることを明示して周知する処置を講じた。
(参考図)
河川構造物と一体的に建設されている建物の概念図(水門の例)