【是正改善の処置を求めたものの全文】
子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)における生化学検査等の業務に係る契約について
(令和4年10月20日付け 国立研究開発法人国立環境研究所理事長宛て)
標記について、会計検査院法第34条の規定により、下記のとおり是正改善の処置を求める。
記
貴研究所は、化学物質のばく露や生活環境が、胎児期から小児期にわたる子どもの健康にどのような影響を与えているかを明らかにして、化学物質等の適切なリスク管理体制の構築につなげることを目的として、子どもの健康と環境に関する全国調査(以下「エコチル調査」という。)を実施している。
環境省が平成22年3月に取りまとめた「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)基本計画」等によれば、エコチル調査は、全国10万人の子供及びその両親について、子供が13歳に達するまで追跡調査を実施し、また、全ての子供が13歳に達した後の5年間でデータ解析を行うこととされており、令和14年度まで実施することとされている。そして、エコチル調査においては、全体調査、詳細調査、パイロット調査等を行うこととされている(表1参照)。
表1 エコチル調査の主な調査内容
調査の種類 | 調査内容 |
---|---|
全体調査 | 調査対象者の全員を対象として、生活環境や健康状態について全国統一の内容で実施 |
詳細調査 | 調査対象者の中から無作為に抽出した約5,000人を対象として、血液検査、精神神経発達検査等の詳細な内容で実施 |
パイロット調査 | 上記の各調査の内容、実施方法等について確認、検討することを目的として、試験的に小規模な参加者を対象として、各調査の2年程度前に実施 |
これらの調査においては、母親の血液、尿、母乳、分娩時のさい帯血、子供の血液、尿等の試料(以下、これらを「生体試料」という。)を採取し、採取した生体試料中の化学物質の濃度等を測定することなど(以下「生化学検査等」という。)により、化学物質へのばく露評価やアレルギー等の指標物質の測定等を行うことなどとなっている。
そして、貴研究所は、これらの調査に係る生化学検査等の業務を民間事業者に請け負わせて実施している。
貴研究所は、請負契約の事務を国立研究開発法人国立環境研究所会計規程(平成13年規程第17号。以下「会計規程」という。)等に基づいて実施している。
会計規程等によれば、契約に関する事務は、契約責任者が行うこととされ、請負契約を締結した場合は、契約の適正な履行を確保するために必要な監督をしなければならないこととされている。監督は、契約責任者が自ら行うほか、契約責任者が監督の業務を命じた貴研究所の職員等(以下「監督職員」という。)が行うこととされており、監督職員は、原則として、要求部局の担当職員を任命することとされている。そして、監督の業務は、請負者に必要な指示を出すなどすることによって行うこととされている。
貴研究所は、エコチル調査に係る契約を、総額をもって契約金額とする契約(以下「総価契約」という。)又は単価を契約の主目的とし、期間を画してその供給を受けた実績数量を乗じて得た金額の対価を支払うことを内容とする契約(以下「単価契約」という。)により締結している。そして、その契約書においては、必要がある場合には、貴研究所は、業務の内容を変更することができ、この場合において、契約金額又は契約期間を変更するときは、契約の相手方と協議して書面によりこれを定めることとなっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
貴研究所は、毎年度、エコチル調査に係る生化学検査等の業務を民間事業者に請け負わせて実施しており、その契約金額は多額に上っている。
そこで、エコチル調査に係る生化学検査等の業務の請負契約について、合規性、経済性等の観点から、支払額は実際の業務の実績を適切に反映したものとなっているか、契約手続は適切に行われているかなどに着眼して、貴研究所が元年度から3年度までの間に5会社(注1)との間で締結し、4年3月までに業務が完了しているエコチル調査に係る生化学検査等の業務の請負契約計12契約(支払額計33億6651万余円。うち総価契約計10契約、単価契約計2契約。以下、これらの契約を「12契約」という。)を対象として、貴研究所において、契約書、支払関係書類等を確認したり、5会社において、生化学検査等の方法、体制等を確認したりするなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
12契約のうち総価契約計10契約(契約金額計29億4437万円。以下「10契約」という。)は、被験者(母親及び子供)から採取された血液試料及び尿試料の生化学検査等を実施するものである。10契約の仕様書には、貴研究所が見込みで算定した生化学検査等の予定数量が記載されているが、被験者の調査への参加は任意となっていることから、その参加状況等によっては、仕様書に記載された予定数量と実績数量との間に差異が生ずることが想定されるものであり、現に、仕様書においても「見込み」と記載されるなどしている。
そこで、10契約について、検査の種類ごとに、仕様書に記載されている予定数量に対する実績数量の割合(以下「実施率」という。)をみたところ、このうち2契約においては、実施率が100.7%及び123.8%となっていたものの、残りの8契約においては、実施率が38.9%から99.9%となっていて、実績数量が予定数量を下回っていた。そして、中には予定数量と実績数量の差が相当大きいものが見受けられた(表2参照)。
表2 10契約に係る生化学検査等の実施状況等
通番 | 契約の相手方 | 契約件名 | 契約期間 | 契約金額 (円) (注) |
生化学検査等の実施状況 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
検査の種類 | 予定数量(a) (件) |
実績数量(b) (件) |
検査未実施数量 (a-b) (件) |
実施率(b/a) (%) |
||||||
1 | 株式会社LS Iメディエンス | 「子どもの健康と環境に関する全国調査パイロット調査」に係る医学的検査等実施業務 | 令和元年11月7日~3年3月31日 | 58,850,000 | 医学的検査 | 125 | 92 | 33 | 73.6 | |
精神神経発達検査 | 113 | 44 | 69 | 38.9 | ||||||
生化学検査 | 血液6項目 | 125 | 88 | 37 | 70.4 | |||||
血液1項目 | 125 | 89 | 36 | 71.2 | ||||||
尿2項目 | 125 | 91 | 34 | 72.8 | ||||||
知能検査 | 113 | 44 | 69 | 38.9 | ||||||
2 | いであ株式会社 | エコチル調査臍帯血試料有機フッ素化合物分析業務 | 2年3月31日~3年3月31日 | 280,500,000 | さい帯血 | PFAS等28項目 | 5,000 | 4,992 | 8 | 99.8 |
3 | 令和2年度エコチル調査パイロット調査における生体試料中元素分析業務 | 2年8月7日~3年3月31日 | 40,700,000 | 小児全血等 | Cd等34元素等 | 700 | 631 | 69 | 90.1 | |
4 | 令和3年度子どもの健康と環境に関する全国調査における小児血液中有機フッ素化合物分析業務 | 3年4月1日~4年3月31日 | 283,800,000 | 血液 | PFAS 35項目 | 5,000 | 4,911 | 89 | 98.2 | |
5 | 株式会社日吉 | 子どもの健康と環境に関する詳細調査における血液試料中ダイオキシン類縁化合物分析業務 | 2年3月31日~3年3月31日 | 235,400,000 | 血液 | ダイオキシン類縁化合物 | 5,000 | 4,940 | 60 | 98.8 |
6 | 株式会社島津テクノリサーチ | エコチル調査尿試料ヒ素化学形態別分析業務 | 2年3月16日~3年3月31日 | 170,500,000 | 尿 | 亜ヒ酸等7項目 | 5,000 | 5,036 | △36 | 100.7 |
7 | 令和2年度子どもの健康と環境に関する全国調査における血液試料中残留性有機化合物(POPs)分析業務 | 2年4月1日~3年3月31日 | 793,650,000 | 母体血(血しょう) | PCBs等3項目 | 13,000 | 12,994 | 6 | 99.9 | |
8 | 株式会社住化分析センター | 平成31年度子どもの健康と環境に関する全国調査における尿試料中ネオニコチノイド系農薬類分析業務 | 平成31年4月1日~令和2年6月30日 | 1,034,000,000 | 尿 | ネオニコチノイド系農薬類13項目 | 20,000 | 19,994 | 6 | 99.9 |
9 | 令和元年度エコチル調査における尿試料中有機リン系農薬代謝物分析業務 | 元年7月9日~元年12月27日 | 23,540,000 | 尿 | 有機リン系農薬代謝物3項目 | 600 | 743 | △143 | 123.8 | |
10 | 令和2年度エコチル調査パイロット調査における尿試料中ピレスロイド系農薬代謝物分析業務 | 2年5月28日~3年3月31日 | 23,430,000 | 尿 | ピレスロイド系農薬代謝物13項目 | 414 | 413 | 1 | 99.7 | |
計 | 2,944,370,000 |
(注) 総価契約であり、最終契約金額を記載した。
しかし、10契約において、監督職員は、業務の実施状況は確認していたものの、その状況について契約責任者に報告していなかったため、契約責任者は、契約変更等を行っていなかった。
そこで、本院において、10契約のうち、仕様書に記載されている生化学検査等の予定数量と実績数量との間の差異が大きいなどして支払額への影響が大きいと見込まれる計3契約について、請負者に対して業務の実績に応じて仕様書に定める業務内容を変更した場合の業務費の見積額等の提出を求めたり、落札時に貴研究所へ請負者から提出される落札内訳書等において1検体当たりの検査単価を把握したりして、実績数量に応じた業務費に基づき契約金額を試算した。その結果、2契約については計2504万余円の減額が生じており、残りの1契約について55万円の増額が生ずることを考慮しても、3契約の契約金額は計3億4169万余円となり、3契約の実際の契約金額計3億6619万円を2449万余円下回ることとなった。よって、契約変更等を行って実際の業務の実績を適切に反映した支払を行うこととしていれば、3契約の合計で支払額を同額分節減できたと認められる。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
貴研究所は、令和元年11月に、株式会社LSIメディエンスとの間で、「「子どもの健康と環境に関する全国調査パイロット調査」に係る医学的検査等実施業務」を総価契約により契約金額76,780,000円(変更後の契約金額58,850,000円)で締結している。
この業務は、パイロット調査の一環として、被験者(小学4年生)に対する①医学的検査(仕様書上の予定数量:被験者125人)、②精神神経発達検査(同:被験者113人)、③生化学検査(血液検査7項目及び尿検査2項目。同:被験者125人)及びその母親に対する④知能検査(同:被験者113人)を実施するものである。そして、株式会社LSIメディエンスから提出された業務完了届に基づき、貴研究所は、3年3月、当該契約が契約書、仕様書等のとおり相違なく履行されたことを確認したとして、同年4月、上記の契約金額を支払っていた。
しかし、本件業務の実施状況について確認したところ、検査が実施された被験者の人数は、仕様書上の予定数量に比べて、①医学的検査は33人、②精神神経発達検査は69人、③生化学検査のうち血液検査は6項目について37人、1項目について36人、尿検査は34人、④知能検査は69人、それぞれ少なくなっていた。そして、監督職員は、これに伴う請負者の業務量の変動について確認していたものの、その状況を契約責任者に報告していなかったため、契約責任者は、契約変更等を行っていなかった。
そこで、本院が、同社に対して検査試料別に検査項目ごとの詳細単価の提出を求めて実績数量に応じた業務費に基づき契約金額を試算したところ38,353,043円となり、前記の契約金額58,850,000円を20,496,957円下回ることとなった。
12契約のうち単価契約計2契約(支払額計4億2214万余円)中、平成31年4月に締結した「「子どもの健康と環境に関する全国調査」詳細調査に係る生体試料回収、輸送、分注(注2)及び生化学検査等業務」(支払額2億8339万余円)は、被験者(6歳児)約4,800人分の生体試料(血液試料及び尿試料)を回収し、遠心分離及び分注した上で生化学検査等を行うとともに、その都度、分注済みの生体試料を将来の更なる化学分析に備えて貴研究所の保管施設に輸送するものである。そして、本件契約において、回収した生体試料の分量が全検査項目について生化学検査等を行うための必要量に満たない場合は、仕様書に記載された優先順位で生化学検査等を行うこととされている。
生化学検査等の業務費は、被験者1人当たりの単価に検査実績数を乗じた金額及び生体試料の回収1本当たりの単価に回収実績本数を乗じた金額の合計額を支払うこととされている。そして、上記の単価のうち、被験者1人当たりの単価については、被験者1人に対して全検査項目の検査を行った場合の金額のみが設定されている。
本件契約の請負者である株式会社LSIメディエンスは、31年4月から令和3年3月までの間に計18回にわたり、貴研究所に業務完了届を提出し、計3,671人分について契約に定める業務が完了したとしていた。そして、貴研究所は、業務完了届が提出された都度、本件契約が契約書、仕様書等のとおり相違なく履行されたことを確認したとして、被験者1人当たりの単価54,500円(元年8月以降は57,000円)に3,671人を乗ずるなどして得た額計2億8339万余円を支払っていた。
しかし、本件契約における業務の実施状況について確認したところ、上記3,671人のうち322人については、生体試料のうちの一方(血液試料計260人分、尿試料計62人分)が回収できておらず、当該生体試料に係る生化学検査等は実施されていなかった。また、回収できた生体試料のうち、血液試料計90人分及び尿試料計4人分については、回収した分量が仕様書に記載された全検査項目の検査を行うための必要量に満たなかったため、検査項目の全部又は一部の検査が実施されていなかった。そして、貴研究所は、前記のとおり、生化学検査等の単価について、被験者1人に対して全検査項目の検査を行った場合の金額のみを設定していて、生化学検査等の個々の検査項目ごとの単価を設定していなかったため、各被験者について1項目でも生化学検査等が行われていれば、全検査項目の検査を行った場合の被験者1人分の業務費を支払っていた。
そこで、本院において、同社に対して検査項目等ごとの単価の提出を求めて、生化学検査等の実績に応じた業務費に基づき支払額を試算したところ計2億6856万余円となり、実際の支払額2億8339万余円を1483万余円下回ることとなった。よって、生化学検査等の個々の検査項目ごとの単価を設定していれば、支払額を同額分節減できたと認められる。
12契約のうち、貴研究所が2年8月に総価契約により締結した「令和2年度エコチル調査パイロット調査における生体試料中元素分析業務」等計2契約(契約金額計9955万円)について、要求部局の担当職員である監督職員は、元素分析の実績数量が仕様書に記載された予定数量に満たなかったことから、不足分に相当する費用の範囲内で実施できる補完的な業務として、仕様書に記載されていない業務である被験者の自宅から採取した水道水計82検体に係る元素分析等の業務(業務費相当額計393万円)を、口頭又は電子メールで請負者に指示して行わせていた。
しかし、本来、仕様書に記載されていない業務を新たに請負者に行わせる場合、契約変更が必要であるにもかかわらず、監督職員は、契約責任者に報告しておらず、このため、契約責任者は、契約変更を行っていなかった。そして、貴研究所は、上記の業務費相当額計393万円を含む契約金額計9955万円を支払っていた。このように、契約変更を行わずに仕様書に記載されていない業務を行わせ、これに係る業務費を支払っている事態は、会計規程等に反していて適正とは認められない。
(是正改善を必要とする事態)
仕様書に記載されている業務の一部が実施されていないなどしているのに契約変更等を行わないまま契約金額の全額を支払っていたり、生化学検査等の個々の検査項目ごとの単価を設定していなかったため生化学検査等の全部又は一部の検査項目が行われていなくても被験者1人当たりの単価により支払っていたりしていて、実際の業務の実績を適切に反映した支払が行われていない事態及び契約変更を行わずに請負者に対して仕様書に記載されていない業務を行わせている事態は適切ではなく、是正改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴研究所において、次のことなどによると認められる。
貴研究所においては、今後も多数の生化学検査等の業務を民間事業者に請け負わせて実施することが見込まれる。
ついては、貴研究所において、生化学検査等の業務に係る契約について、その支払が業務に即した経済的なものになり、また、適正に契約手続が行われるよう、次のとおり是正改善の処置を求める。