厚生労働省は、厚生年金保険の事業に関する事務を所掌しており、当該事業に関する事務の一部を日本年金機構(以下「機構」という。)に委任し、又は委託している。そして、機構は、同省の監督の下に、本部、312年金事務所等において、当該委任され、又は委託された事務を実施している。
厚生年金保険(前掲「健康保険及び厚生年金保険の保険料等の徴収に当たり、徴収額が不足していたもの」参照)において行う給付には、老齢厚生年金等がある。
老齢厚生年金では、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)により、厚生年金保険の適用事業所に使用された期間(以下「被保険者期間」という。)を1か月以上有し、老齢基礎年金に係る保険料納付済期間が10年以上ある者等が65歳以上である場合に受給権者となる。
また、当分の間の特例として支給される老齢厚生年金では、原則60歳以上で被保険者期間を1年以上有し、老齢基礎年金に係る保険料納付済期間が10年以上ある65歳未満の者等が受給権者となっている(以下、老齢厚生年金のうち、特例として支給される老齢厚生年金を「特別支給の老齢厚生年金」という。)。
老齢厚生年金の給付額は、受給権者の被保険者期間、被保険者期間における報酬、生年月日等を基に算定される額(以下「基本年金額」という。)等となっている。
老齢厚生年金の受給権者が、厚生年金保険の適用事業所に労働時間、労働日数等からみて常用的に使用されて被保険者となった場合(事業主が当該事業所から労務の対償として報酬を受けている場合を含む。)等において、総報酬月額相当額(注1)と基本月額(基本年金額を12で除して得た額)との合計額が470,000円(令和4年3月以前の特別支給の老齢厚生年金については280,000円。以下同じ。)を超えるときなどには、基本年金額の一部又は全部の支給等を停止することとなっている。
そして、この場合の支給停止の手続は次のとおりとなっている。
① 受給権者を常用的に使用している厚生年金保険の適用事業所の事業主等は、受給権者の年金手帳により氏名、基礎年金番号等を確認するなどした上で、資格取得年月日、報酬月額等を記載した被保険者資格取得届等を年金事務所に提出する。
また、受給権者が70歳到達日以降に事業所に使用される場合、同事業主等は、原則として70歳以上被用者該当届等を提出する。
② 年金事務所は、これを点検し確認した上で、届出内容を機構本部に伝達する。
③ 機構本部が届出内容に基づいて算定した受給権者に係る年金の支給停止額を厚生労働本省(以下「本省」という。)が確認し、決定する。
さらに、年金事務所は、必要に応じて、事業所に厚生年金保険法に基づく立入検査を行うなどして、被保険者の資格等について調査確認や指導を行っている。
本院は、合規性等の観点から、厚生年金保険に係る被保険者資格取得届等の提出が適正になされているかなどに着眼して、9地域部(注2)(4年3月31日以前は12地域部)の管轄区域内に所在する91年金事務所が管轄する事業所等のうち、老齢厚生年金の受給権者等を使用している259事業所について、平成30年度から令和4年度までの間における老齢厚生年金の支給の適否を検査した。
検査に当たっては、本省において機構本部から提出された関係書類により、また、上記の91年金事務所において事業主から提出された厚生年金保険に係る被保険者資格取得届等の書類により会計実地検査を行い、適正でないと思われる事態があった場合には、更に年金事務所に調査及び報告を求めて、その報告内容を確認するなどの方法により検査した。
検査したところ、7地域部(4年3月31日以前は9地域部)の管轄区域内に所在する15年金事務所が管轄する26事業所の老齢厚生年金の受給権者33人については、当該事業所において常用的に使用されていて厚生年金保険の被保険者資格要件を満たすなどしており、総報酬月額相当額と基本月額との合計額が470,000円を超えるなどしていた。このような場合には、機構本部において、基本年金額の一部又は全部の支給等を停止するための手続をとる必要があったのに、事業主から被保険者資格取得届等が提出されていなかったことなどからこの手続がとられておらず、本省は、これらの33人について、基本年金額の一部又は全部の支給等を停止していなかった。
このため、上記の33人に対する老齢厚生年金の支給(支給額計37,376,980円)のうち計25,095,164円については、支給が適正でなく、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、受給権者又は事業主が制度を十分理解していなかったなどのため、事業主が被保険者資格取得届、70歳以上被用者該当届等の提出を適正に行っていなかったのに、前記の15年金事務所においてこれについての指導が十分でなかったこと、また、本省において機構に対する監督が十分でなかったことなどによると認められる。
前記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
受給権者Aは、平成10年5月に厚生大臣から老齢厚生年金の裁定を受け、同年4月分から令和4年5月分まで、老齢厚生年金を全額支給されていた。
しかし、Aは遅くとも2年5月から、B事業所の事業主であったが同事業所から労務の対償として報酬を受けているため、常用的に使用される者として年金事務所に対して厚生年金保険の70歳以上被用者該当届の提出が必要であるのに、その提出をしていなかった。
このため、2年6月分から4年5月分までの基本年金額の一部計4,165,784円については、支給が停止されていなかった。
なお、これらの適正でなかった支給額については、本院の指摘により、全て返還の処置が執られた。
これらの適正でなかった支給額を地域部ごとに示すと次のとおりである。
地域部名
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年金事務所
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本院の調査に係る受給権者等数
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不適正受給権者数
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左の受給権者に係る支給額
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左のうち不当と認める支給額
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人 | 人 | 千円 | 千円 | |||
東北
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八戸等
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4 | 95 | 13 | 8,487 | 1,905 |
北関東・信越
|
水戸北等
|
5 | 40 | 11 | 14,984 | 11,400 |
南関東第一
|
千代田
|
1 | 7 | 1 | 728 | 727 |
南関東第二
|
横須賀
|
1 | 1 | 1 | 3,628 | 3,322 |
近畿第一
|
堺東等
|
2 | 4 | 2 | 4,664 | 4,197 |
近畿第二
|
大津
|
1 | 49 | 4 | 3,333 | 2,312 |
九州
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八代
|
1 | 12 | 1 | 1,550 | 1,227 |
計
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15か所 | 208 | 33 | 37,376 | 25,095 |