(前掲「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(医療分)(感染症検査機関等設備整備事業に係る分)が過大に交付されていたもの」参照)
【意見を表示したものの全文】
新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(医療分)(感染症検査機関等設備整備事業に係る分)により整備した次世代シークエンサーの使用状況について
(令和5年10月17日付け 厚生労働大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり意見を表示する。
記
貴省は、「令和2年度新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金の交付について」(令和2年厚生労働省発医政0430第1号・厚生労働省発健0430第5号。以下「交付要綱」という。)等に基づき、新型コロナウイルス感染症への対応として緊急に必要となる感染拡大防止や医療提供体制の整備等について、地域の実情に応じて、柔軟かつ機動的に実施することができるよう、都道府県の取組を包括的に支援することを目的として、都道府県に対して新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(医療分)(以下「交付金」という。)を交付している。
交付要綱等によれば、交付の対象は、都道府県が行う事業及び市区町村や民間団体等で都道府県が適切と認める者が行う事業に対して都道府県が補助する事業に要する経費とされている。また、交付金により取得するなどした単価50万円以上の機械、器具及びその他の財産については、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(昭和30年法律第179号)の規定により厚生労働大臣が別に定める期間を経過するまで、厚生労働大臣の承認を受けないで交付金の交付の目的に反して使用し、譲渡し、交換し、貸し付け、担保に供し又は廃棄(以下、これらの行為を「財産処分」という。)してはならないとされている。
交付要綱等によれば、交付金の対象事業のうち、感染症検査機関等設備整備事業(以下「設備整備事業」という。)は、地方衛生研究所(注1)(以下「地衛研」という。)等における検査機器の導入を支援することにより、新型コロナウイルス感染症の検査体制を整備することを目的として実施する事業であるとされている。
設備整備事業の内容は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号。以下「感染症法」という。)の規定により都道府県、政令市(注2)及び特別区が行う検査に必要な設備を整備すること、新型コロナウイルス感染症の検査を実施する機関が行う設備整備を支援することとされている。
整備対象設備は、次世代シークエンサー、リアルタイムPCR装置(全自動PCR検査装置を含む。)、等温遺伝子増幅装置及び全自動化学発光酵素免疫測定装置の四つの検査機器とされており、これらの整備対象設備のほか、検査に必要不可欠であって整備対象設備と一体的に利用する備品は、交付金の交付対象とされている。
上記整備対象設備のうち次世代シークエンサーは、DNAの塩基配列を高速かつ大量に解読する検査機器であり、次世代シークエンサーを使用して新型コロナウイルスの全ゲノム解析を実施することでウイルスに生じた全ての変異を検出できることから、感染経路の特定や変異株の発生動向の監視等のために使用されるものである。
交付要綱等によれば、設備整備事業において設備を整備する機関は、都道府県等に設置されている地衛研等のほか、新型コロナウイルス感染症の検査を実施する機関とされ、これは、民間の検査会社、大学及び医療機関であるとされている(以下、これらの機関を「民間検査機関」という。)。そして、民間検査機関については、「感染症法に基づく行政検査以外の検査を実施することも想定されますが、感染症検査機関等設備整備事業は、新型コロナウイルス感染症の検査体制を整備することを目的としていることから、都道府県等が感染症法に基づく行政検査の依頼を行った場合に、休日等問わず迅速かつ確実に検査が実施されるための体制が確保されていることが必要です」とされている。
また、貴省は、令和5年5月8日から新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが5類感染症に変更されることを踏まえて、同年同月に交付要綱等を改正して、5月8日以降は設備整備事業を実施しないこととしている。そして、新型コロナウイルス感染症の終息後や感染症法上の位置付けの変更後においても、今後、新型コロナウイルス感染症の感染が再拡大することも考えられるため、交付金で整備した設備は、厚生労働大臣が別に定める期間を経過するまでは財産処分を行うことなく維持されることを想定しているとしている。
貴省は、感染症法の規定に基づく積極的疫学調査(注3)の一環として、新型コロナウイルスの全ゲノム解析を実施しており、その主な経緯は、次のとおりとなっている。
① 新型コロナウイルス感染症の国内における流行の初期から、全国の発生状況の把握及び対策の推進に資するために、貴省の施設等機関である国立感染症研究所(以下「感染研」という。)は、都道府県等の協力の下、全ゲノム解析を実施している。この一環として、貴省は、3年2月に、都道府県等に対して、事務連絡を発出して、感染研への検体提出等について協力要請を行っている。
② 3年5月に、①の事務連絡を改正して、感染研の全ゲノム解析の実施体制を強化して、新たな変異株も含めた継続的な監視を行うとともに、感染研から都道府県等への全ゲノム解析の技術移転を進め、都道府県等による全ゲノム解析を推進することとした。
③ 3年10月に、①の事務連絡を改正して、新たな変異株の発生や変異株の動向を監視するために、都道府県等主体の全ゲノム解析を実施するよう都道府県等に要請して、民間検査機関に全ゲノム解析を委託するなどにより実施体制を強化して、都道府県等による全ゲノム解析を推進することなどを都道府県等に求めている。
④ 5年4月に、①の事務連絡を改正して、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが5類感染症に変更された後も、新たな懸念される変異株の出現に注意することが必要であることから、引き続き、変異株の発生動向を監視するために、都道府県等において全ゲノム解析を実施するよう要請している。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、有効性等の観点から、設備整備事業により整備した次世代シークエンサー(次世代シークエンサーと一体的に利用する備品を含む。以下同じ。)が有効に使用されているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、2、3両年度に18道府県(注4)が道府県等の地衛研等及び民間検査機関に整備した次世代シークエンサー計63台に係る交付金交付額計13億9672万余円を対象に、貴省本省、18道府県、4市及び23民間検査機関において、事業実績報告書等の関係書類や次世代シークエンサーの使用状況等を確認するなどの方法により会計実地検査を行うとともに、18道府県、上記の4市及び23民間検査機関を含む14市及び27民間検査機関から次世代シークエンサーの使用状況等に係る調書の提出を受けてその内容を確認するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
1(2)のとおり、交付要綱等によれば、設備整備事業は、地衛研等における検査機器の導入を支援することにより、新型コロナウイルス感染症の検査体制を整備することを目的として実施する事業であるとされている。
上記の「検査体制を整備すること」について、貴省に確認したところ、感染症法の規定により都道府県等が行う検査(行政検査)の体制強化を意味するとしている。そして、このことから、次世代シークエンサーについては、都道府県が自らではなく民間検査機関に次世代シークエンサーを整備する場合に、当該次世代シークエンサーは、当該民間検査機関が都道府県等から依頼を受けて行う全ゲノム解析の検査のために使用されることになるとしている。
そこで、4年度末時点における次世代シークエンサーの使用状況についてみたところ、18道府県が27地衛研等に整備した次世代シークエンサー計34台は、設備整備事業の目的に沿った使用実績があった一方で、11道府県が27民間検査機関に整備した次世代シークエンサー計29台(交付金相当額計11億6937万余円)のうち、8道府県(注5)が20民間検査機関に整備した次世代シークエンサー計21台(交付金相当額計5億8653万余円)は、次のとおり、設備整備事業の目的に沿って一度も使用されていない状況となっていた。
13民間検査機関、14台(交付金相当額3億9022万余円)
7民間検査機関、7台(交付金相当額1億9630万余円)
前記の8道府県が20民間検査機関に整備した次世代シークエンサー計21台について、設備整備事業の目的に沿って一度も使用されていない要因をみたところ、次のとおりとなっていた。
20民間検査機関に主な整備理由を確認したところ、自施設における検査体制の整備のため、将来的に道府県等から検査の依頼があると想定していたためなどとなっていた。そして、いずれの民間検査機関においても、次世代シークエンサーの整備後に道府県等から依頼があった場合には感染症法に基づく全ゲノム解析の検査を実施するとしていたものの、次世代シークエンサーを整備する時点において、道府県等と当該民間検査機関との間で、道府県等から依頼を受けて民間検査機関が迅速かつ確実に検査を実施するために必要な検討が行われていない状況となっていた。
一方、設備整備事業の目的に沿った使用実績があった民間検査機関の主な整備理由は、県から全ゲノム解析の検査の依頼があったためなどとなっていた。また、これらの中には、次世代シークエンサーを整備する時点において、県と当該民間検査機関との間で、全ゲノム解析の検査の実施について、実施に係る委託の開始時期、検査を実施すべき検体数、委託料等の検討を行っているものが見受けられた。
8道府県における20民間検査機関に対する全ゲノム解析の検査の依頼状況を確認したところ、いずれの道府県も、前記のとおり、道府県等と当該民間検査機関との間で、道府県等から依頼を受けて民間検査機関が迅速かつ確実に検査を実施するために必要な検討が行われていない状況となっており、実際に、当該民間検査機関に次世代シークエンサーを整備した時点から4年度末時点までの間に、検査を全く依頼していない状況となっていた。
以上のような状況となっていることについて、8道府県の見解を確認したところ、次のような理由などから、道府県等から依頼を受けて迅速かつ確実に検査を実施するために必要な検討が行われていない民間検査機関においても、設備整備事業により次世代シークエンサーを整備することができると認識していたとしていた。
(ア) 1(2)のとおり、交付要綱等によれば、設備整備事業の内容は、感染症法の規定により都道府県、政令市、特別区が行う検査に必要な設備を整備すること、民間検査機関が行う設備整備を支援することとされていて、都道府県等が行う検査に必要な設備整備については、感染症法の規定による検査に必要な設備整備と明記されている一方で、民間検査機関が行う設備整備については、そのような明確な記載がなく、設備整備事業の目的が感染症法の規定により都道府県等が行う検査(行政検査)の体制強化のみに限定されているとは読み取れないこと
(イ) 1(2)のとおり、交付要綱等によれば、民間検査機関については、「感染症法に基づく行政検査以外の検査を実施することも想定されますが、感染症検査機関等設備整備事業は、新型コロナウイルス感染症の検査体制を整備することを目的としていることから、都道府県等が感染症法に基づく行政検査の依頼を行った場合に、休日等問わず迅速かつ確実に検査が実施されるための体制が確保されていることが必要です」とされており、道府県等から依頼を受けて行う検査以外の用途にも、整備した次世代シークエンサーを使用することがあらかじめ想定されていると理解していること
貴省は、(2)のとおり、都道府県が自らではなく民間検査機関に次世代シークエンサーを整備する場合に、当該次世代シークエンサーは、当該民間検査機関が都道府県等から依頼を受けて行う全ゲノム解析の検査のために使用されることになるとしている。しかし、上記のとおり、交付要綱等における記載が必ずしも明確とはなっていないことなどから、8道府県においては、貴省が意図する設備整備事業の目的に対する理解が十分なものとなっていなかった。
上記について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
北海道は、令和2、3両年度に、設備整備事業により、道及び札幌市の地衛研に次世代シークエンサー計4台を整備したほか、1会社、1大学及び2医療機関の計4民間検査機関からの申請に基づき、次世代シークエンサー計5台(交付金交付額計2億5768万余円)を整備している。
4民間検査機関における次世代シークエンサーの主な整備目的について確認したところ、2医療機関は自施設の検査体制の整備のため、1会社及び1大学は将来的に道や札幌市から検査の依頼があると想定していたためなどとなっていた。そして、いずれの民間検査機関においても、次世代シークエンサーの整備後に道や札幌市から依頼があった場合には感染症法に基づく全ゲノム解析の検査を実施するとしていたものの、整備時点において、道や札幌市と4民間検査機関との間で、道や札幌市から依頼を受けて4民間検査機関が迅速かつ確実に検査を実施するために必要な検討が行われていなかった。
しかし、道の交付金担当部署は、必要な検討が行われていない民間検査機関においても、設備整備事業により次世代シークエンサーを整備することができると認識しており、4民間検査機関に対して、交付金を原資とする道の補助金を交付していた。さらに、道の交付金担当部署は、道の全ゲノム解析に係る検査体制構築等の担当部署及び札幌市に対して、4民間検査機関に次世代シークエンサーを整備したことについて、情報共有を十分に行っていなかった。
そして、整備後に札幌市から全ゲノム解析の検査の依頼があった1会社を除く3民間検査機関に対しては、道及び同市からの検査の依頼はなく、3民間検査機関に整備された次世代シークエンサー計4台(交付金相当額計6366万余円)は、4年度末時点において、整備してから少なくとも1年以上(最長のもので1年4か月)の間、設備整備事業の目的に沿って一度も使用されていない状況となっていた。
(改善を必要とする事態)
設備整備事業により民間検査機関に整備した次世代シークエンサーについて、感染症法の規定により道府県等が行う検査(行政検査)の体制強化という目的に沿って一度も使用されていないものが多数あるなどしていて、設備整備事業の目的が達成されていない事態は適切ではなく、改善の要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、道府県において、新型コロナウイルス感染症の検査体制を整備することという設備整備事業の目的についての理解が十分でないことなどにもよるが、貴省において、都道府県が民間検査機関に次世代シークエンサーを整備する場合には、当該次世代シークエンサーは当該民間検査機関が都道府県等から依頼を受けて行う全ゲノム解析の検査のために使用されることになることについて、周知及び指導が十分でないことなどによると認められる。
前記のとおり、貴省は、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが5類感染症に変更された後も、引き続き、都道府県等において全ゲノム解析を実施するよう要請している。また、新型コロナウイルス感染症の感染が再拡大することも考えられるため、交付金で整備した設備は、厚生労働大臣が別に定める期間を経過するまでは財産処分を行うことなく維持されることを想定しているとしている。
ついては、貴省において、設備整備事業により整備した次世代シークエンサーが有効に使用されるなどするよう、次のとおり意見を表示する。
ア 都道府県に対して、設備整備事業の目的について再度周知した上で、民間検査機関に整備した次世代シークエンサーが目的に沿って使用されるよう検討させること
イ アの検討の結果、設備整備事業の目的に沿って使用される見込みのない次世代シークエンサーがある場合は、交付の目的に反して使用することとなることから、都道府県に対して、当該次世代シークエンサーについて速やかに財産処分の手続を行うなどの措置をとるよう指導すること