(後掲「東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた取組状況等について」参照)
農林水産本省は、令和3年2月に「選手村における日本産食材提供による魅力発信業務」に係る請負契約(契約金額19,145,781円、契約期間3年2月16日から同年3月31日まで。以下「本件契約」という。)をスターゼン株式会社(以下「会社」という。)との間で随意契約により締結して、同年4月に契約金額全額を会社に支払っている。
本件契約は、契約書によれば、東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「大会」という。)の選手村に設置される飲食提供施設において、発信力のある選手に対して国産豚肉を使用したメニューが提供されるようにすることにより、高品質な日本産食材を体験した選手にその魅力を世界に発信してもらうことなどを業務の目的とすることとされている。
そして、本件契約に基づき会社が行うこととされている業務内容は、国産豚肉を調達して、選手村において飲食提供等の業務を行う業者(以下「フードサービス業者」という。)が求める基準並びに農林水産本省が指定する規格及び数量を満たすように加工して、加工した国産豚肉計6,264㎏を保管すること、上記の国産豚肉の調達、加工及び保管等を行う際に見受けられた課題及びそれらの改善点についての報告書を作成することなどとなっている。
国が行う会計経理については、会計法(昭和22年法律第35号)、予算決算及び会計令(昭和22年勅令第165号)等の会計法令に基づき、行うこととされている。すなわち、契約担当官及び支出負担行為担当官(以下「契約担当官等」という。)は、契約を締結する場合には、原則として、契約の目的、契約金額、履行期限等の契約内容を記載した契約書を作成しなければならないこととなっている。また、契約担当官等は、物件の買入れその他の契約については、自ら又は補助者に命じて、その受ける給付の完了を確認するために必要な検査を行わなければならないこととなっている(以下、契約担当官等及び契約担当官等から検査を命ぜられた補助者を合わせて「検査職員」という。)。そして、検査職員は、検査を完了した場合においては、原則として、検査調書を作成しなければならないこととなっている。また、検査調書を作成すべき場合においては、当該検査調書に基づかなければ支払をすることができないこととなっている。
本院は、合規性等の観点から、契約書の記載内容が適正なものとなっているか、契約書に記載された業務の履行の完了が適正に確認されているかなどに着眼して、本件契約を対象として、農林水産本省及び会社において、契約書、検査調書等の関係書類を確認するなどの方法により会計実地検査を行った。
検査したところ、次のとおり適正とは認められない事態が見受けられた。
会社は、本件契約の締結前から、フードサービス業者との間で、選手村の飲食提供施設で使用される畜産物の納入に関する契約(以下「畜産物納入契約」という。)を締結していて、畜産物納入契約には会社が外国産豚肉を納入する内容が含まれていた。そして、農林水産本省によると、2年11月頃、畜産物納入契約を前提として、会社との間で、選手村の飲食提供施設に納入が予定されていた外国産豚肉の一部11,215㎏(加工後の数量。以下、豚肉の数量については加工後のものである。)を国産豚肉に切り替えるために、次の①、②等の点について口頭で合意したとしている。
① 会社は加工前の国産豚肉を調達して、フードサービス業者が求める基準を満たすように加工を行って保管し、大会が終了する3年9月まで、フードサービス業者が指定する倉庫へ逐次納入すること
② 農林水産本省は、外国産豚肉を国産豚肉に切り替えることに伴い生ずる調達、加工、保管、納入等に要する費用の増加額(以下「調達差額」という。)等を会社に支払うこと
したがって、農林水産本省が上記①の内容による役務の提供を受けるに当たっては、会計法令に基づき、会社がフードサービス業者との間で締結した畜産物納入契約を前提として外国産豚肉11,215㎏を国産豚肉に切り替えるものであること、役務の提供を受ける期間が業務開始を予定している時期(3年2月頃)から同年9月までであることなどを内容とする契約書を作成するなどの必要があった。この場合、役務の提供を受ける期間が複数年度にわたることから、年度ごとに業務を分割して2件の契約とするなど、会計法令に基づく所要の手続をとる必要があった。
しかし、農林水産本省は、表のとおり、本件契約を構成する主要な事項について、合意した内容、すなわち、実際に実施することを予定していた内容とは異なる内容の契約書を作成していた。
表 合意した内容と契約書の記載内容との主な異同点
本件契約を構成する主要な事項 | 合意した内容 | 契約書の記載内容 |
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契約の目的 | 外国産豚肉11,215㎏を国産豚肉に切り替えて納入すること 【実施する業務の内容】・国産豚肉の調達 ・調達した国産豚肉の加工 ・加工した国産豚肉の保管 ・保管した国産豚肉の納入 ・報告書の作成 等 |
国産豚肉を調達し、加工して、加工後のもの6,264㎏を保管すること 【実施する業務の内容】・国産豚肉の調達 ・調達した国産豚肉の加工 ・加工した国産豚肉の保管 ・報告書の作成 等 |
契約金額
(契約金額の構成要素)
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外国産豚肉11,215㎏を国産豚肉に切り替えて納入することに伴い必要となる調達、加工、保管、納入等に要する費用の増加額等 | 国産豚肉6,264㎏を保管するのに必要となる調達、加工、保管等に要する費用等 |
履行期限
(業務を実施する期間)
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大会が終了する令和3年9月
(業務開始を予定している同年2月頃から大会が終了する同年9月まで)
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3年3月31日
(契約締結日である同年2月16日から同年3月31日まで)
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上記の相違が生じた経緯等を確認したところ、次のとおりとなっていた。
農林水産本省は、合意した内容に基づき、外国産豚肉から国産豚肉へ切り替える数量は11,215㎏であるとして、当該数量に係る調達差額を14,947,545円(消費税及び地方消費税を除く。以下、アにおいて同じ。)と算出するなどしていた。一方、農林水産本省は、前記のとおり、合意した内容は会社がフードサービス業者との間で締結した畜産物納入契約を前提とするものであり、合意した内容をそのまま本件契約の内容に反映させる場合には、本件契約の内容が複雑になると考えたことから、本件契約の内容について、簡潔なものとなるように、合意した内容とは異なる内容に置き換えることとしたとしている。その一環として、農林水産本省は、調達差額14,947,545円について、国産豚肉の調達、加工、保管等に要する費用であると装うこととしたとしていて、契約書に記載された国産豚肉の数量6,264㎏についても架空のものであった。
農林水産本省は、合意した内容に基づき、業務を実施する期間は業務開始を予定している3年2月頃から大会が終了する同年9月までであるとしていた。そして、農林水産本省は、合意した内容をそのまま本件契約の内容に反映させる場合には、年度ごとに業務を分割して2件の契約とするなどの煩雑な手続をとる必要があり、業務全体が単年度で完了することとすればそのような手続をとる必要がなくなると考えたことから、本件契約における業務を実施する期間を契約締結日から同年3月31日までとして、同年4月以降に実施する業務は発生しないことを装うこととしたとしている。また、農林水産本省は、本件契約における業務を実施する期間を契約締結日から同年3月31日までとすると、実施する業務の内容に国産豚肉の納入を含めることは大会が終了する時期(同年9月)との関係で不自然であることから、契約書に記載する業務の内容についても加工した国産豚肉を保管するまでとしていて、合意した内容の一部であり、国産豚肉を選手村の飲食提供施設に提供する上で不可欠となる国産豚肉の納入を含めていなかった。
前記のとおり、会計法令によれば、契約担当官等は契約を締結する場合には、原則として、契約の目的、契約金額、履行期限等の契約内容を記載した契約書を作成しなければならないこととされている。これは、いわゆる口頭のみの合意をもっては、契約条項の全てについて、相互にそれを了知し得ることが不十分であり、そのため後日契約上の紛争や疑義が生じ、結果として国が損害を被ることがあり得るので、これを防止しようとするものであると解されている。
それにもかかわらず、農林水産本省は、本件契約を構成する主要な事項について、合意した内容とは異なる内容の契約書を作成していた。
本件契約については、(1)のとおり、本件契約を構成する主要な事項について、農林水産本省と会社とが合意した内容、すなわち、実際に実施することを予定していた内容とは異なる内容を記載した契約書が作成されていて、実際に実施された業務の状況は契約書に記載された内容とかい離していると想定された。そこで、本件契約の履行期限である3年3月31日時点における契約書に記載された業務の履行状況について確認したところ、契約書に記載された業務のうち、国産豚肉の調達は一部行われていたものの、加工は開始されておらず、加工後の状態で保管されている国産豚肉はなかった。また、報告書は提出されていたものの、加工や保管が行われていない状況で作成された不完全なものであった。
一方、本件契約の検査職員には、外国産豚肉を国産豚肉へ切り替えるための合意に向けた会社との調整等に携わっていて、実際に実施することを予定していた内容とは異なる内容を記載した契約書が作成されていることなどを認識していた職員が任命されていた。そして、当該検査職員は、国産豚肉の調達が完了しておらず、加工や保管は行われていないなどの状況に基づいて、検査の結果が本件契約の内容に適合しないことなどを記載した検査調書を作成しなければならないにもかかわらず、3年3月31日に、契約書に記載された業務の履行の完了を確認したこととして、事実と異なる内容を記載した検査調書を作成して、支出負担行為担当官に提出していた。その後、農林水産本省は、当該検査調書に基づくなどして、同年4月に契約金額全額を会社に支払っていた。
このように、本件契約について、契約を構成する主要な事項について合意した内容とは異なる内容の契約書を作成していた事態、及び契約書に記載された業務の履行が完了したこととして検査調書を作成していた事態は、会計法令に違反していて著しく適正を欠いており、本件契約に係る支払額19,145,781円が不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、農林水産本省において、契約書の作成や契約書に記載された業務の履行の完了の確認に当たり、会計法令を遵守して適正な会計経理を行う必要性についての認識が著しく欠けていたことなどによると認められる。