【適宜の処置を要求し及び是正改善の処置を求めたものの全文】
犯罪被害者等給付金の支給に伴い国が取得する損害賠償請求権の債権管理について
(令和6年10月18日付け 警察庁長官宛て)
標記について、会計検査院法第34条の規定により、下記のとおり是正の処置を要求し及び是正改善の処置を求める。
記
貴庁は、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(昭和55年法律第36号。以下「犯給法」という。)に基づき、犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族又は重傷病を負い若しくは障害が残った者(以下、これらを合わせて「犯罪被害者等」という。)の犯罪被害等を早期に軽減するとともに、犯罪被害者等が再び平穏な生活を営むことができるよう支援するため、犯罪被害者等に対して犯罪被害者等給付金(以下「給付金」という。)を支給している。
犯給法によれば、給付金の支給を受けようとする者は、都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)に申請し、その裁定を受けなければならないこととされている。申請があった場合、公安委員会は、速やかに、給付金を支給し又は支給しない旨の裁定を行わなければならず、裁定を行うために必要があると認めるときは、犯罪捜査の権限のある機関等に照会して必要な事項の報告を求めることなど(以下「裁定のための調査等」という。)ができることとされている。
犯罪被害給付制度事務処理要領(令和2年警察庁丙給厚発第129号)等によると、都道府県警察本部及び警察署において、申請の受付その他申請に関する事務の処理を行うこととなっている。また、都道府県警察本部は、裁定のための調査等として、申請事案についてその事実関係、加害者の資力及び犯罪被害者等に対する損害賠償の意思の有無等を調査して、収集した資料(以下「裁定のための収集資料」という。)に基づき整理検討した調書(以下「裁定に係る調書」という。)を作成し、給付金の支給額を定めるなどして作成した裁定案を裁定に係る調書等とともに公安委員会に提出することとなっている。そして、公安委員会において裁定が行われた後、都道府県警察本部は、給付金の申請者に対して裁定の通知を行い、給付金を受けるべき者に給付金支払請求書を交付しなければならないこととなっている。さらに、都道府県警察本部は、貴庁に対して、給付金支給裁定通知書、裁定に係る調書等(裁定のための収集資料を除く。)を送付することとなっている。貴庁は、都道府県警察本部から送付された事案のうち、給付金を支給する旨の裁定を受けた者から給付金支払請求書が提出された事案について給付金を支給している。
また、犯給法によれば、国は、給付金を支給したときは、その額の限度において、当該給付金の支給を受けた者が有する犯罪被害の損害賠償請求権を取得することとされている(以下、国が取得する損害賠償請求権を「求償権」という。)。
そして、求償権は、犯罪被害者等が加害者に対して有する民事上の損害賠償請求権を国が取得するものであるから、民法(明治29年法律第89号)の規定により、犯罪被害者等が損害及び加害者を知った時から5年間(注1)行使しないときは、時効によって消滅する。
国の債権の管理等に関する法律(昭和31年法律第114号。以下「債権管理法」という。)第2条及び第10条によれば、国の債権とは、金銭の給付を目的とする国の権利とされており、債権の管理に関する事務は、法令の定めるところに従い、債権の発生原因及び内容に応じて、財政上もっとも国の利益に適合するように処理しなければならないこととされている。また、債権管理法等には、罰金、科料等の債権管理法を適用しない債権が定められている。そして、債権管理法第12条各号に掲げられている者は、債権が発生したことなどを知ったときは、遅滞なく、債権が発生し又は国に帰属したことを、当該債権に係る歳入徴収官等に通知しなければならないこととされている。さらに、歳入徴収官等は、その所掌に属すべき債権が発生したときなどは、遅滞なく、債務者の住所及び氏名、債権金額並びに履行期限等を調査し、確認の上、これを債権管理簿に記載するなどしなければならず、その履行を請求するために、債務者に対して納入の告知をしなければならないこととされており、国が行う納入の告知は時効の更新の効力を有することとされている。また、債務者が無資力又はこれに近い状態(以下「無資力等の状態」という。)にあるなどの場合に、歳入徴収官等は債権の履行期限を延長する特約又は処分(以下「履行延期の特約等」という。)をすることができることとされている。そして、歳入徴収官等は債務者が無資力等の状態にあるため履行延期の特約等をした債権について、当初の履行期限から10年を経過した後において、なお債務者が無資力等の状態にあり、かつ、弁済することができることとなる見込みがないと認められる場合は、当該債権を免除することができることとされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性等の観点から、求償権に係る債権管理は債権管理法等に照らして適切に行われているか、裁定に係る調書等は債権管理に活用されているかなどに着眼して、平成30年度から令和4年度までの間に貴庁が支給した給付金計1,838件、計48億7300万余円を対象として、貴庁及び17都県警察(注2)において、会計実地検査を実施するとともに、債権管理簿、裁定に係る調書等の関係資料の提出を受けるなどして、その内容を確認するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
貴庁は、関係資料が保存されている平成30年度から令和4年度までの間に、表のとおり、給付金計1,838件、計48億7300万余円を支給していた。これにより、国は、加害者が心神喪失により不起訴等となったため犯罪被害者等の加害者に対する損害賠償請求権が発生しないものを除いて求償権を取得しており、債権が国に帰属していた。
表 貴庁が支給した給付金の件数及び金額(平成30年度~令和4年度)
年度 | 件数 | 金額 |
---|---|---|
平成30年度 | 356 | 791,784,899 |
令和元年度 | 386 | 972,980,988 |
2年度 | 352 | 844,524,260 |
3年度 | 326 | 885,731,038 |
4年度 | 418 | 1,377,987,031 |
計 | 1,838 | 4,873,008,216 |
しかし、貴庁において、求償権に係る債権の帰属を歳入徴収官等に通知する者を定めていなかったため、歳入徴収官等は求償権に係る債権が帰属したことを通知されていなかった。このため、歳入徴収官等は、全ての求償権に係る債権金額等について調査確認及び債権管理簿への記載を行っておらず、債権管理簿に基づき作成することとなっている債権現在額通知書に計上していなかった。その結果、内閣府所管一般会計債権現在額報告書には求償権に係る債権金額が計上されていなかった。
これについて、貴庁は、求償権が債権管理法を適用しない債権に該当しないことは認識していたが、加害者の大多数が無資力等の状態であったことなどから債権回収の見込みがないこと、収納未済債権に関する調査等を行うには経費が生ずることから、債権管理法第10条における財政上もっとも国の利益に適合するような処理とはならないとしていた。
しかし、債権管理法第10条は、債権管理の事務を経済的、効率的に実施しなければならないという趣旨の規定であって、債権の管理を行わなくてもよいとしている規定ではなく、求償権については、債権管理簿に記載するなど債権管理法に基づく管理を行う必要があると認められる。
貴庁は、求償権について、債権管理を行っていなかったため、時効の更新の効力を有する納入の告知等を行っていなかった。そこで、本院が、前記の給付金1,838件、48億7300万余円のうち、平成30年度から令和4年度までの間に17都県警察が裁定のための調査等に関する事務の処理を行った計821件、計21億4921万余円について、裁定に係る調書等により犯罪被害者等が損害及び加害者を知った時を確認したところ、平成31年3月30日以前のものが計427件、計9億5857万余円あった。これらの給付金に係る犯罪被害の損害賠償請求権は令和6年3月末の時点で既に5年(注3)が経過していることから、求償権として国に帰属している場合でも、加害者が時効を援用できる状態となっている。
上記の821件、21億4921万余円について、貴庁は、都道府県警察本部から提出された裁定に係る調書に、加害者に貯蓄や不動産等の資力がないため犯罪被害者等に対する損害賠償能力がなく、犯罪被害者等に対する損害賠償の意思がないなどと記載されていたとして、債権金額等の調査確認を行っていなかった。そして、求償権について時効の更新の効力を有する納入の告知等を行っておらず、これら無資力等の状態にあるとした者に対して履行延期の特約等を行っていなかった。そこで、本院が、上記の821件、21億4921万余円について、裁定に係る調書や裁定のための収集資料における加害者の資力に関する事項の記載状況を確認したところ、裁定に係る調書において加害者に資力があると思料される記載があったものが、計23件、計6426万余円(注4)あった。また、裁定に係る調書において加害者に資力がないなどと記載されていたが、裁定のための収集資料等には加害者に資力があると思料される記載があったものが、計55件、計1億7277万余円(注4)あった。上記の23件6426万余円及び55件1億7277万余円、計78件、計2億3703万余円の求償権については、貴庁において裁定のための調査等の結果を債権金額等の調査確認に十分活用していないと認められる。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
犯罪被害者Aは、加害者Bから暴行され、障害が残ったことから、C警察本部に対して給付金を申請し、C公安委員会による裁定が行われ、令和4年度に貴庁から704万円の支給を受けていた。
そして、貴庁は、裁定に係る調書を確認するなどした結果、Bが損害賠償について言及していないこと、被害者に対しての謝罪の言葉がないことなどから、Bには国への損害賠償の意思がないとして、債権金額等の調査確認を行っていなかった。
しかし、本院が、C警察本部が貴庁に送付した裁定に係る調書を確認したところ、Bには貯蓄が約1500万円あり負債はなく、損害賠償能力がある旨が記載されていた。
また、前記の78件、2億3703万余円のうち、6年3月末の時点で加害者が時効を援用できる状態となっているものが、計38件、計1億0126万余円見受けられた。
(是正及び是正改善を必要とする事態)
貴庁が、求償権に係る債権金額等を債権管理簿に記載していないなどの事態、時効の更新の効力を有する納入の告知等を行っていなかったことにより加害者が時効を援用できる状態になっている事態、裁定のための調査等の結果を債権金額等の調査確認に十分活用していない事態は適切ではなく、是正及び是正改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴庁において次のことなどによるものと認められる。
ア 債権管理法の理解が十分でなく、求償権に係る債権の帰属を速やかに歳入徴収官等に通知して、裁定に係る調書における加害者の資力に関する事項を債権金額等の調査確認に十分活用するなどの適時適切な債権管理を行うための事務処理体制を整備していないこと
イ 裁定のための収集資料における加害者の資力に関する事項について、裁定に係る調書に適切に記載することが、求償権の債権管理において重要であることを都道府県警察に対して十分に周知していないこと
給付金については、6年6月に犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律施行令の一部を改正する政令(令和6年政令第207号)が施行され、支給額の算出に使う最低基礎額を引き上げるなど支援が拡充されたことにより、今後、支給額が増加すると見込まれることから、求償権に係る債権管理を適切に行うことが更に重要となる。
ついては、貴庁において、給付金を支給して、国に帰属した求償権に係る債権金額等を債権管理簿に適切に記載するよう是正の処置を要求するとともに、求償権に係る債権の管理に関する事務を債権管理法等に基づき適切に行い、長期間に及ぶ可能性のある債権の管理に関する事務を継続して適切に実施するための体制を整備するよう、次のとおり是正改善の処置を求める。
ア 求償権に係る債権の帰属を歳入徴収官等に通知する者を定めた上で速やかに債権の帰属を歳入徴収官等に通知して、裁定に係る調書における加害者の資力に関する事項を十分活用して債権金額等の調査確認を行った上で加害者に対する納入の告知を行い、無資力等の状態である加害者については履行延期の特約等をするなど適時適切な債権管理を行うための事務処理体制を整備すること
イ 求償権に係る債権管理に十分活用するために、裁定のための収集資料における加害者の資力に関する事項について、裁定に係る調書に適切に記載するよう都道府県警察に周知すること