キャリアアップ助成金(以下「助成金」という。)は、雇用保険で行う事業である雇用安定事業及び能力開発事業の一環として、雇用保険法(昭和49年法律第116号)等に基づき、期間の定めがある労働契約を締結する者(以下「有期契約労働者」という。)等の企業内でのキャリアアップ(注1)を支援するために、キャリアアップに向けた取組を実施した事業主に対して国が経費等を助成するものである。助成金の対象となる取組には、正社員化コース等がある。
助成金の支給を受けようとする事業主は、対象者、目標、計画期間等が記載されたキャリアアップ計画書を管轄の都道府県労働局(以下「労働局」という。)に提出して受給資格の認定を受けることとなっている。
そして、正社員化コースの支給要件は、事業主が、①上記のキャリアアップ計画書に記載された計画期間内に労働協約又は就業規則等に基づき、有期契約労働者を正規雇用労働者に転換すること、②転換後6か月以上の期間継続して雇用し、転換後6か月間における基本給、賞与及び定額で支給されている諸手当を含む賃金の総額(以下「賃金総額」という。)を転換前の6か月間の賃金総額と比較して5%以上(令和3年度以降は、賃金総額から賞与を除いた額を3%以上)増額させていることなどとなっている。
正社員化コースの助成金の支給を受けようとする事業主は、有期契約労働者を正規雇用労働者に転換等した後、6か月分の賃金を支給した日の翌日から起算して2か月以内に、支給申請書に雇用契約書、労働条件通知書等の関係書類を添えて、労働局に提出することとなっている。
支給申請書等の提出を受けた労働局は、関係書類等に基づいて、事業主やその申請内容が助成金の支給要件を満たしているかなどについて審査をした上で支給決定を行い、これに基づいて厚生労働本省は、助成金の支給を行うこととなっている。
また、労働局は、偽りその他不正の行為により本来受けることのできない支給を受けようとした事業主に対して不支給とすること、偽りその他不正の行為により本来受けることのできない支給を受けた事業主に対して、支給した助成金の全部又は一部の支給決定を取り消して返還の手続を行うことなどとなっている。
本院は、合規性等の観点から、事業主に対する助成金の支給決定が適正に行われているかに着眼して、全国47労働局のうち4労働局(注2)が元年度から5年度までの間に支給決定を行った正社員化コースに係る助成金10,657件(支給決定金額計8,341,609,250円)から、支給実績等を基に、同53件(同計66,365,000円)、当該支給決定に係る24事業主を選定して、助成金の支給の適否について、厚生労働本省及び4労働局において会計実地検査を行った。
検査に当たっては、事業主から提出された支給申請書等の書類により会計実地検査を行い、適正でないと思われる事態があった場合には、更に当該労働局に調査及び報告を求めて、その報告内容を確認するなどの方法により検査した。
検査の結果、静岡労働局が元年度、3年度及び4年度に支給決定を行った助成金9件に係る5事業主は、正社員化コースにおいて、有期契約労働者を正規雇用労働者等に転換していないのに転換したなどと偽っていたほか、有期契約労働者を正規雇用労働者に転換した後に賃金総額を5%以上増額させていないのに増額させたと偽るなどして助成金の支給を申請していた。このため、これらの支給決定9件に係る5事業主に対する助成金の支給額計13,680,000円全額が支給の要件を満たしていなかったもので支給が適正でなく、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、事業主が誠実でなかったため、支給申請書等の記載内容が事実と相違していたにもかかわらず、静岡労働局において、これに対する審査が十分に行われないまま支給決定を行っていたことなどによると認められる。
前記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
静岡労働局は、事業主Aから、平成28年8月1日から33年(令和3年)7月31日まで及び3年9月16日から8年9月15日までを計画期間とする2件の正社員化コースに係るキャリアアップ計画書の提出を平成28年6月及び令和3年8月に受けて、助成金の受給資格を認定していた。
そして、同労働局は、事業主Aから、有期契約労働者計6人を平成30年1月から令和3年10月までに正規雇用労働者等に転換させたとして、平成30年8月から令和4年6月までに3件の支給申請書及び雇用契約書等の関係書類の提出を受けて、これらの書類に基づき、元年5月から4年10月までに助成金3件、計3,135,000円の支給決定を行い、この支給決定に基づき、厚生労働本省は元年5月から4年10月までに同額を事業主Aに支給した。
しかし、実際には、事業主Aは、採用当初から正社員として雇用していた者を有期契約労働者から正規雇用労働者等へ転換したとする虚偽の雇用契約書を提出するなどしていたことから、正社員化コースに係る助成金3,135,000円の全額が支給の要件を満たしていなかった。
なお、これらの適正でなかった支給額については、本院の指摘により、全て返還の処置が執られた。