【適宜の処置及び改善の処置を要求したものの全文】
雇用保険の人材開発支援助成金の支給について
(令和6年10月9日付け 厚生労働大臣宛て)
標記について、下記のとおり、会計検査院法第34条の規定により是正の処置を要求し、及び同法第36条の規定により改善の処置を要求する。
記
人材開発支援助成金(以下「助成金」という。)は、雇用保険で行う事業である能力開発事業の一環として、雇用保険法(昭和49年法律第116号)等に基づき、労働者の職業能力開発に係る職業訓練又は教育訓練を実施した事業主に対して、これらの訓練に要した経費等を国が助成するものである。助成金の対象となる取組には、一般訓練コース、事業展開等リスキリング支援コース等がある。
事業主に対する助成には、①職業訓練又は教育訓練に要した経費(以下「訓練経費」という。)に各コースに応じた一定率(30%、45%、75%等。以下「経費助成率」という。)を乗ずるなどして算定した額を助成する経費助成と、②訓練期間中の所定労働時間内の賃金を助成対象として、訓練時間1時間当たりについて一定額を助成する賃金助成がある。
助成金の支給を受けようとする事業主は、訓練開始日から起算して1か月前までに、実施する訓練の内容等が記載された訓練計画届、訓練対象者の雇用契約書等を管轄の都道府県労働局(以下「労働局」という。)に提出して、その内容の確認を受けることとなっている。そして、訓練終了日の翌日から起算して2か月以内に、支給申請書に事業主が訓練経費を支給申請を行うまでに全て負担していることを明らかにするための領収書等の関係書類を添えて、労働局に提出することとなっている。
支給申請書等の提出を受けた労働局は、上記の関係書類等に基づいて、事業主やその申請内容が助成金の支給要件を満たしているかなどについて審査をした上で支給決定を行い、貴省本省は、これに基づいて助成金の支給を行うこととなっている。
貴省が定めた雇用関係助成金支給要領(平成30年3月31日職発0331第2号・雇均発0331第3号・開発0331第3号等。以下「要領」という。)によれば、助成金の支給要件として、事業主が、①訓練経費を全て負担していることが必須であり、事業主以外の者が訓練経費の一部でも負担している場合については、当該訓練経費の全額が経費助成の対象とは認められないこと、②訓練経費の負担の状況を明らかにする書類を整備していることなどとされている。そして、経費助成に係る支給要件の審査の際、事業主が教育訓練を訓練実施機関に委託した場合の訓練経費の負担状況については、領収書又は振込通知書の写しなどを事業主から提出させて確認することとなっている。また、令和5年4月に要領が改正され、訓練経費を全額支払った後に、当該訓練経費に対して返金(助成金の申請を行った事業主の負担額の実質的な減額となる返金の性質を有する金銭の支払も含む。)が行われる場合についても、当該訓練経費は経費助成の対象とは認められないこととされている。
貴省は、「雇用保険二事業助成金等不正受給・不適正支給防止マニュアル(第六版)」(令和元年5月24日職発0524第3号・雇均発0524第1号・開発0524第9号)等(以下「マニュアル」という。)を策定し、不正受給防止の措置、不正受給事案の発見に向けた措置や発見後の対応等について定めている。そして、労働局がマニュアルに基づき行う助成金の不正受給・不適正支給を防止するための調査は、助成金の支給決定前や支給決定後に必要に応じて事業主に対して行うことになっている(以下、支給決定後に実地等により行う調査を「実地調査」という。)。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、労働局において事業主に対する助成金の支給決定に係る審査及び実地調査が適切に行われているかなどに着眼して、全国47労働局のうち10労働局(注1)が元年度から5年度までの間に支給決定を行った、一般訓練コース、事業展開等リスキリング支援コース等に係る助成金70,175件(支給額計540億9923万余円)から、支給件数・支給額等を基に、同244件(支給額計2億8163万余円)、当該支給決定に係る113事業主を選定して、助成金の支給について、貴省本省及び10労働局において会計実地検査を行った。
検査に当たっては、事業主から提出された支給申請書等の書類を確認して、適正でないと思われる事態があった場合には、更に労働局に調査及び報告を求めて、その報告内容を確認するとともに、貴省本省を通じて、47労働局を対象に助成金の支給決定に係る審査及び実地調査の実施状況に関する調書の提出を受けるなどして検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
上記の10労働局が113事業主に支給決定した助成金について、支給申請書等の書類を検査したところ、8労働局(注2)管内の32事業主(支給件数計83件、支給額計1億0735万余円)において、事業主が訓練実施機関に教育訓練を委託して訓練経費を支払った後、当該支払と近接した時期等に、訓練実施機関又は訓練実施機関の関連団体等(以下、合わせて「訓練実施機関等」という。)から事業主の銀行口座等への入金が行われていた。そこで、当該入金の経緯等について労働局に調査を求めたところ、入金を受けていた事業主は、訓練実施機関から次のような説明等を受けていた。
① 教育訓練を実施するに当たっては、訓練経費のうち一定額は助成金で補填できる。
② 残りの額については、訓練実施機関等との間で、業務協力や訓練受講者の感想文の提出を行うなどの役務契約を締結すれば、その役務契約に対する支払として訓練実施機関等が負担することができる。
③ ①及び②の結果として、訓練経費に係る事業主の負担がなくなり、実質的に無料で教育訓練が受けられる。
そこで、当該入金に係る役務契約の内容及び事業主の役務の提供の状況、事業主の訓練経費の負担状況等について確認したところ、次のとおりとなっていた。
ア 訓練実施機関から訓練経費の一部を負担するための入金を受けることにより、事業主が訓練経費の全てを負担していない事態
2事業主(支給件数計4件、支給額計239万余円)
上記32事業主のうち2事業主(支給件数計4件、支給額計239万余円)は、訓練実施機関に教育訓練を委託する一方、訓練実施機関が行う業務について援助活動を行うなどの役務契約を訓練実施機関との間で締結するなどして、業務協力料等の名目で訓練実施機関から入金を受けていた。しかし、実際には、訓練実施機関が行う業務について事業主が援助活動を行っていた形跡は確認できず、事業主は入金の対価となるような役務の提供を実施していないことなどから、当該入金は、訓練実施機関が訓練経費の一部を負担するためのものであると認められた。
このように、2事業主が訓練実施機関から訓練経費の一部を負担するための入金を受けていて訓練経費の全てを負担していないことは適切とは認められない。
イ 教育訓練に関連する役務の提供を実施して訓練実施機関等から入金を受けることにより、実態として事業主が訓練経費の全てを負担していないと認められる事態
30事業主(支給件数計79件、支給額計1億0495万余円)
前記32事業主のうち30事業主(支給件数計79件、支給額計1億0495万余円)は、訓練実施機関に教育訓練を委託する一方、訓練実施機関等との間で役務契約を締結しており、その内容等は次のとおりとなっていた。
(ア) 役務契約の内容、事業主の役務の提供
30事業主が訓練実施機関等との間で締結した役務契約において、事業主が提供する役務の内容は、表のとおり、受講者の感想文の提出、訓練風景の写真撮影への協力等であり、教育訓練を委託することに関連するものの対価として、訓練実施機関等から事業主に対して金銭を支払うものとなっていた。
表 役務契約の内容
訓練実施機関名
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事業主数
|
役務契約の内容
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訓練実施機関A | 24 | 事業主が訓練実施機関Aの関連団体等に、次の(1)から(4)までの対応を行うもの (1)訓練受講者の感想文の提出 (2)訓練担当者のアンケートの提出 (3)訓練風景の写真撮影、動画撮影への協力 (4)社名を公表した上での実績紹介への協力 |
訓練実施機関B | 6 | 訓練実施機関Bが訓練受講者に対して訓練内容の感想や成果についてのインタビュー・撮影を行うことへの協力 |
また、30事業主のうち19事業主については、感想文のみの提出で支払を受けるなど、契約で定められた役務の一部しか提供していないのに契約金額の全額が支払われていた。そして、これらの中には、訓練受講者16名についての感想文を提出することで187万余円の支払を受けている事業主も存在していた。
(イ) 事業主の訓練経費の負担状況
前記のとおり、事業主は、訓練実施機関から訓練経費に係る事業主の負担がなくなり実質的に無料で教育訓練が受けられるなどの説明を受けた上で教育訓練を委託していることから、30事業主に係る支給件数計79件について、事業主が受給した助成金額、訓練実施機関等からの入金額及び事業主が支払った訓練経費等の額の関係について確認した。その結果、入金額の全体が判明していないなどの5事業主に係る支給件数計21件を除いた25事業主に係る支給件数計58件のうち、21事業主の支給件数計43件については、助成金の各コースによって経費助成率が30%、45%、75%等と異なっているにもかかわらず、事業主が支払った訓練経費等の額と助成金額との差額すなわち事業主の自己負担額と、訓練実施機関等からの入金額が一致するなどしており、事業主は、訓練経費を負担することなく教育訓練を実施していた。
以上のことなどから、30事業主に係る支給件数計79件については、訓練実施機関等から教育訓練に関連する役務の対価を名目として入金を受けることにより、訓練実施機関等が訓練経費の一部を実質的に負担していて、実態として事業主が訓練経費の全てを負担していないと認められる。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
東京労働局は、事業主Cから、令和5年6月に事業展開等リスキリング支援コースに係る支給申請書のほか、訓練経費の全てを負担していることを確認するための請求書等の提出を受けて、これらの書類に基づき、同年9月に助成金188万余円の支給決定を行った。
当該支給申請について検査したところ、事業主Cは、広告宣伝レビュー代の名目で同年4月に訓練実施機関Aの関連団体から75万余円の入金を受けていた。そこで、同労働局に入金の経緯等について調査を求めたところ、事業主Cは、4年12月頃、教育訓練の委託を検討していた際に、訓練実施機関Aから教育訓練に係る費用が実質無料になると記載された説明資料を受け取り、訓練受講者の感想文を提出するなどした場合は金銭を支払うなどの説明を受けていたとのことであった。
事業主Cは、このような説明を踏まえて訓練実施機関Aに労働者6人に係る教育訓練を委託し、5年4月に訓練経費等264万円を支払っていた。そして、同年同月に、訓練実施機関Aの関連団体との間で、訓練受講者の感想文を提出するなどした場合は75万余円の支払を受ける旨の契約を締結し、訓練受講者6人分の感想文を同団体に提出して、75万余円を同団体から受領していた。
そして、助成金支給額188万余円と当該入金額75万余円の合計額264万円は訓練実施機関に支払った訓練経費等の額264万円と同額になることから、事業主Cは、訓練経費を負担することなく教育訓練を実施していた。
これらの事態に関して、労働局の見解を確認したところ、30事業主から支給申請が行われた当時の要領に照らせば、事業主が訓練経費を全て負担するという支給要件を満たしていないという疑義が生ずるものの、訓練実施機関等との間で役務契約が締結され、提供された役務の対価を名目として入金があった際の取扱いについては要領に定められていないことなどから、支給要件を満たしていないとまでは言えないと判断するとしている。また、5年4月の改正後の要領においても、上記の取扱いについては具体的に示されていない。
しかし、前記のとおり、訓練実施機関等が訓練経費の一部を実質的に負担していて、実態として事業主が訓練経費の全てを負担していないと認められる事態は、事業主が訓練経費を全て負担していることが必須であるなどとされている要領の趣旨を踏まえると適切とは認められない。
2(1)の事態における32事業主が教育訓練を委託した訓練実施機関を集計したところ、特定の4訓練実施機関が全ての教育訓練を実施している状況となっていた。そして、47労働局において、3年度から5年度までの間における上記の4訓練実施機関が実施した教育訓練に係る助成金の支給件数及び支給額を確認したところ、40労働局において、支給件数計961件及び支給額計9億6433万余円(支給件数及び支給額の内訳は、3年度169件1億4249万余円、4年度362件3億1536万余円、5年度430件5億0646万余円)となっていて、支給件数及び支給額ともに年々増加していた。したがって、各労働局において、事業主に対する訓練実施機関等からの入金の有無を適切に確認しなければ、2(1)と同様の事態が発生し続けるおそれがある。
そこで、47労働局において、3年度から5年度までの間の助成金の支給決定に係る審査及び実地調査の際に、訓練実施機関等からの入金の有無を確認しているかなどについてみたところ、マニュアル等に訓練実施機関等からの入金の有無を確認することが示されていなかったことなどのため、支給決定に係る審査については、40労働局(全労働局の85.1%)が入金の有無を確認していなかった。また、実地調査についても、39労働局(同82.9%)が入金の有無を調査していなかった。
(是正及び改善を必要とする事態)
助成金の支給に当たり、訓練実施機関から訓練経費の一部を負担するための入金を受けることにより、事業主が訓練経費の全てを負担していない事態は適切ではなく、是正を図る要があると認められる。また、訓練実施機関等が訓練経費の一部を実質的に負担していて、実態として事業主が訓練経費の全てを負担していないと認められる事態、並びに労働局における支給決定に係る審査及び実地調査の際に、訓練実施機関等から事業主に対する入金の有無の確認が行われていない事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴省本省において、次のようなことなどによると認められる。
ア 事業主と訓練実施機関等との間で教育訓練に関連する役務契約が締結され、訓練実施機関等から事業主に対する入金があった際の具体的な取扱いについて、要領等に明確に定めていないこと
イ 支給決定に係る審査及び実地調査の際に、訓練実施機関等から事業主に対する入金の有無等について、どのように確認を行うべきかなどをマニュアル等において具体的に定めていないこと
貴省は、雇用保険で行う能力開発事業が職業能力の開発や向上を図る上で重要な施策であり、助成金の支給についても、同事業の一環として引き続き実施していくこととしている。したがって、助成金については、今後も多額の支給が想定されるところであり、事業主が訓練経費を全て負担していることが必須であるなどとされている要領の趣旨に沿って支給等が行われることが重要である。
ついては、貴省本省において、助成金の適切な支給に資するよう、次のとおり是正及び改善の処置を要求する。
ア 訓練経費の全てを負担していなかった2事業主について、事実関係を確認するなどした上で、不適正と認められる助成金を返還させる措置を講ずること(会計検査院法第34条の規定により是正の処置を要求するもの)
イ 事業主と訓練実施機関等との間で教育訓練に関連する役務契約が締結され、訓練実施機関等から事業主に対する入金があった際の取扱いを明確にし、実態として事業主が訓練経費の全てを負担していない場合に適切に対処できるよう要領等を見直すとともに、見直し後の要領等や訓練経費の負担に係る具体的な考え方等を、労働局を通じるなどして事業主に対して周知すること(同法第36条の規定により改善の処置を要求するもの)
ウ 労働局における支給決定に係る審査及び実地調査において、助成金の不正受給・不適正支給防止の実効性を確保するため、訓練実施機関等から事業主に対する入金の有無等を適切に確認できるような審査方法及び調査方法をマニュアル等に新たに定めること(同法第36条の規定により改善の処置を要求するもの)