【改善の処置を要求したものの全文】
労働保険の保険料の申告書等の郵送に必要となる業務の見直しについて
(令和6年10月16日付け 厚生労働大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、労働者災害補償保険及び雇用保険(以下、両保険を合わせて「労働保険」という。)を管掌しており、「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」(昭和44年法律第84号)等に基づき、労働保険の事業に要する費用に充てるため、保険料を徴収している。
保険料については、労働者が負担する分も含めて、事業主が納付することとなっている。事業主は、毎年度の6月1日から40日以内に、都道府県労働局(以下「労働局」という。)に対して、その年度の労働者に支払う賃金総額の見込額に所定の保険料率を乗じて算定した概算保険料を、概算保険料申告書に添えて納付することとなっている。そして、次の年度の6月1日から40日以内に、労働局に対して、前年度に実際に支払った賃金総額に基づいて算定した確定保険料申告書を提出することとなっている。その後、労働局は、この申告書の記載内容を審査して、その結果に基づき、保険料の過不足分が精算されることとなっている(以下、保険料の納付に係る一連の事務を「年度更新」という。)。
貴省本省は、毎年度、年度更新が開始される直前の5月下旬に、年度更新の際に使用する次の書類を事業主(注)に対して郵送している。
① 概算保険料申告書及び確定保険料申告書(以下、これらを合わせて「申告書」という。)並びに納付書
② 申告書に保険料の額を記入する際の算定方法を説明するなどした記入要領
③ 申告書と併せて提出する各種書類の様式
これらのうち②と③(以下、これらを合わせて「記入要領等」という。)については、貴省本省は、ウェブサイトにも掲載している。
そして、貴省本省は、①から③までの書類を郵送するに当たって必要となる業務(以下「本件業務」という。)を表1の1から6までの業務ごとに、一般競争契約により選定するなどした会社に請け負わせて実施している。令和4、5両年度の年度更新に係る本件業務の支払額は計15億6792万余円となっていて、このうち郵送業務に係る支払額が計8億7211万余円と過半を占めている。
表1 本件業務の概要及び支払額
業務名 | 業務の概要 | 支払額 注(1)(2) | ||
---|---|---|---|---|
令和4年度の年度更新に係るもの | 5年度の年度更新に係るもの | 計 | ||
1 申告書及び納付書の印刷業務 | 申告書及び納付書を印刷するもの | 182,165 | 218,815 | 400,981 |
2 記入要領等の作成業務 | 記入要領等を作成するもの | 73,359 | 90,524 | 163,884 |
3 封筒の作成業務 | 申告書等を事業主に郵送するための封筒を作成するもの | 14,531 | 14,696 | 29,227 |
4 配送業務 | 1から3までの業務において印刷や作成した申告書等を、5の業務を実施する会社へ配送するもの | 9,860 | 9,381 | 19,241 |
5 封入封かん業務 | 4の業務で配送された申告書等を3の業務で作成した封筒に封入封かんして、郵便局まで配送するもの | 41,665 | 40,808 | 82,474 |
6 郵送業務 | 日本郵便株式会社が申告書等を郵便局から事業主まで郵送するもの | 436,540 | 435,576 | 872,117 |
計 | 758,123 | 809,804 | 1,567,927 |
ア オンラインによる申告書の提出
貴省は、政府の「e―Japan重点計画」(平成13年3月IT戦略本部)等の方針に基づき、平成16年度の年度更新から、オンラインによる申告書の提出(以下、この提出を「電子申請」という。)を開始している。
事業主が電子申請を行うに当たっては、ソフトウェアを利用して、貴省本省が郵送した申告書に記載されている前年度に納付した概算保険料の額、所定の保険料率等(以下「事業主別情報」という。)や、前年度に実際に支払った賃金総額等を入力し、送信することになる。
イ 電子申請の利用拡大に向けた取組と利用状況
貴省は、電子申請を開始して以降、政府による行政手続の簡素化の推進等に関する様々な方針に基づき、電子申請の利用拡大に取り組んできている。近年では、29年6月に閣議決定された規制改革実施計画を受けて、「労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行規則」(昭和47年労働省令第8号)を改正し、令和2年4月1日以降、資本金、出資金等の額が1億円を超える法人等(以下「特定事業主」という。)について、電子申請を義務化している。また、3年6月に閣議決定された規制改革実施計画を受けて、同年10月に「オンライン利用率引上げに係る基本計画」を策定し、8年度末までに特定事業主以外の事業主(以下「非特定事業主」という。)も含めた全事業主の電子申請の利用率を30%とする目標を掲げて、事業主に対して電子申請を利用するように促している。
3年度から5年度までの間の電子申請の利用状況は表2のとおりとなっており、電子申請を行う事業主が増加している。
表2 電子申請の利用状況
区分 | 事業主数 | 電子申請を行った事業主数 | 電子申請率(%) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
特定事業主 | 非特定事業主 | 計 | 特定事業主 | 非特定事業主 | 計 | 特定事業主 | 非特定事業主 | 計 | |
(A) | (B) | (C=A+B) | (D) | (E) | (F=D+E) | (D)/(A) | (E)/(B) | (F)/(C) | |
令和3年度 | 55,052 | 1,830,873 | 1,885,925 | 33,415 | 329,660 | 363,075 | 60.6 | 18.0 | 19.2 |
4年度 | 54,809 | 1,850,220 | 1,905,029 | 36,351 | 370,986 | 407,337 | 66.3 | 20.0 | 21.3 |
5年度 | 51,515 | 1,867,499 | 1,919,014 | 37,548 | 420,011 | 457,559 | 72.8 | 22.4 | 23.8 |
(注) 建設の事業等においては、同一の事業主に複数の労働保険関係が適用される場合があるが、この場合、労働保険関係ごとに申告書等が別々に郵送されているなどのため、労働保険関係ごとに一つの事業主とみなして計上している。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
1(3)のとおり、貴省は、平成16年度から電子申請を開始し、令和2年4月から、特定事業主について電子申請を義務化するなど、電子申請の利用拡大に取り組んできている。また、税や健康保険等といった他の制度においては、オンラインによる申告手続等の利用拡大に伴い、手続等に係る書類の郵送を取りやめるなどしている。
そこで、本院は、経済性等の観点から、電子申請の義務化や利用状況等に応じて本件業務が適切に見直されているかなどに着眼して、4、5両年度の年度更新に係る本件業務の支払額15億6792万余円(3年度計2億1754万余円、4年度計8億1320万余円、5年度計5億3717万余円)を対象として、貴省本省において、契約書、仕様書、請求書等の関係書類により、郵送対象の事業主、郵送した書類の内容等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
貴省が特定事業主における電子申請の義務化をはじめとする電子申請の利用拡大に向けた取組を推進していることや、電子申請を行う事業主が増加していることを踏まえると、申告書や記入要領等の郵送に必要となる本件業務についても見直しを図る必要があると思料された。そこで、貴省本省における本件業務の見直しの状況について確認したところ、次のとおりとなっていた。
ア 申告書の郵送に係る状況
貴省本省は、特定事業主に対する申告書の郵送を取りやめる方針としているものの、取りやめに関する具体的な検討を行っていなかった。
しかし、電子申請を義務化してから5年度末現在で4年が経過している中で、特定事業主にとって、申告書が郵送されることは当該申告書を利用する契機となり、電子申請の利用拡大を阻害する要因となる。
したがって、申告書の郵送を取りやめる場合に、従来申告書に記載して通知していた事業主別情報を特定事業主にどのように通知するかなどの具体的な検討を行う必要があると認められる。
また、貴省本省は、非特定事業主のうち電子申請を行った者に対する申告書の郵送について、非特定事業主については電子申請が義務化されておらず、たとえ当該年度において電子申請を行ったとしても、翌年度に継続して電子申請を行うとは限らないとして、取りやめていなかった。
そこで、4年度の年度更新において電子申請を行った非特定事業主の中から無作為に抽出した400事業主が、5年度の年度更新において電子申請を行ったか確認したところ、事業を廃止するなどしていた19事業主を除く381事業主のうち、351事業主(92.1%)が電子申請を行っており、おおむね電子申請を継続している状況となっていた。電子申請を行った全ての非特定事業主についても同様の傾向にあると推定されることから、申告書を郵送する必要性は乏しいと認められる。
したがって、電子申請を継続していない非特定事業主が一定数存在することも踏まえて、郵送を取りやめる事業主の条件等を検討し、また、事業主別情報を通知する方法等を検討すれば、取りやめることが可能であると認められる。
イ 記入要領等の郵送に係る状況
貴省本省は、記入要領等の郵送について、事業主が保険料を正しく算定するために有用なものであるなどとして、取りやめていなかった。
しかし、郵送する記入要領等と同様の情報が貴省のウェブサイトに掲載され、事業主は当該情報を確認して利用できることから、その旨を特定事業主や電子申請を行った非特定事業主に対して十分に周知すれば、申告書と併せて郵送を取りやめることが可能であると認められる。
特定事業主及び電子申請を行った非特定事業主に対する申告書や記入要領等の郵送を取りやめる場合に想定される本件業務の見直しの内容を表1の業務内容ごとに検討した。その結果、表3のとおり、新たに、事業主別情報を通知する文書の作成や、記入要領等の情報が貴省のウェブサイトに掲載されている旨を周知する案内文書を作成することに伴い「1 申告書及び納付書の印刷業務」及び「2 記入要領等の作成業務」に新たな業務が生ずるものの、申告書や記入要領等の印刷や作成の取りやめといった業務の削減や、郵便の区分をより安価な定形郵便へと変更することなどが可能になると認められる。
表3 本件業務の見直しの内容
業務名 | 見直しの内容 |
---|---|
1 申告書及び納付書の印刷業務 | 申告書の印刷を取りやめ 新たに、事業主別情報を通知する文書を作成 |
2 記入要領等の作成業務 | 記入要領等の作成を取りやめ 新たに、貴省のウェブサイトに掲載されている旨を周知する案内文書を作成 |
3 封筒の作成業務 | 申告書の印刷や記入要領等の作成の取りやめにより、封筒サイズを定形外サイズから定形サイズへ変更 |
4 配送業務 | 1から3までの業務の見直しにより、5の業務を実施する会社へ配送する書類の量を削減 |
5 封入封かん業務 | 1から3までの業務の見直しにより、封入封かんする書類の量を削減するとともに、封入封かん方法を変更 |
6 郵送業務 | 1から3までの業務の見直しにより、事業主へ郵送する郵便の区分を定形外郵便から定形郵便へ変更 |
そして、特定事業主に係る本件業務の支払額計4272万余円について、表3の見直しを行った場合における節減額を試算したところ、表4のとおり、新たに業務が生ずる「1 申告書及び納付書の印刷業務」及び「2 記入要領等の作成業務」についても節減が図られ、本件業務全体として計2360万余円節減できると認められた。
また、電子申請を行った非特定事業主に係る本件業務の支払額計2億7292万余円について、郵送を取りやめる事業主の条件として、前年度から電子申請を継続した事業主(継続率92.1%)に対して申告書や記入要領等の郵送を取りやめる場合の節減額を試算したところ、表4のとおり、特定事業主と同様に、新たに業務が生ずる「1 申告書及び納付書の印刷業務」及び「2 記入要領等の作成業務」についても節減が図られ、本件業務全体として計1億3892万余円節減できると認められた。
表4 本件業務の見直しによる節減額
業務名 | 特定事業主 | 電子申請を行った非特定事業主 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
令和4年度の年度更新に係るもの | 5年度の年度更新に係るもの | 計 | 4年度の年度更新に係るもの | 5年度の年度更新に係るもの | 計 | |
1 申告書及び納付書の印刷業務 | 1,683 | 1,890 | 3,573 | 9,287 | 11,786 | 21,073 |
2 記入要領等の作成業務 | 1,627 | 2,052 | 3,680 | 8,978 | 12,800 | 21,778 |
3 封筒の作成業務 | 16 | 13 | 29 | 90 | 82 | 172 |
4 配送業務 | 55 | 54 | 110 | 303 | 342 | 646 |
5 封入封かん業務 | 194 | 194 | 388 | 1,072 | 1,210 | 2,282 |
6 郵送業務 | 7,964 | 7,862 | 15,827 | 43,939 | 49,027 | 92,967 |
計 | 11,541 | 12,067 | 23,609 | 63,671 | 75,250 | 138,921 |
(注) 表中の数字は表示単位未満を切り捨てているため、集計しても計が一致しないものがある。
このように、本院が検査の対象とした4、5両年度の年度更新のみについてみても、本件業務の見直しにより、新たな業務が生ずる分を含めても、本件業務に係る支払額を合計1億6253万余円節減することができたと認められる。
したがって、本件業務を経済的に実施するため、特定事業主や電子申請を行った非特定事業主に対する申告書や記入要領等の郵送を取りやめて、本件業務の見直しを図る必要があると認められる。
(改善を必要とする事態)
貴省本省において、特定事業主について、申告書や記入要領等の郵送の取りやめに関する具体的な検討を行わないまま、郵送を継続している事態は適切ではなく、また、電子申請を行った非特定事業主について、郵送を取りやめる事業主の条件等を含めた申告書や記入要領等の郵送の取りやめに関する具体的な検討を行わないまま、郵送を継続している事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴省本省において、電子申請の義務化や利用状況等に応じて、適切に本件業務の見直しを行う必要性についての認識が欠けていることなどによると認められる。
現在、貴省は、政府における行政手続の簡素化の推進等に向けた方針に基づき、電子申請の利用拡大に取り組んでおり、今後も電子申請の利用の増加が見込まれる。そして、これに伴い、本件業務の見直しによる更なる節減効果も期待できると考えられる。
一方、本件業務の見直しに当たっては、事業主において、郵送を取りやめたことを理由とした申告書の未提出や保険料の算定誤りの増加を招かないようにするなどのため、計画的な実施が求められる。
ついては、貴省において、電子申請の義務化や利用状況等に応じて、本件業務が経済的に実施されるよう、電子申請が義務化された特定事業主や電子申請を行った非特定事業主について、申告書や記入要領等の郵送の取りやめに関する具体的な検討を行った上で、それらの郵送の取りやめ及び本件業務の見直しのための計画を策定するよう改善の処置を要求する。