【改善の処置を要求したものの全文】
鳥獣被害防止総合支援対策における軽減目標の達成状況の把握及び改善計画の作成等について
(令和6年10月22日付け 農林水産大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、鳥獣による農林水産業等に係る被害(以下「鳥獣被害」という。)の軽減に資することを目的として、平成20年度から、鳥獣被害防止総合対策交付金交付等要綱(令和4年3農振第2333号農林水産事務次官依命通知。令和3年度までは鳥獣被害防止総合対策交付金交付要綱(平成20年19生産第9422号農林水産事務次官依命通知)等)、「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律に基づく被害防止計画の作成の推進について」(平成20年19生産第8422号農林水産省生産局長通知。以下「推進通知」という。)等(以下、これらを合わせて「要綱等」という。)に基づき、鳥獣被害防止総合支援対策を実施する市町村、農林漁業団体等から構成される協議会等の事業主体に対して、鳥獣被害防止総合対策交付金を交付している。
そして、事業主体は、要綱等に基づき、同対策として、農林水産業等に被害を及ぼす鳥獣の捕獲等、侵入防止柵の設置等による被害防除及び緩衝帯の設置等による生息環境管理の取組(以下「三つの取組」という。)を総合的かつ計画的に実施する鳥獣被害防止総合支援事業、当該鳥獣を緊急的に捕獲するための経費について捕獲頭数に応じた支払を実施する鳥獣被害防止緊急捕獲活動支援事業等を実施している。
鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律(平成19年法律第134号。以下「特措法」という。)によれば、市町村は、その区域内で被害防止施策を総合的かつ効果的に実施するために、単独で又は共同して、被害防止計画を定めることができるとされている。そして、推進通知によれば、同計画には、次の内容を記入することなどとされている。
ア 市町村長が早急にその被害を防止するための対策を講ずべきと判断した鳥獣種(当該鳥獣種は複数でもよいとされている。以下「対象鳥獣」という。)
イ 計画期間(3年程度)
ウ 鳥獣被害の現状(基準年度(計画期間の開始前年度等)における対象鳥獣ごとの被害面積、被害金額等の実績値(以下「基準値」という。)等)
エ 鳥獣被害の現状及び傾向を踏まえた軽減目標(計画期間の最終年度(以下「目標年度」という。)における対象鳥獣ごとの被害面積、被害金額等の目標とする数値(以下「目標値」という。))
オ 鳥獣被害の現状、従来実施してきた取組等を踏まえた軽減目標を達成するために必要な取組方針
なお、貴省は、エの軽減目標を対象鳥獣ごとに記入することとしている理由について、対象鳥獣の生態等に応じた対策が必要になるためとしている。
また、要綱等によれば、鳥獣被害防止総合支援対策として実施する事業のうち、鳥獣被害防止総合支援事業等の4事業(注1)については、被害防止計画の作成が要件とされており、同計画に掲げる軽減目標を事業の目標とすることとされている(以下、当該4事業を「交付金事業」といい、交付金事業に対して交付する鳥獣被害防止総合対策交付金の交付額を「交付金交付額」という。)。
特措法によれば、国及び地方公共団体は、鳥獣被害の状況等について調査を行うこととされており、被害防止計画の作成、変更等に当たって、適切に当該調査の結果を活用しなければならないこととされている。
当該調査の具体的な方法等については、「野生鳥獣による農作物の被害状況調査要領」(平成19年19生産第3909号。以下「調査要領」という。)等に、次のように示されている。
ア 市町村長は、当該調査に当たっては、被害農家からの報告、農業共済組合への照会、現場確認等により、的確な被害状況の把握に努める。
イ 被害面積は、鳥獣被害が発生したほ場の作付面積に被害割合(注2)を乗じて算出する(以下、算出した面積を「実被害面積」という。)。
ウ 被害金額は、鳥獣被害が発生しなかった場合に見込まれる収量等から減収等した量(以下「実被害量」という。)に標準的な「単位当たり生産者販売価格」(以下「標準単価」という。)等を乗じて算出する(以下、算出した金額を「実被害金額」という。)。農業共済組合への照会により実被害量を把握しようとする場合には、誤って共済減収量(注3)を実被害量としないように注意する。
要綱等によれば、交付金事業を実施する事業主体は、被害防止計画に定められた被害面積、被害金額等に係る軽減目標の達成状況について、目標年度の翌年度に自ら評価(以下「自己評価」という。)を行い、都道府県知事に報告すること、また、自己評価の報告を受けた都道府県知事は、その内容を点検評価し、事業主体に対して必要に応じ指導を行うことなどとされている。そして、自己評価に当たっては、次の計算式により算出した達成率を対象鳥獣ごとに被害防止計画目標評価報告書(以下「評価報告書」という。)に記載することになっている。
そして、要綱等によれば、自己評価の結果、軽減目標の達成状況が低調な場合(達成率が70%未満の場合。以下同じ。)には、事業主体は、目標未達成の原因及び問題点、事業内容の見直しを含む問題点の解決のために必要な方策、推進体制等を記載した改善計画を作成することなどとされている。一方、貴省は、改善計画を作成するか否かの判断に当たっては、上記の対象鳥獣ごとの達成率が用いられる場合と、全ての対象鳥獣に係る被害面積、被害金額等の基準値、目標値及び目標年度の実績値の各数値をそれぞれ合計して算出した達成率(以下「合算達成率」という。)が用いられる場合とがあるとしているが、いずれの達成率により判断するのかについては明確にしていない。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
貴省が公表している「全国の野生鳥獣による農作物被害状況」によれば、令和4年度における全国の鳥獣による被害金額は155億余円に上っている。このうち、シカによる被害金額は64億余円(155億余円に対する割合42%)、イノシシによる被害金額は36億余円(同23%)となっている。貴省は、シカ及びイノシシが深刻な鳥獣被害を及ぼしている現状を踏まえ、更なる捕獲対策の強化を図るなどとしており、鳥獣被害防止総合対策交付金の6年度当初予算として99億余円が計上されている。
そこで、本院は、有効性等の観点から、軽減目標の達成状況は適切に把握されているか、当該達成状況が低調な場合に改善計画の作成等が行われているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、目標年度を2年度、3年度又は4年度とする被害防止計画(以下「当期計画」という。)に基づいて、17道府県(注4)の556市町村に所在する計708事業主体が、それぞれ目標年度までの3年間に実施した交付金事業(平成30年度から令和4年度までの間に実施した交付金事業に係る事業費計146億7024万余円、交付金交付額計131億9939万余円)を対象として、貴省本省及び17道府県において、当期計画、当期計画の目標年度の翌年度から計画期間が始まる被害防止計画(以下「次期計画」という。)、評価報告書等の関係書類を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、当該708事業主体から調書の提出を受けてその内容を分析するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
検査の対象とした17道府県の556市町村708事業主体の当期計画における基準値及び目標年度の実績値の調査及び算出の方法を確認したところ、17道府県の244市町村267事業主体(事業費計57億5503万余円、交付金交付額計50億0337万余円)において、次のアからウまでのとおり、基準値及び目標年度の実績値の一方又は両方に関して調査又は算出が適切に行われておらず、これらから算出される達成率が誤ったものとなっていて、軽減目標の達成状況が適切に把握されていなかった。また、自己評価の報告を受けた17道府県は、評価報告書の点検評価において、基準値、目標年度の実績値及び達成率が適切に算出されているか十分に確認していなかった。なお、アからウまでの調査又は算出が適切に行われていなかったものには、重複している道府県、市町村及び事業主体がある。
ア 農業共済組合への照会や被害農家からの報告等により把握した数値(鳥獣被害が発生したほ場の作付面積等)について、被害割合等を考慮せずにそのまま被害面積として用いるなどした結果、被害面積を実被害面積より大きく算出するなどしていたもの
17道府県、153市町村、154事業主体
(事業費計41億2973万余円、交付金交付額計35億1625万余円)
イ 実被害量ではなく共済減収量に標準単価等を乗じて算出した金額を被害金額とするなどした結果、被害金額を実被害金額より少なく算出するなどしていたもの
15道県、74市町村、74事業主体
(事業費計22億6285万余円、交付金交付額計17億8672万余円)
ウ 計算誤り、転記誤りなどにより、被害面積又は被害金額を誤って算出していたもの
17道府県、136市町村、128事業主体
(事業費計27億3368万余円、交付金交付額計21億6661万余円)
そして、これらの適切に行われていなかった調査又は算出が達成率に及ぼす影響について確認するために、本院において、前記244市町村267事業主体のうち、実被害量等に係る根拠資料等が保存されていた93市町村103事業主体について、当該根拠資料等により調査要領等に沿った方法で、各事業主体における全ての対象鳥獣に係る数値を合計した実被害面積及び実被害金額を試算した。
その結果、71市町村80事業主体(103事業主体に対する割合78%)において、被害面積又は被害金額のいずれかについて評価報告書に記載された数値との開差が1割以上となり、このうち33市町村38事業主体(同37%)においては開差が5割以上となった。
また、前記93市町村103事業主体のうち、評価報告書に記載された被害面積及び被害金額により算出された合算達成率の一方又は両方が70%以上であることを理由として改善計画を作成していなかった57市町村69事業主体について、試算した実被害面積及び実被害金額により合算達成率を算出したところ、8市町11事業主体において、いずれも70%未満となった。
さらに、上記93市町村103事業主体のうち12市町15事業主体(うち5市町6事業主体は上記の8市町11事業主体と重複している。)においては、評価報告書では目標年度における被害面積又は被害金額が基準年度と比べて減少した(合算達成率がプラス)とされていたが、試算結果では増加(合算達成率がマイナス)となった。
上記の事態について事例を示すと次のとおりである。
<事例>
島根県益田市及び同市、島根県農業共済組合、島根県農業協同組合等から構成される益田市鳥獣被害対策協議会(益田市所在。令和2年度から4年度までの間に実施した交付金事業に係る事業費計2580万余円、交付金交付額計2444万余円)は、当期計画の作成及び自己評価の実施に当たり、基準値に関して、同市が島根県農業共済組合への照会により把握した被害面積及び被害金額を用いるなどし、目標値に関しては、被害面積及び被害金額を、それぞれ基準値から約20%減少させることとしていた。また、目標年度の実績値に関しても、基準値と同様に算出していた。
しかし、同市が島根県農業共済組合への照会により把握して同市及び同協議会が上記で用いた被害面積は、実被害面積ではなく、鳥獣被害が発生したほ場の作付面積であり、また、上記で用いた被害金額は、実被害金額ではなく、共済金支払額であった。
そして、本院において調査要領等に沿った方法で試算した実被害面積及び実被害金額により合算達成率を算出したところ、表のとおり、被害面積に係る合算達成率は8%から△59%に、被害金額に係る合算達成率は205%から△51%になり、いずれも軽減目標の達成状況が低調となっていた。また、いずれも合算達成率がマイナスとなり、鳥獣被害は減少しておらず、増加していた。
表 事業主体による自己評価及び本院による試算結果
区分 | 被害面積 | 被害金額 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
基準値 | 目標値 | 実績値 | 合算達成率 | 基準値 | 目標値 | 実績値 | 合算達成率 | |
自己評価 | 570 | 460 | 561 | 8 | 1,591 | 1,273 | 938 | 205 |
試算結果 | 328 | 265 | 365 | △59 | 3,543 | 2,835 | 3,905 | △51 |
前記のとおり、貴省は、達成率が70%未満の場合に改善計画を作成することとしている。一方、貴省は、改善計画の作成の判断に当たっては、対象鳥獣ごとの達成率が用いられる場合と合算達成率が用いられる場合とがあるとしているが、いずれの達成率により判断するのかについては明確にしていない。そして、検査の対象とした17道府県の556市町村708事業主体のうち17道府県の313市町村415事業主体は、合算達成率が70%以上であることなどを理由として改善計画を作成していなかった。
一方、鳥獣被害の軽減には、前記のとおり、対象鳥獣の生態等に応じた対策が必要になることを踏まえると、交付金事業を効果的に実施するためには、改善計画の作成の判断に当たっては対象鳥獣ごとの達成率も考慮する必要がある。
そこで、前記17道府県の313市町村415事業主体のうち、各市町村の区域内において、目標年度に、全国的に鳥獣被害が大きいシカ又はイノシシのいずれかによる被害金額が被害金額全体の2割以上を占める17道府県の269市町村351事業主体(以下、各市町村の区域内において、その被害金額が被害金額全体の2割以上を占めるシカ又はイノシシを「大きな被害を及ぼしている鳥獣」という。)について、大きな被害を及ぼしている鳥獣に係る達成率を対象鳥獣ごとに確認した。
その結果、14道府県の51市町村69事業主体(事業費計20億3483万余円、交付金交付額計18億2705万余円)においては、大きな被害を及ぼしている鳥獣について、対象鳥獣ごとにみると、被害面積及び被害金額のいずれについても達成率が70%未満と低調なものがあったが、改善計画を作成していなかった。
一方で、市町村の中には、次期計画において、当期計画の計画期間中における鳥獣被害の状況、従来実施してきた取組等を踏まえて、軽減目標を達成するために取組を強化しているものや、次期計画の計画期間中に鳥獣被害の状況等に大きな変化が生じた場合に次期計画を変更しているものが見受けられる。
そこで、前記14道府県の51市町村69事業主体について、5年度末時点の次期計画の内容を確認したところ、14道府県の34市町43事業主体においては、軽減目標の達成状況が低調な大きな被害を及ぼしている鳥獣について、捕獲数を当期計画よりも増加させる計画とするなど、軽減目標を達成するために、三つの取組のうち少なくとも一つの取組が強化されていた。
しかし、残りの9道県(注5)の17市町村26事業主体(事業費計4億9689万余円、交付金交付額計4億2534万余円)においては、軽減目標の達成状況が低調な大きな被害を及ぼしている鳥獣について、次期計画における三つの取組のいずれも、当期計画より縮小又は同等としていて、強化されていなかった。
このように、上記9道県の17市町村26事業主体においては、大きな被害を及ぼしている鳥獣について、対象鳥獣ごとにみると軽減目標の達成状況が低調なものがあるにもかかわらず、改善計画の作成及び次期計画における取組の強化のいずれも行われていなかった。
(1)及び(2)の事態について、重複分を除くと、17道府県の250市町村278事業主体(事業費計60億0885万余円、交付金交付額計51億9167万余円)となる。
(改善を必要とする事態)
軽減目標の達成状況が適切に把握されていない事態並びに大きな被害を及ぼしている鳥獣について、対象鳥獣ごとにみると軽減目標の達成状況が低調なものがあるにもかかわらず、改善計画の作成及び次期計画における取組の強化のいずれも行われていない事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、事業主体及び市町村において軽減目標の達成状況の適切な把握及び改善計画の作成や次期計画における取組の強化の重要性についての理解が十分でないこと、道府県において事業主体及び市町村に対する指導が十分でないことにもよるが、貴省において、次のことなどによると認められる。
ア 事業主体及び市町村に対して実被害面積及び実被害金額の調査及び算出の方法を分かりやすく示していないこと、事業主体、市町村及び都道府県に対して当該調査及び算出が適切なものとなっているか確認することについて指導が十分でないこと
イ 事業主体及び市町村に対して、合算達成率が70%未満の場合のほか、大きな被害を及ぼしている鳥獣について、対象鳥獣ごとにみると達成率が70%未満の場合には、改善計画の作成又は次期計画における取組の強化を行うよう周知していないこと
全国の鳥獣による被害金額は依然として高い水準にあり、前記のとおり、4年度においてはその被害金額は155億余円に上っている。そして、貴省は、シカ及びイノシシが深刻な鳥獣被害を及ぼしている現状を踏まえ、更なる捕獲対策の強化を図るなどとしており、鳥獣被害防止総合対策交付金の6年度当初予算として99億余円が計上されている。
ついては、貴省において、軽減目標の達成状況の把握及び当該達成状況が低調な場合の改善計画の作成等が適切に行われるよう、次のとおり改善の処置を要求する。
ア 事業主体及び市町村に対して実被害面積及び実被害金額の調査及び算出の方法を分かりやすく示すとともに、事業主体、市町村及び都道府県に対して当該調査及び算出が適切なものとなっているか十分に確認するよう指導すること
イ 事業主体及び市町村に対して、合算達成率が70%未満の場合のほか、大きな被害を及ぼしている鳥獣について、対象鳥獣ごとにみると達成率が70%未満の場合には、改善計画の作成又は次期計画における取組の強化を行うよう周知すること