日本放送協会(以下「協会」という。)は、放送法(昭和25年法律第132号)に基づき、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組による国内基幹放送を行うことなどを目的として設立された法人である。同法によれば、協会の放送を受信することのできるテレビ等の受信設備(以下「テレビ」という。)を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約(以下「受信契約」という。)を締結しなければならないとされている。
そして、協会は、放送法の規定に基づき協会が定めて総務大臣の認可を受けた日本放送協会放送受信規約において、個人がその世帯にテレビを設置する場合には、原則として世帯ごとに受信契約を締結することとしている。ただし、生計を共にする世帯であっても住居が複数ある場合には、テレビを設置する住居ごとに受信契約を締結することとしている。
また、協会は、毎年、国民間の受信料負担の公平性を示す指標として、全世帯における契約率である世帯契約率を次の計算式のとおり算定しており、令和5年度末の世帯契約率は82.2%となっている。
(計算式)
協会は、多数のテレビの設置が見込まれる施設等について、受信契約の締結を促進するための取組を自ら行っており、これらには、ホテル、旅館等の宿泊施設、企業寮等のほか、高齢者向け住まいがある。
高齢者向け住まいには、図表1のとおり、有料老人ホーム(注3)、サービス付き高齢者向け住宅(注4)(以下「サ高住」という。)、養護老人ホーム、軽費老人ホーム、特別養護老人ホーム等があり、その施設又は棟(以下、両者を合わせて「施設等」という。)は、高齢化社会の進展により増加傾向にある。特に、有料老人ホーム及びサ高住(以下、これらを合わせて「有料老人ホーム等」という。)については、施設等及び定員が著しく増加しており、これらの施設等の入居者が居室に設置するテレビの台数も増加していると見込まれる。
そして、老人福祉法等により、有料老人ホーム等の設置者等は、設置に当たり、都道府県知事に所定の事項の届出等を行わなければならず、また、入居を希望する者に対して、契約上重要な事項、施設等の概要、利用料金等について記載された重要事項説明書を示さなければならないこととなっている。
図表1 高齢者向け住まいの施設等及び定員の推移(平成25年度~令和4年度)
区分
年度
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有料老人 ホーム |
サ高住 | 養護老人 ホーム |
軽費老人 ホーム |
特別養護老人 ホーム |
(参考) 人口(75歳以上) |
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施設等 | 定員 | 施設等 | 定員 | 施設等 | 定員 | 施設等 | 定員 | 施設等 | 定員 | |||
平成25年度 | 8,502 | 350,990 | 1,533 | 46,387 | 953 | 64,830 | 2,198 | 92,204 | 6,754 | 488,659 | 15,208,882 | |
26年度 | 9,632 | 391,144 | 2,691 | 84,140 | 952 | 64,443 | 2,250 | 93,479 | 7,249 | 498,327 | 15,367,921 | |
27年度 | 10,651 | 424,828 | 4,448 | 140,473 | 957 | 64,313 | 2,264 | 93,712 | 7,551 | 518,273 | 15,706,502 | |
28年度 | 12,570 | 482,792 | 4,839 | 158,024 | 954 | 64,091 | 2,280 | 93,804 | 7,705 | 530,280 | 16,179,055 | |
29年度 | 13,525 | 518,507 | 5,351 | 174,312 | 959 | 64,084 | 2,302 | 94,474 | 7,891 | 542,498 | 16,768,343 | |
30年度 | 14,454 | 549,759 | 5,585 | 181,790 | 953 | 63,548 | 2,306 | 94,493 | 8,097 | 558,584 | 17,277,892 | |
令和元年度 | 15,134 | 573,541 | 5,741 | 188,904 | 946 | 62,912 | 2,319 | 94,944 | 8,234 | 569,410 | 17,782,446 | |
2年度 | 15,956 | 606,394 | 5,859 | 194,873 | 948 | 62,944 | 2,321 | 95,073 | 8,306 | 576,442 | 18,214,377 | |
3年度 | 16,724 | 635,879 | 6,002 | 202,479 | 941 | 62,153 | 2,330 | 95,318 | 8,414 | 586,061 | 18,332,800 | |
4年度 | 17,327 | 661,490 | 6,207 | 210,940 | 932 | 61,496 | 2,330 | 95,554 | 8,494 | 592,754 | 18,554,599 | |
対平成25 年度比(%) |
203.7 | 188.4 | 404.8 | 454.7 | 97.7 | 94.8 | 106.0 | 103.6 | 125.7 | 121.3 | 121.9 |
高齢者向け住まいにおける受信契約の受信料の免除の対象について、協会は、真に免除が必要な者に限定するとして、日本放送協会放送受信料免除基準により、社会福祉法(昭和26年法律第45号)に規定されている施設(養護老人ホーム、軽費老人ホーム、特別養護老人ホーム等)の入居者が当該施設内の住居にテレビを設置して締結する受信契約に係る受信料としている。一方、同法に規定されている施設ではない有料老人ホーム等の入居者が居室にテレビを設置して締結する受信契約に係る受信料については免除の対象としていない。ただし、同免除基準により、公的扶助受給者等が締結する受信契約に係る受信料については、有料老人ホーム等に入居している場合であっても全額免除の対象となる。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、公平性(注5)等の観点から、有料老人ホーム等の入居者が居室に設置しているテレビに係る受信契約が適切に締結されているか、有料老人ホーム等における受信契約の締結を促進するための取組が適切に行われているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、協会本部及び15放送局(注6)が所在する16都道府県内の12,413施設等の有料老人ホーム等から、当該16都道府県ごとに各施設等の定員数の規模に応じた構成比等を反映したものとなるよう、施設等を定員により分類した上で1,119施設等を抽出し、このうち入居者数が判明した1,081施設等(入居者数49,601人)における受信契約を対象とした。そして、協会本部及び15放送局において、会計実地検査時点の協会の営業システムにおける受信契約の登録状況を確認して、各施設等の入居者が設置したテレビに係る受信契約の締結状況を分析するとともに、有料老人ホーム等における受信契約の締結を促進するための取組状況を確認して会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
会計実地検査時点において協会の営業システムに住所が登録されていることを確認できた受信契約は、入居者数が判明した1,081施設等(入居者数49,601人)において、13,113件となっていた。そして、当該1,081施設等における世帯数を推計すると44,269世帯となり、これらに対する受信契約の割合は29.6%となった(図表2参照)。
図表2 有料老人ホーム等の入居者に係る受信契約等の状況
入居者数が 判明した 施設等数 (A) |
左に係る 世帯数 (B) (注) |
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確認できた 受信契約 |
確認できなかった 受信契約 |
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件数 (C) |
割合 (C)/(B) |
件数 (D) |
割合 (D)/(B) |
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1,081 | 44,269 | 13,113 | 29.6 | 31,156 | 70.3 |
上記の推計した世帯数及び確認できた受信契約数から、協会の世帯契約率の算出方法に基づき、免除対象世帯数及びテレビ故障率を考慮して、有料老人ホーム等における世帯契約率に相当する割合(以下「契約締結割合」という。)を試算したところ、図表3のとおり36.6%となり、これは協会が全世帯を対象として算定した世帯契約率82.2%を大きく下回っていた。
図表3 世帯契約率と有料老人ホーム等における契約締結割合(本院試算)の比較
項目 | 世帯契約率 注(4) |
有料老人ホーム等における契約締結割合(本院試算)
|
|
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総人口(入居者数)(A) | ― | 49,601 | |
総世帯数(B) | 57,300,000 | 44,269 | |
免除対象世帯等数(C)注(1) | 7,460,000 | 3,139 | |
免除対象世帯等を除く世帯数 (D)=(B)-(C) |
49,840,000 | 41,130 | |
テレビ普及世帯数(E)注(2) | 46,390,000 | 35,931 | |
テレビ故障世帯数(F)注(3) | 840,000 | 179 | |
受信契約対象世帯数 (G)=(E)-(F) |
45,550,000 | 35,752 | |
世帯契約数(H) | 37,430,000 | 13,113 | |
契約締結割合 (H′)=(H)/(G) |
82.2 | 36.6 |
そして、受信契約の締結が必要な件数35,752件(年間の受信料相当額計5億0503万余円)から各施設等において受信契約の締結を確認できた13,113件を差し引いて、各施設等において受信契約の締結を確認できなかった件数を算出すると22,639件(年間の受信料相当額計3億1979万余円)となった。
有料老人ホーム等の入居者にはテレビを設置していない者も一定数いることなどを考慮すると、契約締結割合と世帯契約率を単純に比較することはできない。しかし、両者に開差があることの理由には2人以上で同居している世帯から有料老人ホーム等に入居する際に住居が複数に分かれ新たに受信契約の締結が必要となるのに締結していない場合もあることなどから、受信契約の締結を確認できなかった22,639件の中には受信契約を締結する必要のある入居者が一定の割合で存在すると思料された。
そこで、アで試算した有料老人ホーム等における契約締結割合について、1,081施設等における契約締結割合の分布をみると、図表4のとおり、中央値は16.6%となり、全体の56.0%に当たる計606施設等が契約締結割合20%未満の範囲に分布している状況となっていた。
図表4 有料老人ホーム等における契約締結割合(本院試算)に係る分布
すなわち、協会の世帯契約率の算出方法に基づき試算した1,081施設等の有料老人ホーム等における契約締結割合が36.6%であるのに対して、実際の契約締結割合の分布をみると、多くの施設等において契約締結割合がこれを大きく下回っていたと認められ、特に契約締結割合が低い上記606施設等の有料老人ホーム等においては、必要な受信契約を締結していない入居者が一定の割合で存在すると考えられた。
協会は、受信契約が必要な者の間の受信料の公平負担に向けて、有料老人ホーム等における受信契約の締結を促進するために、次のような取組を行っていた。
ア 平成27年に全国一斉の取組として、有料老人ホーム等の入居契約に関する重要事項説明書のひな形を作成する都道府県、政令指定都市及び中核市(以下、これらを合わせて「都道府県等」という。)に対して、そのひな形に受信契約についての記載を求める働きかけを行うなど、様々なアプローチを検討して必要な取組を行っていた。
イ 協会本部及び一部の放送局において、営業担当部門がそれぞれの判断で管内の有料老人ホーム等と受信契約の取次ぎに係る委託契約を締結していた。また、有料老人ホーム等の運営主体の協力を得て、訪問により入居者に対する受信契約の締結の必要性についての説明が行われていた。そこで、これらの取組を行った施設等と行わなかった施設等の間で受信契約を締結していた入居者の割合について比較したところ、取組を行った施設等は50.8%となっており、取組を行わなかった施設等の24.9%に比べて高くなっていた。
しかし、これらの取組のうち、アについては、同年以降に協会全体として取組の成果を取りまとめ、検証を行っていたことなどは確認できず、令和4年度末時点で、ひな形に受信契約に関する内容が明記されていたのは7県にとどまっていた。また、イについては、協会本部及び一部の放送局でのみ行われており、協会本部から各放送局に具体的に指示を行って協会全体として対策を講じているものとはなっていなかった。
さらに、協会の営業システムでは契約者個人単位での契約状況を管理することしかできず、また、協会の取組に対する施設等単位での対応の記録を保存することとしていなかったことから、委託契約の締結や入居者に面会するようになった経緯の多くは記録が残されていなかった。そのため、有料老人ホーム等への訪問時の入居者に対する受信契約の締結を促進するための取組状況の記録が、協会全体として今後の取組に資するように共有されていなかった。
このように、高齢化社会の進展に伴い有料老人ホーム等の施設等及び定員が増加し、入居者が居室に設置しているテレビの台数も増加していることが見込まれる中で、1,081施設等における契約締結割合が36.6%であるのに対して、多くの施設等において契約締結割合がこれを大きく下回っていたのに、協会全体としての契約締結を促進するための取組が十分に行われていなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、協会において、次のことなどによると認められた。
ア 平成27年に行った取組の成果を取りまとめて検証を行うことなどの重要性の理解が十分でなかったこと
イ 受信契約の締結を促進するために効果的な取組を講ずるための協会本部から各放送局に対する具体的な指示に関する検討が十分でなかったこと
ウ 受信契約の締結を促進するための取組状況の記録を保存して情報を共有することについての検討が十分でなかったこと
本院の指摘に基づき、協会は、協会全体として有料老人ホーム等における受信契約の締結を促進して受信料負担の公平性を確保するための取組を十分に行うことができるよう、協会本部において、令和6年4月までに各放送局に対して、具体的な取組方法等を周知するなどして、次のような処置を講じた。
ア 重要事項説明書のひな形への受信契約の記載について、平成27年の取組の成果を取りまとめ、検証を行った。また、改めて各放送局から都道府県等に対して継続的な働きかけを行うよう周知した。
イ 協会全体として適切な対策を十分に講ずるために、各放送局に対して、有料老人ホーム等の入居者に係る契約締結を促進するための取組について、有料老人ホーム等の運営主体への訪問等を具体的に指示するなどの対策を講じた。
ウ 有料老人ホーム等への訪問時の入居者に対する受信契約の締結を促進するための取組状況の記録について、これを保存し、協会全体で共有して適時適切に活用するための仕組みを構築した。