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復興金融金庫の融資に当り措置当を得ないもの


(383)−(386) 復興金融金庫の融資に当り措置当を得ないもの

(383)  復興金融金庫で、昭和21年10月から23年7月までの間に、昭和電工株式会社に対し、工場設備資金として22億240万円及び事業運転資金として6億4000万円合計28億4240万円の融資を決定し、うち23億8490万円はこれを23年8月までに直接融資し、残余の4億5750万円はこれを復金が支払保証又は損失補償をする市中銀行融資によることとしたのであるが、左のとおり貸付が放慢と認められるもの及び同会社だけに特別の取扱をしたと認められるものがある。

(1) 設備資金

 昭和電工は、21年9月7億9920万円の予算をもつて、川崎工場の電解硫安製造設備及び鹿瀬工場の石灰窒素製造設備の復旧(以下第1期工事という。)並びに川崎工場の硫安ガス法製造設備の電解法製造設備への改造、塩尻、旭川、秩父、富山4工場の石灰窒素製造設備への転換(以下第2期工事という。)を行うこととなり、右予算額のうち第1期工事分1億6400万円はこれを市中銀行の融資にまち、第2期工事分6億3520万円はこれを全額復金の直接融資によることとなつた。その後2回にわたり物価騰貴等を理由として工事費予算の増額を行つたが、これに対し復金では復興金融委員会の決定により左表のとおり復金の直接融資及び市中銀行融資に対する支払保証の方法により資金の融通を行うこととなつたのである。

融資別 融資決定年月 工事費予算額 融資内訳 市中銀行融資
復金直接融資 支払保証
第1次 21.10-
21.11

第1期工事
千円
164,000
千円
千円
千円
千円
164,000
第2期工事 635,200 635,200
635,200
小計 799,200

635,200
第2次 22. 7-
22.10
第1期工事追加 70,000
50,000 50,000 20,000
第2期工事追加 485,200 485,200
485,200
小計 555,200

535,200
第3次 22.12-
23. 7
第1期工事追加 195,000
195,000 195,000
第2期工事追加 837,000 837,000
837,000
小計 1,032,000

1,032,000


2,386,400 1,957,400 245,000 2,202,400 184,000

備考 第3次の分は当初追加額1,284,236千円で、工事費予算総額は2,638,636千円であつたが、その後一部計画を変更し、追加額を右表のように1,032,000千円に減額したものである。

 右の融資予定額に対し復金は23年8月までに直接融資は予定額19億5,740万円の全額、支払保証は第3次分のうち、1600万円を除き2億2900万円の保証を行つているが、川崎第2期工事については、完成後の電力及び硫酸の供給に不安があつて、計画だけの設備をしても全操業は困難であると認めていたものであるばかりでなく、建設費が著しく高価であり、又転換4工場についても建設費が他会社の工場に比べて著しく高価であつたにかかわらず、肥料増産の至上要請に応ずる必要があるとして十分な実地審査も行わず、会社の申請金額の査定もしないで、その全額を融資したものである。
 復金は第3次融資決定に当り、はじめて全面的な実地審査を行い、会社の工事費予算総額を検討したが、計画変更によつて実施しなくなつた工事部分の予算を削減しただけで、個々の工事については会社の予算をそのまま認めている。当局者はこの実地審査の結果復金へ提出された工事費予算額を査定する余地がなかつたというが、本院において会社の書類につき調査したところによると、富山工場転換工事第3次設備資金の復金に提出された予算の総額は3億3800万円であるに対し、融資決定後会社で作製した実施予算の総額は1億326万8千円(その後の復金報告によれば22年12月末支払実績2億369万円)で、その間に著しい開差がある状況であるのに徴し、復金に提出された工事費予算に対し査定の余地がなかつたものとは認められない。又第3次融資までに工事費予算に積算されている総係費を見ると、第1次予算の分5800万円、第2次予算までの分1億8800万円、第3次予算までの分4億4000万円で、工事費に対する割合は7.8%、16.1%、20%と逐次高率となつているが、その内容を見ると金利1億1677万2千円、予備費7165万4千円、開発費2322万8千円、補償費4426万7千円、その他1億8420万7千円、計4億4012万9千円であつて

(イ) 予備費として7165万4千円を見込んであるが、こうした多額の予備費を融資内容として認むべきではない。

(ロ) 金利1億1677万2千円は復金からの借入金総額に対し23年3月までの全金利を計算したものであるが、22年度中には相当量の肥料が販売されているのであるから、借入金利の一部は肥料代金として回収されるもので、その全額を融資内容として認むべきではない。

(ハ) その他の内容の全体は明白でないが、川崎第2期工事費についてその内容を見ると、人件費、経費、材料費の外に関連費として3000万円を計上している。この関連費のうちには工事着手以来営業資金から支出されていた本社関係諸経費を、第3次予算において遡及して工事費予算に計上したものもあるが、従来営業資金で賄われて運転資金融資の対象となつていたものを遡及して設備資金融資の内容として認むべきではない。

 なお、復金は時々工事の進行状況を調査しているが、その内容を見ると、調査時期が相当隔たつていても出来高はほとんど変化のない状況であるのに、その原因をよくきわめることなく融資を継続していたのは、放慢な措置と認めなければならない。

(2) 運転資金

 復金は肥料製造業者に対し、日本肥料株式会社、肥料配給公団からの肥料代収入の遅延、電力制限等による赤字の金繰不足に対し、逐次運転資金を融通しているのであるが、昭和電工に対する融資状況は左のとおり

融資別 融資決定年月 融資内訳
復金直接融資 支払保証又は損失補償

22年
6月分 年 月
22. 6
千円
25,000
千円
60,000
千円
85,000
7月分 22. 7 70,000
70,000
8月分 22. 9 29,000
29,000
10月分(緊急) 22.11 20,000 10,000 30,000
22年度 第3・四半期分 22.12 7,500 82,500 90,000
同追加 23. 1 70,000
70,000
第4・四半期分(緊急) 23. 2 35,000 40,000 75,000
第4・四半期分 23. 3 90,000 20,000 110,000
23年度 第1・四半期 23. 7 81,000
81,000


427,500 212,500 640,000

 で、復興金融委員会の決定により復金は右の全額を融通しているが、他会社に対する分と著しく取扱を異にし、放慢な貸付と認められるものが多い。すなわち

(イ) 22年6月分運転資金は、東洋高圧工業株式会社外18会社に対し、総額1億5925万円の融資を決定し、昭和電工は市中銀行からの借入が可能であるとして一応除外したが、その後借入ができなかつたので改めて8500万円を融資することにしたのである。しかして、右東洋高圧外18会社に対する分は、各会社における6月の金繰不足額と商工省の6月生産指示量に対する売上相当額とのいずれか低い方をとる方針のもとに査定したものであるのに、昭和電工の分については生産指示相当額4951万4千円、金繰不足額6632万1千円をはるかに上まわる前記8500万円の融資を決定したものである。

(ロ) 22年7月分運転資金は、東洋高圧外29会社に対し4億2390円の融資を決定したもので、そのうち昭和電工の分は7000万円であるが、右の融資は各会社に対してはおおむね7月生産指示相当額の範囲にとどめたものであるのに、昭和電工はこの範囲を著しく超過し、その超過額は1946万1千円に達している。

(ハ) 22年度第3・四半期分運転資金は、11月取りあえず昭和電工外8会社に対し8200万円(うち昭和電工の分3000万円)の緊急融資を決定し、更に全面的に12月昭和電工外16会社に対し3億2690万円の融資を決定したが、そのうち昭和電工の分は9000万円で、この融資方針は電力事情による減産のための赤字と、製品ストツクによる荷繰資金とを査定し、この額の限度内で決定したのであるが、昭和電工だけに対しては特に高額の融資決定をしている。

 このように昭和電工に対する第3・四半期赤字融資は1億2000万円となつたが、更に同会社に対しその後第3・四半期分の追加として特別に7千万円を融通したものがある。すなわち同会社の年末における要支払額は4億3788万2000円により、既融資決定額では越年できない実情にあるとの理由で、更に7千万円を融資したのであるが、年末の金繰困難はひとり昭和電工に限らないのに、特に同会社だけに対してこのような追加融資を決定したのである。

(ニ) 第4・四半期分運転資金は、昭和電工外7会社に対し23年3月3億710万円の融資を決定し、うち昭和電工の分は1億1千万円であるが、これよりさき、その金繰が極度にひつぱくしているのを理由として2月緊急融資7500万円を決定している。

 この2月の緊急融資は昭和電工に対してだけ行われたものであるばかりでなく、復金審査部では会社の金繰について資金不足額を3千万円と査定したのに、復興金融委員会はこれを7520万8千円としたものである。

(384)  復興金融金庫で、大同亜炭株式会社に対し、昭和22年1月から23年1月までの間に、亜炭増産資金として設備資金14,455,000円、運転資金2,100,000円計16,555,000円を融資したものがある。

 右は、同会社が21年12月個人企業であつた浅川鉱山外7鉱山の現物出資によつて資本金10,000,000円で設立され、従前の亜炭月産3千屯を9千屯に増産するに必要な資金として融資方申込があつたのに対し、22年1月から5月までの間に、設備資金6,600,000円及び運転資金1,300,000円の融資をなし、9月物価騰貴により当初の融資をもつてしては設備計画の3分の1程度を施行し得るに過ぎないどの理由で設備資金3,570,000円の追加融資を行い、12月改めて増産目標を5千屯に圧縮し、改訂増産目標達成のためとして融資を申し込んだのに対し、更に設備資金4,285,000円及び運転資金800,000円計5,085,000円を融資したものである。
 しかるに会社は創立当初から各鉱主全員が役員となり、鉱山の経営も従前の個人企業当時の風を脱しないため、統一ある経営ができず、8鉱山のうち5鉱山が脱退する等の混乱を生じ、石炭庁から再度警告があつたにかかわらず、とかく混迷のまま推移していたもので、こうした会社の内容を十分調査することなく、漫然多額の融資を逐次行つたばかりでなく、11月会社機構改革により再出発することとなつたが、当時の調査によれば、既往融資の大部分が目的外に流用され、経営も不振をきわめていたので、会社経営が根本的に刷新改善されることの困難であつたことは当然察知し得られたと認められるのに、既往融資になずみ、更に前記5,085,000円の融資を行つたものである。
 なお、本件融資の使途についてその後同金庫で調査したところ、会社の経理は乱脈をきわめ、帳簿類も故意に紛失又は焼却したものがあり、正確には判明しないが、大要設備資金に使用したと認められるものは5,650,000円(うち2,000,000円は計画外施設に使用)で、7,105,000円は運転資金に濫用され、その他3,800,000円は創立費等の名義をもつて整理されているが、融資額のうち役員が私用に費消したと認められるものも3,500,000円に上つているとのことである。

(385)  復興金融金庫仙台支所で、昭和22年5月から23年1月までの間に三和興業株式会社に対し、枕木生産資金として総計5,895,000円を融資したものがある。

 右は、同会社から運輸省納入用枕木14万本の生産資金として融通方申込があつて、22年5月4,995,000円を貸し付け、更に同年7、8月の秋田県下大水害による被害復旧等のための運転資金に不足を生じたとの事由で、10月から23年1月までの間に4回に分つて900,000円を追加貸付したものであるが、当初貸付当時会社は製薬、亜炭採掘、製材、農機具製作等を業とする新興会社で、業績振わず資産状態悪く、且つ、経営能力も不安な状況であつたのに枕木生産の部面は技術的に困難でなく、納入代金受領委任方式の融資をすれば回収に懸念はないものと軽く判断して、前記金額を貸し付けたものである。その後会社の業績見るべきものがなく、当初貸付金額の外、枕木生産につき、さきに秋田銀行外三銀行から融資を受けていた1,400,000円についても利息の支払さえ困難な状況であつたにかかわらず、前記の追加貸付をしたのであるが、業績不良のまま社長三浦某は23年2月所在不明となり、その他の役員も四散し、その後の調査によれば融資総額5,895,000円及び秋田銀行等の融資額1,400,000円合計7,295,000円のうち3,800,000円の使途は不明で、残余資産は6,100,000円というもののその大部分は換価処分困難と認められ、外部負債は11,898,000円に達し、本件融資の回収については見透しもつかない事情にある。
 要するに本件は、融資に当り会社業態の調査粗漏で不良貸付をしたばかりでなく、枕木生産については同会社は未経験者であるから、資金の運用及び業績には常に周到な注意を払わなければならないのに、その後の追加融資に当つても資金転用の事実を見逃して貸付を追加し、結局総額に対し回収がほとんど不能となつたものである。

(386)  復興金融金庫名古屋支所で、昭和21年12月富士セメント株式会社(旧三河セメント産業株式会社)に対し、セメント工場新設資金として37,000,000円を融資したものがある。

 右は、静岡県引佐郡に年産能力16万屯のセメント工場を新設するための資金として融通したもので、当局者は融資に当り、(1)戦前における国内のセメントの年間生産能力は約600万屯であつたが、設備の戦災、他業転換、国外移転等により約320万屯に半減し、又需要は戦災復興その他の国内向けだけでも年間1200万屯を下らないこと(2)地域的に見ても、東海地方では戦前の80万屯の能力は13万屯程度に減少しているが、需要は100万屯を下らないこと(3)工場の立地条件も良好で経営者も適当であり、その設備計画も妥当であることなどの判断に基いて貸し付けたというが、本件融資当時におけるセメントの国内生産量は、商工省の調査によれば月産7、8万屯で、前記年産320万屯の生産能力に対しては3割程度に過ぎず、これはもつぱら生産原料たる石炭の不足に因るものであつて、鉄鋼、肥料等の超重点産業への配炭増加さえきわめて困難な事情にあり、セメント工業設備の全操業はこれを容易に望み得ない状況であつたにかかわらず、同地方にセメント工場を新設することが緊切であるとして融資したのは、不急部面に資金を供給したものといわなければならない。
 なお、工場新設の工事は物価の騰貴、資材の入手難等のため、22年末以来ほとんど中絶し、将来の見透しもたたない状況である。