干拓事業は食糧の増産、自給の国策を背景とし、昭和の初期から国が実施してきたものであるが、特に、終戦直後は、食糧の確保、引揚者等の帰農促進を目的として推進され、農地の拡大が図られてきたもので、大規模な事業にあっては、多額の事業費と相当年月の工期をかけ、国が直轄で、又は府県が代行し、国営干拓事業として実施されているものである。
そして、昭和21年度以降、従前の干拓事業を引き継ぎ又は新規に着工したものについては、自作農創設特別措置法(昭和21年法律第43号)、土地改良法(昭和24年法律第195号)及び農地法(昭和27年法律第229号)などによって、事業の実施及び造成された農地の配分方法などが規定され、更に、特定土地改良工事特別会計法(昭和32年法律第71号)に基づく特定土地改良工事特別会計の設置によって、事業に要する資金には、一般会計からの繰入金のほか資金運用部資金からの借入金等が充てられるようになるなど国営干拓事業の円滑な実施について制度面での整備が図られてきた。
しかして、これら国営干拓事業の55年度末現在の実績についてみると183地区、地区面積52,528ha、事業費2587億余円(うち直轄73地区、43,025ha、2290億余円)に上っていて、この183地区は次のとおり、
(1) 事業が完了した地区(以下「完了地区」という。)
161地区、地区面積45,947ha、事業費1529億余円、
(2) 工事の途中で事業を廃止した地区(以下「廃止地区」という。)
11地区、廃止までの事業費の支出済額38億余、
(3) 事業を継続している地区(以下「継続地区」という。)
11地区、地区面積6,581ha、55年度、までの事業費の支出済額1019億余円となっている。
これらの地区における事業の実施について、本院は、既往の検査においても指摘をしてきたところであるが、今回、上記183地区について事業の実施、造成地の利用状況等を調査したところ、次のとおりである。
1 完了地区
21年度から55年度までの間に事業を完了した161地区については、1529億余円の事業費で、地区面積45,947haを造成したものであるが、このうちには次のようなものがある。
(1) 干拓地を造成した後又は造成中において、これを全面的に農業以外の用途に供することとして転用しているもの(他転地区)
これは、工場、住宅の用地等農業以外の目的に供することとして国が干拓地を売り払ったりなどしたもので、愛知県鍋田地区ほか17地区(注1)
、面積2,689ha、事業費相当額76億余円に上っている。
これらは、社会経済事情の変化に伴い、地方公共団体等の要請により事業計画が変更されたことによるものであるが、愛媛県下で27年度から40年度までの間に施行した燧(ひうち)灘(壬生(にゅう)川)地区(面積90ha、事業費4億6900万円)の場合は、県が策定した新産業都市の建設基本計画により工場用地等に45年度に他転され、また、福岡県下で27年度から38年度までの間に施行した曾根(草見)地区(面積105ha、事業費4億8200万円)の場合は、地元市町の要望によって工業用地として38年度に他転されたが、いずれも、その後の社会経済事情の変化で企業誘致が難航し、造成された土地の大部分が遊休したままとなっている状況である。
(2) 造成された農地が売渡し又は配分された後、全面的に農業以外の用途に転用されているもの(転用地区)
干拓農地の他用途への転用については、農地法等において特に厳しく抑制されているにもかかわらず、社会経済事情の変化に伴う地元の要請がある一方、稲作の抑制と畑作への転換が推進されている環境の中で、転用が認められたものが千葉県長浦地区ほか13地区(注2)
、面積785ha、事業費相当額19億余円ある。
これらは、主として地元地方公共団体が工場用地等のために転用を図ったものではあるが、島根県下で26年度から37年度までの間に施行した江島地区(面積41ha、事業費1億7200万円)の場合は、県の重要港湾(境港)の区域拡大及び中核工業団地の造成事業を実施するため、45年度及び47年度に転用されたが、その後の社会経済事情の変化により未だその大部分が未利用のままになっており、また、徳島県下で21年度から28年度までの間に施行した辰巳地区(面積35ha、事業費4400万円)の場合は、県が策定した新産業都市の建設基本計画により工場用地に43年度から45年度までに転用されたが、その後の社会経済事情の変化により工場誘致が難航し、現在遊休したままとなっている状況である。
2 廃止地区
21年度から55年度までの間に事業を廃止した地区は、茨城県高浜入地区ほか10地区(注3)
あり、これに投下された事業費は38億余円である。
これらは、終戦直後、食糧増産のため急拠着工したため干拓堤防等の地盤が予測以上に軟弱で施工が困難であるとして工事の初期に事業を廃止したり、漁業補償等について地元関係者との意見の調整がつかず廃止せざるを得なくなったりしたものである。
3 継続地区
55年度末現在事業を継続している11地区については1019億余円を投下して、6,581haの干拓地を造成しているが、これらは次のような状況となっている。
(1) 工事は完了したが造成した土地の配分が済んでいないもの(未配分地区)
干拓事業により造成した農地については、土地配分計画を公告し、入植又は増反の申込みを受け、これを選定して配分者を決定し、工事完了後事業完了手続をして配分者に所有権を取得せしめることとなっているが、工事完了後相当年月を経過しているにもかかわらず、土地配分が未だに完了せず、干拓地が造成されていながらその効果を発揮していないものが、山口県阿知須地区及び王喜(埴生(はぶ))地区ほか3地区(注4)
、面積1,049ha、事業費129億余円ある。
これらは、「新規開田の抑制について」(昭和45年45農地A第217号農林事務次官通達。以下「開田抑制通達」という。)により、造成農地が田から畑に変更になり、営農計画の見直しをせざるを得なくなったり、配分申込者の選定基準について地元の意見調整がつかないなどの事情によるものであるが、22年度から39年度までの間に施行した阿知須地区(面積286ha、事業費10億4400万円)の場合は、用水の手当てができないため営農上の不安があって応募者がいないことによるものであり、また、32年度から43年度までの間に施行した王喜(埴生)地区(面積70ha、事業費5億6000万円)の場合は、地元関係市町において土地配分のための調整に日時を要しているものである。
なお、阿知須地区及び王喜(埴生)地区については、昭和51年度決算検査報告に特に掲記を要すると認めた事項として掲記したところであるが、依然としてその状態は変わっておらず、未だ配分を行うことが困難で、造成した土地が遊休している状況が続いている。
(2) 工事の途中で事業を休止しているもの(休止地区)
これは、漁業補償等について地元関係者との意見の調整がつかないため休止せざるを得なくなったもので、熊本県羊角湾地区及び佐賀県佐賀地区であり、55年度末までの事業費の支出済額は16億余円である。
うち、羊角湾地区(44年度から施行、49年度休止、55年度末までの事業費の支出済額14億余円)については、昭和51年度決算検査報告に特に掲記を要すると認めた事項として掲記したところであるが、依然として工事途中に発生した水質汚濁の問題等で、地元関係者との係争が解決していないため工事を休止している状況である。
(3) 工事を実施しているもの(実施地区)
55年度において、工事を実施している地区は、石川県河北潟地区、愛知県及び三重県木曾岬地区、鳥取県及び島根県中海地区、岡山県笠岡湾地区の4地区(注5)
あり、その計画している地区面積は5,532haで、55年度末までの事業費の支出済額は872億余円、総事業費1373億円に対する進ちょく率は63.5%となっている。
これらの地区においては、開田抑制通達が発せられて以降、すべての干拓地を水田から畑等に計画を変更して造成することとなり、このため、水路等の整備水準の向上などに伴って工事費が増こうし、地元負担金が増加することとなったほか、従前の水田農業と異なり、大規模畑作経営や畜産経営によって営農する者に農地を配分することとしているため応募者の確保、営農の定着は容易でないものとなっている。
しかして、上記地区のうち、笠岡湾地区(計画面積1,187ha、55年度末までの事業費の支出済額171億3100万円)の場合は、52年度に干陸を了しているのに、同地区の隣接地は工場用地であり、背後地は市街地となっていて農業以外の土地利用についての要望も根強いものがあり、今後の土地利用について十分な調整を行うことが困難な状況となっている。また、中海地区(計画面積2,542ha、55年度末までの事業費の支出済額422億8600万円)の場合は、大規模な新規造成畑地における安定した農業経営を図るため、導入作目の選定等について今もなお検討がなされており、そしてまた、木曾岬地区(計画面積444ha、55年度末までの事業費の支出済額86億0900万円)の場合は、同地区が県境に位置し、県の境界について両県の意見が一致せず、未だその線引きが確定していないため、49年度に干陸を了しているのに地区内の農地整備事業を進めるために必要な計画の策定ができない状況である。
国営干拓事業については、上記各項において記述したような事態があり、これらは、社会経済事情の変化や地元との関係から関係当事者の努力にもかかわらず生じたものであるが、なかには、今日なお問題の解決が見出せないでいるものもある状況である。
本事業は、相当年月の工期をかけ多額の国費を投入して農地を目的とする国土を造成するため実施されるものであることにかんがみ、現在事業を実施中の地区はもとより、未配分地区などについても、上記既往の事態を十分認識するとともに、流動する社会経済情勢に対処して、地元関係者との調整や干拓事業をめぐる周辺の自然及び社会環境との調和を図りながら、適切に事業を実施していくことが肝要である。
(注1) 愛知県鍋田地区ほか17地区
直轄代行 | 所在地 | 地区名 | 直轄代行 | 所在地 | 地区名 | |
直轄 | 愛知 | 鍋田 | 代行 | 千葉 | 八幡浦 | |
直轄 | 愛知 | 衣ケ浦 | 代行 | 三重 | 加茂(第1) | |
直轄 | 岡山 | 福田(西) | 代行 | 広島 | 千年(水呑) | |
直轄 | 岡山 | 高梁川(連島) | 代行 | 広島 | 安芸津(第2) | |
直轄 | 岡山 | 笠岡湾(富岡) | 代行 | 広島 | 松永湾(三原) | |
直轄 | 山口 | 厚狭(東) | 代行 | 広島 | 松永湾(第1) | |
直轄 | 愛媛 | 燧灘(壬生川) | 代行 | 福岡 | 小波瀬 | |
直轄 | 福岡 | 曾根(草見) | 代行 | 佐賀 | 国造 | |
直轄 | 福岡 | 曾根(間島・新田) | 代行 | 熊本 | 八代 |
(注2) 千葉県長浦地区ほか13地区
直轄代行 | 所在地 | 地区名 | 直轄代行 | 所在地 | 地区名 | |
直轄 | 千葉 | 長浦 | 代行 | 島根 | 江島 | |
直轄 | 岡山 | 福田(東) | 代行 | 広島 | 千年(千年) | |
直轄 | 岡山 | 高梁川(連島) | 代行 | 広島 | 安芸津(第1) | |
直轄 | 岡山 | 高梁川(玉島) | 代行 | 山口 | 川下 | |
代行 | 京都 | 洛南 | 代行 | 徳島 | 辰巳 | |
代行 | 鳥取 | 弓ケ浜 | 代行 | 愛媛 | 岩松 | |
代行 | 鳥取 | 崎津 | 代行 | 福岡 | 蓑島 |
(注3) 茨城県高浜大地区ほか10地区
直轄代行 | 所在地 | 地区名 | 直轄代行 | 所在地 | 地区名 | |
直轄 | 茨城 | 高浜入 | 代行 | 茨城 | 田伏 | |
直轄 | 静岡 | 庄内 | 代行 | 広島 | 一文字 | |
直轄 | 岡山 | 高梁川(黒崎) | 代行 | 佐賀 | 大浦 | |
直轄 | 長崎 | 長崎 | 代行 | 長崎 | 北松(志佐第1) | |
直轄 | 大分 | 中津 | 代行 | 長崎 | 北松(江迎) | |
代行 | 熊本 | 河内 |
(注4) 山口県阿知須地区及び王喜(埴生)地区ほか3地区
直轄代行 | 地区名 | 所在地 | 着工・完了年度 | 地区面積 | 配分面積 | 事業費 |
直轄 |
阿知須 |
山口 |
22−39 |
ha 286 |
ha 233 |
百万円 1,044 |
直轄 | 有明(福富) | 佐賀 | 21−51 | 430 | 332 | 6,605 |
代行 | 吉名(安浦) | 広島 | 25−30 | 31 | 24 | 26 |
代行 | 王喜(埴生) | 山口 | 32−43 | 70 | 52 | 560 |
代行 | 福富 | 佐賀 | 21−54 | 232 | 160 | 4,752 |
計 |
5地区 | 1,049 | 801 | 12,987 |
(注5) 実施地区
直轄 代行 |
地区名 | 所在地 | 着工年度 | 完了予定年度 | 地区面積 | 配分面積 | 総事業費 | 55年度末までの事業費の支出済額 | 進ちょく率 |
直轄 |
河北潟 |
石川 |
38 |
58 |
ha 1,359 |
ha 10,98 |
百万円 25,500 |
百万円 19,244 |
% 75.4 |
直轄 | 木曾岬 | 愛知 三重 |
41 | 59 | 444 | 368 | 13,700 | 8,609 | 62.8 |
直轄 | 中海 | 鳥取 島根 |
38 | 59 | 2,542 | 1,962 | 71,000 | 42,286 | 59.5 |
直轄 | 笠岡湾 | 岡山 | 41 | 59 | 1,187 | 942 | 27,100 | 17,131 | 63.2 |
計 |
4地区 | 5,532 | 4,370 | 137,300 | 87,270 | 63.5 |
備考 面積は56年度現在の計画である。