ページトップ
  • 平成22年度|
  • 第3章 個別の検査結果|
  • 第1節 省庁別の検査結果|
  • 第6 財務省|
  • 意見を表示し又は処置を要求した事項

社会保険診療報酬の所得計算の特例に係る租税特別措置が有効かつ公平に機能しているかの検証を行い、当該特例について、その目的に沿ったより適切なものとするための検討を行うなどの措置を講ずるよう意見を表示したもの


(1) 社会保険診療報酬の所得計算の特例に係る租税特別措置が有効かつ公平に機能しているかの検証を行い、当該特例について、その目的に沿ったより適切なものとするための検討を行うなどの措置を講ずるよう意見を表示したもの

会計名及び科目 一般会計 国税収納金整理資金 (款)歳入組入資金受入
   (項)各税受入金
部局等 財務本省
検査の対象 財務省
厚生労働省
社会保険診療報酬の所得計算の特例に係る租税特別措置の概要 医業又は歯科医業を営む医師又は歯科医師が、年間の社会保険診療報酬の金額が5000万円以下であるときは、当該社会保険診療報酬に係る実際経費にかかわらず、当該社会保険診療報酬の金額を4段階の階層に区分し、各階層の金額に所定の経費率を乗じた金額の合計額を社会保険診療に係る必要経費とすることができる特別措置
上記特例の適用を受けている医業事業者のうち検査の対象とした医業事業者数 延べ1,929人(平成20、21両年度)
上記のうち青色申告決算書等において社会保険診療報酬に係る実際経費を計算していた医業事業者数 延べ1,654人
上記の医業事業者が特例の適用を受けていたことによる推計減税額 32億1109万円

【意見を表示したものの全文】

   社会保険診療報酬の所得計算の特例に係る租税特別措置について

(平成23年10月28日付け    財務大臣
厚生労働大臣
宛て)

 

 

 標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり意見を表示する。

1 制度の概要

(1) 租税特別措置の概要

 租税特別措置(以下「特別措置」という。)は、所得税法(昭和40年法律第33号)、法人税法(昭和40年法律第34号)等で定められた税負担に対して、租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)に基づいて、特定の個人や企業の税負担を軽減することなどにより、国による経済政策や社会政策等の特定の政策目的を実現するなどのための特別な政策手段であるとされている。
 税収の減少をもたらす特別措置には、税額控除や所得計算上の特別控除等の手法を用いて税の減免になるものなどがあり、税の減免は、実質的には減免された税額相当額の補助金を交付したことと同様の効果があるといわれている。

(2) 社会保険診療報酬の所得計算の特例の概要

 税の減免に該当する特別措置として、医業又は歯科医業を営む医師又は歯科医師(以下「医業事業者」という。)に対する社会保険診療報酬の所得計算の特例(措置法第26条。以下「特例」という。)がある。この特例は、小規模医療機関の事務処理の負担を軽減することにより、その経営の安定化を図り、良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図ることを目的として、各年において、社会保険診療につき支払を受けるべき金額が5000万円以下である医業事業者が、社会保険診療報酬に係る売上原価、経費等の合計額(以下「実際経費」という。)により収支計算を行うことに代えて、社会保険診療報酬の金額を表1に掲げる階層に区分して、各階層の金額に所定の経費率を乗じて計算した金額の合計額(以下「概算経費」という。)を必要経費とすることができるものである。

表1  特例の経費率
社会保険診療報酬 経費率
2500万円以下 72%
2500万円超3000万円以下 70%
3000万円超4000万円以下 62%
4000万円超5000万円以下 57%

 特例は、昭和29年に、社会保険診療報酬の適正化が実現するまでの暫定措置として創設されたもので、当初は医業事業者に対して、社会保険診療報酬の金額の多寡にかかわらず、一律にその72% 相当額を必要経費として認めるものであった。その後、54年に社会保険診療報酬の金額を5段階の階層に区分し、各階層の金額に所定の経費率を乗じて計算した金額の合計額を必要経費とする改正が行われ、さらに、63年に社会保険診療報酬の金額が5000万円を超えるときは特例を適用しないとする現行の取扱いに改められている。
 特例の適用による平成20、21、22各年度における租税の減収見込額(財務省試算)は、それぞれ230億円、250億円、256億円となっている。
 また、特例の対象とされていない自由診療収入(注1) がある場合には、社会保険診療と自由診療のいずれに係る必要経費であるか明らかでない必要経費を合理的に両者に案分するために医業又は歯科医業に係る事業所得の収入金額(以下「医業収入」という。)全体に係る必要経費の計算を行わなければならないこととされている。

 自由診療収入  労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)、公害健康被害の補償等に関する法律(昭和48年法律第111号)及び自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)の規定による診療収入のほか、自費診療収入、健康診断、予防接種、診断書作成等による収入

(3) 特別措置の策定等

 厚生労働省は、毎年行われる税制改正の審議に当たり、各政策の目的に基づき、特別措置の新設、拡充及び期限の延長を希望する旨を記載した要望書等を財務省に提出している。それらの内容については、財務省と厚生労働省との折衝や税制調査会での議論を経て、税制改正大綱の閣議決定が行われ、この大綱に沿った措置法等の改正案は、閣議決定を経た上で内閣から国会に提出され、国会で審議・議決されることになる。

(4) 特例の検証及び政策体系

 厚生労働省は、前記の要望書等を財務省に提出する際に、措置法等の適用に伴う減収見込額を提示することなどにより特別措置の効果等の検証を行っている。また、厚生労働省は、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(平成13年法律第86号。以下「政策評価法」という。)、「政策評価に関する基本方針」(平成17年12月閣議決定)等に基づき、「厚生労働省における政策評価に関する基本計画(第2期)」(平成19年3月厚生労働大臣決定)等を策定し、これに基づき、政策評価の対象となる政策等について、評価を行い、その結果について評価書を作成し公表している。
 特別措置に関しては、平成22年度税制改正大綱において、その抜本的な見直しの方針が示されたことを踏まえ、「政策評価に関する基本方針」が変更され、これに基づき、22年度から法人税関係の特別措置については、政策評価を実施することが行政機関に義務付けられ、それ以外の特別措置については、積極的かつ自主的に政策評価の対象とするよう努めるものとされている。
 上記の基本方針を受け、厚生労働省は特例について、22年度から政策評価を行うこととするとともに、政策体系における特例の位置付けを表2のとおりとし、施策小目標の「医療法人等の経営の安定化を図ること」を、特例の達成目標である「小規模医療機関の事務処理の負担を軽減する」ことなどで達成するとしている。そして、21年度の実績について評価を行い、「租税特別措置に係る政策の事後評価書」として22年9月に公表した。

表2 特例の政策体系における位置付け
政策体系 目標の内容
基本目標I 「安心・信頼してかかれる医療の確保と国民の健康づくりを推進すること」
施策大目標1 「地域において必要な医療を提供できる体制を整備すること」
施策中目標1 「日常生活圏の中で良質かつ適切な医療が効率的に提供できる体制を整備すること」
施策小目標8 「医療法人等の経営の安定化を図ること」
事務事業(目標達成手法) 「社会保険診療報酬の所得計算の特例」(所得税)
  事務事業の達成目標 小規模医療機関の事務処理の負担を軽減する

2 本院の検査結果

(検査の観点及び着眼点)

 前記のとおり、社会保険診療に係る必要経費を一律に社会保険診療報酬の金額の72%とすることとして創設された特例は、税制調査会において、税負担の公平の見地から問題とされ、昭和31年以来再三にわたり、その是正について答申が出されていた。そして、本院においても、昭和51年度決算検査報告に、医業又は歯科医業に係る所得金額が1000万円以上で特例の適用を受けている医業事業者の収支を分析し、社会保険診療報酬の金額に対する実際経費の割合(以下「実際経費率」という。)の平均値が52%であることなどを記述した「社会保険診療報酬の所得計算の特例について」 を特に掲記を要すると認めた事項として掲記したところである。また、平成15年度決算検査報告において、社会保険診療報酬の金額に対する概算経費の割合(以下「概算経費率」という。)の平均値と実際経費率の平均値の差が18.3ポイントであること、特例の検証について、特例の減税見込額の算定等に課題等が見受けられたこと、特例を政策評価による検証の対象としていなかったことなどを記述した「租税特別措置(社会保険診療報酬の所得計算の特例)の実施状況について」 を特定検査対象に関する検査状況として掲記するとともに、この中で、今後とも特例の実施状況についてその推移を引き続き注視していくとしたところである。
 特例は、創設以降これまで長期にわたり存続する一方で、法令上その適用期限が定められていないため、厚生労働省において平成17年度以降要望書等を財務省に提出しておらず、昨今の税制調査会等における見直し議論の中で十分な検討が行われにくい状況にあった。また、所得税法上、必要経費に算入すべき金額は、記帳等に基づき売上原価、その他収入を得るため直接に要した費用の額等とされていて、特例のように社会保険診療報酬の金額に経費率を乗じて必要経費の額を計算することは、申告納税制度の在り方からみて他の事業所得者との公平性の面で特異な取扱いとなっている。
 そこで、本院は、有効性等の観点から、特例の適用の状況はどのようになっているか、概算経費と実際経費の状況はどのようになっているか、特例の政策の達成目標とされている小規模医療機関の事務処理の負担は軽減されているか、財務省及び厚生労働省における政策の検証状況はどのようになっているかなどに着眼して検査した。

(検査の対象及び方法)

 22年12月から23年5月までに会計実地検査を行った54税務署(注2) において、21年分の社会保険診療報酬の金額が5000万円以下の医業事業者から無作為で抽出した2,823人の20、21両年分の確定申告書(延べ5,497人)のうち、特例を適用していた者(以下「特例適用者」という。)延べ1,929人に係る同申告書等により特例の適用状況等の検査を行うとともに、財務省及び厚生労働省において、関係資料の提出を受けて特例の検証状況について会計実地検査を行った。
 なお、特例と同様の特別措置が医療法人に対しても設けられている(措置法第67条)が、平成15年度決算検査報告における検査結果(検査対象682法人のうち特例を適用していた法人3法人)等から特例を適用している法人が少数にとどまると見込まれるため、今回の検査においては、医療法人は対象としていない。

 54税務署  札幌南、須賀川、水戸、伊勢崎、川口、新潟、長野、千葉東、麹町、神田、日本橋、京橋、芝、麻布、品川、四谷、新宿、目黒、蒲田、渋谷、中野、豊島、板橋、武蔵府中、鶴見、横浜中、横浜南、戸塚、川崎北、平塚、岐阜南、静岡、沼津、昭和、熱田、刈谷、右京、阿倍野、東、豊能、吹田、神戸、奈良、府中、下関、徳島、松山、八幡浜、小倉、大川、佐賀、長崎、熊本西、臼杵各税務署

(検査の結果)

 検査したところ、次のような事態が見受けられた。

(1) 特例の適用状況

ア 医業収入等別の状況

 特例適用者延べ1,929人について、医業収入の階層別の適用状況についてみると、表3のとおりとなっている。
 すなわち、特例適用者延べ1,929人のうち医業収入5000万円以下の階層の特例適用者が1,641人と全体の85.0%を占めており、この階層の医業収入の平均は2971万余円、そのうちの自由診療収入は244万余円(8.2%)となっていた。これに対して、医業収入5000万円超の階層の特例適用者は延べ288人と全体の14.9% であり、その医業収入の平均は5911万余円、そのうちの自由診療収入は1457万余円(24.6%)となっていた。この中には、医業収入が1億円を超える特例適用者が延べ6人おり、この6人の医業収入の平均は1億3549万余円、そのうちの自由診療収入は9087万余円(67.0%)となっていた。
 このように、多額の自由診療収入があっても社会保険診療報酬の金額が5000万円以下であれば特例を適用できることとなっていて、特例のこの基準は、医業事業者の経営規模を測るための基準としては必ずしも適切ではなく、このため小規模医療機関を対象にその事務処理の負担を軽減するという特例の目的に十分沿ったものとはなっていないと認められる。
 なお、特例適用者の平均年齢は58.5歳であり、厚生労働省調査(注3) による診療所で診療に従事する医師の平均年齢58.0歳と比較して差異は認められないものの、医業収入が低い階層ほど高齢化している状況となっていた。

 厚生労働省調査  「平成20年医師・歯科医師・薬剤師調査」(厚生労働省)によれば、医師の平均年齢は48.3歳(平成20年12月31日現在)であり、その従事する施設の種別内訳は「病院(医育機関附属の病院を除く)」44.7歳、「医育機関附属の病院」37.8歳、「診療所」58.0歳となっている。


表3 医業収入の階層別の適用状況(平成20、21両年分)
(単位:延べ人、万円)

医業収入の金額 特例適用者数 医業収入の平均(a) 社会保険診療報酬の金額の平均 自由診療収入の平均(b) 医業収入に占める左の構成割合(b)/(a) 所得金額の平均 平均年齢
  構成割合
1000万円以下 87 4.5% 604 581 24 3.9% 435 68.4歳
1000万円超2000万円以下 323 16.7% 1,518 1,405 99 6.5% 821 65.5歳
2000万円超3000万円以下 373 19.3% 2,489 2,260 204 8.1% 1,285 60.1歳
3000万円超4000万円以下 446 23.1% 3,468 3,154 285 8.2% 1,736 56.7歳
4000万円超5000万円以下 412 21.3% 4,506 4,079 396 8.7% 2,299 54.7歳
小計 1,641 85.0% 2,971 2,703 244 8.2% 1,526 59.3歳
5000万円超6000万円以下 214 11.0% 5,398 4,444 915 16.9% 2,819 54.2歳
6000万円超7000万円以下 49 2.5% 6,435 4,220 2,097 32.5% 3,009 51.9歳
7000万円超8000万円以下 12 0.6% 7,440 4,337 3,059 41.1% 3,519 54.4歳
8000万円超9000万円以下 5 0.2% 8,480 4,512 3,917 46.1% 3,674 49.8歳
9000万円超1億円以下 2 0.1% 9,435 4,691 4,732 50.1% 4,986 36.5歳
1億円超 6 0.3% 13,549 4,366 9,087 67.0% 7,469 45.8歳
小計 288 14.9% 5,911 4,404 1,457 24.6% 3,007 53.4歳
1,929 100.0% 3,410 2,956 424 12.4% 1,747 58.5歳
(注)
 「所得金額の平均」は、医業収入から売上原価及び経費等を控除した所得金額の平均であり、特例適用前の金額である。
 

イ 年齢階層別及び地域別の適用状況

 前記のとおり、医業収入が低い階層ほど特例適用者が高齢化している状況が認められたので、さらに、特例適用者の年齢を階層別にみてみると、表4のとおり、全体では「50歳〜59歳」が32.7%と最も多く、前記の厚生労働省調査による全国の診療所の調査結果と同様の傾向となっていた。
 また、地域別の状況をみると、同表のとおり、大都市における特例適用者は延べ1,526人(全体に占める構成割合79.5%)と大多数を占めていて、過疎地域等における特例適用者は延べ61人(同3.1%)となっていた。そして、地域別の平均年齢をみると、地域の違いにより顕著な差異は認められないものの、過疎地域等の平均年齢は54.2歳であり、特例適用者全体の平均年齢58.5歳と比較して若干低くなっていた。そのほか医業収入や診療所の平均勤務者数についても、地域の違いにより平均値に顕著な差異は認められなかった。

表4 特例適用者の年齢階層別・地域別の状況(平成20、21両年分)
(単位:延べ人、万円)

年齢階層 特例適用者数 地域
大都市 大都市以外 うち過疎地域等
  構成割合   政令指定都市 中核市 特例市 一般市 町村
総数 1,919 100.0% 1,526 1,168 156 202 321 72 61
29歳以下
1 0.0% 0 0 0 0 1 0 0
30〜39歳
70 3.6% 51 43 0 8 19 0 3
40〜49歳
425 22.1% 343 265 35 43 64 18 15
50〜59歳
629 32.7% 488 370 42 76 115 26 24
60〜69歳
398 20.7% 307 238 47 22 74 17 17
70〜79歳
232 12.0% 197 162 14 21 31 4 2
80歳以上
164 8.5% 140 90 18 32 17 7 0
平均年齢 58.5 58.8 58.5 60.1 59.2 57.0 58.4 54.2
医業収入の平均 3,410 3,434 3,505 2,988 3,369 3,342 3,182 2,924
診療所の平均勤務者数 2.6 2.5 2.4 2.4 2.7 2.9 2.9 3.1
注(1)  本表は、医業事業者が診療に従事する診療所の所在する市町村を地域別に分類している。このうち、過疎地域等における適用者数等は内書きとなっている。なお、東京都の各区部は、政令指定都市に分類している。
注(2)  「特例適用者数」の「総数」延べ1,919人は、確定申告書等で年齢が不明の特例適用者延べ10人を集計対象から除外しているため、表4の特例適用者数の計と一致しない。

ウ 診療科別の適用状況等

 特例の適用状況を主な診療科別にみると、表5のとおり、診療科別の特例適用率(医業事業者数に対する特例適用者数の割合をいう。以下同じ。)に開差が認められた。この うち、特例適用率の最も高い精神科(58.9%)は医業収入全体に占める必要経費の割合が 60.1% となっており、特例適用率が最も低い整形外科(18.5%)における同割合87.0%と の間に、26.9ポイントの開差が生じていた。

表5 診療科別の適用状況(平成20、21両年分)
(単位:延べ人、万円)

診療科名 医業事業者数 特例適用者数 特例適用率 医業事業者に係る医業収入・医業収入全体に係る必要経費の状況
医業収入の平均 必要経費の平均 必要経費の割合(b)/(a)
(a) 自由診療収入の平均 (b) 売上原価の平均 専従者給与等の平均
医科 3,058 1,177 38.4% 3,517 378 2,568 599 180 73.0%
  内科 1,378 519 37.6% 3,485 372 2,642 747 195 75.8%
  外科 126 25 19.8% 3,303 295 2,836 763 282 85.8%
  耳鼻咽喉科 231 109 47.1% 3,764 54 2,541 386 192 67.5%
  皮膚科 193 94 48.7% 3,976 467 2,526 570 202 63.5%
  眼科 285 136 47.7% 3,432 104 2,248 278 115 65.5%
  産婦人科 145 32 22.0% 3,242 1,043 2,572 592 179 79.3%
  整形外科 108 20 18.5% 3,886 436 3,383 796 218 87.0%
  精神科 134 79 58.9% 3,762 280 2,264 229 179 60.1%
  その他 458 163 35.5% 3,342 597 2,411 498 124 72.1%
歯科 2,380 750 31.5% 3,260 638 2,418 411 236 74.1%
医科、歯科の計 5,438 1,927 35.4% 3,405 492 2,501 516 205 73.4%
注(1)  「医業事業者数」延べ5,438人及び「特例適用者数」延べ1,927人は、確定申告書等で診療科が不明の医業事業者延べ59人及び特例適用者延べ2人について集計対象から除外しているため、検査対象の医業事業者数及び特例適用者数と一致しない。
注(2)  「医業事業者に係る医業収入・医業収入全体に係る必要経費の状況」は、医業事業者延べ5,438人のうち、医業収入、自由診療収入、必要経費等の各金額が判明している者について分析している。
注(3)  「専従者給与等の平均」は、生計を一にする親族に支払う青色専従者給与額及び事業専従者控除額の平均である。
注(4)  「その他」は、小児科、放射線科、泌尿器科等である。

(2) 概算経費と実際経費の状況等

ア 概算経費率と実際経費率の開差の状況

 特例適用者延べ1,929人のうち、青色申告決算書等において実際経費を計算していた者(以下、これらの特例適用者を「実額計算者」という。)は延べ1,654人(85.7%)となっていた。
 そして、実額計算者について、社会保険診療報酬の金額別に4階層に区分し、各階層における概算経費率と実際経費率のそれぞれの平均値をみると、表6のとおり70.4%及び51.5%となっていて、その開差は18.8ポイントとなっていた。

表6 実額計算者に係る概算経費率と実際経費率の状況(平成20、21両年分)
社会保険診療報酬 実額計算者
(人)
概算経費率の平均値 (a) 実際経費率の平均値 (b) 開差
(a)−(b)
総数(延べ) 1,654 70.4% 51.5% 18.8%
2500万円以下
566 71.9% 53.6% 18.3%
2500万円超3000万円以下
191 71.8% 51.1% 20.6%
3000万円超4000万円以下
438 70.4% 51.7% 18.6%
4000万円超5000万円以下
459 68.0% 49.0% 19.0%
(注)
 「概算経費率の平均値」は、個々の実額計算者の概算経費を社会保険診療報酬の金額で除して計算した率の全体の平均値であり、「2500万円以下」階層の値71.9%は、端数処理の関係で表1 の同階層の経費率72%と一致しない。

 また、実額計算者延べ1,654人について、概算経費率と実際経費率の開差を階層別にみると、表7のとおり、開差が20%以下の者で全体の6割超を占めていたが、一方で開差が30%超の者も全体の2割超を占めていた。

表7 概算経費率と実際経費率の開差の階層別状況(平成20、21両年分)
開差 実額計算者 全体に占める構成割合
5%以下 245人 14.8% 61.0%
5%超10%以下 261人 15.7%
10%超15%以下 261人 15.7%
15%超20%以下 242人 14.6%
20%超25%以下 156人 9.4%  
25%超30%以下 152人 9.1%
30%超35%以下 125人 7.5% 20.3%
35%超40%以下 81人 4.8%
40%超45%以下 51人 3.0%
45%超50%以下 38人 2.2%
50%超 42人 2.5%
合計 1,654人 100.0%  

 前記のとおり、本院は、平成15年度決算検査報告において、概算経費率と実際経費率のそれぞれの平均値の開差が18.3ポイントとなっている状況を記述したところであるが、今回の検査においてもその開差は18.8ポイントとなっていて、同様の事態が継続していると認められる。

イ 税額軽減の状況

 概算経費と実際経費の差額(以下「措置法差額」という。)をみると、表8のとおり、2年分で計95億3007万余円となっていた。このうち、措置法差額が1000万円を超える者は延べ294人となっていた。

表8 措置法差額等の状況(平成20、21両年分)
(単位:人、万円)

社会保険診療報酬 実額計算者 概算経費の計
(a)
実際経費の計
(b)
措置法差額の計
(a)−(b)
措置法差額が1000万円以上の者
総数(延べ) 1,654 3,519,972 2,566,964 953,007 294
2500万円以下 566 685,330 515,333 169,997 10
2500万円超3000万円以下 191 377,198 269,482 107,715 22
3000万円超4000万円以下 438 1,068,712 784,102 284,609 112
4000万円超5000万円以下 459 1,388,730 998,045 390,684 150

 このように、概算経費率と実際経費率に開差があることにより多額の措置法差額が生じている状況は、税負担の公平性の見地から適切とは認められない。
 そして、実額計算者延べ1,654人は、概算経費を必要経費として所得金額の計算を行っていて、合計所得税額は40億0796万余円となっているが、これを実際経費に基づき推計すると72億1906万余円となり、その開差は32億1109万余円となる。
 これを事例で示すと次のとおりである。

<事例>

 診療所を経営する医師Aは、平成21年分の申告に当たり、医業収入5460万余円のうちの社会保険診療報酬4909万余円について、実際経費を872万余円と計算している。一方、特例による概算経費を3288万余円と計算していて、概算経費を必要経費として所得金額の計算を行い所得税額を693万余円と算出している。
 上記について、実際経費に基づき所得税額を推計すると1659万余円となり、その開差は966万余円となる。

(3) 事務処理の負担の軽減の状況

 特例適用者延べ1,929人について、実際経費の計算等の状況をみると表9のとおりとなっており、前記のとおり、延べ1,654人は実額計算者であり、特例適用者の85.7%が実際経費の計算を行っている状況となっていた。そして、これらの者はいずれも実際経費と概算経費を比較して概算経費が有利なために特例を適用していた者である。
 さらに、実額計算者延べ1,654人のうち実際経費の計算を行わなければならない自由診療収入のある者は延べ1,592人(96.2%)、申告書の作成等の事務を税理士に依頼していた者は(注4) 延べ1,396人(84.4%)となっていた。また、青色申告者、白色申告者(注5) 別に見ると、申告に際して損益計算書等の提出が義務付けられている青色申告者は特例適用者延べ1,929人のうち延べ1,628人とその大部分を占めており、その中で実額計算者は延べ1,479人(90.8%)となっていた。

(注4)
 申告書の作成等の事務を税理士に依頼していた者  確定申告書等に税理士が署名押印していることが確認できた実額計算者である。
(注5)
 青色申告者、白色申告者  青色申告者とは、納税義務者が一定の帳簿に正確な記帳をすることとして、所轄税務署長から確定申告書等を青色の申告書により提出することができる旨の承認を受けた者である。青色申告をした者には税務計算上種々の優遇措置がある。また、この青色申告者以外の申告者は白色申告者と呼ばれている。国税庁統計年報(平成21年度版)によれば、事業所得者のうち申告納税額のある者は1,471,946人おり、そのうち、青色申告者は825,410人(56.0%)となっている。
表9 実際経費の計算等の状況(平成20、21両年分)
(単位:人)

青色申告者・白色申告者の別 特例適用者(a) (a)のうち実額計算者(b)
((b)/(a))
(b)のうち自由診療収入のある者(c)
((c)/(b))
(b)のうち申告書の作成等を税理士に依頼して行っていた者(d)
((d)/(b))
青色申告者計(延べ) 1,628 1,479
(90.8%)
1,437
(97.1%)
1,305
(88.2%)
白色申告者計(延べ) 301 175
(58.1%)
155
(88.5%)
91
(52.0%)
合計(延べ) 1,929 1,654
(85.7%)
1,592
(96.2%)
1,396
(84.4%)

 このように、特例適用者のほとんどが実際経費を計算した上で、概算経費と比較して有利な方を選択して申告している現状からみると、申告書等の作成事務上は、小規模医療機関の事務処理の負担を軽減するという特例の目的は達成されているとは認められない。

(4) 特例の検証状況

 特別措置の効果等の検証は、前記のとおり、要望書等を財務省に提出する際に行われるものと、政策評価法に基づいて行われる政策評価がある。
 特例の検証は、前記のとおり、17年度以降は要望書等を財務省に提出していないため、厚生労働省において行われておらず、財務省においても行われていない。また、厚生労働省の「租税特別措置等に係る政策の事後評価書」(21年度実績)によると、特例の政策評価について、「特例の適用によって事務の負担が軽減された医療機関の割合(以下「測定指標」という。)は、白色申告者で85.2%となっていて、特例が小規模医療機関に対し医業に専念できる環境に寄与している。」と評価している。
 しかし、上記の測定指標85.2% は、社団法人日本医師会が20年度に実施した調査結果に基づくものであり、評価の測定指標から青色申告者(調査対象者383人中114人、29.8%)が除外されていて白色申告者に限定されていること、また、医業事業者の半数を占める歯科医師(注6) が評価の対象になっていないことから、特例の達成目標(小規模医療機関の事務処理の負担を軽減する)の実現状況を示す測定指標の適切な算出方法とはなっていないと認められる。

 医業事業者の半数を占める歯科医師  国税庁の税務統計(平成21年分)によれば、全国の歯科医師は52,586人で、これに病院及び診療所(医科の医師)43,917人を加えた96,503人に占める割合は54.4%でその半数を占めている。

 また、厚生労働省では、特例の目標達成時期及び目標値を設定しておらず、いつの時点でどのような状況において達成目標が達成されたといえるのか不明であるため、効果の検証が困難となっていると認められる。

(改善を必要とする事態)

 多額の自由診療収入があっても社会保険診療報酬の金額が5000万円以下であることにより特例を適用していたり、特例の概算経費率と実際経費率に開差があることにより多額な措置法差額が生じていたり、特例適用者のほとんどが実際経費を計算した上で、概算経費と比較して有利な方を選択していたりしている事態は、小規模医療機関の事務処理の負担を軽減するという特例の目的に沿ったものとは認められず、また、特例の適用を受けることができない他の事業所得者との間で公平性が大きく損なわれていると認められ、改善の要があると認められる。

(発生原因)

 このような事態が生じているのは、厚生労働省において、特例の有効性について適切な検証が行われていないため、多額の自由診療収入があっても社会保険診療報酬の金額が5000万円以下であることにより特例を適用していたり、特例の概算経費率と実際経費率に開差があることにより多額な措置法差額が生じていたり、特例適用者のほとんどが実際経費を計算した上で、概算経費と比較して有利な方を選択していて小規模医療機関の事務処理の負担を軽減するという特例の目的に沿っていなかったりなどしているのに、その見直しを行うための検討が十分なされていないこと、また、財務省において、17年度以降は要望書等が提出されていないことにもよるが、このような状況を十分に把握しておらず、同様の検証が行われていないことによると認められる。

3 本院が表示する意見

 平成22年度税制改正大綱によると、特例のように特定の政策目的のため税負担の軽減等を行う特別措置については、今後4年間で抜本的に見直しを行うこととされている。また、平成23年度税制改正大綱によると、個人の白色申告者に記帳が義務化されることに伴い、必要経費を概算で控除する特別措置の在り方については、今後検討を行うこととされている。これらのことを踏まえると、特例のように特定の医業事業者のみを対象とする特別措置の適用に当たっては、政策目的のために有効かつ公平に機能しているかを不断に検証することが求められる。
 ついては、多額の自由診療収入があっても社会保険診療報酬の金額が5000万円以下であることにより特例を適用していたり、特例の概算経費率と実際経費率に開差があることにより多額な措置法差額が生じていたり、特例適用者のほとんどが実際経費を計算した上で、概算経費と比較して有利な方を選択していたりする事態が見受けられたことを踏まえ、財務省及び厚生労働省において、特例が有効かつ公平に機能しているかの検証を行い、特例について、その目的に沿ったより適切なものとするための検討を行うなどの措置を講ずるよう意見を表示する。