ページトップ
  • 平成29年度|
  • 第4章 国会及び内閣に対する報告並びに国会からの検査要請事項に関する報告等|
  • 第2節 国会からの検査要請事項に関する報告

<参考:報告書はこちら>

第2 東京電力株式会社に係る原子力損害の賠償に関する国の支援等の実施状況について


要請を受諾した年月日
平成24年8月28日
検査の対象
内閣府、文部科学省、経済産業省、環境省、原子力損害賠償支援機構(平成26年8月18日以降は原子力損害賠償・廃炉等支援機構)、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構、福島県、東京電力株式会社(28年4月1日以降は東京電力ホールディングス株式会社)
検査の内容
東京電力株式会社に係る原子力損害の賠償に関する国の支援等の実施状況についての検査要請事項
報告を行った年月日
平成30年3月23日

1 検査の背景及び実施状況

(1) 検査の要請の内容

会計検査院は、平成24年8月27日、参議院から、国会法第105条の規定に基づき下記事項について会計検査を行いその結果を報告することを求める要請を受けた。これに対し同月28日検査官会議において、会計検査院法第30条の3の規定により検査を実施してその検査の結果を報告することを決定した。

一、会計検査及びその結果の報告を求める事項

  • (一) 検査の対象

    内閣府、文部科学省、経済産業省、原子力損害賠償支援機構、東京電力株式会社等

  • (二) 検査の内容

    東京電力株式会社に係る原子力損害の賠償に関する国の支援等の実施状況に関する次の各事項

    • ① 原子力損害の賠償に関する国の支援等の状況
    • ② 原子力損害賠償支援機構による資金援助業務の実施状況等
    • ③ 東京電力株式会社による原子力損害の賠償その他の特別事業計画の履行状況等

(2) これまでの報告及び27年報告以降の動向

本院は、上記の要請により実施した東京電力株式会社(28年4月1日以降は東京電力ホールディングス株式会社。以下「東京電力」という。)等における会計検査の結果について、25年10月16日及び27年3月23日に会計検査院長から参議院議長に対して報告し(以下、これらのうち25年10月の報告を「25年報告」といい、27年3月の報告を「27年報告」という。)、その概要を平成24年度決算検査報告及び平成26年度決算検査報告に掲記した(平成24年度決算検査報告及び平成26年度決算検査報告参照)。

政府は、23年3月の東北地方太平洋沖地震及びこれに伴う津波の際に発生した東京電力の福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の事故(以下「23年原発事故」という。)により発生した原子力災害からの福島の復興・再生を加速させるために、25年12月の「原子力災害からの福島復興の加速に向けて」(以下「25年閣議決定」という。)で示した必要な対策の追加及び拡充を行うこととし、28年12月20日に「原子力災害からの福島復興の加速のための基本指針」を閣議決定した(以下、この閣議決定を「28年閣議決定」という。)。この中で、原子力災害からの復興については引き続き国が前面に立ってその役割を果たす一方、東京電力が経営改革を行い、自らの責任を果たさなければ国民の理解を得ることができないとして、改めて国と東京電力の役割分担を明確化するとし、原子力損害賠償・廃炉等支援機構国庫債券(以下「交付国債」という。)の発行により対応すべき費用が増加することを踏まえて、交付国債の発行限度額を9兆円から13.5兆円に引き上げることとした。

また、29年5月に事故炉の廃炉等の適正かつ着実な実施を確保することを目的として原子力損害賠償・廃炉等支援機構法(平成23年法律第94号。以下「機構法」という。)が改正され、東京電力は、廃炉等実施認定事業者として、廃炉等に必要な資金を原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下「機構」という。)に廃炉等積立金として積み立てることが義務付けられた。

(3) 検査の観点、着眼点、対象及び方法

ア 検査の観点及び着眼点

本院は、27年報告において、26年度以降に実施された支援等について引き続き検査を実施して、検査の結果については、28年度末に機構によって実施される「責任と競争に関する経営評価」(以下「28年評価」という。)による検証や機構による指導の下で適切な事業の実施と確実な成果が求められる廃炉・汚染水対策の実施状況等を踏まえた上で、取りまとめが出来次第報告することとした。

そこで、今回の検査では、正確性、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、次の着眼点により検査を実施した。

① 原子力損害の賠償に関する国の支援等はどのように実施されているか。特に、国の支援等に係る財政負担等はどのような状況になっているか、財政上の措置以外の国の支援等はどのような状況になっているか。

② 機構が行う東京電力への資金交付等の資金援助等の業務はどのように実施されているか。機構が東京電力等から納付を受ける負担金の水準はどのように設定されているか、機構が引き受けた東京電力が発行した株式の処分を含めて、機構を通じて東京電力に交付された資金の回収の見通しはどのようになっているか。機構の決算はどのような状況になっているか。

③ 原子力損害の賠償に関して、要賠償額の見通しはどのようになっているか、東京電力による賠償は適正かつ迅速に行われているか。東京電力の事業運営に関して、経営の合理化のためのコスト削減、資産売却等の方策や事業改革はどのように実施されているか、財務基盤の強化は図られているか、特別事業計画の作成後の状況の変化に適切に対応しているか。廃炉・汚染水対策における国と東京電力の役割分担はどのようになっているか、対策の適正かつ着実な推進が図られているか。東京電力の決算はどのような状況になっているか。

イ 検査の対象及び方法

本院は、検査に当たっては、内閣府、文部科学省、経済産業省及び機構による原子力損害の賠償の支援並びに東京電力による特別事業計画の履行のうち、原則として29年9月末までに実施された支援等を対象とした。

また、本院は、検査の実施に当たっては、計算証明規則(昭和27年会計検査院規則第3号)に基づき提出された計算証明書類、各機関から徴した関係資料、報告等により、専門家の意見も踏まえつつ、在庁してこれらの分析等を行うとともに、内閣府、文部科学省、経済産業省、機構、東京電力及び23年原発事故の処理等に関する事務を所掌している環境省において、関係書類を基に説明を受け、また、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(以下「JAEA」という。)の福島県内の研究開発拠点、国の交付金や東京電力の賠償金等を原資として造成された基金による事業を実施する福島県、東京電力の福島復興本社、福島第一原発等にも赴き、452人日を要して、会計実地検査を行った。

2 検査の結果

(1) 原子力損害の賠償に関する国の支援等の状況

東京電力に係る原子力損害の賠償に関する国の支援は、原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号。以下「原賠法」という。)の枠組みの下で行うこととされており、国が原子力損害の賠償に関する支援等に係る財政上の負担等をした額は、計8兆0504億余円となっている。このほか、国は、福島第一原発の廃炉・汚染水対策に関して計2242億余円の財政措置を講じている。

ア 国による財政上の措置等の状況

(ア) 国から機構に対する財政上の措置の状況

国は、機構に対して13兆5000億円の交付国債を交付しており、機構の請求に応じて29年12月末までに計7兆5497億円を償還し、機構は東京電力に対して同額を原子力損害の賠償に充てるための資金(以下「賠償資金」という。)として交付している。また、交付国債の償還のために借り入れるなどした借入金等は計6兆7822億余円となっていて、これに係る支払利息は、今後、償還期限が到来するものも含めて計154億8426万余円となっている。さらに、機構法第68条の規定に基づき、26、27、28各年度にそれぞれ350億円が機構に交付され、また、エネルギー対策特別会計電源開発促進勘定の平成29年度予算においては470億円が計上されている。

28年閣議決定を受けて交付国債の発行限度額は13兆5000億円に引き上げられたが、これは、交付国債の発行により対応すべき費用が計約13.5兆円と見込まれたことによるものであり、当該費用の見込額が増加した主な要因は、被災者・被災企業への賠償費用については商工業や農林漁業に関する営業損害や風評被害の収束の遅れ等、除染及び汚染廃棄物処理の費用については被災地における各種工事等の需給のひっ迫による労務費や資材費の上昇等、中間貯蔵施設の費用については輸送時の安全対策の追加等により一定の蓋然性を有する費用の試算が可能な範囲が広がったことが挙げられる。

(イ) 福島県民健康管理基金に係る支出等の状況

福島県は、県民の健康不安の解消や将来にわたる健康管理の推進等を図る事業等に要する資金を積み立てるために、23年9月に福島県民健康管理基金を設置した。経済産業省は同基金の造成に要する経費として電源立地等推進対策交付金781億8241万余円を交付し、東京電力は250億円を賠償金として支払っている。また、環境省は、24年12月に、原子力災害健康管理施設整備交付金59億8000万円を福島県に交付し、同県は、交付額全額を福島県民健康管理基金に積み増した。福島県民健康管理基金のうち、これらの資金に係る分の23年度から28年度までの使用実績は計389億9066万余円となっていて、資金運用益を含めた28年度末の基金残高は719億3797万余円となっている。

同基金による事業について検査したところ、同基金による事業で購入したゲルマニウム半導体検出器17台(整備に要した事業費計4億2908万余円)の中に、年間の測定時間が他の同検出器に比べて大幅に少なくなっているものが5台(取得価格計1億1936万余円)見受けられた。基金で購入された機器類は県民の将来にわたる健康管理の推進を図るために必要なものとして配備されているが、このように使用実績が比較的少なく他の用途に利用できる余地があるものについては、更なる有効活用を検討したり、今後の機器類の調達に当たってその利用状況を考慮したりすることが望まれる。また、同基金による事業において、基金事業計画書の変更を適切に行っていない事態が3件見受けられた。基金事業は継続的に行われるものであり、事業の進捗等に応じて事業内容の変更を行うことも見込まれることから、福島県は、今後の事務手続の適正な実施に努める必要がある。

イ 国による財政上の措置以外の支援等の状況

(ア) 原子力損害賠償紛争審査会及びADRセンターによる支援の状況

原子力損害賠償紛争解決センター(以下「ADRセンター」という。)における23年9月から29年9月末までの和解の仲介の申立てに係る取扱実績は、申立件数22,913件、処理件数20,930件となっていて、29年9月末現在で1,983件が未処理となっている。最近は、集団申立てや地方公共団体による申立てのように処理に時間及び労力を要する案件の比重が増えてきており、未処理件数が大幅に減少するには、なお時間を要すると考えられることから、文部科学省においては、これらの状況の推移にも的確に対応しつつ、引き続き処理の促進に努めることが望まれる。

(イ) 機構法附則の検討条項に係る進捗状況

機構法附則第6条第1項から第3項までの規定に基づく検討及び措置については、原子力損害賠償制度専門部会において原子力損害賠償制度の見直しの方向性について取りまとめが行われるなどして検討の具体的な進展がみられたり、28年閣議決定等により特定復興拠点の整備は国の負担において行うこととされ、交付国債の発行限度額が9兆円から13兆5000億円に引き上げられるなど、一定の措置が講じられたりしている事項もあるが、原賠法の改正等の抜本的な見直しなどには至っていない事項もある。

(2) 機構による資金援助業務の実施状況等

ア 機構及び東京電力による特別事業計画の作成等の状況

機構は、機構法に基づき、東京電力と共同して交付国債による資金交付の前提となる特別事業計画を作成し、又は変更して、主務大臣である内閣総理大臣及び経済産業大臣の認定を受けている。そして、新・総合特別事業計画(以下「新・総特」という。)を全面的に改訂した新々・総合特別事業計画(以下「新々・総特」という。)の29年7月の変更認定においては、交付国債による東京電力に対する資金交付額が9兆5157億7733万余円となった。

また、機構は、29年5月11日に28年評価を公表し、評価結果の総論として「東電経営への国の継続的関与が必要であると判断した」としている。そして、機構は、国と連携して、31年度末を目途に同年度以降の関与の在り方を検討することとしている。

イ 資金援助業務の実施状況

(ア) 東京電力が発行する株式の引受け等の状況

機構は、東京電力が発行する株式を1兆円で引き受けている。25年閣議決定においては、機構が保有する東京電力の株式を売却することにより得られる利益の国庫納付により除染費用相当分(約2.5兆円)の回収を図ること、売却益に余剰が生じた場合は中間貯蔵施設費用相当分(約1.1兆円)の回収に用いることなどが示されていた。そして、28年閣議決定においては、除染費用相当分が約4.0兆円、中間貯蔵施設費用相当分が約1.6兆円と見積もられているが、上記の回収に係る方針は維持することとされている。

機構が引き受けた東京電力の種類株式を全て普通株式に転換して売却等する場合、機構が全ての売却等までに得ることになる対価の額は平均売却価額に約33.3億株を乗じて得られる額となる。そして、除染費用相当分(約4.0兆円)を株式の売却益で回収するには、平均売却価額が1,500円になることが必要となる。

(イ) 交付国債の償還請求及び賠償資金の交付の状況

機構は、東京電力からの賠償資金交付の要望に応じて交付国債の償還請求を行い、償還された資金を東京電力に対して賠償資金として交付しており、29年12月末までの交付額は、計7兆5497億円となっている。

ウ 機構への負担金の納付及び機構からの国庫納付の状況

(ア) 機構への負担金の納付の状況

一般負担金に係る負担金率は、機構が運営委員会の議決を経て定めた基準に従って、23年度に当時の各原子力事業者が保有する原子炉の熱出力等を勘案して設定されたものがその後も引き続き用いられているが、24年度以降、複数の原子炉で廃炉の決定が行われており、将来的には廃炉作業が完了して各原子力事業者が保有する原子炉の熱出力等が23年度当時の状況から変動することが想定されることから、各原子力事業者の負担金率がどのようになっていくかなどについて引き続き注視していく必要がある。

28年度の一般負担金年度総額1630億円について、原子力事業者は同額を29年12月末までに納付している。そして、同年12月末までに各原子力事業者が納付した一般負担金の累計額は8343億0465万円となっている。また、東京電力が負担する28年度分の特別負担金については、機構が新・総特の収支計画や各年度の収支の見通しなどを踏まえて1100億円と定めて、主務大臣はこれを認可した。

機構は、運営委員会の議決を経て特別負担金の額を定めたことを公表するに当たり、「一般負担金額及び特別負担金額について」として特別負担金額の算定に当たっての考え方を特別負担金の額と併せて公表している。これには機構が特別負担金の額を算定する際に考慮した観点が記載されているが、特別負担金の額の検討に際して考慮した東京電力の現在の経営状況や今後の事業運営に要する資金の規模その他の経理上の諸要素が示されておらず、特別負担金の額が、経理的基礎を毀損しない範囲でできるだけ高額の負担をするものとなっているか必ずしも明らかにはされていないと考えられる。今後、機構は、東京電力の納付する特別負担金の額が、東京電力の経理的基礎を毀損しない範囲でできるだけ高額の負担をするものとなっているかについて、特別負担金の額の検討に際して考慮した東京電力の現在の経営状況や今後の事務運営に要する資金の規模その他の経理上の諸要素を用いるなどして、国民に対して丁寧に説明することが望まれる。また、経済産業省は、機構が特別負担金の額を主務省令で定める基準に従って定めたことについて国民に対して丁寧に説明していくよう、内閣府と共に機構を監督していくことが望まれる。

なお、29年12月末までに東京電力が納付した特別負担金の累計額は2900億円となっている。

(イ) 機構からの国庫納付の状況

機構は、28年度の当期純利益の全額に相当する額3043億0520万余円について、29年7月31日と30年1月31日に国庫に納付している。

(ウ) 交付した資金の回収に係る試算

本院において、国が機構を通じて東京電力に交付した資金が、今後、どのように実質的に国に回収されるかなどについて、資金交付額が交付国債の額である13兆5000億円になるとして、機構が保有する東京電力の株式に係る売却益を①6兆円、②4兆円、③2兆5000億円、④5000億円とするなど一定の条件を仮定して機械的に試算した。その結果、13兆5000億円を回収する期間は、本報告書の作成年度である29年度から17年後の平成46年度から同34年後の平成63年度までとなった。そして、回収を終えるまでに国が負担することとなる支払利息は、約1318億円から約2182億円までとなり、原子力損害賠償支援資金への追加的な資金投入等が必要になる試算結果となった。

また、27年報告の試算結果と今回の試算結果とを比較すると、仮定した東京電力株式の売却益の金額等が異なるため、単純に比較することはできないが、東京電力等が機構を通じて国庫に納付する金額は今回の試算結果の方が大きく、回収に要する期間(回収が始まった24年度から回収が完了する年度までの期間)は1割から3割程度長期化する結果となっている。

エ 機構の決算等の状況

28年度決算における契約関係業務の実施状況についてみると、機構は、随意契約により契約を締結していた54件、計7億7428万余円のうち11件、計1億6420万余円について、同種の業務を行うことが可能な事業者が複数存在していて、競争契約としたり、他者から見積書を提出させたりすることができると考えられるのに、これらの手続について十分に検討しておらず、契約額の妥当性を確保しないまま契約を締結して支払を行っていた。上記11件のうち4件について、機構は、29年度において、本院の検査を受けて、企画競争を行うなどした上で契約を締結しており、契約額の妥当性を確保するよう努めていた。

(3) 東京電力による原子力損害の賠償その他の特別事業計画の履行状況等

ア 原子力損害の賠償の状況

23年4月から29年12月までの東京電力の賠償金の支払額は、計7兆6821億余円である。東京電力による賠償金の支払の状況についてみると、「個人」に係る賠償金の支払について、2件、計65万余円の重複が見受けられた。また、請求受付から支払までの平均日数についてみると、「個人」は51.1日、「法人(定型書式)」は42.7日、「法人(非定型書式)」は113.3日、「公共」は95.3日となっていて、中には賠償金の支払までに1,800日以上の長期間を要しているものも見受けられた。東京電力においては、時間の経過を受けて生じた個別事情を踏まえた上で、適切な審査に努めるとともに、引き続き処理の促進を図ることが望まれる。また、「求償」については、請求受付から支払までの平均日数は402.9日となっていて、サンプルチェックによる提出書類の簡素化を図ることなどにより、期間の短縮化の傾向にあるが、東京電力は、関係府省と引き続き連携を図り、審査の適切かつ確実な実施を効率的な事務処理と両立させるよう努めていく必要がある。

賠償に必要な費用の見込みについてみると、被災者・被災企業への賠償費用約7.9兆円については、地方公共団体に対する不動産の賠償のように、本報告書作成時点では賠償基準が定められておらず合理的な見積りを行うことができない損害項目があることなどから、被災者・被災企業への賠償費用に係る賠償見積額は、特別事業計画で示されている額から更に増加することが想定されるものとなっている。そして、特別事業計画における賠償見積額や実際の支払累計額が25年閣議決定で示された賠償費用の見込額を超えていた時期があった。このようなことを踏まえると、被災者・被災企業への賠償費用が約7.9兆円に収まるかどうかについても注視する必要がある。

また、除染・汚染廃棄物処理の費用約4.0兆円及び中間貯蔵施設の費用約1.6兆円については、除染作業や仮置場での除染土壌の管理、除染土壌の発生に伴う中間貯蔵施設への輸送や同施設の整備等に要する費用等によって算定されているが、これらの措置の実施にどの程度の期間が必要か確実には見通せない面がある。さらに、中間貯蔵施設で保管される除染土壌等に係る最終処分の方法や費用の負担者等については決定されていないため、28年閣議決定における除染等の費用の見込額に最終処分に係る費用は含まれていないが、将来的にはその費用を当該見込額に含めることが想定される。このようなことを踏まえると、今後の状況等によっては、当該見込額を見直す必要が生ずるおそれがあると考えられる。

これら賠償に必要な費用の見込みは、交付国債の発行限度額の根拠となり、国民負担の規模に影響を与えることから、経済産業省において、関係省庁と協力して、被災者等への賠償の推移や除染、中間貯蔵施設等に係る事業の進捗等を適時適切に把握して妥当性を検証し、その額を見直す必要が生じた場合には、負担の在り方や必要性について国民に対して十分に説明する必要がある。

イ 特別事業計画に基づく東京電力の事業運営の状況

(ア) 経営の合理化のための諸方策の実施状況
a コスト削減等の状況

26年度から28年度までの新・総特に基づく各年度のコスト削減額をみると、目標額1兆8761億円に対して、東京電力が算定して公表している実績額は2兆2212億円となっている。

そして、電力の小売全面自由化に伴い発生した問題事象のコスト面への影響についてみると、東京電力は、全面自由化までに新規参入した小売電気事業者等と託送供給契約を締結していたが、スマートメーターの設置に遅延が生じ、その遅延解消のために、東京電力の施工力不足の影響を補うための工事単価の割増しにより5.9億円、計器メーカーに対する120A計器の増産要請により12.2億円、それぞれ追加的な費用が発生していた。また、東京電力グループの事業子会社として送配電事業を担う東京電力パワーグリッド株式会社(以下「東電PG」という。)は、託送業務システムの不具合等に伴い、電力の小売全面自由化後間もない28年4月4日の検針分から電気使用量を小売電気事業者に通知できない事態が生じていた。このため、小売電気事業者は、電気の使用者の問合せに対応するためにコールセンターを設置したり、ダイレクトメールを送付したりするなどの対応を行った。そして、そのために要した費用について、29年11月末時点で東電PGは、小売電気事業者6社から計6億余円の請求を受けており、そのうち合意ができた1億余円を支払っている。

また、東京電力は、25年4月に「電力システムに関する改革方針」が閣議決定され、国の制度設計の詳細が未確定の状況下で託送業務システムの開発に着手したが、国の制度設計の進捗に伴うシステムの規模の増大に対して、きめ細かなプロジェクト管理ができず、過剰な人員が投入されることになった。その結果、東京電力は、託送業務システムの開発費用について、電力システム改革が完了する32年度までの保守費用等を含めて予算を設定しており、26年3月にその額を429億円としていたが、27年11月に見直した上記32年度までの予算額は621億円まで増加し、そのうち開発費については、生産性が低下したことにより60.7億円増加したり、人件費単価見直しにより36.0億円増加したりなどしており、27年度当初予算の52億円に対して27年度実績額が122億円増加して174億円となった。そして、上記の小売電気事業者からの賠償請求のほかにも、28年度において計83億余円の増加費用が生じていた。

b 資産売却・グループ会社合理化等

(a) 資産売却の状況

24年5月に認定を受けた総合特別事業計画(以下「総特」という。)において不動産の売却目標額の設定に当たり売却対象とされた900件(簿価891億余円)の不動産のうち、29年9月末時点で未売却となっている物件は245件(簿価27億余円(29年3月末)。総特時点における評価額249億余円)となっている。また、25年報告で売却可能性について検討を行う必要があるとした172件のうち、29年9月末時点で未売却となっているのは38件となっている。

総特における有価証券の売却目標額の設定に当たり売却の対象とされた315件のうち、29年9月末時点で未売却となっている銘柄は91件(簿価75億余円(29年3月末))となっている。

総特における子会社・関連会社の売却目標額の設定に当たり45社が売却対象とされていたが、これらのうち29年9月末時点で17社が未売却となっている。

(b) 子会社のコスト削減等の状況

新・総特において、25年度から34年度までの10年間で計3517億円のコスト削減を行うこととなっているが、総特において電気事業に不可欠であるなどとして存続と判断された65社のうち海外子会社又は売上規模の小さい会社を除く20社における26年度から28年度までのコスト削減について、東京電力は、計画値の1052億円を上回る1777億余円のコスト削減を実施したとしている。

(c) 固定資産に計上されている核燃料

東京電力の核燃料の保有量は、柏崎刈羽原子力発電所(以下「柏崎刈羽原発」という。)の1号機から7号機までの全機が稼働した場合のおよそ13年分に相当する量になっており、全機の運転に至らないなどして柏崎刈羽原発全体の今後の運転状況が想定からおおむね3割程度低下した場合には、不要となる核燃料が発生し、その購入代金分について、電気を販売することによって回収できなくなる。そして、現在のウラン精鉱の市況が続き、かつ、不要となる核燃料が発生した場合には、その資産評価は、購入代金より低いウラン精鉱の市場価格を基礎としたものとなるおそれがある。

したがって、東京電力は、原子炉の運転計画と市場動向を注視しながら、引き続き、核燃料の適正な保有量について検討するとともに、保有量の削減が必要な場合には、既に保有しているウラン精鉱等を削減したり、長期購入契約を締結しているものについて引取りの中止等の交渉を行ったりする方策を実施するなどの措置を執る必要がある。

(イ) 収支見通しの状況
a 新・総特の収支見通しから新々・総特の収支見通しへの見直し内容

新々・総特においては、29年度から38年度までの10年分の収支見通しが示されている。そして、特別負担金の仮置き額は、新・総特において25年度は経常利益の2分の1、26年度以降は毎期500億円の一定額と設定されていたところ、新々・総特においては、29年度から31年度までは毎期500億円、32年度以降は毎期1000億円の一定額となっていて、32年度以降の特別負担金が増額されている。

廃炉等積立金について、東京電力は、30年度以降の積立額の積み増し分を、廃炉等費用の総額等に基づいて毎期定額の2000億円と仮置きしている。

b 柏崎刈羽原発の状況と収支等への影響

(a) 新規制基準に適合するための工事の進捗状況等

原子力規制委員会(以下「規制委員会」という。)が25年6月に制定し同年7月に施行した「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」(平成25年原子力規制委員会規則第5号)等(以下、同月に施行された原子力発電所の規制に係る規則、告示等を合わせて「新規制基準」という。)に適合するための工事の進捗状況等についてみると、東京電力は、柏崎刈羽原発の6、7号機について新規制基準に対する適合性審査を受けるために、25年9月に原子炉設置変更許可等を規制委員会に申請し、審査を経て、29年12月に、設置変更が許可されている。一方、同月末時点で、安全設備設置工事の一部が実施途中であるなど、再稼働の時期については、いまだ見通せない状況となっている。

安全設備設置工事の中には、当初は6、7号機に対する新規制基準適合対策として実施していたものの、最終的に新規制基準に適合させることができなかった設備もある。東京電力は、6、7号機以外の各号機に対する新規制基準適合対策を実施する際には、安全性を早期に確保するために、有効に投資を進めていくことが望まれる。

(b) 柏崎刈羽原発の再稼働時期等による収支への影響

柏崎刈羽原発の再稼働時期等による収支への影響について、収支見通しの中で最も再稼働の進捗が速い「31年度以降再稼働すると仮定し、2~4号機を織り込む場合」と、最も再稼働の進捗が遅い「33年度以降再稼働すると仮定し、3、4号機を織り込まない場合」とで比較すると、31年度から経常利益及び当期純利益に顕著な差が生じていて、10年間の累計では経常利益で5358億円、当期純利益で3933億円、いずれも「31年度以降再稼働すると仮定し、2~4号機を織り込む場合」の方が大きくなっている。

(c) 新々・総特の収支の見通しにおけるキャッシュ・フローと財政状態の見通し

特別負担金と廃炉等積立金がキャッシュ・フローの見通しに与えている影響についてみると、廃炉等積立金の積み増しは、30年度から毎年度2000億円ずつ、特別負担金については、柏崎刈羽原発の再稼働までは毎年度500億円とし、再稼働の翌年度から1000億円の計上を仮置きしている。

柏崎刈羽原発の具体的な再稼働時期について見通しが立っていないことから、東京電力は、必要に応じて収支見通しを適時に見直す必要がある。

c 核燃料サイクルバックエンドに係る費用

電力小売全面自由化により競争が進展しても、エネルギー基本計画で定められた方針に従い、使用済燃料の再処理等が滞ることがないように必要な資金を引き続き安定的に確保するなどのために、国は、「原子力発電における使用済燃料の再処理等のための積立金の積立て及び管理に関する法律」(平成17年法律第48号。以下「旧再処理等積立金法」という。)による積立金制度(以下「旧再処理等積立金制度」という。)を廃止して、新たに「原子力発電における使用済燃料の再処理等の実施に関する法律」による拠出金制度を構築することとした。

そこで、旧再処理等積立金制度時の見積りについてみたところ、東京電力は、返還低レベル廃棄物管理費用の見積りについて、旧再処理等積立金制度創設後の状況の変化を反映して適時に見直しを行っていない状況となっていたが、仮に旧再処理等積立金法等に基づく見積りが適時に見直されていないために積立額に過不足があり、原子力事業者が将来に納付することになる拠出金の額に影響することとなった場合には、東京電力が収支見通し等で想定した各年度の利益に影響するおそれがある。したがって、東京電力は、仮に拠出金単価が変動する場合には、今後納付することとなる拠出金の額を適時適切に収支見通しに反映していくことが求められる。

また、法定の積立て等の制度がないウラン濃縮工場バックエンド費用のうち、東京電力の分担額から28年度末時点で費用計上している金額を控除した残額約326億円について、東京電力は、合理的に見積られた金額ではないために引当金として計上しておらず、新々・総特の収支見通しにも反映させていない。

(ウ) 金融機関への協力要請等

金融機関が実質的に引き受けた私募債及び借入金の一部には、東京電力及び東京電力グループの損益、純資産及び現預金残高の各項目の実績値が金融機関に提示した計画値を一定程度以上下回らないようにしなければならないなどの財務制限条項が付されている。29年9月末において財務制限条項が付されているのは、私募債6582億余円、借入金8799億余円、計1兆5382億余円となっている。

また、電力小売全面自由化後も総括原価方式(注)が維持され、安定的な収益の確保が可能な送配電事業を行う東電PGは、29年3月に900億円の公募社債を発行した(同年9月末までの発行累計額2600億円)。しかし、機構は、更なる企業価値向上施策等を通じて、より一層の収益力の改善や財務体質の強化が必要であるとするなど、東京電力の経営への国の継続的関与が必要であると判断している。

(注)
総括原価方式  事業が効率的に行われた場合に要する総費用に適正な事業報酬(利潤)を加えた総括原価が総収入と見合うように料金を設定する方式

上記のように、コスト削減総額の目標に対して超過達成はしているものの、コスト削減目標を達成できない施策が見受けられることや、施策の実施により追加的な費用が生じていたり、想定以上の費用が生じていたりしていることから、東京電力は、より一層の収益力の改善や財務体質の強化が必要とされていることを踏まえて、コスト削減施策等の取組につながるよう業務運営の適切性の確保に努める必要がある。

ウ 福島第一原発の廃炉に向けた取組等の状況

(ア) 福島第一原発の廃炉・汚染水対策の概要
a 廃炉に向けた中長期的な取組体制

28年閣議決定において、引き続き国は前面に立って必要な研究開発を支援するとしている一方で、東京電力は原子炉の設置者として廃炉の実施責任を果たしていく必要があるとしている。

政府は、廃炉・汚染水対策を推進していくための大方針として、「東京電力(株)福島第一原子力発電所1~4号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」(平成23年12月初版策定。以下、初版及び24年7月から29年9月までの間に改訂された四つの版を総称して「中長期ロードマップ」という。)を策定している。

機構は、廃炉等の適切かつ着実な実施の確保のための助言、指導及び勧告を行うこと並びに廃炉等技術の研究開発のマネジメントを行うこととなっている。また、機構は、技術戦略プランを策定している。

規制委員会は、特定原子力施設監視・評価検討会における検討状況を踏まえて、東京電力が提出した「特定原子力施設に関する保安又は特定核燃料物質の防護のための措置を実施するための計画」(以下「実施計画」という。)の審査及び認可を行い、福島第一原発に係る施設の保安又は特定核燃料物質の防護のための措置が実施計画に従って行われているかについて検査を実施するなどしている。

研究開発機関にはJAEAや技術研究組合国際廃炉研究開発機構(以下「IRID」という。)等があり、これらは、廃炉作業における技術的難易度の高い課題に対処していくための研究開発を行っている。

東京電力は、福島第一原発の廃炉を行うための組織として、廃炉カンパニーを設置しており、部門横断的なプロジェクト管理体制を導入し、延べ700人が従事している。

b 中長期ロードマップ等の概要

中長期ロードマップは、これまで4回の改訂が行われており、改訂第4版の主な変更点は、燃料デブリ取り出しについては、現時点では難しい冠水工法から気中工法に軸足を置き、小規模な取り出しから開始して段階的に規模を拡大していく方針としたことなどとなっている。

(イ) 国による廃炉・汚染水対策に対する財政措置

国は、23年度以降、福島第一原発の廃炉・汚染水対策に関する研究開発等、研究施設の整備等及び実証事業に対して、計2242億余円の財政措置を講じている。

a 研究開発等の全体像

経済産業省は、応用開発に位置付けられる研究開発等を実施しており、IRID等の研究開発機関が主な実施主体となっている。また、文部科学省は、基礎的・基盤的研究に位置付けられる研究開発等を実施しており、大学及び研究開発機関が主な実施主体となっている。このように、多様な実施主体によって行われている廃炉・汚染水対策に係る研究開発等は、今後の着実な廃炉作業のために連携して行われることが必要となるとして、機構は、研究開発分野におけるマネジメント等を行うとしている。

b 廃炉・汚染水対策事業に係る研究開発等

廃炉・汚染水対策事業は、経済産業省が廃炉・汚染水対策事業費補助金により補助事業者に造成させた廃炉・汚染水対策基金から、廃炉・汚染水対策に資する技術の開発等(以下「基金補助事業」という。)を行う事業者(以下「基金補助事業者」という。)に対して補助金(以下「基金補助金」という。)を交付するものである。27年報告後の廃炉・汚染水対策事業に係る基金補助事業の実施状況をみると、平成26年度補正予算事業から平成28年度補正予算事業までで、基金補助事業計26事業が実施されており、公募に対する応募者数が2者以上となっていた事業の割合は、平成26年度補正予算事業以降増加していた。また、26事業のうち1事業を除いた全ての事業における基金補助事業者は、IRID又はIRIDを含む者となっていた。これは、基金補助事業が開始される前の23年度から25年度までにかけて経済産業省が研究開発等に係る事業を実施しており、当該事業における受託者及び補助事業者の7割程度は、IRIDの組合員となっているため、他に競合相手が少ないことが原因であると考えられる。

このように、基金補助事業者の選定において競争原理が働きにくい状況にあることを踏まえた上で、基金補助金の交付等の業務を実施する受託事業者(以下「事務局法人」という。)においては、事業費が適正であるかを引き続き十分に確認する必要がある。

c 国の財政措置による成果の利活用の状況

(a) 廃炉・汚染水対策事業における研究開発等の成果の活用状況

廃炉・汚染水対策事業において継続して実施されている研究開発等で得られた成果は、実施内容に関連性のある研究開発等や後継の研究開発等で活用されていた。一方、継続する研究開発等がなく、その成果が29年9月末時点で活用されていないものには、今後の廃炉作業の進展等に伴い活用が見込まれるとしているものもあるが、廃炉作業への適用性に関して課題が残されているとしているものや廃炉・汚染水対策の進捗により現場状況が改善したため活用に至っていないものも見受けられた。

機構は、廃炉等技術の研究開発に係るマネジメントの役割を担っていることなどを踏まえ、今後の廃炉等技術の研究開発について、廃炉作業の進展に伴い、得られた成果が実用に資するものとなっていくよう、適切に管理していく必要がある。

(b) 施設整備の状況

JAEAは、事業費100億円で福島県双葉郡楢葉町に整備した楢葉遠隔技術開発センター(以下「楢葉センター」という。)を28年4月から本格運用しており、また、放射性物質の分析・研究施設は、29年度内の運用開始を目指して、事業費750億円で同郡大熊町に建設することとされている。

検査したところ、廃炉に係る作業計画の確認や作業者の教育訓練を行うために楢葉センターに設置されたバーチャルリアリティシステムに係る事業において、関連する事業間のスケジュールの設定や管理の在り方について留意する必要がある事例が見受けられたが、関係機関相互の間において、関連する事業の進捗状況を適切に把握して各事業の実施開始時期を検討することなどにより効率的かつ効果的に事業を実施できる場合には、機構において状況を把握し、問題がある場合には必要な措置を講ずる必要がある。

d 汚染水処理対策に係る実証事業の実施状況

(a) 凍土方式遮水壁大規模整備実証事業

福島第一原発における地下水の流入を抑制するために東京電力が取り組んでいる対策に加えた抜本策の柱として、経済産業省は、凍土方式遮水壁(以下「凍土壁」という。)の大規模整備実証事業において凍土壁の構築に係る公募を行い、東京電力及び鹿島建設株式会社の共同提案事業者を補助事業者に決定した。補助金額は、当初交付決定時に平成25年度予算の予備費を使用して予算措置された129億余円から、最終的に345億余円に増額された。補助事業に要した経費は562億余円となっていた。

上記の2社は、28年3月31日以降、凍土壁(海側)から段階的に凍結を開始し、29年8月に、最後の未凍結箇所1か所の凍結を開始した。東京電力によると、地下水の流入抑制の効果は、建屋流入量等の変化のデータを根拠に一定程度表れているとしている。しかし、30年1月末までに東京電力が示した建屋流入量等の変化は、凍土壁のみではなく、地下水バイパスやサブドレンを含めた汚染源に水を「近づけない」ための重層的な取組によるものであり、凍土壁単体としての効果が示されたものとはいえない。

東京電力は、凍土壁を整備したことによる建屋への地下水流入抑制等の効果を適切に示していく必要がある。

(b) 高性能多核種除去設備整備実証事業

東京電力が設置した多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System。以下「ALPS」という。)のうち最初に設置したALPSは、放射性廃棄物の発生量が多く、保管場所を圧迫していることから、経済産業省は、高性能多核種除去設備整備実証事業において高性能なALPS(以下「高性能ALPS」という。)を開発することとして公募を行い、東京電力、株式会社東芝及び日立GEニュークリア・エナジー株式会社の共同提案事業者を補助事業者に決定した。上記の3社は、25年10月から27年3月まで補助事業を実施し、補助事業終了後も共同研究を継続して実施した結果、高性能ALPSを開発することができ、研究の目的を達成したとしている。高性能ALPSの開発費用は、補助金額137億余円と、補助金を超過した額及び補助事業期間終了後残された課題に対応するための共同研究期間に発生した費用とを合わせて計291億余円となっている。しかし、高性能ALPSは、28年2月以降長期停止中となっている。

東京電力は、多額の国費を投入して開発された高性能ALPSについて、活用に向けた検討を継続し、今後有効に活用するよう努める必要がある。

(ウ) 東京電力による廃炉・汚染水対策の概要
a 東京電力における汚染水対策の状況等

東京電力は、23年原発事故後、継続して汚染水対策を実施してきている。そして、25年9月には、政府が「東京電力(株)福島第一原子力発電所における汚染水問題に関する基本方針」を決定し、汚染水問題の根本的な解決に向けて、汚染源を「取り除く」、汚染源に水を「近づけない」、汚染水を「漏らさない」という三つの方針の下、各種対策を講じていくこととした。

b 汚染源を「取り除く」ための取組

東京電力は、汚染水に含まれる主要な放射性物質を一定程度除去することなどを目的として、汚染水処理設備を設置するとともに、放射性物質のうち取り除くことが技術的に困難なトリチウムを除くセシウム、ストロンチウム等の62核種を規制委員会の告示に示された濃度を下回る濃度まで除去するために、3台のALPSを設置した。また、東京電力は、汚染水処理の加速化を図るために可搬型の除去設備等を設置した。

これらの設備のうち、一定期間運転したものの停止状態となっている設備等があり、一部の設備については、実施計画の変更手続を行い、廃止するなどしたものもある。

c 汚染源に水を「近づけない」ための取組

東京電力は、汚染源に水を「近づけない」ための対策として、「地下水バイパスの構築」「サブドレンの復旧及び強化」「凍土壁の構築」及び「フェーシング(広域的な敷地舗装)」を実施している。中長期ロードマップ(改訂第4版)等によれば、これらの取組を通じて、建屋流入量は、対策実施前の400m3/日程度から、29年3月の平均では120m3/日程度にまで低減し、目標としていた水準をおおむね達成したとされている。なお、フェーシングについては、法面に吹き付けられたモルタルに多数の亀裂が確認されるなどの状況が見受けられたが、工事の施工状況を踏まえて、引き続き毎月の保守点検を慎重かつ確実に実施して維持管理を適切に行っていくことが望まれる。

d 汚染水を「漏らさない」ための取組

東京電力は、原子炉建屋内の地下等にたまり続けている汚染水をくみ上げ、汚染水処理設備等により放射性物質を除去するなどした後に、処理水を敷地内に設置されたタンクに貯蔵しているが、処理水の大部分を占めるALPSで処理した水(以下「ALPS処理水」という。)については、現在のタンクの設置速度が維持される限り、少なくとも32年12月末までの間に汚染水発生量の増加にタンクの貯蔵容量が対応できなくなるおそれは低いとしている。なお、規制委員会は、タンク内に貯蔵されているALPS処理水について、可能な限り速やかに規制基準を満足させる形での海洋放出等を実施する必要があるとしており、経済産業省に設置された「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」においては、風評に大きな影響を与えるALPS処理水の取扱いについて、技術的な観点のほか、風評被害等の社会的な観点も含めた総合的な検討が実施されている。

(エ) 福島第一原発の廃炉・汚染水対策に係る東京電力の負担等

22年度から28年度までの人件費及び減価償却費を加味した廃炉・汚染水対策に係る費用の累計は、概算で9681億円となっている。

a 災害損失引当金及び原子力発電施設解体引当金

東京電力は、安定化維持費用及び研究開発費を除いた福島第一原発の廃炉・汚染水対策に要する費用の総額を1兆0117億余円と見積もっており、このうち、今後負担することとなる廃炉・汚染水対策費用(28年度末までに見込んだ額)として、「福島第一原発の事故の収束及び廃止措置に向けた費用または損失」を災害損失引当金として3306億余円、「解体費用」を原子力発電施設解体引当金として1930億余円計上している。

東京電力は、廃止措置に関連する費用のうち「燃料デブリ取り出し費用等」の概算額として、過去の事故炉の廃炉事例であるアメリカ合衆国スリーマイル島原子力発電所2号機(以下「TMI」という。)の実績に基づいて、22年度に2500億円を災害損失引当金に計上し、28年度までこの額の見直しを行っていない。

b 有識者ヒアリングによる機構の燃料デブリ取り出し費用の試算

新々・総特策定の前提となっている廃炉に係る必要資金の8兆円は、これまで廃炉に要する資金として見込んだ2兆円に加えて、燃料デブリの取り出し工程を実行する過程で、追加で最大6兆円程度の資金が必要であるとして28年12月に「東京電力改革・1F問題委員会」(以下「東電委員会」という。)に示された試算額である。この試算額は、東電委員会の議論における参考に資するために、過去の原子力事故炉の廃止措置に知見や経験を有する者からヒアリングにより得られた23年原発事故の実績と過去の原子力事故の実績との異同に基づく見解の一例の紹介として機構が取りまとめて東電委員会に報告したものである。機構は、有識者が示した過去の原子力事故の実績を基に必要資金を最大6兆円程度と推測している。

機構の試算と前記の東京電力の概算とでは、計算の主体や目的は異なるものではあるが、東京電力が引当計上した「燃料デブリ取り出し費用等」も、機構の試算と同様に、TMIの事故における費用の実績に基づき算出したものである。ただし、計算に用いた補正係数について、東京電力の概算は主としてTMIとの出力比で補正を行っているのに対して、機構の試算は、福島第一原発の炉内の状況の調査が進んできたことで明らかになったTMIとの出力以外の定量的な情報を含む相違点を補正における推定に織り込んでいることなどの違いがある。廃炉費用がどのような規模となるのかは、東京電力の企業価値の水準のほか、損益や資金繰り等の収支の状況に影響を及ぼす可能性があり、収支の状況に照らして経理的基礎を毀損しない範囲でできるだけ高額の負担をするものであることなどの基準に沿って決定されることになる特別負担金の額を通じて、交付国債の元本分の回収期間にも影響し得るものである。そして、廃炉費用の見積りを適切に行い、会計上適切に反映することは、資産及び収支の状況に係る評価を適切に行ったり、廃炉等積立金制度の趣旨を踏まえて積立額を適切に決定したりしていく上で重要である。東京電力は、「燃料デブリ取り出し費用等」について、通常の見積りが困難であるとして22年度に計上した引当額の見直しを28年度末時点において行っていないが、今後の中長期ロードマップの進捗等により通常の見積りが可能となった場合には、これを踏まえた見積りを行い、災害損失引当金等の計上に適切に反映していく必要がある。

エ 東京電力の決算の状況

(ア) 21年度以降の決算

23年原発事故後、東京電力の純資産は大幅に減少し、24年度末の純資産は8317億余円、自己資本比率は5.7%であったのに対し、28年度末の純資産は、1兆9006億余円と1兆0688億余円増加し、自己資本比率は16.1%と10.4ポイント増加した。

なお、この間、電気事業会計規則(昭和40年通商産業省令第57号)の改正や使用済燃料の再処理等の実施に要する費用に係る制度の改正が行われており、これらの改正により、資産の減少のうち1兆1447億余円、負債の減少のうち1兆5115億余円、純資産の増加のうち3668億余円の影響があった。

(イ) 決算の状況

26年度から28年度までの新・総特に添付されている収支見通しと東京電力の決算を比較すると、営業収益のうち電灯電力料は減収となっていたが、原子力発電所の再稼働を前提に見込んでいた電気料金の値下げを実施しなかったことや、コスト削減に努めたことなどから、経常利益については、26年度はほぼ見込みどおり、27、28両年度は見込みを上回る結果となっている。28年評価では、自己資本比率の改善、有利子負債の削減及び社債の発行について一定の成果を挙げたものの、東京電力の資本市場からの信頼獲得が不十分だったり、発電資産・燃料資産(核燃料を含む。)への減損会計の適用に課題があったりして進捗が十分でなかったとされ、更なる企業価値向上施策等を通じ、より一層の収益力の改善や財務体質の強化が必要とされている。

3 検査の結果に対する所見

東京電力に係る原子力損害の賠償に関する国の支援は、原賠法等の枠組みの下で、国民負担の極小化を図ることを基本として、機構が東京電力に対して出資したり、原子力損害の賠償のための資金を交付したりすることなどにより、多額の財政資金を投じて実施されている。

政府は、復興に向けた取組の具体的な進展が見られるものの、その進捗にはいまだばらつきが見られ、避難状態の長期にわたる継続に伴って新たな課題も顕在化しているとして、28年閣議決定を行い、この中で、原子力災害からの復興について、その進捗と相まって廃炉、賠償等の事故対応費用の見通しが明らかになりつつあるとして、改めて国と東京電力の役割分担を明確にした。また、東京電力の経営改革に対して機構が29年5月に示した28年評価において、東京電力の経営について国の継続的関与が必要であるとの判断が示された。そして、28年閣議決定において明らかにされた国の方針や、東京電力を取り巻く事業環境の変化等を踏まえて新・総特の内容を全面的に改訂した新々・総特が策定され、東京電力は、賠償及び復興に引き続き全力を尽くし、未踏領域に入る廃炉については安定的な財源拠出や事業推進体制を確立することとされた。また、生産性の倍増に更に取り組み、中長期的には、共同事業体の設立を通じた再編・統合を目指し、更なる収益力の改善と企業価値の向上を図ることなどが示された。あわせて、機構法が改正され、東京電力は廃炉等実施認定事業者として機構に廃炉等積立金を積み立てることなどとされた。

28年閣議決定においては、交付国債で対応すべき被災者・被災企業への賠償費用、除染費用、中間貯蔵施設費用がそれぞれ約7.9兆円、約4.0兆円、約1.6兆円、計13.5兆円と示され、25年閣議決定の計9.0兆円から増加することが見込まれている。国から機構に対しては、原子力損害の賠償に必要な資金を東京電力に交付するために累計で13.5兆円の交付国債が交付されており、加えて中間貯蔵施設費用相当分として28年度末までに累計で1050億円の資金が交付され、更に29年度中に470億円が交付されることとなっている。そして、29年12月までに東京電力が支払った賠償金の累計は7兆6821億余円となっている。

一方、東京電力は、25年度分から特別負担金の納付を開始して、28年度分は1100億円を納付し、その累計は2900億円となった。東京電力は、今後とも賠償金の支払を継続することに加えて、福島第一原発の廃炉・汚染水対策を長期間にわたり実施するために廃炉等積立金の積立てを行うなどして、多額の資金を確保する必要があること、また、その安定的な財源を中・長期的に確保するために必要な収益力の改善及び企業価値の向上を図る必要があることから、同程度の金額を今後も納付することができるかについて注視する必要がある。そして、25年閣議決定に続き、28年閣議決定においても、機構が保有する東京電力の株式を売却し、それにより生ずる利益の国庫納付により除染費用相当分等の回収を図るとされていることから、東京電力の株式をできる限り早期に、かつ、高い価格で売却することは、国が交付した資金の早期の回収と国民負担の極小化に大きく貢献する。このため、株式を高い価格で売却できるようにするために、より一層の収益力の改善や企業価値の向上に東京電力が取り組むことが必要とされているが、その取組は決して容易ではなく、また、実際の売却価格は様々な要素により決まるもので、高い価格での売却は確実なものではない。さらに、福島第一原発の廃炉・汚染水対策は長期にわたる取組であり、かつ、今後着手する工程も多いことから、国、機構及び東京電力が密接に連携し、中長期ロードマップを踏まえて着実に実施していくことが求められる。

したがって、上記のような点を踏まえた上で、今後、文部科学省は次の(1)アの点に、経済産業省は次の(1)イの点にそれぞれ留意して原子力損害の賠償に関する支援等を実施し、機構は次の(2)の点に留意して資金援助業務等を実施し、また、東京電力は次の(3)の点に留意して原子力損害の賠償その他の特別事業計画を履行していく必要がある。

(1) 原子力損害の賠償に関する国の支援等の状況

ア 文部科学省において、

(ア) ADRセンターにおける和解の仲介については、申立件数の減少等を受けて未処理件数の減少傾向がみられるが、集団申立て等のように、その処理に時間と労力を要する案件の比重が増えていることから、これらの状況の推移にも的確に対応しつつ、引き続き処理の促進に努める。

(イ) 機構法附則において求められている事項については、その検討等に具体的な進展がみられるものの原賠法の改正等の抜本的な見直しなどの必要な措置を講ずるまでには至っていないことから、必要な措置を早期に講ずるよう努める。

イ 経済産業省において、

(ア) 交付国債の発行により対応すべき費用の見込額については、関係省庁と協力して、被災者等への賠償の推移や除染、中間貯蔵施設等に係る事業の進捗等を適時適切に把握して妥当性を検証し、見込額を見直す必要が生じた場合には、その負担の在り方や必要性について国民に対して十分に説明する。

(イ) 一般負担金年度総額や東京電力の特別負担金額の認可に当たっては、「国民負担の極小化を図ることを基本とする」という考え方を踏まえて、国が機構を通じて交付した資金の確実な回収と東京電力の企業価値の向上の双方に引き続き十分に配慮する。また、機構が特別負担金の額を主務省令で定める基準に従って定めたことについて国民に対して丁寧に説明していくよう、内閣府と共に機構を監督する。

(ウ) 廃炉・汚染水対策事業の実施に当たり、基金補助事業者の選定において競争原理が働きにくい状況にあることを十分踏まえた上で、事務局法人に事業費が適正であるかどうかを十分に確認させるなどの必要な措置を講ずる。

(2) 機構による資金援助業務の実施状況等

機構において、

ア 東京電力における原子力損害の賠償の実施や経営合理化のための諸施策の実施に関するモニタリング、廃炉事業の実施等に関する管理・監督を的確に実施するなどして、東京電力による特別事業計画の確実な履行を引き続き支援する。

イ 一般負担金年度総額や東京電力の特別負担金額の検討に当たっては、「国民負担の極小化を図ることを基本とする」という考え方を踏まえて、国が機構を通じて交付した資金の確実な回収と東京電力の企業価値の向上の双方に引き続き十分に配慮する。また、特別負担金の額が東京電力に対して「経理的基礎を毀損しない範囲でできるだけ高額の負担」を求めたものであるかについて、特別負担金の額の検討に際して考慮した東京電力の現在の経営状況や今後の事業運営に要する資金の規模その他の経理上の諸要素を用いるなどして、国民に対して丁寧に説明する。

ウ 着実な廃炉作業の実施のため、福島第一原発の廃炉に係る研究開発を、機構が中心となって、基礎から実用に至るまで一元的にマネジメントするとされていることに鑑み、今後の研究開発機関における廃炉等のために必要な研究開発の実施に当たり、得られた成果が実用に資するものとなっていくよう、適切に管理するとともに、関連する事業間のスケジュールの設定や管理が適切かつ効率的に行われているか把握し、問題がある場合には必要な措置を執る。

(3) 東京電力による原子力損害の賠償その他の特別事業計画の履行状況等

東京電力において、

ア 賠償金の請求受付から支払までに要する期間が長期化している案件が散見されることから、被災者・被災企業への賠償については、時間の経過を受けて生じた個別事情を踏まえた上で、適切な審査に努めるとともに、引き続き処理の促進を図る。また、除染等の「求償」に係る賠償については、引き続き関係府省との連携を図り、審査の適切かつ確実な実施と効率的な事務処理とを両立させるよう努める。

イ 更なる企業価値向上施策等を通じて、より一層の収益力の改善や財務体質の強化が必要であるとされていることを踏まえて、コスト削減等の取組につながるよう業務運営の適切性の確保に努めるとともに、原子炉の運転計画と市況動向を注視しながら、引き続き、核燃料の適正な保有量について検討し、保有量の削減が必要な場合には既に保有しているウラン精鉱等を削減したり、長期購入契約を締結しているものについて引取りの中止等の交渉を行ったりする方策を実施するなどの必要な措置を執る。

ウ 廃炉・汚染水対策について今後も引き続き適切に進めていくとともに、実証事業等の効果を適切に示し、今後成果を有効に活用するよう努める。

エ 廃炉費用がどのような規模となるのかは、東京電力の企業価値の水準のほか、損益や資金繰り等の収支の状況に影響を及ぼす可能性があり、収支の状況に照らして経理的基礎を毀損しない範囲でできるだけ高額の負担をするものであることなどの基準に沿って決定されることになる特別負担金の額を通じて、交付国債の元本分の回収期間にも影響し得るものであるところ、将来の費用の見積りに当たっては、今後の中長期ロードマップの進捗等や、再処理等拠出金の単価の変動を踏まえた見積りを行うなどして、災害損失引当金等の計上や収支見通しが適切かどうかについて適時適切に見直しを行う。

本院は、東京電力に係る原子力損害の賠償に関する国の支援等の実施状況について、25年12月、28年12月の二度の閣議決定で示された東京電力に対する支援の新たな枠組み等に留意しながら検査を行い、3回にわたり報告を行った。

本院としては、28年閣議決定において、廃炉・賠償等の事故対応費用の見通しが明らかになりつつあることを踏まえて改めて国と東京電力の役割分担が明確化されたことから、国が前面に出ることとしている廃炉・汚染水対策の進捗状況にも留意して、東京電力に対する国の支援の状況等について引き続き検査していくこととする。