1 背景
平成4年11月、東京地方検察庁は、厚生省社会保険庁発注の支払通知書等貼付用シールの入札に関し、指名業者である大日本印刷株式会社ほか3社の関係者を競売入札妨害罪で東京地方裁判所に起訴した。
本院では、このような事態を踏まえ、上記のシールを含む国の印刷物調達の適正を図るという観点から、定型的で大量かつ継続的に調達される印刷物について横断的に検査を実施することとした。
2 検査の対象、観点及び方法
検査の対象としては、印刷物に係る契約事務量が比較的多いと認められる総理府総務庁、外務省、大蔵省、厚生省社会保険庁、通商産業省、郵政省(以下「検査対象省庁」という。)が調達した印刷物を選定することとした。
検査対象省庁が調達している主な印刷物の契約額の総額は、3年度1,003件437億6445万余円、4年度1,095件464億2405万余円、計2,098件901億8850万余円となっており、その内訳は次表のとおりとなっている。
検査対象省庁の印刷物の契約状況
(単位:件、千円)
省庁名 | 3年度 | 4年度 | 合計 | ||||
件数 | 金額 | 件数 | 金額 | 件数 | 金額 | ||
総理府(総務庁) | 100 | 438,715 | 136 | 717,024 | 236 | 1,155,739 | |
外務省 | 63 | 3,711,677 | 74 | 4,319,487 | 137 | 8,031,164 | |
大蔵省 | 278 | 4,228,263 | 289 | 4,809,194 | 567 | 9,037,458 | |
厚生省 (社会保険庁) |
63 | 4,369,049 | 82 | 4,258,404 | 145 | 8,627,453 | |
通商産業省 | 233 | 8,824,180 | 218 | 8,493,199 | 451 | 17,317,380 | |
郵政省 | 266 | 22,192,570 | 296 | 23,826,740 | 562 | 46,019,311 | |
合計 |
1,003 | 43,764,457 | 1,095 | 46,424,050 | 2,098 | 90,188,507 |
そして、これらの印刷物には多種多様のものがあり、それぞれの件数及び金額は相当数に上っている。
そこで、このような調達状況から、定型的で大量かつ継続的に調達され、検査対象省庁に共通性がある通知書、納入告知書等の連続伝票類など3年度106件167億4345万余円、4年度109件148億9979万余円、計215件316億4324万余円を選定し検査を実施した。
検査に当たっては、予定価格の積算の妥当性を重点に調査するとともに、契約事務の執行の状況についても併せて調査することとし、検査対象省庁について共通した検査項目、検査方法等に基づき横断的に検査を行うこととした。
予定価格の積算の妥当性については、次のような観点を中心に調査した。
(ア) 定型の印刷物で、毎年大量かつ継続的に発注するものについては、印刷方式、加工費などは作業の実態を反映し、経済的に積算されているか。
(イ) 調達額の大部分を占める用紙代については、その仕様、規格等が経済性を考慮したものとなっているか。
(ウ) 他省庁の調達状況等を調査することなく、特定業者や関連業者から見積りを徴し、これらを安易に採用しているものはないか。
(エ) 印刷技術等が進歩しているにもかかわらず、当初の積算価格等を検討することなく踏襲しているものはないか。
予定価格の積算の妥当性の調査と併せ、契約事務の執行の状況については、次の観点を中心に調査した。
(ア) 契約方式の選定は適切なものとなっているか。
(イ) 競争契約における資格審査及び指名は適切に行われているか。
(ウ) 契約業者の履行状況等を把握し、それに基づいて翌期以降の契約事務の執行(仕様、指名業者、契約方式の選定等)の見直しが適切に行われているか。
上記の各調達契約に当たり予定価格の積算等が適切に行われているかなど、その実施状況を把握するため、計算証明規則(昭和27年会計検査院規則第3号)に基づき本院に提出されている各調達に係る契約書、入札状況調書等の証拠書類について書面検査を実施した。また、5年1月から9月までに156人日を投じて検査対象省庁の実地検査を行った。さらに、印刷製造設備、印刷方式等についての実態を把握するため、印刷会社等からその実情を聴取するなどした。
3 検査の状況
ア 上記の検査の観点に基づいて検査したところ、検査対象とした調達契約のうち大部分の契約については、予定価格の積算に当たり、業者の作業の実態を反映させたり、他省庁の調達状況や市販の積算関係資料等を参考にしたりなどして印刷費や用紙代等の算定が行われていた。
また、契約業者の履行状況等の把握もなされており、それに基づいて翌期の契約の見直し等も行われているなど、特に問題となる事態は見受けられなかった。
イ しかし、これら調達契約のうち一部の契約については、次のような事態が見受けられた。
(ア) 契約締結後の履行状況を十分調査、把握していないため、その実態が翌期の積算や指名業者の見直しに反映されていないもの
(イ) 他省庁における調達状況等の調査が十分でないため、特定業者の見積りをそのまま採用したり、指名業者にほとんど変更がないもの
(ウ) 当初の積算価格や市販の積算関係資料の価格等の検討が十分でないため、割高な積算となっているもの
これらの事態が見受けられた調達契約については、ほとんどが、割高になっている金額が契約額に比べて低率であったり、割高になっている金額そのものが少額であったりなどしていて、「第2章 個別の検査結果」に掲記するには事態が軽微な状況であると認められた。
ウ 今回の検査の契機となった社会保険庁発注の支払通知書等貼付用シールの調達契約については、本院としても可能な範囲で調査を行ったが、その結果、同契約について次のような事態が見受けられた。
(ア) 社会保険庁が実施している厚生年金保険、国民年金及び船員保険の各事業の受給者に対する年金の支払、振込等の通知は、支払通知書等により行われている。この支払通知書等に記載する支払金額等については、受給者のプライバシーを保護するため、元年度から、支払通知書等貼付用シールによって目隠しすることとされている。
そして、元年度から4年度の間におけるこのシールの調達数量及び契約額は、6億1955万余枚、61億6576万余円に上っていた。
(イ) このシールの積算額の大部分を占める用紙代の算定に当たっては、本件用紙が市場に一般的に流通していない特殊なものであることから、用紙の原反(注) 製造会社3社から市場単価についての証明書を提出させ、これに基づいて算定することとしていた。
(注)
原反 ポリエチレン、アルミ箔等を張り合わせたシールの用紙
しかし、原反製造会社3社が証明してきた価格は、実際の取引価格に比べて著しく高額なものとなっていた。この結果、この価格に基づいて算定した用紙代の積算額は、著しく割高なものとなっており、その割高な積算額に基づいて調達契約が締結されていた。
(ウ) 用紙代以外の印刷加工費、その他の経費等の算定について検査したところ、刷版の組付け料が計上されていなかったりなどしていた。
(エ) また、本件調達契約における資格審査、指名等に当たり、業者の受注能力や契約後の業者の履行の実態等について、十分な調査が行われていなかった。
このため、元年度から継続して指名している印刷業者4社のうち、実際に製造設備を保有していたのは2社にすぎず、残りの2社は、受注すれば下請けに回さざるを得ない状況となっていたが、社会保険庁ではこれらの実態を把握できないでいた。
また、前記の原反製造会社についても、3社のうち1社は原反の製造、販売を行っていない状況にあったが、同庁ではその実態についても把握しておらず、前記のとおり、用紙代の積算に当たって、この会社からも市場単価の証明をさせていた。
本件シールの調達契約については現在、刑事訴訟が裁判所に係属中であるが、社会保険庁では本件について別途不当利得の返還を求める民事訴訟を提起する準備を進めている。上記の事態に係る不適切な契約金額、原因等がこの民事訴訟において争われることとの関連で、本件調達契約に係る社会保険庁に対する検査業務は、現時点では完結していない。
エ また、今回の社会保険庁の検査では、同庁が調達している本件シール以外の各種帳票類についても、併せて調査、検討を進めてきたところである。これらの帳票類に係る検査についても、前記シールの調達契約に係る検査との関連で完結していない。
オ なお、郵政省の調達契約の一部に見受けられた次の事態は、「第2章 個別の検査結果」に本院の指摘に基づき当局において改善の処置を講じた事項として掲記した。
郵便貯金自動預払機等で使用する監査テープ・ご利用明細票の印刷加工費等の積算に当たり、積算基準の整備が十分でなかったことなどのため、刷版への面付け数、折り数の算出などが不適切となっている事態
4 本院の所見
前記のとおり、検査対象として選定した調達契約のうち一部の契約の中に、前記イ〜エのように、契約事務の適切な執行の確保を図る上で必ずしも十分でない事態が見受けられた。
したがって、印刷物の調達を引き続き実施する各省庁においては、国の契約事務のなお一層の適切な執行を図るという観点から、それぞれの印刷物の発注状況等の実態について速やかに調査、点検した上で、今後の契約事務の改善について検討を行う要があると認められる。