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  • 平成8年度|
  • 第3章 特定検査対象に関する検査状況

老人福祉施設等の整備事業の実施について 


第2 老人福祉施設等の整備事業の実施について

(1) 厚生省では、高齢化社会の進展に対応し、介護サービスの基盤を整備するため、国の補助金、都道府県及び市の補助金、社会福祉・医療事業団(以下「事業団」という。)の貸付金などの多額な公的資金によって、社会福祉法人等が実施する特別養護老人ホーム等の建設を計画的に推進している。このような状況下において、平成8年11月に、山形、埼玉両県の同一人が理事長である8社会福祉法人(以下「彩福祉グループ」という。)のうち7法人が実施した施設の整備事業に係る建築工事等において、法人理事長自らが経営する会社を介するなどして多額の差益を得ていたのではないかとの疑惑が生じ、これを契機に、社会福祉施設の整備事業の実施について社会的な関心が著しく高まった。

(2) このことを踏まえ、彩福祉グループと同グループ以外の社会福祉法人による老人福祉施設等の整備事業について、本院が実施した検査の状況は、次のとおりである。

(ア) 彩福祉グループの7法人では、法人理事長が経営する会社と工事請負契約を締結し、その会社は契約額より低額な金額で他の建設会社と一括下請負契約していて工事の施行に何ら関与していないのに、法人理事長が経営する会社との契約額に基づいて国庫補助金及び事業団貸付金を受けるなどしていた。

(イ) 彩福祉グループ以外の58社会福祉法人等のうち、2法人では、実際の契約額より高額な契約額に基づいて国庫補助金及び事業団貸付金を受けたり、また、3法人では、補助対象経費の算定において、これに充てる建築工事の費用を過大にしていたり、事業団貸付けに資金剰余が生じていたりしていた。

 以上のとおり、老人福祉施設等の整備事業については、その審査に徹底を欠くなどして、事業の実態が的確に把握されていないことなどが見受けられた。厚生省では社会福祉法人等が実施するこれらの施設の整備事業に係る建築工事については、一般競争入札に付するなど都道府県等が行う契約手続の取扱に準拠しなければならないとするなどの措置を講じ、今後の社会福祉事業の在り方について抜本的な見直しのための検討に着手するとしている。

 本院としては、今後、社会福祉施設の整備事業の検査において、制度改正の実効性や国庫補助金及び事業団貸付金に関する審査体制の見直しの状況を多角的に検証することとする。

1 検査の背景

(老人福祉施設等の整備)

 厚生省では、高齢化社会の進展に対応し、介護サービスの基盤を整備するため、平成元年12月に「高齢者保健福祉推進十か年戦略」(ゴールドプラン)を策定し、さらに6年12月には「新ゴールドプラン」を策定して、社会福祉法人等が実施する特別養護老人ホーム等の老人福祉施設等の建設を計画的に推進している。

 この老人福祉施設等の整備事業については、老人福祉法(昭和38年法律第133号)等に基づき、国の補助金、都道府県及び市の補助金、社会福祉・医療事業団(以下「事業団」という。)の貸付金などの公的資金が助成されることとなっており、近年、その投入金額が年々増大している。

(彩福祉グループの事件)

 国等によるこれらの老人福祉施策が促進されている中で、8年11月に山形、埼玉両県の同一人が法人の理事長となっている社会福祉法人8法人(山形県の2法人及び埼玉県の6法人。以下「彩福祉グループ」という。)のうち施設の整備事業を実施した7法人において、建築工事等の契約に関し、その理事長自らが経営する会社を介するなどして多額の差益を得ていたのではないかという疑惑が生じ、これを契機に、社会福祉施設の整備事業の実施について社会的な関心が著しく高まった。

 このような状況を踏まえ、本院では、彩福祉グループが実施した老人福祉施設等の整備事業について検査するとともに、彩福祉グループ以外の社会福祉法人等が実施した老人福祉施設等の整備事業についても重点的に検査した。

2 検査の対象及び観点

(1) 彩福祉グループが実施した施設の整備事業について

 山形、埼玉両県の彩福祉グループのうちの7法人が実施した8施設の整備事業について、事業に係る建築工事の契約は適正に実施されているか、建築工事の施行は適切に実施されているか、事業に係る国庫補助金及び事業団貸付金は適正に交付され、又は貸し付けられているかなどを中心にして検査した。

(2) 彩福祉グループ以外の社会福祉法人等が実施した施設の整備事業について

 北海道ほか15都府県及び札幌市ほか5市(注1) が補助事業者となって、主として6年度から8年度の間に社会福祉法人を設立するなどして特別養護老人ホームを新設した57法人及び1一部事務組合の60施設を選定し、これらについて、彩福祉グループの法人と同様の観点から検査した。

3 検査の状況

(1) 彩福祉グループが実施した施設の整備事業について

(事業の申請)

 社会福祉法人を設立しようとする者は、社会福祉事業法(昭和26年法律第45号)に基づき、所定の事項を定めた定款について所轄庁の認可を受けなければならないとされている。また、国庫補助金を受けて社会福祉施設を設置する場合、法人の設立は、当該補助金の交付が確実になった後でなければ認められないこととなっている。

 そして、彩福祉グループのうちの7法人では、同一人が設立代表者として、5年7月から7年12月までの間に、それぞれの法人の設立認可を山形、埼玉両県知事に申請し、これと並行して、両県を通じて国及び事業団に特別養護老人ホーム等の施設の整備事業に係る国庫補助金及び事業団貸付金の申請を行っている。そして、8施設について、5年4月から7年10月の間に8年度までの国庫補助事業の採択が内示され、その後の5年8月から7年12月の間に7法人の設立認可が行われている。また、埼玉県の6施設について、5年10月から8年1月の間に事業団において、事業実施計画書に基づいて8年度までの貸付けの内定通知がなされている。

(施設の整備事業に係る事業の実施)

 彩福祉グループの8施設は、国庫補助金の交付(8施設)及び事業団貸付金の貸付け(6施設)を受けて施設の建築工事等を実施し、6年2月から9年10月までに施設の設置認可を受け、開設されている。

 そして、国庫補助金に係る事業実績報告書は、8施設のうち、7年度までに整備が行われた2施設について既に提出されているが、8年度に事業を実施(1法人1施設は一部9年度に繰越し)した6施設に係る8年度分の事業実績報告書は、9年10月末現在提出されていない。

 また、事業団貸付金に係る事業完了報告書は、埼玉県の6施設のうち、7年度までに整備が行われた2施設は既に提出されているが、8年度に事業を実施した4施設は9年10月末現在、提出されていない。

 本院では、既に提出された事業実績報告書及び事業完了報告書に基づいて事業実績の確認を行うとともに、これらの報告書が提出されていないものについては、補助金交付申請書、貸付金の申請時又は最終時の借入申込書などに基づいて事業実績の把握を行った。

 このようにして本院が確認した結果、彩福祉グループ7法人8施設の事業実績は、事業費157億4958万余円で、8年度末までにおける事業費118億1265万余円のうち国庫補助金は39億4890万余円、事業団貸付金は31億2220万円となっていた。

 そして、上記の8施設の整備事業における建築工事に係る工事請負契約は、契約額の総額が142億0021万余円となっていた。

(建築工事の契約状況)

 社会福祉法人は、厚生省において示された経理規程準則に準拠した経理規程を定め、これに基づいて各法人の会計経理に関する事務を行うこととなっている。

 彩福祉グループの各法人の経理規程によれば、契約担当者は、請負その他の契約をする場合には、原則として一般競争に付さなければならないこととなっており、これにより難い場合は指名競争に付するものとし、競争に付することが適当でないと認められる場合などにおいては、随意契約によるものとされている。

 しかし、建築工事の契約状況を検査したところ、彩福祉グループの7法人(7施設)では、法人理事長が経営する会社との工事請負契約の締結に当たり、経理規程に従って競争入札に付したようにみせるため、複数の建設会社から入札書を取り寄せるなどして形式を整えたり、これにより事業団貸付金に係る付属書類である入札状況調書などを作成したりしていた。そして、法人理事長が経営する会社は契約額より低額な金額で他の建設会社と一括して下請負契約していて工事の施行に何ら関与していないのに、国庫補助金及び事業団貸付金に係る申請等に当たり、法人理事長が経営する会社との契約額に基づいて国庫補助金及び事業団貸付金の算定を行い、これにより交付又は貸付けを受けていた。

 また、1法人(1施設)では、国庫補助金及び事業団貸付金に係る実績報告等に当たり、実際の契約額より高額な契約額の工事請負契約書を提出して、この高額な契約額に基づいて国庫補助金及び事業団貸付金の算定を行い、これにより交付又は貸付けを受けていた。

(建築工事の施行状況)

 彩福祉グループ7法人の8施設のうち、法人理事長が経営する会社と工事請負契約を締結した上記の7施設について建築工事の施行の実施状況を調査した。

 その結果、会社は工事の施行に何ら関与しておらず、実際の工事は、一括して下請負した建設会社において、監理技術者が配置され、施工計画書、工程表が作成されるなどすべての工程にわたって施行がなされていた。

 また、8施設における建築工事について、設計及び施工の状況を中心に実地に検査を実施した。

 設計に関しては、法人が両県に対して提出した工事関係書類のほか、しゅん功図等を基に、厚生省の定めた基準等に照らし居室等の面積、設備の仕様が適切なものとなっているかなどの確認を行った。

 施工に関しては、実際の工事が設計に即して適切に施工されているか、コンクリート、鉄筋等の建築資材の品質管理は適正に行われているかなど、各施設の設計内容や施工の実情に応じて、調査、確認を行った。

 その結果、各施設とも、調査した範囲では、特に指摘する事態は見受けられなかった。

 本院では、以上のような建築工事の契約及び施行の実態などから、山形、埼玉両県の彩福祉グループの7法人8施設における次の事態を「第2章 個別の検査結果」に不当事項として掲記した。

(ア) 法人理事長が経営し、建築工事の施行に何ら関与していない会社との契約額を国庫補助事業及び事業団貸付事業の対象経費としたため、その契約額と実際に他の建設会社に施行させていた金額との差額に係る国庫補助金及び事業団貸付金が過大に交付され、又は貸し付けられている事態(7法人7施設)

(イ) 国庫補助金及び事業団貸付金に係る実績報告等に当たり、実際の契約額より高額な契約額の工事請負契約書を提出して、この高額な契約額を国庫補助事業及び事業団貸付事業の対象経費としたため、国庫補助金及び事業団貸付金が過大に交付され、又は貸し付けられている事態(1法人1施設)

(国庫補助金に係るものについて)

(事業団貸付金に係るものについて)

(2) 彩福祉グループ以外の社会福祉法人等が実施した施設の整備事業について

(施設の整備事業に係る事業の実施)

 都道府県及び市は、国庫補助金に係る事業実績報告書の提出を受けた場合は、工事等の施行状況を調査確認したり、また、事業団は、事業団貸付金に係る事業完了報告書の提出を受けた場合は、事業の成果が貸付けの目的に適合するものであるかなどを確認したりして審査を行うこととなっている。

 北海道ほか15都府県及び札幌市ほか5市において、57法人及び1一部事務組合が実施した60施設の整備事業の事業実績は、国庫補助金に係る事業実績報告書及び事業団貸付金に係る事業完了報告書によると、事業費は、778億0978万余円で、このうち国庫補助金は235億3431万余円、事業団貸付金は207億2830万余円となっていた。

 そして、上記の60施設の整備事業における建築工事に係る工事請負契約は、契約額の総額が649億3114万余円となっていた。

 これらの事業において、一部の社会福祉法人では、国庫補助金及び事業団貸付金に係る実績報告等に当たり、実際の契約額より高額な契約額の工事請負契約書を提出するなどの事態が見受けられた。

(建築工事の施行状況)

 上記の60施設における建築工事について、彩福祉グループの8施設と同様に設計及び施工の状況を中心に実地に検査を実施した結果、各施設とも、調査した範囲では、特に指摘する事態は見受けられなかった。本院では、以上のような建築工事の契約及び施行などを検査した結果、埼玉県ほか1県及び横浜市ほか2市(注2) の5法人5施設における次の事態を「第2章個別の検査結果」に不当事項として掲記した。

(ア) 国庫補助金及び事業団貸付金に係る実績報告等に当たり、実際の契約額より高額な契約額の工事請負契約書を提出して、この高額な契約額を国庫補助事業及び事業団貸付事業の対象経費としたため、国庫補助金及び事業団貸付金が過大に交付され、又は貸し付けられている事態(2法人2施設)

(イ) 事業実績報告書及び事業完了報告書の提出に当たり、補助対象経費の算定において、これに充てる建築工事の費用を過大にしていたり、地元の地方公共団体からの補助金などを受けているのに、その金額を過小に報告していたため、事業団貸付けに資金剰余が生じていたりして、国庫補助金及び事業団貸付金が過大に交付され、又は貸し付けられている事態(3法人3施設)

(国庫補助金に係るものについて)

(事業団貸付金に係るものについて)

4 本院の所見

 以上のとおり、一部の社会福祉法人において、特別養護老人ホーム等の施設の整備事業の実施に当たり、国庫補助金及び事業団貸付金が過大に交付され、又は貸し付けられているなどの事態が認められた。

 これは、社会福祉法人の不誠実にもよるが、所轄庁である都道府県及び市において、事業実績等の審査に徹底を欠いていたり、事業団において事業完了等の確認が十分でなかったりなどして、事業の実態が的確に把握されていなかったこと、厚生省において指導監督が十分でなかったことなどによると認められる。

 そして、厚生省においては、9年11月に通知を発して、社会福祉法人に対する9年度以降の国庫補助金交付の条件として、事業を行うために建築工事の完成を目的として締結するいかなる契約においても、契約の相手方が当該工事を一括して第三者に請け負わせることを承諾してはならないこと、契約の締結に当たり一般競争入札に付するなど都道府県等が行う契約手続の取扱に準拠しなければならないこととするなどの措置を講じた。また、社会福祉法人の運営や補助制度など今後の社会福祉事業の在り方について、高齢者介護などにおける最近の新しい動きも踏まえて、抜本的な見直しのための検討に着手するとしている。

 したがって、本院としては、社会福祉施設の整備事業が、社会的な必要に即して適正に実施されるよう、国庫補助金及び事業団貸付金に対する総合的な検査を通じて、国における制度改正の実効性や都道府県及び市並びに事業団における審査体制の見直しの状況を多角的に検証することとする。

(注1) 北海道ほか15都府県及び札幌市ほか5市 東京都、北海道、京都府、山形、福島、茨城、埼玉、神奈川、新潟、静岡、三重、兵庫、広島、福岡、長崎、熊本各県、札幌、横浜、京都、北九州、福岡、熊本各市
(注2) 埼玉県ほか1県及び横浜市ほか2市 埼玉、福岡両県、横浜、北九州、福岡各市