検査対象 | 特許庁 | |
会計名及び科目 | 科目特許特別会計 (項)事務取扱費 | |
特許庁運営基盤システムの概要 | 概要特許、実用新案、意匠及び商標に関する出願の受付、方式審査、実体審査、登録、公報発行、審判等の主要業務を一貫して処理するシステム | |
特許庁運営基盤システムに係る当初契約額の合計 | 133億5692万円 | (平成18、19両年度) |
上記の当初契約額に係る支払額の合計 | 54億5109万円 | (平成18年度〜23年度) |
ア 特許庁最適化計画策定の経緯
特許庁は、特許、実用新案、意匠及び商標に関する出願の受付、方式審査、実体審査、登録、公報発行、審判等の主要業務を一貫して処理するシステムを保有している。特許庁は、昭和59年に着手したペーパーレス計画以降、業務の電子化に取り組んできており、その結果、主要業務については電子化を実現し、業務の効率化、迅速化等を推進している。
一方、特許庁は、庁内の主要業務が様々な類型に分かれていることなどから、業務の類型の違いに応じたシステムをそれぞれ構築し、度重なる特許制度の改正等に伴って、それらのシステムに対して繰り返し改修を加えてきた。このため、特許庁のシステム全体の構造は、極めて複雑なものとなっていて、複数のシステムにわたる大規模な改修が必要になる場合は、関係する全てのシステムを迅速かつ整合的に調整することが極めて困難な状況に陥っている。
このような状況の中で、平成15年7月に、政府において電子政府構築計画が策定されて、行政内部の業務・システムの最適化が政府全体の目標として定められた。これを受けて、特許庁は、16年10月に、業務・システムの将来像、レガシーシステム(注1)
の見直しなどを内容とする「特許庁業務・システム最適化計画」(以下「特許庁最適化計画」という。)を策定して公表した。特許庁最適化計画によると、特許庁が目指すべき目標として、〔1〕 出願人等の利便性の向上、〔2〕 世界最高レベルの迅速かつ的確な審査の実現、〔3〕 業務の抜本的見直し及びシステム経費の削減等が掲げられている。
イ 特許庁運営基盤システムの最適化
特許庁最適化計画は、特許庁運営基盤システム(以下「運営基盤システム」という。)に係る部分と、運営基盤システムに引き続き開発する特許庁新検索システムに係る部分から構成されている。このうち、運営基盤システムは、既存の事務処理システムについて、〔1〕 情報の一元化、〔2〕 業務機能の集約化、〔3〕 情報更新のリアルタイム化、〔4〕 システム構造の簡素化等の観点から再構築するものである。
ウ 運営基盤システムの基本アーキテクチャ
特許庁は、特許庁最適化計画において、運営基盤システムの基本アーキテクチャ(基本概念設計)を、次のとおり定義して、簡素かつ単純なシステムを構築することとしている。
(ア) 業務の基本単位
業務に必要な機能について、〔1〕 特許庁の業務担当者(以下「ユーザ」という。)が作成すべき書類名を知るための機能として、ユーザから要求された書類を書類が記録され蓄積されている場所である記録原本から取得してユーザに示す「仕事契機発見機能」、〔2〕 ユーザが必要な書類を収集する機能として、ユーザから要求された書類を検索結果として示す「参考書類参照機能」及び〔3〕 ユーザが書類を作成するための機能として、ユーザが作成した書類をチェックした後、コード等の識別を付与して記録原本に保存する「仕事結果作成機能」の三つの機能に整理する。
(イ) 5機能4プロトコル
上記の3機能に、〔4〕 書類を蓄積する機能として、作成された書類の原本性を保証して記録する「記録原本機能」及び〔5〕 自動で書類を作成する機能として、作成された書類や日時を契機として自動で書類を作成等する「自動処理機能」の2機能を加えて5機能とし、この5機能を「書類書込」、「書類配信」、「書類作成」及び「書類参照」の4手順(プロトコル)により結合する(図1 参照)。
図1 基本アーキテクチャ(基本概念設計)
ア 契約の概要
特許庁は、運営基盤システムの構築に当たり、全体の設計及び基盤機能の開発を行う設計・開発業務、設計・開発業務を含む各種開発担当業者についての全般的な作業進捗の管理、各担当業者間の調整等において特許庁を支援する管理支援業務等から成る、運営基盤システムの構築に係るプロジェクト(以下「本プロジェクト」という。)を実施することとした。本プロジェクトは、特許庁を中心として、複数の業者に参画させることとして、設計・開発業務については東芝ソリューション株式会社(以下「TSOL」という。)に、管理支援業務についてはアクセンチュア株式会社(以下「アクセンチュア」という。)に、それぞれ請け負わせるなどして実施している(以下、設計・開発業務に係る契約を「設計・開発業務契約」といい、管理支援業務に係る契約を「管理支援業務契約」という。)。
そして、特許庁は、設計・開発業務契約及び18年度の管理支援業務契約については、一般競争契約(総合評価落札方式)によっており、19年度の管理支援業務契約については、既に着手している基本設計を十分理解して、進捗状況を熟知しているアクセンチュア以外では管理支援業務の円滑な実施は不可能であり、また、継続的な事業であることから、会計法(昭和22年法律第35号)第29条の3第4項に規定する契約の性質又は目的が競争を許さない場合に該当するとして、随意契約により締結していた。
各契約の契約額及び24年1月までの支払額は、表1
のとおりであり、設計・開発業務が契約額99億2250万円(当初契約)、支払額計24億8702万余円、管理支援業務が契約額計34億3442万余円、支払額計29億6407万余円となっている。
表1 運営基盤システムに係る契約一覧
契約相手方 |
契約年月日 |
契約方式 |
契約名 |
契約期間 |
契約額(千円) |
支払額(千円) |
TSOL |
平成18年12月1日 |
一般競争(総合評価落札方式) |
業務・システム最適化に係る新事務処理システムの設計・開発 |
当初 18年12月1日〜23年3月31日 18年12月1日〜26年3月31日 |
当初 9,922,500 9,750,871 |
2,487,020 |
アクセンチュア |
18年 12月1日 |
一般競争(総合評価落札方式) |
新事務処理システム設計・開発のプロジェクト管理支援業務 |
18年12月1日〜19年3月30日 |
67,200 | 67,200 |
19年4月2日 |
随意契約 |
新事務処理システム設計・開発のプロジェクト管理支援業務 |
当初 19年4月2日〜23年3月31日 19年4月2日〜26年3月31日 |
3,367,228 | 2,896,873 | |
計 |
3,434,428 | 2,964,073 | ||||
合計 |
当初 13,356,928 13,185,300 |
5,451,094 |
イ 契約の内容等
特許庁が仕様書に記載していた各契約内容の概要等は、次のとおりである。
(ア) 設計・開発業務契約
特許庁は、設計・開発業務契約により、受注者に基本設計、詳細設計等を実施させることとし、基本設計において、業務設計、書類設計等を行わせることとしていた。このうち、業務設計については、特許庁は、入札仕様書において、現行の特許、実用新案等の業務及びこれらの業務で使用する書類並びに特許庁最適化計画に基づく新業務処理方針を示して、受注者に、これらを分析して新業務処理方針に基づいて設計・開発業務について詳細な業務要件(注2) を設計させることとしていた。また、業務要件の設計に際しては、現行の業務を基本アーキテクチャに基づく書類の流れなどで表現し、必要に応じて業務及び機能の共通化を進めることなどにより、業務要件を詳細化して運営基盤システムに対応させて特許庁に提案させることとしていた。そして、TSOLは、契約書上、設計・開発業務だけでなく、運営基盤システム全体の稼働保証について最終的な責任を負うとされていた。
(イ) 管理支援業務契約
特許庁は、18、19両年度の管理支援業務契約により、受注者に設計・開発実施計画の策定及び管理支援、設計・開発段階の工程進捗管理、設計・開発時における納品物の検収支援等を行わせるとともに、管理支援業務に関する報告書等を特許庁に提出させることとしていた。
ア 特許庁最適化計画の改定
特許庁は、本プロジェクトが遅延したことなどに伴い、17年8月、20年10月及び21年10月の3回にわたって特許庁最適化計画を改定しており、最終的に、特許庁最適化計画が定める運営基盤システムの稼働時期を当初目標の23年1月から26年1月に変更している。また、特許庁は、特許庁最適化計画において、運営基盤システムの稼働時期までの設計・開発工程を工程表として示しており、基本設計、詳細設計、開発、総合テスト等の工程に85か月を要するとしていた。
イ 特許庁情報システムに関する調査委員会
経済産業省は、本プロジェクトが遅延していたことなどから、22年6月に、「特許庁情報システムに関する調査委員会」(以下「調査委員会」という。)を設置した。調査委員会は、運営基盤システムの技術的な検証及び改善措置の検討を行い、同年8月に調査報告書を経済産業大臣に提出して、緊急に対応すべき課題として、〔1〕 適切な開発計画の策定、〔2〕 複数ベンダによる開発に向けた連携の強化及び〔3〕 独立性の高い外部有識者による監視体制の整備を行うよう求めている。
ウ 技術検証委員会
調査報告書において外部有識者による監視体制の整備が求められたことから、経済産業省は、23年9月に調査委員会を改組して、経済産業省外部の専門知識を有する情報工学系の大学教授、弁護士等の有識者から構成された「特許庁情報システムに関する技術検証委員会」(以下「技術検証委員会」という。)を設置した。技術検証委員会は、特許庁等による本プロジェクトに係るこれまでの取組、進捗状況等について、技術的観点から検証するとともに、今後の本プロジェクトの在り方について検討を行い、24年1月に技術検証報告書を経済産業大臣に提出している。
技術検証委員会は、技術検証報告書において、運営基盤システムを26年1月に稼働させるという目標を達成することはほぼ不可能であると指摘し、一旦、本プロジェクトを中断して、今後具体的な対応策を講じた上で再開することが妥当であると提言している。
エ 本プロジェクトの中断
経済産業大臣は、24年1月に、技術検証報告書の提出を受けて特許庁に対して本プロジェクトの中断を指示した。このため、特許庁は、特許庁最適化計画を見直すこととして、本プロジェクトを中断する処置を講じたが、設計・開発業務契約及び管理支援業務契約の継続又は解除については、24年9月末時点において検討中であるとしている。
図2 運営基盤システムの構築に係る経緯(概念図)
本プロジェクトについては、大幅な遅延が生じ、24年1月に中断されていて、特許庁が5年以上にわたり構築を進めてきた運営基盤システムはいまだに完成しておらず、24年9月末時点で稼働の見通しは立っていない。
そこで、経済性、有効性等の観点から、前記の各契約における支払状況や設計・開発業務等の状況はどのようになっているか、特許庁及び契約相手方の実施体制や特許庁における本プロジェクトの管理状況等は適切なものとなっているかなどに着眼して、特許庁及び契約相手方2者において契約関係資料等により会計実地検査を行った。
ア 設計・開発業務契約
特許庁は、設計・開発業務に関する納品物をTSOLから受領して、管理支援業務を行うアクセンチュアの支援を受けて検査を行い、適正なものであるとして、納品物の出来高に応じて、19年4月から21年11月までの間に5回にわたり、契約額97億5087万余円の約26%に相当する計24億8702万余円をTSOLに支払っている。
イ 管理支援業務契約
(ア) 支払状況
特許庁は、管理支援業務に関する報告書等をアクセンチュアから受領して検査した結果、業務が適正に行われたとして、19年4月から22年4月までは四半期ごとに13回計23億8847万余円、22年5月から24年1月までは1か月ごとに21回計5億7559万余円、合計34回にわたり、契約額計34億3442万余円の約86%に相当する29億6407万余円をアクセンチュアに支払っている。
このように管理支援業務の契約額に対する支払額の割合が設計・開発業務に比べて高い割合となっている点について、特許庁は、本プロジェクトの遅延に伴い、管理支援の工程の見直しによる業務実施計画の変更、契約期間の延長等を行ったことから、設計・開発の管理支援、設計・開発段階の工程進捗管理等に関する必要工数が増大したためであるとしている。すなわち、特許庁が、本プロジェクトの後半で実施を予定していた業務の予定工数を大幅に減少させてその分の工数を前半の増加した業務に充てることとする変更契約を締結した結果、管理支援業務の契約額に対する支払額の割合が高くなっていた。そして、この変更契約により、実際に本プロジェクトが設計・開発業務の後半段階に至った場合には、当初後半で実施を予定していた工数と比較すると、テスト支援・テスト検証については予定工数の約1/10で、業務試行及び研修の支援については予定工数の約1/6でそれぞれ実施することとなっていた。
(イ) 落札比率の反映
特許庁は、表2
のとおり、管理支援業務の発注に当たり、18年度の契約については、一般競争入札(総合評価落札方式)を実施していた。その結果、アクセンチュアを含む2者が応札して、特許庁が作成した予定価格1億0197万余円を大きく下回る6400万円(落札比率62.7%)でアクセンチュアが落札していた。この予定価格の1億0197万余円については、特許庁は、2者が入札前に提出した提案書等に記載されていた作業工数等の平均値を用いるなどして算出していた。なお、アクセンチュアが提出した提案書には、18年度の契約の見積価格は1億0704万余円と記載されていたが、この見積価格は予定価格を上回っていた。
そして、特許庁は、前記のとおり、19年度の契約については、随意契約によりアクセンチュアと契約を締結することとしていたことから、提案書に記載されていた19年度から22年度までの間の作業工数等を基に、予定価格を32億0688万余円と算出した上で、アクセンチュアと協議して33億6722万余円(消費税込み)で契約を締結した。
このように、特許庁は、19年度の契約の予定価格を算出する際に、18年度の契約の入札時に生じた落札比率を乗ずるなどの競争により得られる利益等を考慮していなかった。
なお、経済産業省は、システム関連等の継続的な予算を複数年度契約とすることとし、19年度予算要求以降は、国庫債務負担行為を基本的に活用することとしている。このため、実質的に一体となる契約を各年度に分割して発注することはなく、特許庁においても、現在では、上記のような事態は生じていない。
表2 アクセンチュアとの契約概要
|
平成18年度契約 |
19年度契約 |
|||||
契約期間 |
18年12月1日〜19年3月30日 |
19年4月2日〜23年3月31日 |
|||||
提案書記載の見積価格等 |
1億0704万余円 |
32億0688万余円 | |||||
予定価格 |
1億0197万余円 |
32億0688万余円 | |||||
落札額 |
6400万円 |
32億0688万余円 (予定価格と同額) |
|||||
契約額 |
6720万円 |
33億6722万余円 | |||||
落札比率 |
62.7% |
100% |
特許庁は、前記のとおり、特許庁最適化計画の中で、稼働時期までの設計・開発工程を工程表として示しているが、基本設計に要する期間については、18年12月から21年9月までの34か月としていた。しかし、設計・開発業務の作業開始から61か月が経過した24年1月においても基本設計が完了せず、その際に生じた問題点の解決の目途すら立たない状況となっており、運営基盤システムを変更後の稼働時期である26年1月に稼働させることは事実上不可能な状況となっていると認められる。
そこで、このような状況に至った経緯について検査したところ、次のとおりとなっていた。
ア 業務要件の詳細化
システム開発に当たっては、発注者が業務要件の定義を行うのが通常であるが、特許庁は、設計・開発業務契約において、前記のとおり、受注者が特許庁の業務等を分析して業務要件を詳細化して提案することとしていた。このことについて、特許庁は、設計・開発業務契約の入札に係る意見招請の際にも、設計作業に業務要件を詳細化する作業が含まれている旨を入札参加者に明示していた。
TSOLは、入札仕様書の内容及び意見招請の結果に基づき、技術力の高い設計担当者を配置して上記の作業を行うとする提案を入札時に行っていたが、実際には、提案を実現する技術力を有する設計担当者を配置しておらず、現行のシステムの業務要件等を分析することが困難となっていた。
この事態の改善を図るため、特許庁、TSOL及びアクセンチュアの3者(以下「参画3者」という。)が協議を行ったところ、TSOLから、当初予定していた60人の3倍を超える200人の設計担当者を投入して現行のシステムに係る全てのプログラム設計書を精査して、現行のシステムの入出力を表にまとめて現行の業務要件等の分析を行うとする提案がなされた。特許庁は、アクセンチュアの助言等を踏まえてこの提案を了承していたが、TSOLにこれらの作業に係る工数の明確な見積りや所要期間を提示させないまま作業を実施させていた。
このため、プログラム設計書の精査の作業等の工数が著しく増大して、業務要件の詳細化作業が膨大なものとなり、本プロジェクトは当初から遅延が発生したが、特許庁は、遅延を解消するための実効ある改善策を講じておらず、TSOLに提案を受けた膨大な業務要件の詳細化作業を継続させていた。
イ 原課からの要望事項の反映
特許庁は、入札仕様書等において、受注者は、開発するシステムに対する要望について原課(ユーザの所属する課等)にヒアリングを実施して、要望事項を整理した上でこれを業務要件に反映することとしていた。そして、特許庁は、TSOLがこの要望事項を整理するために原課に対するヒアリングを行った際に本プロジェクトの担当部門の担当者を立ち会わせるなど所要の協力を行うとともに、この要望事項を設計・開発事項として取り入れるための検討をTSOLが参加する会議において行っていた。
TSOLは、この要望事項を整理する作業を19年3月から行っていたものの、要望を適切に整理することができず、このことが本プロジェクトに遅延が発生する原因の一つとなっていた。特許庁は、この事態に対して、要望事項を整理するために効果的な協力を行うなどの対策を十分に執っていなかったため、遅延が解消されることはなかった。そして、特許庁は、本プロジェクト開始から2年以上が経過した21年7月に至って、一部を除く要望事項を本プロジェクトとは別に開発していくこととし、本プロジェクトの内容とはしないこととした。
ウ 中間納品物の品質の確認
特許庁は、19年3月の第1回目の中間納品物の納入を前に、中間納品物の品質が必要な水準に達しているのかを判断する基準(以下「完了基準」という。)を定めていた。また、特許庁は、中間納品物の納入の度に、TSOLが特許庁及びアクセンチュアに中間納品物の内容を報告することとし、アクセンチュアが完了基準に従って作成したチェックシートに基づいて中間納品物の品質の確認を行い、その結果を特許庁に報告することとしていた。
そして、アクセンチュアが、19年3月の中間納品物の納入の際に、TSOL内における品質確認作業について、チェックシートの記述内容を明確にしていなかったことから、チェックシートでは中間納品物が必要な品質を備えているのかを確認できないものがあった。そこで、アクセンチュアは、品質の確認の一項目であるTSOL内の品質管理プロセスを確認したところ、これが十分に機能しておらず、その旨を特許庁へ報告していた。
エ 設計の共通化
特許庁は、入札仕様書において、受注者は、利便性及び効率化の観点から、特許、実用新案、意匠及び商標で別々に行われている出願書類等に不備がないかを確認する方式審査業務の検査等の機能について、共通化が可能なものについては共通化することとしていた。そして、機能の共通化の範囲及び方式については、全ての基本設計が完了した後に詳細設計を行う際に、受注者が提案することとしていた。
その後、審判業務等に係る設計作業に遅延が発生し、全ての基本設計が完了する見込みが立たなくなったことから、参画3者は、20年7月に、基本設計が完了した業務については詳細設計を開始して、基本設計が全て完了した段階で機能の共通化を行うことで合意していた。
しかし、意匠審査等一部の業務の基本設計が完了していないことから、24年9月末時点においても機能の共通化の検討は行われていない。このように、設計上の重要な要素である機能の共通化の範囲と方式が決められていないため、同じ機能を複数の業務の設計書に記述することとなっており、このことが設計作業を大幅に遅れさせる原因の一つとなっている。
オ 設計方針に関する問題点
TSOLは、21年4月頃から、運営基盤システムの設計に当たり、機能同士の関係を独立させるため、システム上に生成される全ての業務画面ごとにプログラムを作成する設計方針を採った。この設計方針は、設計・開発業務契約の入札仕様書等に示されていたものではないが、TSOLが21年4月に特許庁に提案して、特許庁が承認していたものである。
しかし、前記エの合意により、機能の共通化は基本設計が全て完了した後とされたことから、TSOLは、共通化されていない設計書に基づいてそれぞれのプログラムを作成することが必要になったため、設計書全体で数千にも上る個別プログラムを書き込むこととなり、開発に膨大な工数を要することとなった。これにより、運営基盤システムのプログラムの全体規模(注3)
は22年12月の段階で既に6000万行に達することになるとの見積りがTSOLから特許庁に示されており、長年にわたって繰り返し改修を加えてきたため複雑になっている現行システムのプログラムでさえ全体規模が2300万行であることからみても、運営基盤システムの構築の実現可能性は低くなっている。
しかし、本プロジェクトの進捗に重大な支障をもたらす可能性があるのに、TSOLが設計書を共通化せずに、当該設計方針のまま業務画面ごとにプログラムを作成していることについて、TSOLから特許庁への報告は無く、特許庁は参画3者による設計会議で発覚するまで問題を放置する結果となっていた。また、特許庁は、問題の発覚後、TSOLに対して口頭で問題がある旨の注意喚起をするに留めていて、事態を解決するための実効ある方策を執っていなかった。
ア 特許庁の実施体制等
本プロジェクトの実施に当たっては、開始時点においては、特許庁の総務部長が本プロジェクトの責任者となり、経済産業省のCIO補佐官が本プロジェクトに対して助言することになっていた。その後、本プロジェクトの実施体制を強化するため、21年5月に経済産業省に特許庁を専任とするCIO補佐官1名が設置され、22年10月に特許庁にCIO補佐官の支援スタッフ1名が設置された。CIO補佐官は会議に参加して本プロジェクトに関し助言及び指導を行い、CIO補佐官の支援スタッフはCIO補佐官が行う助言及び指導に必要な資料の確認や情報収集等の支援を行うこととされた。
また、調査委員会が体制の強化について提言したことから、特許庁は、23年2月に本プロジェクトの責任者である総務部長と共に本プロジェクトの運営において判断が困難な事項について意思決定を行うものとして、特許技監を特許庁CIOとして設置するとともに、同年4月にCIO補佐官1名及びCIO補佐官の支援スタッフ2名の増員を行った。
しかし、参画3者の間で開催された会議に特許庁CIOが意思決定を行うために参加していたのは1回のみであり、その後同年4月には本プロジェクトが実質的に中断されているため、体制の強化のために設置された特許庁CIOの機能は十分に活用されていなかった。
イ TSOLの実施体制等
(ア) 実施体制
TSOLの実施体制は、設計・開発業務を統括するプロジェクトマネージャーの下に、品質や進捗状況等の管理を行うチーム、基盤機能や業務処理機能の設計を行うチーム等で構成されているが、各チームのリーダーはもとより、プロジェクトマネージャーは、人事異動により度々変更されていた。調査報告書において、TSOL内で特許庁の業務や基本アーキテクチャの理解を維持するために、プロジェクトマネージャー、各チームのリーダー等の人事は、原則として固定化すべきである旨の提言がなされたが、調査報告書が経済産業大臣に提出された22年8月以降も各チームのリーダー等は変更されていた。
(イ) 要員の推移、協力会社との連携状況等
TSOLの設計・開発業務に係る要員の推移は、図3 のとおり、当初60人程度であったが、進捗の遅れを取り戻すなどのために増員を行った結果、TSOLとの請負契約による協力会社からの要員を含めて、ピーク時には1,300人の規模となっていた。
図3 TSOLの設計・開発業務に係る要員の推移
この協力会社からの要員の人数は、最も多い月で1,200人程度となっていたが、TSOLは、協力会社に対して要員として必要な技能を提示しておらず、各要員の技能の把握もしていなかった。
また、この協力会社の数は延べ41社であったが、本プロジェクト開始当初から実質的に本プロジェクトが中断された23年4月まで継続的に参画していたのは6社のみであり、中には2か月間しか参画していない協力会社も見受けられた。
ウ アクセンチュアの実施体制等
アクセンチュアの管理支援業務の実施体制は、プロジェクト責任者及びプロジェクト管理者の下に、工程管理チーム、技術支援チーム等のチームで構成されているが、プロジェクト管理者や各チームの責任者といった主要な要員は、度々変更されていた。
また、アクセンチュアの管理支援業務に係る要員の推移は、図4
のとおり、おおむねTSOLの要員の増減に連動していた。
図4 アクセンチュアにおける管理支援要員の推移
特許庁は、本プロジェクトを実施するに当たり、設計・開発業務契約は請負契約であり、具体的な作業の実施方法については、受注者の裁量に委ねられる部分が大きく、発注者として管理する範囲ではないとしている。
しかし、システム開発においては、発注者による主体的なプロジェクトの管理が重要であり、プロジェクトの成否に大きな影響を与えるとされている。
そして、本プロジェクトにおいて、次のような管理上の問題点が見受けられた。
ア 各会議体についての認識の共有
特許庁は、本プロジェクトにおける各種計画書の最高位に位置するプロジェクト実施計画書において、プロジェクトの概要、プロジェクト参画者の体制及び役割、参画3者が参加する会議体の目的及び開催頻度、全体スケジュール等を定めている。
プロジェクト実施計画書に記載された会議体の開催状況についてみたところ、本プロジェクトの実施期間中、一部期間を除いて常時20から35程度の会議体が設置されていた。これらの会議体については、調査委員会から各会議体の役割・責務や各会議体相互間の関係が不明確である旨の指摘があったことから、22年12月に会議体の全体像を整理してプロジェクト運営面での意思決定を行う意思決定会議が設置されている。
しかし、特許庁は、その後も各会議体の役割・責務、各会議体相互間の関係等を文書として明確化しておらず、参画3者間で各会議体に対する認識を十分に共有できていない。
イ 請負業者の開発要員に対する研修
特許庁は、TSOL及びTSOLの協力会社の特許庁の業務に関する理解が不足していたために設計・開発業務に初期段階から遅れが生じたと判断し、入札仕様書では実施することにしていなかった特許庁の業務に関する研修を実施することとした。そして、TSOL及びTSOLの協力会社に対し、18年12月末から19年4月末にかけて計9回の研修を行っている。
しかし、TSOLは、図3
のとおり、研修終了後に大幅に設計・開発業務に係る要員を増員していて、研修はごく一部の要員のみに対するものとなっていた。また、TSOLの協力会社の中には、研修に参加していない協力会社があったり、研修終了後に新たに参加した協力会社には研修の受講機会が与えられていなかったりしていたが、特許庁は、このような状況を把握していなかった。
ウ 関係者の責任範囲等に係る合意形成
特許庁は、本プロジェクトの開始当初、プロジェクト実施計画書を作成し、経済産業省等の承認を受けることにより、特許庁システムに係る全ての関係者に対し、本プロジェクトの開始を示すこととしていた。
一般に、システム開発においては、プロジェクトの開始時に、プロジェクトの目的、関係者の役割分担や責任範囲等を書面にまとめることが必要とされており、PMBOK(注4)
においては、発注者がプロジェクト憲章(注5)
を作成してプロジェクト参画者からの合意を得た上でこれを全ての関係者に提示することにより、プロジェクトの承認を得て、これによりプロジェクトを開始することとされている。特許庁は、プロジェクト憲章として決定すべき内容はプロジェクト実施計画書に含まれているとしているが、仕様書の記載事項の認識について、参画3者にそれぞれ確認したところ、責任範囲等について、必要となる明確な合意が形成され共通理解があったとは認められず、本プロジェクトが中断に至る事態に陥っている。このように、プロジェクト実施計画書によっては合意が形成されておらず、明確なプロジェクト管理がなされなかったと認められる。
そして、調査報告書において、一般にシステム開発においてプロジェクトの立ち上げ時に作成すべきとされているプロジェクト憲章を作成するよう提言があったことから、特許庁は、22年9月に至ってプロジェクト憲章の作成に取り組んだものの、全体スケジュールを確定することができなかったため、プロジェクト憲章は作成されておらず、参画3者間で責任範囲等について合意は形成されていない。
(注4) | PMBOK システム開発に係るプロジェクトを行うときの基本的な約束事等をまとめた知識体系であり、国際的に認められている事実上の標準
|
(注5) | プロジェクト憲章 プロジェクトの立ち上げ者が発行して、利害関係者が合意した、プロジェクトの存在を認可する文書。プロジェクトの目的等のほかに予算、納期、完了条件等を記載する。
|
エ コミュニケーション管理
特許庁は、プロジェクト実施計画書において、本プロジェクトにおけるコミュニケーション管理の標準化を行うことを目的として、コミュニケーション管理要領を策定するとともに、本プロジェクト全体における意思疎通を効果的に行うことを目的として、コミュニケーション管理要領の方針に準拠したコミュニケーション管理細則を策定し、この細則に基づいて本プロジェクトのコミュニケーション管理を行っている。
また、特許庁は、発注仕様書において、管理支援業務の作業内容には、コミュニケーション管理要領等の各種管理要領を管理して設計・開発業者等に説明するとともに、これらの要領を遵守させるよう指導することも含まれるとしている。
そして、本プロジェクト開始当初から、TSOLにおいて、特許庁からの依頼や質問に対して回答期限が守られなかったり報告資料に漏れや誤りが多かったりなどして、本プロジェクトの進捗状況を特許庁が正確に把握できない事態が頻発したため、特許庁及びアクセンチュアは、TSOLに対してコミュニケーション不足による各種の問題点を提示するなどしていた。
しかし、特許庁は、上記事態の改善を図るための効果的な対策を執っておらず、これらの問題点を解消しないまま、本プロジェクト開始から2年近くが経過していてもコミュニケーション管理細則の厳守を徹底するよう改善を依頼するなどしている程度であった。
上記アからエまでのように、特許庁は、発注者として本プロジェクトを管理するため、会議体の全体像を整理したり、TSOLに対してコミュニケーション不足による問題点を提示したりなどしていたものの、遅延発生の原因を解消できないまま長期間経過してしまったり、調査委員会の提言を受けてから対策を講じていたりするなど、これらの措置は内容が十分でなかったり、時機を失していたりなどしていた。その結果、特許庁は、本プロジェクトの実施に関して最終的に責任を有する立場としての責務を果たしていなかったと思料される。
特許庁が実施してきた本プロジェクトは、初期段階から生じた遅延が大幅なものとなっており、この遅れが早期に解消する可能性は低いと認められ、完成して稼働する見通しが立っていない。このため、設計・開発業務及び管理支援業務のために支出された国費は結果として運営基盤システムの構築に結びついておらず、特許庁が実現を目指した出願人等の利便性の向上、迅速かつ的確な審査の実現、業務の抜本的見直し及びシステムの経費の削減等の目標の達成は極めて困難となっている。
したがって、特許庁においては、今後のシステム開発に当たり、上記のような事態を再び生じさせないよう、契約上の履行の監督等を厳正に行うことはもとより、自らがプロジェクトの実施に最終的に責任を有する立場にあることを十分認識した上で、次の点に留意して適切かつ実効あるプロジェクトの管理を実施することが極めて重要である。
ア 設計・開発の管理において、
〔1〕 業務要件の詳細化作業に当たっては、各担当業者からの提案内容を十分検討するとともに、作業の遅延が発生した場合は、遅延を解消するための実効ある改善策を講ずること
〔2〕 原課からの要望事項を整理する作業に当たっては、原課に対するヒアリングを行う際に担当者を立ち会わせるなどするにとどまらず、より効果的な協力を検討すること
〔3〕 中間納品物の品質の確認に当たっては、各担当業者の品質管理プロセスが機能しているかについて十分確認する体制を整備すること
〔4〕 プロジェクトに遅延が発生した場合は、原因を分析して対策を執り、全ての業務の基本設計を完了させるなどの設計・開発業務における次工程への移行条件を満たした後に次工程を開始すること
〔5〕 設計方針の適用方法がプロジェクトの進捗に重大な支障をもたらす可能性があるかなどについて検討するとともに、問題を解決する実効ある方策を執ること
イ プロジェクト全体の管理において、
〔1〕 各会議体の役割・責務、各会議体相互間の関係等を文書に明確にし、参画者の間で各会議体に対する認識を十分に共有した上で会議体を運営すること
〔2〕 プロジェクト開始時に、プロジェクト憲章等を作成するなどして、関係者の役割分担や責任範囲等を明確化し、参画者の間で合意の形成を図ること
〔3〕 管理支援業者との連携をより強化し、参画者に対し要領等を遵守させて業務を確実に遂行させるようにすること
〔4〕 プロジェクトの遂行において問題が生じた場合には、プロジェクトの実施に最終的に責任を有する立場として問題を解決する方策を主体的に打ち出して実行し、外部からの助言・提言を受ける場合においても、その助言・提言を実行する際の意思決定を迅速に行うこと
なお、今回の検査の結果により、本プロジェクトの所期の目的の達成が困難となっている事態を不当事項として掲記している(前掲不当事項参照 )。
本院としては、特許庁において設計・開発業務契約及び管理支援業務契約の継続又は解除について検討中であることから、その検討内容や経過に留意するとともに、特許庁は、特許庁最適化計画を抜本的に見直した上でプロジェクトを再開することとしていることから、今後とも運営基盤システムの構築の実施状況について引き続き注視していくこととする。