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  • 平成24年1月

大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)に関する会計検査の結果について


7 斐伊川水系における河川整備等の治水事業

 斐伊川水系における河川整備等の治水事業について検査したところ、次のような状況になっていた。

(1) 事業の目的、必要性等についての検討の状況

ア 斐伊川水系の事業の概要

 斐伊川水系の治水事業は、昭和41年に策定された斐伊川工事計画に基づき実施されていたが、「2 放水路等 」において記述したとおり、47年7月の洪水により甚大な被害が発生したことから、国土交通省は51年7月に斐伊川工事計画を改定している。そして、斐伊川工事計画によれば、洪水時に斐伊川下流部の流量を減らすとともに宍道湖の水位の上昇を低減させることなどを目的として、斐伊川水系全体並びに神戸川水系(当時二級河川)の上流部及び下流部で治水機能を分担して事業を実施することとされている。このうち斐伊川水系については、上流部に尾原ダムを建設し、隣接する神戸川に洪水を分流する斐伊川放水路を新設するとともに、湖部では宍道湖から中海までの間で流量を増加させるために大橋川において築堤、浚渫(しゅんせつ)等の河川改修を行うこととしている。また、神戸川については、新たに建設される放水路を通じて斐伊川から洪水が流入して流量が増加することから、上流部に志津見ダムを建設するとともに、放水路との合流点付近よりも下流部の拡幅等を行うこととしている。
 その後、平成9年の河川法改正に伴い、国土交通省は、14年に斐伊川工事計画の内容を踏襲した斐伊川水系河川整備基本方針(以下「斐伊川整備方針」という。)を策定し、同時期に島根県でも神戸川水系河川整備基本方針を策定している。さらに、18年には、斐伊川放水路事業の進捗に伴い二級河川として島根県が管理していた神戸川水系を斐伊川水系に編入した。そして、22年度末現在において、中国地方整備局は、21年に変更された斐伊川整備方針及び22年に策定された斐伊川水系河川整備計画(国管理区間)(以下「斐伊川整備計画」という。)に基づき、斐伊川と神戸川の下流部等の治水安全度の向上を目的として一体的な整備を実施している(図表7-1 及び図表7-2 参照)。

図表7-1 実施中の大規模な治水事業等の概要
河川名 事業名 所在地 事業
開始
年度
目的 事ダム建設業等検証状況 備考
斐伊川 斐伊川放水路事業 島根県出雲市 昭和56 洪水分流 参照
斐伊川 尾原ダム建設事業 島根県雲南市木次町 昭和62 洪水調節、流水の正常な機能の維持、水道用水の確保 継続 参照 1  2
神戸川 志津見ダム建設事業 島根県飯石郡飯南町 昭和58 水調節、流水の正常な機能の維持、工業用水の確保、発電 継続 参照 1  2
(注)
 備考は個別の検査結果について記述したページを示す。


図表7-2 実施中の大規模な治水事業等の位置図

図表7-2実施中の大規模な治水事業等の位置図

イ 計画規模

 斐伊川水系では、洪水調節施設として斐伊川の上流部に尾原ダム、神戸川上流部に志津見ダムが、放水路として斐伊川放水路がそれぞれ建設されている。同水系における河川整備の最終目標は、斐伊川整備方針によると1/150確率規模の洪水を安全に流下させることであるとされており、その洪水の一部を尾原、志津見両ダムで調節することとし、図表7-3 及び図表7-4 のとおり、斐伊川本川の流量4,500m3 /sのうち神戸川へ2,000m3 /sを放水路により分流させ、残り2,500m3 /sを宍道湖に流下させることとしているが、中国地方整備局は関係資料を保有していないとしているため、確率規模が1/150とされている根拠を明確にできない状況となっていた。
 斐伊川水系において、今後おおむね20年間で行う整備の内容を定めた斐伊川整備計画では、大橋川の改修、宍道湖湖岸堤防の整備、斐伊川本川の改修等の整備の目標を、戦後最大の被害をもたらした昭和47年の洪水(1/70〜1/80確率規模の洪水)が再び発生した場合でも家屋の浸水被害の発生を防止することとしている。
 また、斐伊川及び神戸川の上流に整備した尾原、志津見両ダムと下流に整備した斐伊川放水路については、斐伊川整備方針の目標である1/150確率規模の洪水に対応するものとして計画されており、これらはほぼ完成する状況となっている。
 一方、斐伊川及び神戸川についてはそれぞれ国が管理する上流及び下流の区間の間に島根県が管理する区間(斐伊川中流部16.8km及び神戸川中流部35.3km)が存在している。これらの島根県が管理する区間における県の河川整備計画についてみると、斐伊川整備計画において整備の目標とされている洪水規模が上記のとおり47年洪水(1/70〜1/80確率規模)とされているのに対し、斐伊川中流部の区間については、河川改修の予定がないとして河川整備計画を策定していなかったり、神戸川中流部の区間は、神戸川中流部河川整備計画において整備の目標となる洪水規模が1/50確率規模とされていたりしていた。
 このように、斐伊川水系では、国が管理する区間において河川整備計画が策定されているものの、県が管理する区間は同計画が未策定の区間があるなどしていて、水系全体で河川整備計画の内容について整合が図られているか確認できない状況となっていることから、中国地方整備局では、未策定の区間に係る河川整備計画の策定等に向けて県との情報共有及び連携をより一層図る必要があると認められる。

図表7-3 基本高水のピーク流量等

(単位:m3 /s)

河川名 基準
地点
基本高水の
ピーク流量
洪水調節施
設による調節流量
河道への
配分流量
基本高水のピー
ク流量の設定
各河川に関
連する事業
斐伊川 上島 5,100 600 4,500 確率流量
(1/150確率規模)
斐伊川放水路事業、尾原ダム建設事業
神戸川 馬木 3,100 700 2,400 確率流量
(1/150確率規模)
斐伊川放水路事業、志津見ダム建設事業
大橋川 矢田 - - 1,600 確率流量
(1/150確率規模)
-

図表7-4 斐伊川水系計画高水流量等図

(単位:m3 /s)

(単位:m3/s)

(注)
 宍道湖及び中海に記載されている数値はそれぞれ湖心における計画高水位を示す。

(2) 事業の実施状況

ア 尾原ダム及び志津見ダム建設事業

 中国地方整備局は、62年度から尾原ダム建設事業に着手し、平成14年度に事業計画を変更して22年度までの事業期間としており、22年度末までにダム本体の建設は完了した。尾原ダムについては、22年度に行った試験湛水中にダム下流に湧水が発生したが、23年7月の尾原ダム湧水対策検討委員会(第2回)でダム堤体の安定性に問題はないとの報告を受けたため、現在、試験湛水を再開しているところである。
 また、中国地方整備局は、昭和58年度から志津見ダム建設事業に着手し、平成13年度に事業計画を変更して22年度までの事業期間としており、22年度末までに事業は完了した。さらに、志津見ダムについては、23年度からダムの供用を開始したところである。

イ 斐伊川放水路事業

 中国地方整備局は、昭和56年度から斐伊川放水路事業に着手し、平成19年度に事業計画を変更して事業期間を20年代前半までとしている。
 本事業の実施に当たって、斐伊川の洪水を受け入れる神戸川下流部の沿川自治体である出雲市は、昭和50年に島根県が策定した斐伊川放水路等の整備を計画した斐伊川・神戸川の治水に関する基本計画に57年に同意するに当たり、斐伊川放水路事業が完了した場合においても、同基本計画に基づく斐伊川上流部及び神戸川上流部におけるダム事業並びに湖部における大橋川の河川改修事業が完了しない限り放水路への分流を行わないこと、大橋川の河川改修事業を実施中であるため重大な災害を及ぼすおそれのあるときは別途協議することなどの条件を提示していた。その後、中国地方整備局による大橋川の河川改修事業は完了していないものの、平成23年9月に、出雲市は、上記の分流に同意することを決定している。

ウ 大橋川の河川改修事業

 中国地方整備局は、昭和57年6月から大橋川の河川改修事業の測量調査に着手したが、大橋川が流入する中海への洪水流量増大を懸念した米子、境港両市議会の反対決議を受け、鳥取県は同年10月に用地測量及び用地買収の中止を国土交通省及び島根県に要請した。その後、鳥取県は島根県に対して人道的見地から大橋川矢田地区の用地取得と家屋移転を了承する旨の回答を行ったが、これら一部の用地取得等を除き、大橋川の河川改修事業は実施されない状況となっていた。
 そして、平成12年に国営中海土地改良事業の本庄工区干陸中止が決定され、同時に中海の湖岸堤整備を農林水産省から国土交通省が引き継ぐ形で実施することが決定し、翌13年には鳥取、島根両県知事により、中海護岸の整備、環境アセスメントの実施及び本庄工区の堤防開削の3項目を条件に、停止されていた大橋川の測量、調査及び設計の実施について同意がなされた。その後、21年になって、中海護岸の整備方針の了承、「大橋川改修事業環境調査最終とりまとめ」の公表及び本庄工区の堤防の一部開削の完了により、上記の同意条件であった3項目が解決するに至り、また、鳥取、島根両県知事により大橋川の河川改修事業の着手合意もなされ、23年10月には、一部の地区において工事が開始されている。
 斐伊川水系は、全体で治水機能を分担して事業を実施することとしているが、上記のとおり、流域の自治体である鳥取県の反対等により、21年まで大橋川の河川改修事業が長期間実施されないままとなっていた一方、尾原、志津見両ダムが完成(尾原ダムは試験湛水中)し、斐伊川放水路も24年度には完成が見込まれていて、事業によってその進捗に大きな差が生じている。

(3) 事業費の推移及び事業計画の変更等に伴う見直し等の状況

 各事業の事業計画の変更等の状況は図表7-5 のとおりである。

図表7-5 事業計画の変更等の状況
事業名 事業
開始
年度
経過年数(平成22年度末現在) 事業計画 平成22年度末までの執行済事業費(C) 執行率
(C)/(B)
変更回数 当初計画事業費(A) 平成22年度末現在の計画事業費(B) 差引
(B)-(A)
        億円 億円 億円 億円
斐伊川放水路事業 昭和56 30 2 1,170 2,500 1,330 2,266 90.7
尾原ダム建設事業 昭和62 24 1 980 1,510 530 1,258 83.4
志津見ダム建設事業 昭和58 28 1 660 1,450 790 1,290 89.0
大橋川の河川改修事業 昭和57 29 - 270 - - 23 -
(注)
 大橋川の河川改修事業に係る当初計画事業費及び平成22年度末までの執行済事業費は、15年度の事業再評価の際に大橋川の河川改修事業に限定して算定された計画事業費及び14年度末までの執行済事業費の額であり、大橋川の河川改修に係る事業費は斐伊川の一般改修に係る事業費に計上されているため、その後個別には算定されていない。

 計画事業費について、22年度末現在と当初とを比較すると、22年度末現在の計画事業費が当初の倍以上の額となっているのは斐伊川放水路事業(22年度末現在の計画事業費は当初計画事業費1170億円の2.1倍、1330億円の増となる2500億円)及び志津見ダム建設事業(22年度末現在の計画事業費は当初計画事業費660億円の2.1倍、790億円の増となる1450億円)の2事業となっていた。

(4) 事業再評価時における投資効果等の検討の状況

 斐伊川水系における事業再評価の実施状況は、図表7-6 のとおりである。

図表7-6 事業再評価の実施状況
事業再評価等実施年度 事業名 評価期間 総便益
(B)
総費用
(C)
費用便益比
(B/C)
平成15 斐伊川水系全体の河川改修 不明 億円
20,658
億円
6,047
3.4
  斐伊川放水路事業 不明 20,092 4,902 4.1
  尾原ダム建設事業
  志津見ダム建設事業
  大橋川の河川改修事業
平成20 斐伊川水系全体の河川改修 昭和56年度〜平成107年度 15,653 6,623 2.4
  斐伊川放水路事業 昭和56年度〜平成74年度 8,807 2,674 3.3
  尾原ダム建設事業 昭和62年度〜平成72年度 2,824 1,477 1.9
  志津見ダム建設事業 昭和58年度〜平成72年度 2,974 1,429 2.1
平成22 斐伊川水系全体の河川改修
(残事業)
平成22年度〜91年度 14,913 1,129 13.2
  斐伊川水系の一般改修
(残事業)
平成22年度〜91年度 707 478 1.5
  尾原ダム建設事業
  志津見ダム建設事業
  斐伊川放水路事業 昭和56年度〜平成74年度 6,611 3,927 1.7
注(1)  平成22年度の尾原ダム建設事業及び志津見ダム建設事業は、同年度中に事業が完了する予定だったため単体では費用便益比を算出していない。
注(2)  大橋川の河川改修は、斐伊川水系全体の河川改修で対象としている事業の一つであり、単体で事業再評価等を実施していない。

 斐伊川水系全体の事業再評価の実施状況をみると、20年度及び22年度については、事業単体及び水系全体で事業再評価が実施されていたが、15年度については、複数の事業を合わせて事業再評価が実施されていた。そして、15年度の総便益の算定について、中国地方整備局は、算定根拠、算定に使用したデータ等の関係資料を保有していないとしているため、過去の事業再評価における総便益の算定の妥当性を明確にできず、説明責任が果たせない状況となっていた。