(「水道管等の移設補償費の算定が適切でなかったもの」及び「国営かんがい排水事業の実施における移設補償費の支払に当たり、移設対象の水道管等に係る財産価値の減耗分を誤って控除せずに移設補償費を算定していたため、支払額が過大となっていたもの」参照)
【適宜の処置を要求し及び是正改善の処置を求めたものの全文】
農業農村整備事業の実施における既存公共施設等の移設補償費の算定について
(平成28年10月28日付け 農林水産大臣宛て)
標記について、会計検査院法第34条の規定により、下記のとおり是正の処置を要求し及び是正改善の処置を求める。
記
貴省は、土地改良法(昭和24年法律第195号)等に基づき、農業・農村の健全な発展を図ることを目的として、かんがい排水事業、農村地域防災減災事業等の農業農村整備事業を自ら事業主体となって実施するほか、都道府県、市町村等が事業主体となって同事業を実施する場合に事業の実施に要する経費の一部を補助している。
上記の事業に係る経費は、工事費のほか、用地費及び補償費、測量設計費、事務費等から成っており、このうち補償費の対象には、事業実施の際に支障となる一般の建物等のほかに、水道管、電柱等の公共施設及び公共施設に類する施設(以下「公共施設等」という。)が含まれている。
公共事業の施行により事業地内の公共施設等についてその機能の廃止又は休止が必要となる場合(以下、このような公共施設等を「既存公共施設等」という。)であって、公益上、その機能回復を図ることが必要である場合は、「公共事業の施行に伴う公共補償基準要綱」(昭和42年閣議決定)及び「公共補償基準要綱の運用申し合せ」(昭和42年用地対策連絡会。以下、これらを合わせて「公共補償基準」という。)に基づき、既存公共施設等の機能回復が図られるよう、国、都道府県等の当該公共事業の事業主体がその原因者として既存公共施設等の管理者(以下「被補償者」という。)に対して補償費を支払うこととなっている。また、農業農村整備事業の場合は「既存公共施設等の機能回復補償に係る建設費の細部運用について」(平成16年16農振第926号農村振興局整備部設計課長通知。以下「細部運用」という。)が別途定められている。
そして、事業主体は、既存公共施設等に対する補償に当たっては、被補償者と協議するなどして、補償契約を締結し、これに基づき補償費を支払っている。
公共補償基準によれば、既存公共施設等の機能回復は、代替施設を建設すること又は当該既存公共施設等を移転することにより行うこととされており、このうち代替施設の建設による場合の補償費(以下「移設補償費」という。)は、当該代替施設の建設に必要な土地の取得費、建設費及び建設雑費その他通常要する費用とされている。そして、建設費については、代替施設を建設するために必要な費用から、既存公共施設等の機能の廃止の時(以下「補償時点」という。)までの財産価値の減耗分(以下「減耗分」という。)を控除するなどして算定することとされており、減耗分は、既存公共施設等の耐用年数に対する補償時点における経過年数の割合等に応じて算出することとされている。ただし、国、地方公共団体又はこれらに準ずる団体が管理している既存公共施設等について、やむを得ないと認められるときは、減耗分の全部又は一部を控除しないことができることとされている。この「やむを得ないと認められるとき」とは、地方公共団体等が管理する既存公共施設等であって、当該施設等の管理・運営に係る決算(以下「既存公共施設等の決算」という。)が継続的に赤字状況にあるなど、減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合等とするとされている。
そして、細部運用によれば、減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合に該当するか否かについては、既存公共施設等が地方公営企業等の特別会計により運営されている場合には、次の方法により判断することとされている。
① 既存公共施設等の管理・運営に係る年度決算書のうち、決算報告書の収益的支出の決算状況、財務諸表の損益計算書における他会計からの補助金及び年度純利益の有無等を調査し、年度純利益がある場合は、剰余金計算書及び剰余金処分計算書においてその使途及び内部留保の状況を調査する。
② ①の調査の結果、減耗分相当額に充当可能な未処分剰余金及び積立金等の内部留保がない場合等は、減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合として控除額を判断する。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、経済性等の観点から、移設補償費の算定における減耗分の取扱いは公共補償基準及び細部運用に基づき適切に行われているかなどに着眼して、平成25、26両年度に実施した補償に係る関東農政局及び3農政局等(注1)管内の3事業所等(注2)が締結した補償契約計22件(契約額計1億4922万余円)並びに14県等(注3)が締結した補償契約計130件(契約額計6億2791万余円、国庫補助金等相当額計3億2208万余円)、合計152件(契約額合計7億7714万余円、直轄事業に係る契約額及び補助事業に係る国庫補助金等合計4億7131万余円)を対象として、移設補償費の算定調書等の書類等により会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、上記補償契約152件のうち、関東農政局、関東農政局大井川用水農業水利事業所(以下「大井川事業所」という。)及び愛知県が締結した水道施設に係る補償契約計12件(関東農政局1件(契約額2568万余円)、大井川事業所1件(同687万余円)、愛知県10件(同計8383万余円、国庫補助金等計4191万余円)、契約額合計1億1639万余円)において、各事業主体は、移設補償費の算定に当たり、減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合に該当するとして、減耗分を控除していなかった。
すなわち、各事業主体は、上記の補償契約12件に係る既存公共施設等の決算において、資本的収支決算と収益的収支決算を合算すると赤字であったり、被補償者から水道事業の健全な経営のためには一定額以上の内部留保資金を確保する必要があり、減耗分を負担することは困難であるなどの申出があるなどしたため、減耗分相当額に充当可能な内部留保がないと判断したりしたことにより、減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合に該当するとしていた。これについて、各事業主体は、「公共補償基準要綱の解説」(公共用地補償研究会編)において、継続的に赤字状況にあるか否かは既存公共施設等の決算が設備等の建設に係る資本的収支決算と事業運営に係る収益的収支決算に区分されている場合は、後者に基づくことが妥当であるが、後者が黒字であっても、前者の資本的収支決算と合算して赤字となる場合は、赤字の程度や財政規模等を勘案して判断すべきであるとされていることなどによるとしていた。
しかし、貴省は、資本的収支決算と収益的収支決算を合算すると赤字となる場合であっても、資本的収入額が資本的支出額に対して不足する額(以下「資本的収入額の不足額」という。)を損益勘定留保資金(注4)等の補填財源により補填した上で、なお内部留保があれば、減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合には該当しないとするとともに、減耗分相当額に充当可能な内部留保がない場合とは、内部留保を累積欠損金の補填に当てるため減耗分相当額に充当することができない場合を指すとしている。そして、前記12件の既存公共施設等の決算は、補償契約締結時の直前の年度(以下「直近年度」という。)以前の3か年分の収益的収支決算が継続的な赤字状況になく、直近年度において資本的収入額の不足額を補填財源により補填するなどした上で、なお減耗分相当額を上回る内部留保を有しており、累積欠損金もなかった。
したがって、前記の補償契約12件は、減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合には該当しないことから、移設補償費の算定に当たり、減耗分(関東農政局357万余円、大井川事業所227万余円、愛知県計3720万余円(国庫補助金等相当額計1860万余円)、合計4306万余円)を控除する必要があり、前記の支払額は当該減耗分が過大になっていたと認められる。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
関東農政局は、国営かんがい排水事業の一環として、静岡県藤枝市稲川地内において、「瀬戸川左岸幹線水路整備工事(その5)」の施行により支障となる藤枝市水道事業管理者所有の既存の水道管(鋳鉄管及びプラスチック管。それぞれ耐用年数55年及び35年、経過年数32年及び38年)等の移設について、減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合に該当するとして、減耗分を控除せずに移設補償費を2568万余円と算定し、平成26年度に同額を同事業管理者に支払っていた。
しかし、藤枝市水道事業管理者の水道事業に係る23年度から25年度までの収益的収支決算はいずれの年度も黒字となっていて、継続的な赤字状況になく、直近年度である25年度の資本的収支決算と収益的収支決算を合算すると赤字となるものの、資本的収入額の不足額を損益勘定留保資金等の補填財源により補填した上で、なお減耗分相当額を上回る内部留保額8億6147万余円を有しており、累積欠損金もなかった。
したがって、本件は減耗分相当額を調達することが極めて困難な場合等やむを得ないと認められるときには該当しないことから、移設補償費の支払いに当たっては減耗分の357万余円を控除する必要があり、前記の支払額は当該減耗分が過大になっていた。
(是正及び是正改善を必要とする事態)
農業農村整備事業の実施に当たり、既存公共施設等の移設補償費の算定において減耗分を控除していないため、移設補償費が過大となっている事態は適切ではなく、是正及び是正改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴省において、移設補償費の算定に当たり、減耗分の控除に関し、資本的収支決算と収益的収支決算を合算して赤字となる場合の取扱いや減耗分相当額に充当可能な内部留保がない場合に該当するか否かの判断について、細部運用に取扱いや判断方法及び判断基準を明示していないこと、関東農政局、大井川事業所及び愛知県において、公共補償基準における減耗分の取扱いについての理解が十分でないことなどによると認められる。
農業・農村の健全な発展を図ることは重要な課題であり、今後も、農業農村整備事業の実施に伴う公共補償は引き続き全国で多数実施されることが見込まれる。そして、補償対象となる既存公共施設等には設置後長期間を経過しているものが多く存在することから、その減耗分の取扱いによって移設補償費に大きな差が生ずることとなる。
ついては、貴省において、関東農政局、大井川事業所及び愛知県に対して、前記の12件に係る過大となっていた支払額又は国庫補助金等が返還されるよう被補償者と協議を行うよう指導するなどの是正の処置を要求するとともに、今後、適正な移設補償費の算定が行われるよう、減耗分を控除しないことができる場合に該当するか否かについての判断方法及び判断基準を細部運用で明示するなどし、地方農政局等の事業主体に対して、その内容を周知及び助言するなどの是正改善の処置を求める。