(「既設橋りょうの耐震補強工事の実施に当たり、設計が適切でなかったため、変位制限構造等の所要の安全度が確保されておらず、工事の目的を達していなかったもの」、「既設橋りょうの耐震補強工事の実施に当たり、設計が適切でなかったため、水平力分担構造等の所要の安全度が確保されておらず、工事の目的を達していなかったもの」及び「既設橋りょうの耐震補強工事の設計が適切でなかったもの」参照)
国土交通省は、道路法(昭和27年法律第180号)等に基づき、国が行う直轄事業又は都道府県及び市区町村が行う国庫補助事業等として、地震による橋脚の倒壊や橋桁の落下等の被害を未然に防止するために、既設橋りょうの耐震補強工事を多数実施している。
耐震補強工事は、架設当時の基準を適用して設計された既設の橋りょうについて、支承を取り替えたり、橋台又は橋脚(以下「橋台等」という。)の橋座部に、橋桁に作用する橋軸方向及び橋軸直角方向の水平力を分担する構造を設置したり、橋台等と橋桁との間の相対変位が大きくならないように支承部と補完し合って抵抗する変位制限構造を設置したり、橋座部から橋桁が逸脱して落下するのを防止する目的で橋桁の端部から橋座部の縁端までの長さ(以下「桁かかり長」という。)を確保したり、橋桁等の移動量が橋桁の端部から橋座部の縁端までの長さを超えないようにする落橋防止構造(以下、水平力を分担する構造、変位制限構造及び落橋防止構造を合わせて「水平力分担構造等」という。)を設置したりなどするものである。
国道事務所、都道府県、市区町村等(以下、これらを「事業主体」という。)は、耐震補強工事の設計に当たって、設計時点における「道路橋示方書・同解説」(社団法人日本道路協会編。以下「示方書」という。)の下部構造編等に準拠して、橋りょうを構成する主要な部材ごとに耐力の照査等を実施している。そして、耐震補強工事は、既に完成して供用している橋りょうに施工することから、橋台等に橋桁等が設置されていて橋座部が狭あいであったり、橋座部に鉄筋が密に配置されていたりしているといった、橋りょうを新設する場合にはない特有の構造上、施工上の制約等がある。このため、そのままの状態では支承又は水平力分担構造等を設置等することが困難であることなどから、事業主体は、狭あいな橋座部に鉄筋コンクリートを打設して橋台等の橋座部を拡幅したり、支承又は水平力分担構造等を設置等するために橋座部に新たに台座を設置したり、橋座部に支承又は水平力分担構造等を設置等する際に当初設計で想定していた設置位置を変更したりするなどして耐震補強工事を実施している(参考図参照)。したがって、耐震補強工事の設計に当たっては、上記の構造上、施工上の制約等に十分留意して、示方書の下部構造編等に定める所要の安全度の検討や確認を行う必要がある。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、耐震補強工事により新たに設置等された支承又は水平力分担構造等が示方書等に基づき適切に設計され、所要の安全度が確保されているか、特に支承又は水平力分担構造等を設置等する橋台等の橋座部等の耐力等の検討や確認が行われているかなどに着眼して、平成25年度から27年度までの間に、9地方整備局等(注1)管内の14国道事務所等(注2)、20都道県(注3)及び47市区町村、計81事業主体が実施している耐震補強工事計250工事(直轄事業37工事(契約金額計73億4814万余円)、国庫補助事業等213工事(契約金額計166億2606万余円、国庫補助金等交付額計89億8279万余円))を対象として、上記の事業主体において、設計図面、設計計算書等の書類や現地を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
示方書の下部構造編等によれば、水平力分担構造等を設置する橋台等の橋座部や台座については、地震発生時に作用する水平力に対して損傷しないように十分な耐力を有するとともに、地震発生時に作用する水平力等によりコンクリートにひび割れなどの損傷が生じないように、橋座部に埋め込まれたアンカーバー等と橋座部の縁端との距離(以下「縁端距離」という。)を所定の計算式により算出した長さ以上確保することとされている。また、台座における鉄筋コンクリートについては、鉄筋端部を鉄筋とコンクリートとの付着により定着させる場合には、鉄筋の定着に必要な付着の長さ(以下「定着長」という。)を所定の計算式により算出した長さ以上確保することとされている。さらに、示方書の耐震設計編によれば、桁かかり長については、所定の計算式により算出した長さ以上確保することなどとされている。
しかし、9事業主体(注4)が実施した既設の14橋りょうの耐震補強工事において、表1のとおり、橋台等の橋座部等が所要の耐力を有していなかったり、必要とされる縁端距離が確保されていなかったり、台座に配置する鉄筋の定着長が不足していたり、必要とされる桁かかり長が確保されていなかったりなどしていて、設置等した支承、橋座部、水平力分担構造等(直轄事業5工事(工事費相当額計4304万余円)、国庫補助事業等8工事(工事費相当額計2億6218万余円、国庫補助金等相当額計1億2018万余円))の所要の安全度が確保されていない状態となっていた。
表1 耐震補強工事の設計が適切でなく、所要の安全度が確保されていなかった橋りょうの態様別一覧
事業主体 | 橋りょう名 | 態様 | |||
---|---|---|---|---|---|
橋座部等が所要の耐力を有していなかったもの | 縁端距離が確保されていなかったもの | 鉄筋の定着長が不足していたもの | 桁かかり長が確保されていなかったなどのもの | ||
金沢河川国道事務所 | 津幡大橋 | 〇 | |||
大分河川国道事務所 | 杉河内橋 | 〇 | 〇 | ||
樫原橋 | 〇 | ||||
湯山橋 | 〇 | 〇 | |||
延岡河川国道事務所 | 桑之内橋 | 〇 | |||
大峡橋 | 〇 | ||||
群馬県 | 新大橋 | 〇 | |||
東京都 | 南海橋 | 〇 | 〇 | ||
勝平橋 | 〇 | 〇 | |||
都大橋 | 〇 | 〇 | |||
山梨県 | 亀甲橋 | 〇 | |||
佐賀県 | 上新田橋 | 〇 | 〇 | ||
大分県 | 木ノ下橋 | 〇 | 〇 | ||
高知市 | 1号橋 | 〇 | |||
3河川国道事務所 1都4県1市 |
14橋りょう | 8 | 7 | 3 | 3 |
上記の14橋りょうについて、事業主体は、設計を設計コンサルタントに委託していたが、設計コンサルタントから提出を受けた成果品において、設計に誤りがあるなどしていたのに、これに対する検収を十分行わないまま工事を実施するなどしていた。
すなわち、既設橋りょうには特有の構造上の制約があることから、事業主体は、既設橋りょうの橋台等の橋座部に新たに支承又は水平力分担構造等を設置等する場合は、水平力分担構造等から伝達される水平力に対して橋座部等の耐力を十分に有しているかなどについて、示方書の下部構造編等に定める設計上の留意事項等の検討や確認を行うなどの必要があった。しかし、表2のとおり、橋座部等の耐力等における所要の安全度の検討や確認を行っていなかったものが計9橋りょう、検討や確認が十分でなかったものが計5橋りょうで見受けられた。
また、既設橋りょうの橋台等の橋座部は、鉄筋が密に配置されている箇所であることから、工事発注後、アンカーバー等の設置予定位置の下部に鉄筋が配置されていることなどが判明して、アンカーバー等の設置位置を変更していたものが計6橋りょうで見受けられた。そして、前記のとおり、既設橋りょうには特有の施工上の制約があることから、当初の設計を変更するなどした際には、変更後の設置位置に基づき改めて橋座部等の耐力や縁端距離等の安全度を確認する必要があるにもかかわらず、表2のとおり、橋座部等の耐力等の安全度を確認していなかったものが、6橋りょうの全てにおいて見受けられた。
表2 所要の安全度の検討や確認を行っていなかったなどの橋りょうの態様別一覧
事業主体 | 橋りょう名 | 態様 | ||
---|---|---|---|---|
示方書等に定める安全度の検討や確認を行っていなかったもの | 示方書等に定める安全度の検討や確認が十分でなかったもの | 当初の設計を変更するなどした際に、その安全度を確認していなかったもの | ||
金沢河川国道事務所 | 津幡大橋 | 〇 | ||
大分河川国道事務所 | 杉河内橋 | 〇 | 〇 | |
樫原橋 | 〇 | 〇 | ||
湯山橋 | 〇 | |||
延岡河川国道事務所 | 桑之内橋 | 〇 | ||
大峡橋 | 〇 | |||
群馬県 | 新大橋 | 〇 | ||
東京都 | 南海橋 | 〇 | ||
勝平橋 | 〇 | 〇 | ||
都大橋 | 〇 | 〇 | ||
山梨県 | 亀甲橋 | 〇 | 〇 | |
佐賀県 | 上新田橋 | 〇 | 〇 | |
大分県 | 木ノ下橋 | 〇 | ||
高知市 | 1号橋 | 〇 | ||
3河川国道事務所 1都4県1市 |
14橋りょう | 9 | 5 | 6 |
上記のように、耐震補強工事において、新たに支承又は水平力分担構造等を設置等する場合に橋台等の橋座部等の耐力等の検討や確認を行ったり、アンカーバー等の設置位置の変更後改めて橋座部等における耐力等の検討や確認を行ったりすることが重要であるにもかかわらず、これらに対する検討や確認を行っていなかったり、検討や確認が十分でなかったりしていたことは適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、事業主体において、示方書等の理解が十分でなかったり、設計業務委託の成果品に対する検収が十分行われなかったりしていたことにもよるが、国土交通省において、事業主体に対して、既設橋りょうの橋台等の橋座部等における耐力等の設計についての指導等が十分でなかったこと、新設橋りょうと異なり、構造上、施工上の制約等のある既設橋りょうに新たに支承又は水平力分担構造等を設置等した場合に橋座部等における耐力等の検討や確認を行ったり、アンカーバー等の設置位置の変更後改めて橋座部等における耐力等の検討や確認を行ったりするための設計上の留意事項等の周知が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、国土交通省は、28年9月に地方整備局等に対して通知を発して、既設橋りょうの橋台等の橋座部等における耐力等の設計が適切に行われるよう留意事項等を周知徹底するとともに、地方整備局等を通じて都道府県等に対しても同様に助言する処置を講じた。
(参考図)