租税特別措置(以下「特別措置」という。)は、所得税法(昭和40年法律第33号)、法人税法(昭和40年法律第34号)等で定められた税負担に対して、租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)に基づいて、特定の個人や企業の税負担を軽減することなどにより、国による特定の政策目的を実現するための特別な政策手段であるとされ、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものである。特別措置には、特定の政策目的のために税負担の軽減等を図るもの(政策税制)のほか、税負担を不当に減少させる行為の防止や手続の特例等に係るものがある。
平成22年度税制改正大綱(平成21年12月閣議決定)によれば、税制における既得権益を一掃し、納税者の視点に立って公平で分かりやすい仕組みとするためには、特別措置をゼロベースから見直して、整理合理化を進めることが必要であるとされている。そして、この見直しのため、「租税特別措置の見直しに関する基本方針」(平成22年度税制改正大綱別紙1)が定められ、また、見直しに際しては、「政策税制措置の見直しの指針」(基本方針の別添)に照らして、適用実態等からみて国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどといった観点から実施することとなっている。
また、平成22年3月には、特別措置に関して、国民が納得できる公平で透明性の高い税制の確立に寄与することを目的として、「租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律」(平成22年法律第8号。以下「租特透明化法」という。)が制定され、同年4月から施行された。租特透明化法によれば、財務大臣は、税負担を軽減する法人税関係の特別措置(以下「法人税関係特別措置」という。)について、適用額明細書を利用して適用実態を調査し、その結果に関する報告書を作成することとされている。また、税負担を不当に減少させる行為の防止や手続の特例等を除いた税負担の軽減、加重等を図る所得税関係の特別措置(以下「所得税関係特別措置」という。)について、財務大臣は、適用実態を調査する必要があると認めるときは、その必要の限度において、税務署長に提出される調書等を利用することなどができることとされている。なお、財務大臣は、これまでに所得税関係特別措置等について、租特透明化法に基づく適用実態調査を実施したことはない。
納税者は、原則として、各種所得の金額を合計した総所得金額等から基礎控除その他の控除をして計算した課税総所得金額等に、所得税法等に定められた税率を乗じて所得税の額を計算して、税務署長に確定申告書を提出して国に納税すること(以下、このような方式を「申告納税方式」という。)となっている。また、給与等の支払をする者は源泉徴収義務者となり、給与等を支払う際に納税者から所得税を徴収して、これを国に納付すること(以下、このような方式を「源泉徴収方式」という。)となっている。そして、納税者が、申告納税方式により納税する際に特別措置を適用するためには、所轄の税務署に措置法等に規定された明細書等を提出することとなっており、源泉徴収方式による納税に際して特別措置を適用するためには、源泉徴収義務者に対して明細書等を提出することとなっている。これらのほか、特別措置の中には、納税者が確定申告書等を提出することなく、一定の要件に該当していれば適用を受けることができるものもある。
所得税関係特別措置には、特定の政策目的を実現するために税負担の軽減等を図る手段として、所得税を免除し、又は軽減するもの(以下「直接控除」という。)及び一時的にその課税を猶予し、課税の延期を行うもの(以下「課税の繰延べ」という。)の二つの方式がある。直接控除には、税額控除、所得控除、税率の軽減、非課税等の手法が用いられ、課税の繰延べには、特別償却、取得価額引継ぎなどの手法が用いられている。
財務省は、データ上の制約等から特別措置の適用による増減収額を見込むことが困難であるものなどを除き、毎年度、特別措置の適用による増減収見込額を試算していて、このうち増減収見込額が10億円を超える特別措置を公表している。
27年度分において、所得税関係特別措置に係る減収額は2兆0250億円と見込まれていて、20年度以降について、所得税関係特別措置に係る減収見込額が所得税収入の金額(当初予算額)と当該減収見込額の合計額に占める割合をみると、10%前後で推移している。
税制上の措置を特定の政策目的を実現するための手段として導入している行政機関(税制上の措置を特定の政策目的を実現するための手段として導入している行政機関としての財務省を含む。以下「関係省庁」という。)は、毎年度行われる税制改正に当たり、特別措置の制度ごとに、各政策の目的に基づき、税制の新設、内容の拡充、期限の延長(期限の撤廃を含む。以下同じ。)等について要望(以下、関係省庁が毎年度行う税制に関する要望のことを「税制改正要望」という。)する事項を記載した「税制改正要望書」(以下「要望書」という。)を、国税に関する制度の企画、立案等を所掌する財務省に提出している。
税制改正要望の内容については、財務省による要望事項の検証や査定、税制調査会での議論等が行われ、その後、税制改正大綱が閣議決定される。そして、この大綱の内容を法案化した措置法等の改正案は、閣議決定を経た上で内閣から国会に提出され、国会で審議、成立後、公布、施行される。
22年5月に、一定の要件を満たす法人税関係の特別措置(以下「法人税軽減措置」という。)については、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(平成13年法律第86号。以下「政策評価法」という。)及び「政策評価に関する基本方針」(平成17年12月閣議決定。以下「基本方針」という。)に基づき、新設又は内容の拡充若しくは期限の延長の際に事前評価の実施が義務付けられることとなり、また、政策評価に関する基本計画において事後評価の対象として定めるものとされた。さらに、所得税関係特別措置のうち、特定の行政目的の実現のために税負担の軽減又は繰延べを行うもの(以下「所得税軽減措置」という。)については、政策評価法等において、事前評価及び事後評価の実施が義務付けられていないものの、基本方針において、積極的かつ自主的に事前評価を実施するよう努め、また、事後評価の対象とするよう努めるものとされた。
そして、「租税特別措置等に係る政策評価の実施に関するガイドライン」(平成22年5月政策評価各府省連絡会議了承。以下「租特ガイドライン」という。)によれば、関係省庁は、特別措置に係る政策評価を実施する場合には、客観的なデータを可能な限り明らかにし、特別措置の適用数や適用額、減収額及び効果を予測し、又は把握することに努めるなどとされている。
関係省庁は、政策評価法等に基づく検証のほか、各年度の税制改正要望の際に財務省に提出する要望書において、特別措置に係る減収見込額や政策目標の達成状況を提示することなどにより当該特別措置の検証を行うこととなっている。また、財務省は、関係省庁から提出を受けた要望書等に基づいて、特別措置の効果等の検証を行うこととなっている。
少子・高齢化やグローバル化が急速に進み社会保障給付等の増加や経済変動により国の財政がますます厳しくなる中で、今後の税の在り方が、その使途とともに国民にとっても一層身近で重大な問題となってきている。
本院は、27年次の検査において法人税関係特別措置等の適用状況等に着目して検査した状況を、会計検査院法第30条の2の規定に基づき、27年10月に国会及び内閣に報告したところである。
また、前記のとおり、所得税関係特別措置は、その適用による減収見込額が多額に上っている一方で、租特透明化法において適用実態調査が義務付けられておらず、これまでに実施されたことがない。
そこで、本院は、上記のことなどを踏まえて、有効性等の観点から、①所得税関係特別措置の適用状況はどのようになっているか、②関係省庁及び財務省における所得税軽減措置に係る検証状況等はどのようになっているか、③減収見込額が多額に上っている所得税軽減措置について、本院が提出を受けた確定申告書等から把握した適用状況等を踏まえて、当該所得税軽減措置が国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどの指針等に照らして検証が適切に行われているかなどに着眼して検査した。
26年分において適用される所得税関係特別措置を適用している納税者のうち、①計算証明規則(昭和27年会計検査院規則第3号)に基づき、所得が一定金額以上のため本院に証拠書類として確定申告書が提出された納税者のうち、会計実地検査を行った68税務署(注1)に係る8,659人、②本院に証拠書類として確定申告書が提出されていない納税者のうち、会計実地検査を行った68税務署において確定申告書等の提出を受けた納税者及び上記68税務署以外の100税務署(注2)について国税庁を通じて確定申告書等の提出を受けた納税者計6,290人、合計14,949人について、24年分から26年分までの所得税関係特別措置の適用状況を対象として検査した。
上記のほか、減収見込額が多額に上っている所得税軽減措置の検査に際しては、金融商品取引法(昭和23年法律第25号)に規定する有価証券報告書等の資料から抽出するなどした23税務署(注3)の延べ48人の納税者も対象に加え、25年分及び26年分の適用状況を対象として検査した。
検査に当たっては、所得税関係特別措置を適用している納税者の確定申告書等や、減収見込額が多額に上っている所得税軽減措置を適用している納税者の配当等の所得に係る源泉徴収の状況を示した資料、確定申告書等に係るデータを集計、分析するなどして検査した。
そして、内閣府本府等14府省庁(注4)において、政策評価に係る関係資料や税制改正要望の際に財務省に提出した要望書等における所得税軽減措置に係る検証状況及び適用実績の把握状況を確認するなどの方法により会計実地検査を行った。
また、財務省において、所得税関係特別措置の検証状況等を確認するなどの方法により会計実地検査を行った。
26年分において適用される税負担の軽減、加重等を図る所得税関係特別措置121措置について、税負担を軽減等する手法別にみたところ、直接控除に係るものは75措置、課税の繰延べに係るものは50措置(一つの措置で直接控除と課税の繰延べの両方の手法を規定しているものが5措置、税負担を加重するもので直接控除と課税の繰延べのどちらにも区分できないものが1措置ある。)となっていた。
そして、源泉徴収方式に係る所得税関係特別措置のように納税者が源泉徴収義務者に対して明細書等を提出することなどにより適用を受けたり、納税者が確定申告書等を提出することなく一定の要件に該当していれば適用を受けたりしていて、本院が会計実地検査等で提出を受けた確定申告書等を基に適用状況を把握することが困難な所得税関係特別措置は121措置のうち60措置となっていた。
また、適用始期からの経過年数の状況をみたところ、適用始期から28年4月1日までの期間が10年を超えるものは90措置、このうち適用期限の定めのないものは53措置となっていた。
所得税軽減措置に関する政策評価については、前記のとおり、基本方針において積極的かつ自主的に事前評価を実施するよう努め、また、事後評価の対象とするよう努めるものとされているが、その対象範囲に関する規定はない。そこで、本項においては、前記所得税関係特別措置121措置のうち、12措置(①税負担を加重するもの1措置、②法人税関係特別措置のうち政策評価が義務付けられていない特別措置と共通する所得税関係特別措置7措置、③税目間の負担調整を目的としているものなど4措置)を除く109措置を対象として、検証状況及び適用実績の把握状況を集計、分析することとする。
関係省庁では、政策評価や税制改正要望の際の検証は、所得税軽減措置ごとに個別に実施しているわけではなく、関係省庁が所管している政策等の単位(以下「政策等の単位」という。)別に実施することになっている。この政策等の単位は、関係省庁が定めたものであり、一つの所得税軽減措置を複数の関係省庁が共同で所管したり、一つの所得税軽減措置を同一関係省庁内の複数の部局が政策ごとに所管したりしている場合がある。そして、租特ガイドラインによれば、原則として要望書を提出する際の単位に対応させることとされている。
前記の所得税軽減措置109措置について、関係省庁である14府省庁が政策等の単位別に区分した件数は計296件となっており、これらを対象として、関係省庁における政策評価の実施状況、関係省庁及び財務省における検証状況、適用実績の把握状況等についてみたところ、次のような状況となっていた。
14府省庁が定めた政策等の単位別に政策評価の実施状況をみると、基本方針等が改正され所得税軽減措置について政策評価の実施に努めるものとされた22年度から27年度までの間に政策評価を実施していないものは296件のうち152件となっていた。
14府省庁が定めた政策等の単位別に要望書を提出する際に実施する検証状況についてみると、22年度から27年度までの間に要望書を提出していないものは123件となっていた。
財務省は、提出された要望書に基づいて要望内容の審査やヒアリングを行うなどして税制改正要望事項を査定しており、所得税軽減措置について、適用対象を限定したり、効果が十分には期待できないことから廃止したりするなどの税制改正の提案をしているものもあった。
両検証(政策評価の実施及び税制改正要望の際の検証をいう。以下同じ。)とも行っていないものは、80件となっていた。また、法人税軽減措置と共通する所得税軽減措置については、法人税軽減措置に関して政策評価が義務付けられていることからこれを除外して、法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置に係る両検証の実施状況をみると、両検証とも行っていないものは政策等の単位で19件あり、これらはいずれも関係省庁が所管している所得税軽減措置の適用始期から28年4月1日までの期間が10年を超えるものとなっていた。上記の19件について、政策等の単位を措置法第2章所得税法の特例に規定されている条文に対応させると14措置となっていた。
所得税軽減措置に係る両検証においては、過去の実績については可能な限り実数で明らかにすることとなっているが、前記296件のうち、22年度から27年度までの間に両検証のいずれかが行われた実績のある216件についてみると、適用件数や適用金額といった適用実績を把握等していなかったものが、法人税軽減措置と共通する所得税軽減措置では154件のうち63件、法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置では62件のうち24件となっていた。そして、把握等していなかった理由についてみたところ、関係省庁は、所得税関係特別措置の適用状況について一般に公表された資料がないことなどによるとしていた。また、関係省庁において、法人税軽減措置と共通する所得税軽減措置の中には、適用実績の大部分を法人が占めていることから、把握等に要する事務負担等の増加も考慮すると、所得税軽減措置については適用実績を把握等する必要はないとしているものもあった。
一方、法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置について適用実績を把握等していたものは27件となっていて、全数調査を実施したり、サンプル調査等を基に試算して推計等を行ったりしていた。
所得税軽減措置については、減収見込額が多額に上っている一方で、(2)のとおり、関係省庁において、両検証を行っていないなど、特別措置の検証が十分に行われていないと思料される事態が見受けられる状況となっている。そこで、27年度において減収見込額が多額に上っている所得税軽減措置に関して、会計実地検査等で提出を受けた確定申告書等から把握した適用状況等を踏まえて、当該所得税軽減措置が指針等に照らして検証が適切に行われているかなどについてみたところ、次のような状況となっていた。
(措置法第8条の5関係、平成27年度減収見込額8910億円)
(措置法第8条の4関係、平成27年度減収見込額―)
配当所得については、事業参加性のある所得であることを踏まえて、総合課税の対象とすることを基本としている。一方、その例外として、「確定申告を要しない配当所得」(措置法第8条の5)が設けられている。これは、内国法人から支払を受ける配当等のうち上場会社から支払を受ける配当等を有する居住者等の納税者について、各年分の所得税の計算上、これを除外して総所得金額を計算して確定申告をすることができるとする特別措置である。
配当等に係る所得がある場合、所得税法等の規定に基づき所定の源泉徴収税率を乗じた所得税等が源泉徴収されることとなっている。その後、納税者は、①上記の特例を選択する、②総合課税で確定申告をして配当控除等を受ける(所得税法第21条等)、③分離課税で確定申告をして上場株式の譲渡損失と損益通算等する(「上場株式等に係る配当所得の課税の特例」等。措置法第8条の4等)のいずれかの課税方法を選択することができることとなっている。ただし、大口株主等については、事業参加的側面が強いことから、総合課税を維持すべきであるとして、上記①及び③の課税方法(以下、両者を合わせて「申告不要配当特例等」という。)は適用できないこととなっている。大口株主等の要件は、上場会社の発行済株式又は出資の総数又は総額の100分の3以上を有する者と定められている。
会社法(平成17年法律第86号)の規定によれば、総株主の議決権の100分の3以上の議決権又は自己株式を除く発行済株式の100分の3以上の株式を6か月前から引き続き有する株主等は、株主総会の招集請求権、役員の解任の訴えの請求権等(以下「3%少数株主権」という。)を有することとされている。そして、原則として株式1株につき1個の議決権を有するが、自己株式等には議決権がないとされていることから、議決権の割合は発行済株式総数からそれらを控除して計算することとなっている。したがって、3%少数株主権を行使できる者の要件と申告不要配当特例等を適用できない大口株主等の要件とは、異なるものとなっている。
そこで、本院が28年5月末時点において確認した事業年度における売上高が2000億円以上の上場会社574社の有価証券報告書から、個人株主延べ525人を抽出したところ、このうち延べ340人(受取配当金額計340億余円)は、当該会社の発行済株式総数の100分の3以上の株式を有していないことから大口株主等に該当せず、申告不要配当特例等を適用して源泉徴収方式等により納税することができる者であった。そして、所定の手続が必要となるものの、このうち延べ54人(同計89億余円)は、発行済株式総数から自己株式等の数を控除するなどして議決権を有する割合を算出すると100分の3以上となり、6か月前においても同様な状況であったことから、この間に当該株式の保有状況が変化し、議決権を有する割合が100分の3未満となる期間があった場合を除き、3%少数株主権を行使できる者となる。したがって、これら延べ54人は、上記のような株式保有状況の変化がない限り、3%少数株主権を行使できる者である一方で、申告不要配当特例等を適用して納税することができる者となる。
上記延べ54人のうち、確定申告書等により申告納税額を確認できた納税者延べ48人について、25、26両年分の申告不要配当特例等の適用状況等をみたところ、適用を受けた受取配当の額は計81億余円で申告納税額は計1億3056万余円であった。そして、この延べ48人の受取配当金額について、申告不要配当特例等を適用せずに、所得税法の規定に基づき総合課税により確定申告をして配当控除等を受けると仮定した場合の各人の申告納税額を試算すると、申告納税額は計21億5753万余円となり、差引き20億2696万余円(納税者個人別にみると、25年分及び26年分の合計で、最大6億4606万余円、最小71万余円)の開差が生ずる(注5)ことになる。
申告不要配当特例等について、関係省庁は、22年度から27年度までの間の税制改正要望の際に検証を行ったとしていた。また、実施が義務付けられていないことなどから、政策評価を実施していなかった。
しかし、今後、関係省庁は、申告不要配当特例等について、(イ)のような状況も踏まえ、必要に応じて検証を行うことを検討していくとしている。
財務省は、関係省庁から申告不要配当特例等に係る23年度税制改正要望を受けて検証を行い、所得再分配機能の回復の観点等から、会社法の制度に合わせて大口株主等の基準を発行済株式総数等の100分の5以上から100分の1以上又は100分の3以上に見直すよう提案していた。その後、税制調査会等の審議を経て、平成23年度税制改正において、大口株主等の要件は、上場会社の発行済株式総数等の100分の3以上の株式等を有する者に引き下げられた。
(措置法第41条の15の3関係、平成27年度減収見込額1830億円)
「公的年金等控除の最低控除額等の特例」(措置法第41条の15の3。以下「年金控除特例」という。)は、標準的な年金以下の年金のみで暮らす高齢者世帯に十分な配慮を行うことを目的として設けられたものである。公的年金等(注6)の収入は、所得税法上の雑所得とされていて、雑所得の計算に当たっては、公的年金等の収入額から一定の額の控除(公的年金等控除)を受けることができることとなっている(所得税法第35条第4項)。公的年金控除の額は、公的年金等の収入額に応じて定められているが、年齢が65歳以上の納税者は、さらに年金控除特例が適用され、120万円未満では全額が、120万円以上330万円未満では120万円が控除されることとなっている。
「社会保障・税一体改革大綱について」(平成24年2月閣議決定)によれば、高齢者・年金に関する税制について、高齢者の中でも、企業年金を含めて比較的高い年金収入を得ている者や、給与を得ながら年金を得ている者もいるなど、その態様は様々であり、高齢者であっても経済力のある者にはそれに見合った負担を求め、世代内の公平性を確保する必要があるなどとされている。
また、厚生労働省が行った平成27年国民生活基礎調査によれば、65歳以上の者のいる世帯は2372万4000世帯とされており、公的年金及び恩給を受給している世帯の中で、公的年金及び恩給以外の所得の総所得(注7)に占める割合が高くなっている世帯も見受けられた。
そこで、24年分から26年分までに年金控除特例を適用している65歳以上の納税者のうち公的年金等以外にも所得金額があるなどのため確定申告を行った延べ9,512人について、24年分から26年分までの確定申告書によりその適用状況を課税総所得金額の階層区分別にみたところ、年金控除特例の適用による控除額の平均値はいずれの階層区分においても大きな差異はないものの、この平均値を基に年金控除特例を適用した控除額の部分に対応する所得税額を試算すると、課税総所得金額が1800万円を超える階層区分では1人当たり93,000円となるのに対して、195万円以下の階層区分では1人当たり12,200円となっていた。
また、当該納税者について総所得金額に占める雑所得の金額の割合(以下「公的年金等の割合」という。)をみると、課税総所得金額が195万円以下の階層区分の納税者は、公的年金等の割合が54.2%となっていた。一方、課税総所得金額が1800万円を超える階層区分の納税者は、公的年金等の割合が2.0%となっていた。このように、高額な階層区分の納税者になるほど給与所得、不動産所得等の金額が多額に上っていることから公的年金等の割合が低くなる傾向となっているが、他の階層区分の納税者と同様に年金控除特例を適用している状況となっていた。
年金控除特例について、関係省庁は、制度が創設された16年度税制改正要望の際に、新設に係る要望書を提出して検証を行ったとしているが、適用期限の定めのないものであることなどから、その後は要望書を提出していなかった。また、実施が義務付けられておらず、対象の把握が困難であることなどもあり、政策評価を実施していなかった。なお、関係省庁は、年金控除特例を含む公的年金等控除については、「経済財政運営と改革の基本方針2015」(平成27年6月閣議決定)に基づいて作成された「経済・財政再生計画改革工程表」(平成27年12月経済財政諮問会議)により、今後、検討を進めていくこととしている。
財務省は、制度の創設以後、関係省庁から税制改正要望に係る要望書が提出されていないため、税制改正要望の際の検証を行っていなかった。
このように、申告不要配当特例等及び年金控除特例について、減収見込額が多額に上っている一方で、本院が会計実地検査等で提出を受けた確定申告書等から把握した適用状況等を踏まえると、関係省庁において、国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどの指針等に照らして検証が必ずしも十分になされていないと思料される状況となっていた。
少子・高齢化やグローバル化が急速に進み社会保障給付等の増加や経済変動により国の財政がますます厳しくなる中で、今後の税の在り方が、その使途とともに国民にとっても一層身近で重大な問題となってきている。
このようなことを踏まえ、本院は、所得税関係特別措置の適用状況、関係省庁及び財務省における所得税軽減措置に係る検証状況及び適用実績の把握状況、減収見込額が多額に上っている所得税軽減措置の適用状況及び検証状況について検査したところ、次のような状況となっていた。
26年分において適用される所得税関係特別措置は121措置となっていた。そして、121措置のうち、源泉徴収方式に係る所得税関係特別措置のように、納税者が源泉徴収義務者に対して明細書等を提出することなどにより適用を受けたり、納税者が確定申告書等を提出することなく一定の要件に該当していれば適用を受けたりしていて、本院が会計実地検査等で提出を受けた確定申告書等を基に適用状況を把握することが困難な所得税関係特別措置は60措置となっていた。また、適用始期から28年4月1日までの期間が10年を超えるものは90措置、このうち適用期限の定めのないものは53措置となっていた。
所得税軽減措置109措置について、関係省庁が所管している政策等の単位296件を対象として政策評価の実施状況等についてみたところ、関係省庁において、政策評価の実施に努めるものとされた22年度から27年度までの間に、両検証とも行っていないものは80件、このうち法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置に関するものが19件あり、これらはいずれも所得税軽減措置の適用始期から28年4月1日までの期間が10年を超えるものとなっていた。上記の両検証とも行っていない19件について、政策等の単位を措置法第2章所得税法の特例に規定されている条文に対応させると14措置となっていた。
また、両検証のいずれかが行われた実績のある216件のうち適用実績を把握等していなかったものは、法人税軽減措置と共通する所得税軽減措置に関するもの154件のうち63件、法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置に関するもの62件のうち24件となっていた。一方、法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置について適用実績を把握等していたものは27件あり、これらは、全数調査をしたり、サンプル調査等を基に試算して推計等を行ったりしていた。
財務省は、要望内容の審査やヒアリングを行うなどして、税制改正要望事項を査定しており、所得税軽減措置について税制改正の提案をしているものもあった。
(ア) 申告不要配当特例等については、事業参加的側面が強いことから大口株主等は適用できないこととされており、大口株主等の要件は、会社法における少数株主権の制度との整合性等の観点から、上場会社の発行済株式又は出資の総数又は総額の100分の3以上の株式等を有する者と定められている。しかし、自己株式等には議決権がないことから、発行済株式総数から自己株式等の数を控除するなどして議決権を有する割合を算出すると100分の3以上となり、この間に当該株式の保有状況が変化して、議決権を有する割合が100分の3未満となる期間があった場合を除き、3%少数株主権を行使できる者となる一方で、大口株主等には該当しないことから、申告不要配当特例等を適用して納税することができる者が見受けられた。このうち、確定申告書等により申告納税額を確認できた納税者延べ48人について、申告不要配当特例等の適用状況等をみたところ、適用を受けた受取配当の額は計81億余円であり、申告納税額は計1億3056万余円であった。これについて申告不要配当特例等を適用せずに、所得税法の規定に基づき総合課税により確定申告をして配当控除を受けると仮定した場合の各人の申告納税額を試算すると、申告納税額は計21億5753万余円となり、差引き20億2696万余円の開差が生ずることになる。
申告不要配当特例等について、関係省庁は、22年度から27年度までの間の税制改正要望の際に検証を行ったとしていた。また、実施が義務付けられていないことなどを理由に、政策評価を実施していなかった。
財務省は、申告不要配当特例等に係る23年度税制改正要望の際に、会社法の制度に合わせて大口株主等の基準を100分の1以上又は100分の3以上とするよう提案しており、平成23年度税制改正において、大口株主等の要件は上場会社の発行済株式総数等の100分の3以上の株式等を有する者に引き下げられた。
(イ) 年金控除特例は、標準的な年金以下の年金のみで暮らす高齢者世帯に十分な配慮を行うことを目的として、年齢が65歳以上の納税者を対象に、公的年金等からの控除額を上乗せする措置である。これを適用している納税者に係る適用状況等についてみたところ、年金控除特例の適用による控除額の平均値を基に年金控除特例を適用した控除額の部分に対応する所得税額を試算すると、課税総所得金額が1800万円を超える階層区分では1人当たり93,000円となるのに対して、195万円以下の階層区分では1人当たり12,200円となっていた。また、課税総所得金額が高額な階層区分の納税者になるほど、給与所得、不動産所得等の金額が多額に上っていることから、公的年金等の割合が低くなる傾向となっているが、他の階層区分の納税者と同様に年金控除特例を適用している状況となっていた。
このような状況の中、関係省庁は、制度が創設された16年度税制改正要望の際に特別措置の新設に係る要望書を提出して検証を行ったとしているが、適用期限の定めのない措置であることなどから、その後は要望書を提出していなかった。また、実施が義務付けられておらず、対象の把握が困難であることなどもあり、政策評価を実施していなかった。財務省は、制度の創設以後、関係省庁から税制改正要望に係る要望書が提出されていないため、税制改正要望の際の検証を行っていなかった。
このように、申告不要配当特例等及び年金控除特例について、減収見込額が多額に上っている一方で、本院が把握した適用状況等を踏まえると、指針等に照らして検証が必ずしも十分になされていないと思料される状況となっていた。
特別措置は、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものであり、その効果を不断に検証して真に必要なものに限定すべきであるとされている。
所得税関係特別措置について、政策評価や適用実態調査の実施は義務付けられておらず、適用実績の把握が困難な場合もあるものの、所得税軽減措置に係る減収見込額が多額に上っていることを踏まえて、前記のような申告不要配当特例等及び年金控除特例についての検証の状況を念頭に置きつつ、関係省庁において、所得税軽減措置について、引き続きその検証等の基礎となる適用実績の把握等に努めるなどして、適用実態等からみて国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどの指針等に照らして政策評価や税制改正要望の際の検証を行い、政策の企画立案作業に活用するとともに、所得税軽減措置の透明性を向上させ、その適用に当たって国民に対する説明責任を果たしていくことが望まれる。
また、財務省において、所得税軽減措置について、今後とも十分に検証していくことが望まれる。
本院としては、今後とも所得税関係特別措置の適用状況並びに関係省庁及び財務省による検証状況について、引き続き注視していくこととする。