危機対応円滑化業務の主務省において危機事案の認定、継続及び解除が適切に行われなかったり、指定金融機関が危機対応業務の要件を満たしていない事業者に対して危機対応貸付けを行ったりした場合は、危機によって事業者が受けた被害に対処するために行う危機対応業務の制度の趣旨を逸脱することになる。また、日本公庫が危機対応円滑化業務において指定金融機関である商工中金へ損害担保契約に基づく補償金の支払、利子補給金の支給等を行うために、国が日本公庫に多額の出資等の財政措置等を行っており、危機対応業務においては、指定金融機関による多数の危機対応貸付けが行われていることから、上記の場合は国の財政負担を増加させるおそれがある。
そこで、会計検査院が、危機対応円滑化業務の主務省は危機事案の認定、継続及び解除並びに危機対応業務の制度運営を適切に行っているか、商工中金による危機対応業務における不正等の要因は何か、商工中金は危機対応貸付けの審査を適切に行ってきたかなどに着眼して検査したところ、次のような状況となっていた。
危機対応円滑化業務の主務省は、経済関連については、政府・与党会議、経済対策閣僚会議合同会議の決定事項を踏まえたり、危機事象により見込まれる具体的な影響を検討したりなどして危機認定を行っていた。しかし、危機認定の要件である「一般の金融機関が通常の条件では事業者が受けた被害に対処するために必要な資金の貸付け等を行うことが困難」であることについては、一般の金融機関から聞き取りを行うなどして実際に貸付け等を行うことが困難な状況であることを一部の危機事案では調査していたものの、それ以外の危機事案では、危機事象による中小企業への資金繰りへの影響を確認するにとどまっていた。また、危機認定の継続に際しても、一般の金融機関の貸付けの状況等について一般の金融機関からの聞き取りによる調査は行っていなかった(7018_3_1_1リンク参照)。
危機対応円滑化業務の主務省は、日本公庫の危機対応円滑化業務勘定に対して、29年度末までに出資により計9693億余円、補給金により計28億余円、補助金により計15億余円の財政措置を講ずるなどしている(7018_3_1_2リンク参照)。
主務省による商工中金に対する立入検査は、20年10月の商工中金の株式会社化以降、計5回実施されてきた(7018_3_1_3リンク参照)。
商工中金の行った危機対応貸付けの貸付残高は、24年度末には4兆円を超える規模となっていて、その後減少してきているが、29年度末でもなお1兆8000億円を超える規模の貸付残高となっている(7018_3_2_1リンク参照)。
鹿児島事案の公表後、商工中金本店及び12支店において、第三者委員会により不正が行われていたと判定されたものなどを除いた危機対応貸付けを検査したところ、新宿、池袋、福岡、鹿児島各支店の計21件において不正が行われていた可能性がある事態が見受けられた。そして、商工中金による継続調査等の結果、29年10月に公表された商工中金の調査報告書において、13件については不正があると判定され、残りの8件についても判定不能であるため不正の疑義が払拭できなかったとされた。
13件のうち鹿児島支店における雇用維持利子補給に係る5件については、商工中金が第三者委員会の調査に先行して行った社内調査において、従業員数の動きに不自然な点はないかといった従業員数の連続性に着眼した調査を行っていなかったものであった。商工中金は、他の一部の支店でも同様の状況が見受けられたことから、この着眼点から改めて2,681件について調査を行い、その調査結果について上記の調査報告書に反映させていた。
商工中金の調査報告書が公表される直前に札幌、高松両支店において、商工中金が不正の疑義がないとしていた危機対応貸付けを検査したところ、計2件の不正が行われていた可能性がある事態が見受けられた。そして、商工中金は、これら2件に関連した追加調査を実施した結果、不正が行われていた危機対応貸付けの件数が、当該調査報告書で公表した4,609件(不正数4,802件)から22件(同23件)増加して4,631件(同4,825件)となったなどとする旨を30年3月に公表した(7018_3_2_2リンク参照)。
不正上位グループとその他グループとの営業店業績評価の総合評価結果を比較すると、不正事案が多く発生していた25、26両年度において、不正上位グループの総合評価結果がその他グループのそれを上回る状況となっていた。
不正比率の高い上位3営業店について、総合評価結果と不正件数等の推移をみると、不正件数が多い期間ほど、おおむね総合評価結果が高い状況となっていた。
25年11月、長野支店において、少なくとも8件は不正が行われていた可能性が高いことを組織金融部及び長野支店は認識していたが、改ざんなどを行ってはならないという認識が著しく欠けていたことから、調査の内容は雇用維持利子補給の要件に該当しているかどうかの確認に終始していて、不正が行われていたかどうかについての判断は行わず、改ざんなどが行われていたものの、雇用維持利子補給の要件に該当していると判断したものについては、事業者から新たに資料を入手するなどして不備を補完したとしていた。そして、組織金融部は、取締役会、監査部等に報告を行っておらず、他の営業店で同様の事態がないかの調査も行っていなかった。
貸付け実施後に行われる自店監査による指摘等に対しても不備を補完するとして、りん議決裁時点の資料等の差替えや廃棄といった不適切な行為が行われていた(7018_3_2_3リンク参照)。
商工中金は危機対応貸付けにおける損害担保契約の適用割合が貸付件数及び貸付金額のいずれも累計で9割を超えている一方、政投銀は累計で4%に満たない状況となっているなどしていた。また、商工中金は危機対応貸付けの実績を営業店及び各営業担当者の業務目標として定めていたが、政投銀は人事考課等に組み込んでいなかった(7018_3_2_4リンク参照)。
商工中金本店及び10支店が行った雇用維持利子補給が適用された危機対応貸付けについて、商工中金の調査報告書で不正が行われていた又は不正の疑義が払拭できなかったとされたものを除いた1,603件のうち、394件(24.5%)において、6か月後確認以降に従業員数が減少していた。
商工中金本店及び15支店が行った危機対応貸付けについて、複数の貸付けにおいて経営支援型利子補給の適用を受けている事業者3,800者における同利子補給の適用間隔を確認したところ、貸付け後に新たに同利子補給を適用した危機対応貸付けを行っていた7,923件のうち、5,610件(70.8%)で当該貸付けが1年以内に行われているなど、短期間に繰り返し同利子補給を適用しているものが多数見受けられた。
札幌、高松両支店が行った危機対応貸付けについて、商工中金の調査報告書等において不正が行われていなかったとされた貸付けで利子補給が適用された貸付け139件のうち、一般の金融機関から通常の条件による貸付けの提案を受けていることを事業者から聞き取っていたにもかかわらず、当該事業者に対して危機対応貸付けを行っていたものが52件見受けられた(7018_3_2_5リンク参照)。
商工中金において、危機対応業務の要件確認における不正事案が判明し、要件非該当貸付けが相当数あったことなどが明らかになったのち、商工中金は、29年6月に29年度の危機対応準備金の額の見通し及びその根拠を経済産業大臣及び財務大臣に報告していたが、その内容はいずれも前年度までの報告と同様であり、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて具体的な検討を行っていなかった(7018_3_3リンク参照)。
危機対応業務は、政策金融改革の一環として創設され、業務が開始されてから約10年が経過している。この間、商工中金は、指定金融機関として危機対応貸付けを行ってきており、いわゆるリーマン・ショックや東日本大震災といった大規模な危機に対応してきている。しかし、今般、商工中金が危機対応貸付けにおいて多数の不正を行っていたことなどが判明し、商工中金において、危機対応業務を一般の金融機関との競争上優位性のある「武器」として認識し、収益等の維持・拡充に利用するなどして過度に推進したことや、社外役員によるけん制機能を含め、取締役会の機能が十分に発揮されていないなどガバナンス態勢が欠如していたことなどが明らかになったことから、商工中金は、ガバナンスの強化を図るとともに新たなビジネスモデルを構築するとしている。
ついては、商工中金による危機対応業務等が適切に行われるよう、商工中金及び危機対応円滑化業務の主務省において、次のような点に留意する必要がある。
ア 商工中金において、
イ 危機対応円滑化業務の主務省において、
会計検査院としては、今後とも商工中金における危機対応業務の実施状況等について引き続き検査していくこととする。