会計検査院は、令和元年6月10日、参議院から、国会法第105条の規定に基づき下記事項について会計検査を行いその結果を報告することを求める要請を受けた。これに対し同月11日検査官会議において、会計検査院法第30条の3の規定により検査を実施してその検査の結果を報告することを決定した。
一、会計検査及びその結果の報告を求める事項
(一)検査の対象
(二)検査の内容
① 公的統計の整備に関する業務の実施体制
② 公的統計の整備に関する業務の実施状況及び予算の執行状況
③ 公的統計に対する点検検証の取組状況
④ 公的統計の利用状況
参議院は、元年6月10日に決算委員会において、検査を要請する旨の上記の決議を行うとともに、平成29年度決算に関して内閣に対し警告すべきものと議決し、同月14日に本会議において内閣に対し警告することに決している。
この警告決議のうち、前記検査の要請に関する項目の内容は、次のとおりである。
厚生労働省の毎月勤労統計調査において、判明しているだけで平成十六年以降、定められた調査手法と異なる形で調査が行われ、統計処理として復元すべきところを復元していないなどの統計制度の根幹を揺るがしかねず、改ざんとの指摘も免れ得ない不適切な取扱いが明らかとなった。政策立案の根拠となる統計の信頼性が著しく損なわれたこと、また、雇用保険等で給付の支払不足が発生し、追加的な行政費用や国民生活への直接の悪影響をもたらしたことは、極めて遺憾である。
政府は、なぜこのような事案が起こったのか、その動機や原因の究明に努めるとともに、雇用保険等が簡便な手続で速やかに追加給付されるよう必要な対策を講じ、全府省庁における統計に対する検証と再発防止を徹底した上で、統計行政を立て直し、統計に対する信頼回復に努めるべきである。
法律の規定に基づき内閣に置かれる機関又は内閣の所轄の下に置かれる機関等(以下「行政機関」という。)、地方公共団体又は独立行政法人等(以下、これらを合わせて「行政機関等」という。)が作成する統計(以下「公的統計」という。)については、統計法(平成19年法律第53号。以下「法」という。)等に基づき整備されており、法第1条によれば、法の目的は、公的統計の体系的かつ効率的な整備及びその有用性の確保を図り、もって国民経済の健全な発展及び国民生活の向上に寄与することとされている。
法は、統計法(昭和22年法律第18号)が平成19年に全部改正されたものであり、同改正以前の公的統計に係る制度は、統計法、統計報告調整法(昭和27年法律第148号)等に基づくものとなっていた。また、法のこれまでの改正状況をみると、30年に、統計法及び独立行政法人統計センター法の一部を改正する法律(平成30年法律第34号。以下「30年改正法」という。)により改正されるなどしている。
法第3条では公的統計に係る基本理念が規定されている。同条によれば、公的統計は、行政機関等における相互の協力及び適切な役割分担の下に、体系的に整備されなければならないこととされている。また、公的統計は、適切かつ合理的な方法により中立性及び信頼性が確保されるように作成されなければならないこと、広く国民が容易に入手し効果的に利用できるものとして提供されなければならないことなどとされている。
そして、法第2条第4項では、①国勢統計、②国民経済計算及び③行政機関が作成し、又は作成すべき統計であって、全国的な政策を企画立案し、又はこれを実施する上において特に重要な統計等に該当する統計として総務大臣が指定する統計が基幹統計とされている。
また、法には規定されていないが、「統計実務基礎知識(平成28年3月改訂)」(総務省政策統括官(統計基準担当)監修 公益財団法人統計情報研究開発センター発行。以下「統計実務」という。)では、公的統計は、統計調査により作成される統計(以下「調査統計」という。)、業務データを集計することにより作成される統計(以下「業務統計」という。)及び他の統計を加工することにより作成される統計(以下「加工統計」という。)に分類されている。
法第2条第5項では、統計調査は、「行政機関等が統計の作成を目的として個人又は法人その他の団体に対し事実の報告を求めることにより行う調査」とされており、同条第6項では基幹統計の作成を目的とする統計調査が基幹統計調査、同条第7項では行政機関が行う統計調査のうち基幹統計調査以外のものが一般統計調査とされている。
そして、法第9条第1項及び第19条第1項によれば、行政機関の長は、基幹統計調査又は一般統計調査を行おうとするときは、あらかじめ、総務大臣の承認を受けなければならないこととされている。上記の承認を受けるに当たり、法第9条第2項及び第19条第2項によれば、所定の事項を申請書に記載して総務大臣に提出することとされている。上記申請書の提出に当たっては、「基幹統計調査及び一般統計調査に係る承認申請等の手続に関する事務処理要領」(平成20年12月総務省政策統括官(統計基準担当)決定。令和2年9月に「基幹統計調査及び一般統計調査の承認申請等に関する事務マニュアル」に全部改正。以下「承認要領」という。)に基づき、基幹統計調査又は一般統計調査の実施に関する全体像について、具体的には、法第9条第2項各号(法第19条第2項において準用する場合を含む。)に掲げる事項について明らかにしたもの(以下「調査計画」という。)を提出することとなっている(後掲第2の2(2)ア参照)。
法第10条及び第20条によれば、総務大臣は、上記承認の申請があった場合には、その内容が統計技術的に合理的かつ妥当であるかなどの要件に適合していると認めるときは承認しなければならないこととされている。そして、法第9条第4項によれば、基幹統計調査の場合には、総務大臣の承認に先立ち、原則として統計委員会の意見を聴かなければならないこととされている。
総務大臣の承認を経た後、統計調査については、図表1-1のとおり、所管する各府省等による企画・設計に基づき、調査票に統計原情報が記入される行為等(以下「実査」という。)が行われるのが一般的な流れである。実査については、所管する各府省等の本省等又は地方支分部局が行う場合と、法第16条等に基づく法定受託事務として地方公共団体が行う場合がある。そして、実査を通じて集められた調査票に記載された情報等は、所管する各府省等、独立行政法人統計センター(以下「統計センター」という。)等による審査・集計を経るなどして統計として公表される。
実査は、一般的に、地方公共団体の長等が任命した統計調査員が、必要事項を記載する調査票を、報告を求める個人又は法人その他の団体に配布した上で、回収するなどして行われる。このうち調査票の配布の流れについては、図表1-2のとおり、実査の実施主体により異なり、統計調査ごとに、調査計画、所管する各府省等が作成する調査手引等において定められている。また、法第11条第1項によれば、行政機関の長は、上記の総務大臣の承認を受けた基幹統計調査を変更し、又は中止しようとするときは、あらかじめ、総務大臣の承認を受けなければならないこととされている。
また、公的統計の整備の観点から、地方公共団体又は独立行政法人等が行う統計調査の中にも、行政機関が行う統計調査に準じて扱うことが適切と考えられるものがある。このため、法第24条第1項及び第25条によれば、地方公共団体の長その他の執行機関又は独立行政法人等のうち政令で定めるもの(以下「指定独立行政法人等」という。)が統計調査を行おうとするときは、あらかじめ統計法施行令(平成20年政令第334号)で定めるところにより、法で定められた事項を総務大臣に届け出なければならないこととされている。
a 業務統計
統計実務では、業務統計とは、行政機関等や民間団体が行政上あるいは業務上の必要から集めたり、作成したりした登録、届出、業務記録等を基に作成する統計とされている。業務統計は、業務上、入手した情報を集計等して作成するものであるため、改めて調査が実施されることはない。(注1)
(注1) 石油備蓄の確保の必要性について国民の理解を得るために、我が国が実施している石油備蓄制度である国家備蓄及び民間備蓄それぞれについて資源エネルギー庁が備蓄日数を公表している「石油備蓄の現況」がその一例である。
b 加工統計
統計実務では、加工統計とは、調査統計や業務統計等の結果から直接得られる統計(一次統計)に何らかの加工処理を行って得られる統計(二次統計)とされている。加工統計は、既に得られている情報から作成されるものであるため、基本的には調査を実施することなく作成されるものである。(注2)
(注2) 我が国の農林水産物に関する輸出入動向の情報を収集するために貿易統計を加工して農林水産省が作成している農林水産物輸出入統計がその一例である。
これらの公的統計の種類について図示すると、図表1-3のとおり分類される。
また、公的統計のうち、各府省等が実施する統計調査及び作成する統計の全体数について示すと、図表1-4のとおり、14府省等において、基幹統計調査により作成するもの50基幹統計調査、一般統計調査により作成するもの248一般統計調査、業務データを集計することにより作成するもの397業務統計及び他の統計(調査統計等)を加工することにより作成するもの54加工統計となっている(基幹統計及び基幹統計調査の詳細については別図表1、一般統計調査の詳細については別図表2をそれぞれ参照)。
イ(ア)の公的統計に係る基本理念を踏まえて、公的統計の整備に関する組織体制は、総務省が国勢調査(基幹統計調査)により国勢統計を、各府省等が所管行政と密接に関連する統計をそれぞれ作成するといった分散型(注3)となっている。また、図表1-5のとおり、総務省は、自ら統計を作成するほか、公的統計における政府横断的な調整も担当しており、自らの統計作成については主として統計局が、政府横断的な調整及び行政機関の長が提出した調査計画の承認審査については政策統括官(統計基準担当)(3年7月1日以降は政策統括官(統計制度担当)。以下「総務省政策統括官」という。)がそれぞれ担当している。そして、調査票情報を基に集計等を行う製表業務や、各府省等の集計等支援業務等を担う機関として統計センターが設置されている。
(注3) 公的統計の整備に関する組織体制としては、我が国のような分散型のほかに、中央の統計局が全ての政府統計の作成を担当する集中型がある。
また、専門的かつ中立的な調査審議を行う第三者機関として、総務省に統計委員会が設置されている。統計委員会は、13名以内の学識経験者によって構成され、法に基づき、①公的統計の整備に関する基本的な計画(以下「基本計画」という。)の案に係る調査審議、②基幹統計の指定等に係る調査審議、③基幹統計調査の承認、変更及び中止の申請に係る調査審議等を行うこととなっており、30年改正法により、統計委員会を補佐する機関として特定の府省等内の全ての統計部門を総括する統計幹事が設置されている。法第55条によれば、総務大臣は、行政機関等の長等に対し、法の施行の状況について報告を求めることができることとされており、毎年度、同報告を取りまとめて概要を公表するとともに、統計委員会に報告しなければならないこととされている。そして、統計委員会は、同報告があったときは、法の施行に関して意見を述べることができることとされている。
さらに、「統計改革推進会議の開催について」(平成29年1月内閣総理大臣決裁)によれば、政府全体における証拠に基づく政策立案の定着等の観点から、抜本的な統計改革等を政府が一体となって強力に推進するために必要な検討を行うことを目的として、統計改革推進会議を開催することとされている。内閣官房統計改革推進室(以下「統計改革推進室」という。)は、同推進会議の事務局の役割を果たすとともに、抜本的な統計改革等を政府が一体となって推進するために必要となる総合調整等に関する事務を処理している。
法第4条によれば、政府は、公的統計の整備に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、基本計画を定めなければならないこととされている。そして、基本計画の推進状況について、統計委員会が調査審議を行い、政府による施策の効果に関する評価を踏まえて、基本計画をおおむね5年に一度変更することとされている。基本計画は、平成21年に策定された後、直近の30年までに2回変更されている(以下、30年に変更された第Ⅲ期の基本計画を「第Ⅲ期基本計画」という。)。さらに、令和2年6月には、平成31年1月に明らかになった厚生労働省所管の毎月勤労統計調査(基幹統計調査。以下「毎勤調査」という。)における不適切な取扱い(以下「毎勤不適切事案」という。後掲(2)イ参照)を発端として、公的統計に対する信頼回復のための取組が求められることとなったことを受け、必要な対策を盛り込むために第Ⅲ期基本計画が一部変更されている。
第Ⅲ期基本計画によると、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策のうち、ユーザ視点に立った統計データ等の利活用促進として、政府統計の総合窓口(以下「e-Stat」という。)の利便性の向上を図るために、e-Statへの登録データの拡大を進めるとともに、ユーザのニーズを踏まえた機能強化を推進することとされている。そして、上記登録データの拡大を図るために、各府省等は、政府の統計データについてe-Statへの登録を原則とするなどとされている。
また、30年改正法により、調査票情報の二次的利用の促進等を図るために、調査票情報の提供対象の拡大措置が講じられている。すなわち、30年改正法による改正以前から、法では、利用者からの委託を受けて、利用者の分析目的に対応した集計表を新たに作成したり(以下、この処理を「オーダーメード集計」という。)、学術目的等の相当の公益性を有する統計の作成等を目的として調査票情報を特定の個人又は法人その他の団体の識別ができないように加工して提供したりすること(以下、この加工されたデータを「匿名データ」という。)について規定されていたが、30年改正法により、オーダーメード集計及び匿名データの利用者の範囲が拡大されている。
公的統計の整備に当たっては、各府省等において必要な予算措置を行っている。総務省政策統括官は、翌年度に実施予定の調査計画の承認審査・調整業務の円滑化・効率化等のために、毎年度、各府省等に対して、統計調査及び統計に関連する事業(注4)(以下「統計関連事業」という。)について予算を含む事業計画等に係る資料の提出依頼を行い、提出された情報を基に、「国の統計事業予算(統計事業に係る歳出予算の概要)」(以下「国の統計予算」という。)を取りまとめて、その結果を公表している。統計調査及び統計関連事業に係る予算(以下「統計事業に係る予算」という。)について、国の統計予算を基にするなどして改めて集計すると、図表1-6のとおり、27年度から令和元年度までの5か年度で計2326億余円となっている。所掌する統計が多いことなどから、総務省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省及び国土交通省(以下、これらを合わせて「上位5省」という。)において多額の予算が計上されているほか、平成27年度には5年に一度実施される総務省所管の国勢調査に係る予算が計上されているなど、1年を超える間隔で周期的に実施される統計調査の影響が年度ごとの増減の要因となっている。
府省等名 | 平成27年度 | 28年度 | 29年度 | 30年度 | 令和元年度 | 計 |
---|---|---|---|---|---|---|
人事院 | 9,520 | 13,443 | 9,550 | 8,636 | 39,872 | 81,021 |
内閣府 | 669,144 | 654,068 | 737,090 | 826,273 | 814,473 | 3,701,048 |
復興庁 | 9,704 | 9,704 | 10,467 | 10,648 | 10,960 | 51,483 |
総務省 | 76,466,131 | 17,727,176 | 11,691,294 | 17,782,733 | 19,154,380 | 142,821,714 |
法務省 | 54,862 | 29,362 | 73,765 | 51,164 | 26,588 | 235,741 |
財務省 | 742,124 | 527,429 | 591,348 | 601,858 | 888,622 | 3,351,381 |
文部科学省 | 584,695 | 706,123 | 361,395 | 429,456 | 386,595 | 2,468,264 |
厚生労働省 | 4,812,818 | 5,840,986 | 5,764,872 | 4,966,440 | 5,646,801 | 27,031,917 |
農林水産省 | 4,078,293 | 3,679,731 | 3,324,680 | 4,566,687 | 9,154,467 | 24,803,858 |
経済産業省 | 3,065,436 | 2,663,796 | 4,403,170 | 4,106,101 | 2,966,146 | 17,204,649 |
国土交通省 | 1,804,089 | 1,533,053 | 1,561,791 | 2,608,278 | 1,900,832 | 9,408,043 |
環境省 | 262,540 | 381,693 | 321,394 | 300,870 | 227,684 | 1,494,181 |
計 | 92,559,356 | 33,766,564 | 28,850,816 | 36,259,144 | 41,217,420 | 232,653,300 |
なお、総務省政策統括官によると、国の統計予算は翌年度に実施予定の調査計画の承認審査・調整業務の円滑化・効率化等を図るために取りまとめているものであり、承認審査の対象でない国及び地方公共団体の統計事業に従事する職員に係る人件費等は含まれていないとしていることから、公的統計の整備に関する経費の全体像は、これらの経費を加えたものとなる(後掲第2の2(1)ア(イ)参照)。
これまで各府省等が個別に整備してきた統計に関係するデータベース、調査システム等の情報システムを集約し、効率的なシステム投資や業務の効率化を図るために、統計調査等業務の業務・システム最適化計画(平成18年各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議決定。以下「最適化計画」という。)に基づき、政府統計共同利用システムが整備されている。政府統計共同利用システムは、各府省共同利用型のシステムであり、20年度から統計センターを運用管理機関として運用を開始している。政府統計共同利用システムは、図表1-7のとおり、計13サブシステムで構成されている。
図表1-7のうち①から⑧までのe-Stat等8サブシステムは、統計を利用する国民、企業等の統計利用者や、統計を利用したり、統計データを登録したりする行政機関等が利用可能なサブシステム、⑨の政府統計オンライン調査総合窓口(以下「オンライン調査システム」という。)は、統計調査を実施する各府省等から調査対象者ID等を配布された国民、企業等の調査対象者や、調査結果を確認する行政機関等が利用可能なサブシステム、⑩から⑬までの事業所母集団データベース等4サブシステムは、統計調査等業務を実施する行政機関等が利用可能なサブシステムとなっている。
厚生労働省は、毎月の雇用、給与及び労働時間の変動を明らかにすることを目的として、毎勤調査を実施し、その結果に基づき毎月勤労統計を公表している。毎勤調査の実施に当たっては、都道府県知事が任命した統計調査員が、毎月、常用労働者を常時5人以上雇用する事業所を訪問するなどして、平均給与額の増減等について調査している。
毎勤調査は、調査計画等により、図表1-8のとおり、全国調査、地方調査及び特別調査に区分されている。全国調査及び地方調査においては、事業所が常用労働者の規模に応じて第一種事業所又は第二種事業所に分類されており、さらに、当該分類に応じて報告を求める事業所の選定方法や調査方法が定められている。
第一種事業所のうち500人以上の事業所については全数調査を実施することとなっている。また、調査方法には、郵送調査(調査票を調査対象に郵送し、調査対象自身に記入して返送してもらう調査方法をいう。以下同じ。)、オンライン調査(電子メールを含むインターネット等を用いて調査票の配布・取集を行う調査方法をいう。以下同じ。)及び調査員調査(調査員が事業所を訪問して調査する方法をいう。以下同じ。)があり、事業所の種別等に応じて実施する調査方法が定められている。
区分 | 全国調査及び地方調査 | 特別調査 | |
---|---|---|---|
事業所種別 | 第一種事業所 | 第二種事業所 | 経済センサスの調査区を基に作成した調査区名簿から調査区を無作為に抽出し、抽出した調査区内において常用労働者を5人未満雇用する全事業所を調査 |
常用労働者を常時30人以上雇用する事業所 | 常用労働者を常時5人以上30人未満雇用する事業所 | ||
報告を求める事業所の選定方法 | 常用労働者が30人以上500人未満の事業所については、産業別・規模別に無作為に抽出して調査 | 経済センサスの調査区を基に作成した調査区名簿から調査区を無作為に抽出し、抽出した調査区内の常用労働者を5人以上30人未満雇用する事業所の名簿から事業所を産業別に無作為に抽出して調査 | |
常用労働者が500人以上の事業所については全数調査 | |||
調査方法 | 郵送調査又はオンライン調査 | 調査員調査又はオンライン調査 | 調査員調査 |
厚生労働省は、31年1月11日に、「毎月勤労統計調査において全数調査するとしていたところを一部抽出調査で行っていたことについて」を発表した。この発表資料によれば、総務省から30年12月に、全数調査の「500人以上規模の事業所」において29年と30年に数値の不連続がある旨の指摘があり、原因を精査したところ、東京都における「500人以上規模の事業所」を全数調査とすべきところ抽出して調査を実施させていたことや、抽出して調査していたにもかかわらず、29年において必要な復元処理(注5)がされていなかったことが判明したとされている。そして、上記の発表資料と同日に公表された「雇用保険、労災保険等の追加給付について」によると、上記の結果として、16年以降の毎勤調査における賃金額が低めに算定されており、毎勤調査の平均給与額の変動を基礎としてスライド率等を算定している雇用保険制度等における給付額に影響が生じたとして、雇用保険、労働災害補償保険(以下「労災保険」という。)等について追加給付が必要となるとしている。(注6)31年1月18日には、「平成31年度厚生労働省予算案の変更について」を発表し、図表1-9のとおり、雇用保険等の追加給付費等約600億円(追加給付額約564億円、加算額(注7)約37億円)のほか、毎勤不適切事案により生じた雇用保険等の追加給付の対応に要する経費(以下「毎勤対応経費」という。)として約195億円(うち令和元年度分約96億円)、計約795億円が見込まれるとしている。そして、毎勤対応経費約195億円については、必要額を精査した上で、既定の経費の節減により財源を捻出して支出するとしている。
(注5) 復元処理 抽出して調査した結果を母集団の調査結果として扱うために行われる統計的処理
(注6) 例えば、雇用保険の基本手当等の支給額の算出に用いられる賃金日額については、毎月勤労統計の労働者の平均給与額の変化率に応じて、雇用保険法(昭和49年法律第116号)で規定されている上限額や下限額等がスライドするとしている。そして、毎月勤労統計の再集計値等の算出の結果、上記の変化率が上方修正された場合は、追加給付が必要になるとしている(一の受給期間を通じた一人当たりの追加給付額は平均約1,400円程度と推計されている。)。
(注7) 加算額 過去に給付された金額と、本来であれば給付されていたとされる金額との差額に、その差額が現在価値に見合う額となるようにするために加算する金額
図表1-9 厚生労働省が示した毎勤不適切事案によって発生した雇用保険等の追加給付費等及び毎勤対応経費の見込額
費目 | 雇用保険 | 労災保険 | 船員保険 | 雇用調整助成金 | 計 | |
---|---|---|---|---|---|---|
追加給付費等 | ||||||
追加給付額 | 27,563,440 | 24,090,846 | 1,643,465 | 3,061,305 | 56,359,056 | |
加算額 | 1,981,497 | 1,420,781 | 86,499 | 173,576 | 3,662,353 | |
計 | 29,544,937 | 25,511,627 | 1,729,964 | 3,234,881 | 60,021,409 | |
毎勤対応経費 | 17,684,382 | 870,196 | 28,303 | 892,909 | 19,475,790 | |
うち令和元年度分 | 8,467,939 | 578,529 | 28,303 | 501,121 | 9,575,892 | |
合計 | 47,229,319 | 26,381,823 | 1,758,267 | 4,127,790 | 79,497,199 |
また、毎勤不適切事案についての事実関係を明らかにすることなどを目的として、平成31年1月に、厚生労働省監察本部長である厚生労働大臣によって「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」(以下「特別監察委員会」という。)が設置され、同省大臣官房人事課が庶務を担うこととされた。
さらに、特別監察委員会による報告として、同月22日に「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書」が、同年2月27日に「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する追加報告書」(以下、これらを合わせて「特別監察報告」という。)が、それぞれ公表された。特別監察報告においては、職員等延べ69名のヒアリングを行うなどして把握した事実関係及び責任の所在についての評価が記述されている。
特別監察報告において、厚生労働省は、16年から29年まで、給与の高い事業所の多い東京都の大規模事業所について抽出して調査を実施させながら、抽出した場合に抽出率に応じて本来必要となる適切な復元処理をしなかったことにより、「きまって支給する給与」等の金額が低めになっていたとされている。また、厚生労働省は、大阪府及び神奈川、愛知両県に対し、30年6月に、31年1月分調査から「500人以上規模の事業所」を抽出して調査する内容の通知を発出し、全数調査とすべき「500人以上規模の事業所」を抽出して調査しようとしていたとされている。
毎勤不適切事案を受けて、31年1月に、各府省等は、56基幹統計を対象に自己点検を実施し、総務省政策統括官は、その結果を取りまとめて、同月24日に「基幹統計の点検及び今後の対応について」を公表している。これによると自己点検の結果、毎勤調査のような、調査計画や対外的な説明内容に照らして実際の調査方法や復元推計の実施状況に問題のある事案はなかったとされている。そして、今後の対応として、統計委員会に新たな専門部会を設置して、基幹統計に加えて一般統計調査についても、再発防止及び統計の品質向上を目指した検証を行うよう要請するとしている。自己点検の結果の概要は、図表1-10のとおりとなっていて、「結果数値の訂正が必要なもの」(注8)(1統計)等が報告されている。
(注8) 結果数値の訂正が必要なもの 統計調査の結果等により作成されて公表された数値が、自己点検の結果、調査票の数値に誤りがあることが判明するなどしたため訂正が必要になったもの
図表1-10 「基幹統計の点検及び今後の対応について」の概要
点検結果等で示された態様 | 所管省名 | 統計名 | |
---|---|---|---|
承認された調査計画や対外的な説明内容に照らして、実際の調査方法、復元推計の実施状況に問題があったもの(1統計) | 厚生労働省 | 毎月勤労統計 | |
結果数値の訂正が必要なもの(1統計) | 国土交通省 | 建設工事統計 | |
調査計画上の集計事項の中に集計、公表されていないものがあるもの(9統計) | 総務省 | 住宅・土地統計、経済構造統計、全国消費実態統計 | |
財務省 | 法人企業統計 | ||
文部科学省 | 学校教員統計 | ||
厚生労働省 | 毎月勤労統計 | ||
経済産業省 | 経済産業省企業活動基本統計 | ||
国土交通省 | 建築着工統計、鉄道車両等生産動態統計 | ||
都道府県における抽出作業の手順が、国が示した手順と細部において相違していたもの(1統計) | 国土交通省 | 建築着工統計 | |
その他手続等の問題があるもの(16統計) | |||
計画変更手続の未実施(1統計) | 経済産業省 | 商業動態統計 | |
告示が未修正(1統計) | 国土交通省 | 建築着工統計 | |
公表期日の遅延(14統計) | 文部科学省 | 学校教員統計、社会教育統計 | |
厚生労働省 | 薬事工業生産動態統計、医療施設統計、患者統計 | ||
農林水産省 | 牛乳乳製品統計、農業経営統計 | ||
経済産業省 | 経済産業省企業活動基本統計 | ||
国土交通省 | 建築着工統計、自動車輸送統計、港湾統計、造船造機統計、鉄道車両等生産動態統計、法人土地・建物基本統計 | ||
公表方法の変更(4統計) | 経済産業省 | ガス事業生産動態統計 | |
国土交通省 | 自動車輸送統計、港湾統計、造船造機統計 | ||
平成31年1月28日に追加報告されたもの(1統計) | |||
調査票の配布・回収方法 | 厚生労働省 | 賃金構造基本統計 | |
報告を求める期間 | |||
調査対象の範囲 |
厚生労働省は、法等に基づき、労働者の雇用形態、就業形態、職種、性、年齢、学歴、勤続年数、経験年数等と賃金との関係を明らかにすることを目的として、賃金構造基本統計調査(基幹統計調査。以下「賃金構造調査」という。)を実施し、その結果に基づき賃金構造基本統計を作成している。
賃金構造調査の調査方法は、31年より前の調査計画によれば、調査員調査に限定されており、都道府県労働局長は、調査対象となる事業所の事業主に対する必要な指導及び事業所に対する調査票の配布、その他調査の実施に伴う事務を行う統計調査員を任命することとされている。
厚生労働省は、「基幹統計の点検及び今後の対応について」の公表後の31年1月28日に、「賃金構造基本統計調査において、調査員調査により実施するとしている配布・回収とも郵送調査により実施していたこと等について」を発表した。この発表資料によれば、賃金構造調査について、①調査計画では調査員調査であるのに郵送調査をしていたこと、②調査計画より早い提出期限を定めていたこと、③「バー、キャバレー、ナイトクラブ」を調査対象から除外していたことの三つの事実が確認され、これらを総務省に報告したとされている。
その後、厚生労働省は、省内の調査により判明した事実関係として、同年2月1日に「賃金構造基本統計調査に関し、一斉点検の際に総務省に報告しなかった件について」を発表した。この発表資料によれば、ウの各府省等による自己点検の際に上記の①、②及び③について報告をしなかった理由として、厚生労働省賃金福祉統計室長が、調査計画と異なる実態にあることを知っていたが、近々変更申請を予定している調査計画は外国人の項目追加という重要な内容を含んでいるところ、上記の報告をすることによって変更申請ができなくなることを危惧して報告をしないと判断したことを挙げている。また、同室長は、同省政策統括官(統計・情報政策担当)に同点検ではこの点については回答しないとの方針を説明しようとしたが、その機会が得られなかったとされている。その結果、同年1月24日に、総務省政策統括官へ上記の事項を含めないまま同点検の回答に関する報告がなされ、同日に「基幹統計の点検及び今後の対応について」が公表されている。
厚生労働省は、「「賃金構造基本統計問題」に関する調査・検証の結果(通知)」(平成31年3月総評評第20号)を受けて、令和元年10月に、「厚生労働省統計改革ビジョン2019」(令和元年8月厚生労働省)及び同ビジョンを実行するための工程表を策定して、今後、毎勤不適切事案や賃金構造調査において判明した不適切な取扱いといった一連の統計問題に対し、具体的な改善処置を講じていくとしている。
毎勤不適切事案等を踏まえて、統計委員会は、平成31年1月に、統計委員会に基幹統計及び一般統計調査における不適切事案の発生防止並びに統計の品質向上に資する点検検証に関する事項を所掌する点検検証部会(令和2年10月に「統計作成プロセス部会」に改組)を設置するとともに、同部会の下に二つのワーキンググループを設置して会合を開催している。
ウのとおり、毎勤不適切事案を受けて、総務省政策統括官は、56基幹統計を対象に、各府省等が実施した自己点検の結果を取りまとめて公表している。その後、各府省等は、232一般統計調査についても、基幹統計の自己点検の内容に準じて、自己点検を実施している(以下、各府省等が56基幹統計及び232一般統計調査について実施し、その結果を総務省政策統括官が取りまとめた一連の自己点検を「31年の一斉点検」という。)。
そして、点検検証部会は、総務省政策統括官から報告された31年の一斉点検の結果について検証を行った。その結果は、図表1-11のとおり、第4回点検検証部会において「一斉点検で報告のあった調査等の影響度評価」として公表されており、これによると、24基幹統計調査及び154一般統計調査において不適切な対応があったとされている。
図表1-11 31年の一斉点検で報告のあった調査等の影響度評価
影響度区分 | 基幹統計調査 | 一般統計調査 |
---|---|---|
Ⅳ (利用上重大な影響が生じると考えられる数値の誤り) |
1統計調査 (毎勤調査) |
― |
Ⅲ (利用上重大な影響は生じないと考えられる数値の誤り) |
2統計調査 注(2) (建設工事統計調査、小売物価統計調査) |
16統計調査(最低賃金に関する実態調査、労務費率調査、通信利用動向調査、学術情報基盤実態調査、大学等におけるフルタイム換算データに関する調査、雇用動向調査、雇用の構造に関する実態調査、労使関係総合調査、障害福祉サービス等従事者処遇状況等調査、食肉検査等情報還元調査、賃金引上げ等の実態に関する調査、森林組合一斉調査、特用林産物生産統計調査、全国貨物純流動調査、水害統計調査、環境にやさしい企業行動調査) |
Ⅰ又はⅡ Ⅰ:数値の誤りも利用上の支障も生じない場合 |
注(3) 21統計調査 |
注(4) 140統計調査 |
また、統計委員会は、点検検証部会での審議を踏まえて、31年の一斉点検の結果を受けた再発防止措置の考え方等を建議として盛り込んだ「公的統計の総合的品質管理を目指した取組について(建議)」(令和元年9月統計委第10号。以下「品質管理建議」という。)を、元年9月に総務大臣に提出している。
会計検査院は、従来、統計調査等に係る会計経理について検査を行っており、元年10月に、厚生労働省に対して、会計法令等に従うなどして会計経理が適切に行われるなどするよう是正改善の処置を求め、及び統計調査の実施に係る予算の執行実績を把握するなどし、その結果に応じて統計調査の適切な実施を確保するための措置について検討するなどした上で、統計調査の実施に必要と認められる経費を予算に適切に見積もる態勢を整えるよう改善の処置を要求している。これは、賃金構造調査において調査計画と異なる調査方法で調査を実施したことに伴って、都道府県労働局において、統計調査の実施に要する経費を、厚生労働本省から示達されるなどした一般会計の歳出科目ではなく、一般会計と区分経理されている労働保険特別会計の歳出科目から支出するなど、適切でない会計処理が行われていたことを取り上げたものである。
統計調査等に係る会計経理に関する会計検査の結果として、上記に加えて、不当事項2件、本院の指摘に基づき当局において改善の処置を講じた事項4件を検査報告に掲記している(これまでの会計検査の実施状況の詳細については別図表3参照)。
公的統計は、国及び地方公共団体の政策運営のみならず、事業者及び国民の意思決定に不可欠な情報であり、社会の発展を支える情報基盤として必要な統計を提供することは、政府の基本的な行政サービスの一つであるとされている。また、雇用保険制度等における給付額が変更されるに至った毎勤不適切事案のように、国民生活に直接悪影響をもたらす事象が発生するなどの事態も見受けられているところである。そして、前記のとおり、公的統計の整備に当たっては、毎年度の予算において多額の経費が計上されている。
そこで、会計検査院は、前記要請の公的統計の整備に関する業務の実施状況等に関する各事項について、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、次の点に着眼して検査した。
各府省等における公的統計の整備に関する業務の実施体制はどのようになっているか、各府省等と地方公共団体との連携はどのようになっているか。
公的統計の整備に関する予算の執行状況はどのようになっているか、同業務の実施状況はどのようになっているか、毎勤不適切事案によって発生した雇用保険等の追加給付の実施状況等はどのようになっているか。
公的統計に対する点検検証等の取組状況はどのようになっているか。
公的統計の利用状況はどのようになっているか、法に基づく二次的利用の状況はどのようになっているか。
会計検査院は、公的統計の整備に関する業務を実施している府省等のうち統計改革を担う内閣、2年3月末現在において統計調査を実施している11府省等(注9)及びこれら以外で前記の要請において検査の対象とされた防衛省計13府省等、統計センター並びに法定受託事務として業務を受託するなどしている47都道府県のうち11都道府県(注10)における業務の実施状況等を対象として検査した。いずれも原則として平成27年度から令和元年度までの業務を対象とした。
また、上記に加えて、日本年金機構及び全国健康保険協会における毎勤不適切事案により発生した追加給付等に係る対応状況について検査するとともに、日本銀行における毎勤不適切事案による業務への影響に係る対応状況等についても検査した。
検査に当たっては、13府省等の本省等、外局及び地方支分部局、11都道府県、日本年金機構本部、全国健康保険協会本部並びに日本銀行本店において、509.3人日を要して会計実地検査を行うなどして、調書及び関係書類を徴したり、担当者等から説明を聴取したりなどした。また、公表されている資料等により把握した内容を基に調査分析を行った。