株式会社商工組合中央金庫(平成20年9月30日以前は商工組合中央金庫。以下「商工中金」という。)は、中小企業等協同組合その他主として中小規模の事業者を構成員とする団体及びその構成員に対する金融の円滑化を図るために必要な業務を行うことを目的として設置されている。また、29年度末で、職員数は3,857名、本支店等数は国内100本支店等(注1)、海外4支店等(注2)となっている(以下、本店の営業部並びに支店、出張所及び営業所を合わせて「営業店」という。)。
内閣が17年12月に閣議決定した「行政改革の重要方針」を踏まえた政策金融改革を経て、内外の金融秩序の混乱又は大規模な災害等による被害に対処するために必要な金融について、株式会社日本政策金融公庫法(平成19年法律第57号。以下「日本公庫法」という。)により20年10月に政策金融機関を統合して設立された株式会社日本政策金融公庫(以下「日本公庫」という。)並びに株式会社商工組合中央金庫法(平成19年法律第74号。以下「商工中金法」という。)又は株式会社日本政策投資銀行法(平成19年法律第85号)により同月に株式会社化された商工中金及び株式会社日本政策投資銀行(以下「政投銀」という。)その他の金融機関により迅速かつ円滑に行うための体制が整備された。
危機対応円滑化業務は、日本公庫法に基づき、危機対応円滑化業務並びに当該業務に係る財務及び会計に関する事項の主務大臣である財務大臣、農林水産大臣及び経済産業大臣(以下、これらを合わせて「危機対応円滑化業務の主務大臣」という。また、財務省、農林水産省及び経済産業省を合わせて「危機対応円滑化業務の主務省」という。)が、内外の金融秩序の混乱又は大規模な災害等の危機事象によって、一般の金融機関が通常の条件では事業者が受けた被害に対処するために必要な資金の貸付け等を行うことが困難であり、かつ、危機対応円滑化業務の主務大臣が指定する金融機関(以下「指定金融機関」という。)が危機対応業務を行うことが必要であると認定(以下、この認定を「危機認定」という。)する場合に、日本公庫が、指定金融機関に対して信用供与(ツーステップ・ローン及び損害担保)や利子補給金の支給を行うなどするものである。
なお、危機対応円滑化業務の主務大臣は、30年3月末までに、68の危機事案を認定しており、このうち3危機事案が同年4月1日時点で継続されている。
危機対応業務は、指定金融機関が、日本公庫から前記の信用供与等を受けて、危機事象で受けた被害によって業況や資金繰りが悪化している事業者に対して、必要な資金の貸付けや利子補給を行うなどするものである。日本公庫法附則第45条又は第46条の規定により指定を受けたものとみなすこととされている商工中金及び政投銀が、指定金融機関として危機対応業務に係る貸付け(以下「危機対応貸付け」という。)等を行っており、商工中金は、29年度末までに計223,572件、計12兆5198億余円の危機対応貸付けを行っている。
危機対応円滑化業務に関して、日本公庫は、商工中金に対する信用供与や利子補給金の支給を行っている。
ツーステップ・ローンは、指定金融機関が行う危機対応業務を支援するために、日本公庫が指定金融機関に対して資金を供給するもので、危機対応業務のために必要とする資金を、日本公庫が財政融資資金から調達して、期間、利率等、調達と同じ条件で商工中金に貸し付けるなどしている。損害担保は、個別の契約により貸付け等に付されるもので、商工中金は日本公庫に所定の補償料を支払い、貸付け等に係る債務の全部又は一部の弁済がなされないこととなった場合に、日本公庫がその額の一部を補填することとなっている。
また、日本公庫から利子補給金の支給を受けた指定金融機関は、事業者に対して利子補給を行っており、これにより、事業者における金利を実質的に引き下げることになる。商工中金が行う主な利子補給のうち、雇用維持利子補給は、雇用の維持又は拡大に取り組む事業者に対して行われるもので、危機対応貸付けの貸付日からおおむね6か月の間に常時使用する従業員数が減少した場合、利子補給を取り消して、貸付けの当初に遡って当該取消分の支払請求を行うことなどとなっている。また、経営支援型利子補給は、債務負担が重く経営の改善を迫られている事業者であって、指定金融機関等の経営指導を受けて事業計画を作成する者に対して行われるものである。
政府は、危機対応貸付けの事業規模拡大の中でその円滑な実施を図るため、商工中金の財政基盤の確保を目的として21年度補正予算により1500億円を商工中金に出資し、商工中金は、同額を危機対応準備金として計上した。
危機対応準備金の額が計上されている場合は、商工中金は、事業年度ごとに、事業年度経過後3か月以内に危機対応準備金の額の見通し及びその根拠について経済産業大臣及び財務大臣に報告することとなっている。さらに、商工中金が、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至ったと認める場合には、危機対応準備金の額の全部又は一部に相当する金額を国庫に納付することとなっている。
28年11月22日、商工中金は、鹿児島支店が行った危機対応貸付けにおいて、事業者が危機事象の影響を受けていることを確認する際に、一部の職員が事業者から受領した試算表等を自ら書き換えて対応した事態が判明したことなどを公表した。そして、調査の客観性、中立性及び専門性を確保してこの事態を調査するために、同年12月12日付けで「危機対応業務にかかる第三者委員会」(以下「第三者委員会」という。)を設置した。
第三者委員会は、調査対象とした27,934件の危機対応貸付けのうち760件で不正が行われていたことなどを記載した調査報告書を29年4月25日に取りまとめ、商工中金は、同日にこの調査報告書を公表した。調査報告書には、鹿児島支店での不正(以下「鹿児島事案」という。)の公表前にも、池袋支店において、26年12月から27年1月にかけて監査部が実施した特別調査により試算表の自作・改ざんが行われた疑義があることを把握しながら、不祥事性は見られないなどとして処理していたこと(以下「池袋事案」という。)なども記載されている。
商工中金は、上記の調査報告書を受けて、28年11月30日までに実施した危機対応貸付け219,923件のうち、第三者委員会による調査未実施分の貸付けについて調査を継続するとともに、第三者委員会による調査済みの貸付けの一部を含めて必要な再調査を行った(以下、これらの調査を「継続調査等」という。)。その結果、商工中金は、4,609件で不正が行われており、そのうち要件充足が確認できなかった危機対応貸付け(以下「要件非該当貸付け」という。)が3,255件、判定不能であるため不正の疑義が払拭できなかった危機対応貸付けが7,569件あることなどを記載した調査報告書を29年10月25日に危機対応円滑化業務の主務大臣及び商工中金の主務大臣等(財務大臣、経済産業大臣及び金融庁長官)に提出するとともに、その内容を公表した。
そして、不正事案を受け経済産業省が設置した有識者による商工中金の在り方検討会が、今後、商工中金は、経営改善、事業再生、事業承継等を必要としている中小企業や、リスクの高い事業に乗り出そうとしている中小企業を支援する分野への取組に全面注力し、当該分野で適正な収益を得るビジネスモデルを構築すること、現行の危機対応業務から災害対応を除き全面撤退し、利子補給については極めて限定的に適用することなどとする提言を取りまとめ、30年1月に、経済産業省がこれを公表した。
危機対応円滑化業務の主務省において危機事案の認定、継続及び解除が適切に行われなかったり、指定金融機関が危機対応業務の要件を満たしていない事業者に対して危機対応貸付けを行ったりした場合は、危機によって事業者が受けた被害に対処するために行う危機対応業務の制度の趣旨を逸脱することになる。また、日本公庫が危機対応円滑化業務において指定金融機関である商工中金へ損害担保契約に基づく補償金の支払、利子補給金の支給等を行うために、国が日本公庫に多額の出資等の財政措置等を行っており、危機対応業務においては、指定金融機関による多数の危機対応貸付けが行われていることから、上記の場合は国の財政負担を増加させるおそれがある。
そこで、本院は、合規性、経済性、有効性等の観点から、危機対応円滑化業務の主務省は危機事案の認定、継続及び解除並びに危機対応業務の制度運営を適切に行っているか、商工中金による危機対応業務における不正等の要因は何か、商工中金は危機対応貸付けの審査を適切に行ってきたかなどに着眼して検査した。
本院は、商工中金本店及び15支店(注3)、金融庁、財務省、農林水産省、中小企業庁、日本公庫本店並びに政投銀本店及び6支店(注4)において、20年度から29年度までの間に国が行った危機対応業務に係る財政措置等、日本公庫が行った危機対応円滑化業務、指定金融機関が行った危機対応貸付け等を対象に会計実地検査を行った。このうち、商工中金本店及び10支店(注5)からは、雇用維持利子補給に関する調書の提出を受けて、その内容を分析するなどして検査した。また、政投銀本店及び6支店においては、商工中金が行った危機対応貸付けとの相違点について分析するなどして検査した。
さらに、533金融機関(銀行120行、信用金庫264金庫、信用組合149組合)に対して、商工中金における危機対応業務等に関するアンケート調査を実施した。
危機対応円滑化業務の主務省は、危機認定について、被害状況の分析や国の経済対策等を踏まえて行うこととしており、危機事案については、定期的に見直しを行い、継続又は解除を判断することとしている。
そこで、「円高等対策特別相談窓口」等の7危機事案について、危機対応円滑化業務の主務省における検討状況を確認したところ、経営環境変化に対応する事案等(以下「経済関連」という。)については、政府・与党会議、経済対策閣僚会議合同会議の決定事項を踏まえたり、危機事象により見込まれる具体的な影響を検討したりなどして危機認定を行っていたが、危機認定の要件である「一般の金融機関が通常の条件では事業者が受けた被害に対処するために必要な資金の貸付け等を行うことが困難」であることについては、一部の危機事案では一般の金融機関から聞き取りを行うなどして実際に貸付け等を行うことが困難な状況であることを調査していたものの、それ以外の危機事案では、危機事象による中小企業への資金繰りへの影響を確認するにとどまっていた。また、危機認定の継続に際しても、一般の金融機関の貸付けの状況等について一般の金融機関からの聞き取りによる調査は行っていなかった。
なお、533金融機関に対して実施した危機対応業務等に関するアンケート調査(回答数420、回答率78.7%)においては、危機対応貸付けの在り方について、「見直しを行った上で存続すべきである」とした回答が54.0%となっているなどしていた。そして、上記の回答をした金融機関に対して、どのような見直しを行うべきであると考えているか調査したところ、危機認定を厳格に行うべきであるとした回答が83.7%、危機認定の解除を厳格に行うべきであるとした回答が21.1%などとなっていた。
危機認定に際しては緊急性を要することから、一般の金融機関の貸付け態度や危機事象の影響を受ける事業者の資金繰りの状況等について十分に調査を行うことが困難な場合もあると考えられるが、可能な限り調査を行った上で的確に判断する必要があり、また、危機認定の継続に際しては、継続の必要性等について十分な調査を行った上で的確に判断する必要があると認められる。
危機対応円滑化業務の主務省は、日本公庫の危機対応円滑化業務勘定に、29年度末までに、補償料の引下げ、利子補給金、危機対応円滑化業務に要する経費等の原資として、出資計9693億余円、補給金計28億余円、補助金計15億余円の財政措置を講ずるとともに、ツーステップ・ローンによる貸付けに要する資金の原資として、財政融資により計8兆3615億余円を日本公庫に対して貸し付けている。
商工中金法又は日本公庫法に基づく、商工中金の主務省(財務省、経済産業省及び金融庁)及び危機対応円滑化業務の主務省による商工中金に対する立入検査は、20年10月の商工中金の株式会社化以降、計5回実施されてきた。
日本公庫は、商工中金に対する検査や監督の権限を有しておらず、商工中金との間で締結した危機対応業務に係る協定書に基づき、補償金の支払について、商工中金から支払請求を受けた際に、審査を行っている。
商工中金の行った危機対応貸付けの貸付実績及び貸付残高の推移をみると、世界的な金融危機や景気後退の影響を受けて21、22両年度に年間2兆円を超える危機対応貸付けが行われ、貸付残高も24年度末には4兆円を超える規模となっている。そして、26年度以降、危機対応貸付けの貸付件数及び貸付金額は年々減少してきているが、29年度末でもなお1兆8000億円を超える規模の貸付残高となっている。
また、危機事案の分類別の構成比をみると、危機対応貸付け全体に占める、経済関連の割合が、件数で82.32%、金額で81.98%と大半を占めていた。
本院は、商工中金による鹿児島事案の公表後、前記の各調査等と並行して、商工中金本店及び12支店(注6)で行われた危機対応貸付けから、第三者委員会により不正が行われていたと判定されたものなどを除外した上で、利子補給が適用されているものなどを中心に計876件(貸付金額計691億2144万円、利子補給見込総額計8億9423万余円)の危機対応貸付けを抽出して不正事案に係る会計実地検査を行った。また、商工中金の調査報告書が公表される直前に、札幌、高松両支店において、商工中金が不正の疑義がないとしていた危機対応貸付けから計141件(貸付金額計101億8700万円、利子補給見込総額計1億2909万余円)を抽出して会計実地検査を行った。
上記の本店及び12支店において検査したところ、新宿、池袋、福岡、鹿児島各支店の計21件において不正が行われていた可能性がある事態が見受けられたことから、本院は、商工中金に対して詳細な調査を求めるとともに、商工中金を通じて事業者から根拠資料の再提出を求めてその内容を確認するなどした。商工中金はこれらを踏まえて継続調査等を行い、その結果、新宿、池袋、鹿児島各支店における計13件について、商工中金の調査報告書において不正があると判定された(試算表等に係る不正2件、貸付金額計1億5000万円、共に要件非該当貸付けである2件に係る日本公庫からの支給済利子補給金額計161万余円、雇用維持利子補給に係る不正11件、11件のうち要件非該当貸付け10件に係る日本公庫からの支給済雇用維持利子補給金額計202万余円)。なお、このほかの計8件については、判定不能であるため不正の疑義が払拭できなかったとされた。
上記13件のうち、鹿児島支店における雇用維持利子補給に係る5件については、短期間に従業員数が大幅に変動しているなどの不自然な点が見受けられたもので、商工中金は、第三者委員会による調査に先行して行った社内調査において、従業員数の連続性に着眼した調査を行っていなかったものであった。商工中金は、同支店以外の一部の支店でも同様の状況が見受けられたことから、この着眼点から改めて2,681件について調査を行い、その調査結果について自らの調査報告書に反映させた。
また、札幌、高松両支店において検査したところ、両支店において1件ずつ不正が行われていた可能性がある事態が見受けられたことから、本院は、前記の21件と同様に、商工中金に対して詳細な調査を求めるとともに、商工中金を通じて事業者から根拠資料の提出を求めてその内容を確認するなどした。そして、商工中金は、これらの2件に関連した追加調査を実施しており、その結果、不正が行われていた危機対応貸付けの件数が、商工中金の調査報告書で公表された4,609件(不正数4,802件)から、これらの2件(共に要件非該当貸付け。試算表等に係る不正1件、貸付金額1500万円、日本公庫からの利子補給金の支給なし、雇用維持利子補給に係る不正1件、日本公庫からの支給済雇用維持利子補給金額17万余円)を含めて22件(不正数23件)増加して4,631件(同4,825件)となったなどとする旨を30年3月26日に公表した(「危機対応業務に係る貸付けの要件を確認するために事業者から受領した試算表等を改ざんするなどして、要件を満たしていない事業者に対して貸付け及び利子補給金の支給を行っていたもの」参照)。
そして、商工中金は、前記の新宿、池袋、鹿児島各支店及び上記の札幌、高松両支店における、試算表等に係る不正3件及び雇用維持利子補給に係る不正11件、計14件の要件非該当貸付け(試算表等に係る不正3件における貸付金額計1億6500万円、3件のうち日本公庫から利子補給金の支給を受けていた2件における支給済利子補給金額計161万余円、雇用維持利子補給に係る不正11件における日本公庫からの支給済雇用維持利子補給金額計220万余円、合計1億6882万余円)のうち、利子補給金又は雇用維持利子補給金の支給を受けていた計13件に係る支給済額計382万余円について、30年3月までに日本公庫に返還した。
商工中金は、各営業店における評価項目の点数を集計することなどにより営業店の業績を相対的にランク付けして、営業店業績評価における総合評価結果を決定している。商工中金の調査報告書において不正があると判定された貸付けの比率が全体の平均の2倍以上となっている12営業店(以下「不正上位グループ」という。)と、その他の営業店(以下「その他グループ」という。)との営業店業績評価の総合評価結果を比較すると、不正事案が多く発生していた25、26両年度において、不正上位グループの総合評価結果がその他グループのそれを上回る状況となっているなどしていた。さらに、貸付件数に対する不正が行われた貸付けの比率(以下「不正比率」という。)の高い上位3営業店について、総合評価結果と不正件数等の推移をみると、不正件数が多い期間ほど、おおむね総合評価結果が高い状況となっていた。危機対応業務が営業店業績評価の評価項目に組み込まれたこと、計画額が機械的に割り振られたこと、営業店が実需に沿わない過大な目標として割り振られた計画額を達成し、高い営業店業績評価を得ようとしたことなどが、不正の要因の一つであったと考えられる。
支店長の評価については、営業店業績評価の結果が賞与考課等にそのまま反映されていることから、支店長には、危機対応貸付けの実績額を増加させて自らが管轄する営業店の業績評価を高めることで、自らの賞与考課等の評価を引き上げ、その結果、自身の昇格、昇給、昇進等につなげたいとの動機が形成されていたと考えられる。
商工中金は、取締役会、監査役会、会計監査人に加えて、経営会議、内部監査会議等の機関を設置するなどして、業務運営に当たるとともに、各営業店で実施する危機対応貸付けが、法令、規程等に基づき適切に実行されるようにするために、営業店の管理職によるりん議決裁、自店監査専担班が実施する自店監査、監査部が実施する内部監査等により、内部けん制を図ることとしていた。
第三者委員会の調査報告書には、池袋事案においては、社外取締役等への報告や商工中金の主務大臣等への届出を行うこととなる不祥事件該当性の確認が適切に行われていないなどしていたことが記載されている。
また、第三者委員会の調査報告書には、25年11月、長野支店の職員が、雇用維持利子補給の要件確認に係る根拠資料を改ざんしていた事実が発覚し、組織金融部の調査により少なくとも3件の改ざんが確認されていたことなどが記載されている。
上記3件の実態等を本院が検査したところ、組織金融部及び長野支店は、25年11月、上記の改ざんを行っていた職員が担当した危機対応貸付けのうち、雇用維持利子補給が適用された43件(貸付金額計16億2800万円、利子補給金支給見込総額計1985万余円)について調査を行っていた。
そこで、当該43件について検査したところ、約4年後に公表された商工中金の調査報告書において、これらのうち11件は、雇用維持利子補給に係る不正が行われていたと判定されていた。これら11件における25年11月の調査の状況等について確認したところ、少なくとも8件の貸付けに係る資料に、不正が行われていた可能性が高いことが記載されており、組織金融部及び長野支店は、同支店職員が少なくとも8件は不正を行った可能性が高いことを認識していたと認められた。しかし、組織金融部及び同支店は、25年11月に調査を行った際は、改ざんなどを行ってはならないという認識が著しく欠けていたことから、調査の内容は雇用維持利子補給の要件に該当しているかどうかの確認に終始していて、不正が行われていたかどうかについての判断は行わず、改ざんなどが行われていたものの、雇用維持利子補給の要件に該当していると判断したものについては、事業者から新たに資料を入手するなどして不備を補完したとしていた。そして、組織金融部は、取締役会、監査部等に報告を行っておらず、他の営業店で同様の事態がないかの調査も行っていなかった。このため、商工中金は、不祥事件としてこれらの事態を商工中金の主務大臣等に届出を行う必要があったと思料されるのに、この届出を行っていなかった。
また、28年7月に実施した監査部の池袋支店に対する営業店業務監査や組織金融部の広がり調査により、東京、池袋両支店において、貸付日からおおむね6か月後に常時使用する従業員数の確認(以下「6か月後確認」という。)に関する疑義事案が発覚したが、広がり調査の結果が取締役会やコンプライアンス会議において報告されていなかった。
貸付け実施後に行われる自店監査による指摘等に対しても不備を補完するとして、りん議決裁時点の資料等の差替えや廃棄といった不適切な行為が行われていた。
商工中金は、28年11月の鹿児島事案の判明、危機対応円滑化業務の主務大臣及び商工中金の主務大臣等による業務改善命令等を受けて、自店監査や内部監査における監査項目等に資料の真正性の確認や不正発生防止の観点を加えるなど、危機対応業務等に係る統制の改善を行っている。
商工中金は危機対応貸付けにおける損害担保契約の適用割合が貸付件数及び貸付金額のいずれも累計で9割を超えている一方、政投銀は累計で4%に満たない状況となっており、利子補給についても、商工中金は貸付件数に占める割合が29年度末時点までの累計で50.10%となっているのに対して、政投銀は累計で19.31%にとどまっている。また、商工中金は危機対応貸付けの実績を営業店及び各営業担当者の業務目標として定めていたが、政投銀は人事考課等に組み込んでいなかった。
雇用維持利子補給が適用された危機対応貸付けについて商工中金本店及び10支店から調書の提出を受けて、調書の作成対象とした1,954件のうち、商工中金の調査報告書で不正が行われていなかったなどとされた1,603件についてみたところ、そのうち394件(24.5%)において、6か月後確認以降に従業員数が減少していた。
また、商工中金本店及び15支店から危機対応貸付けを受けた事業者で、複数の貸付けにおいて経営支援型利子補給の適用を受けている事業者3,800者において、貸付け後に新たに同利子補給を適用した危機対応貸付けを行っていたものが7,923件あり、そのうち新たな貸付けが1年以内に行われていたものが5,610件(70.8%)となっているなど、短期間に繰り返し同利子補給を適用しているものが多数見受けられた。
札幌、高松両支店が行った危機対応貸付けのうち、商工中金の調査報告書等で不正が行われていなかったとされた貸付けから利子補給が適用された貸付け計139件を抽出して「貸出稟議・申請書」等を検査したところ、「他行低レートで積極セールス中。」などと記載されていて、一般の金融機関から通常の条件による貸付けの提案を受けていることを事業者から聞き取っていたにもかかわらず、当該事業者に対して危機対応貸付けを行っていたものが52件見受けられた。
これらのことなどから、商工中金において利子補給の運用に当たり制度趣旨に十分に留意することはもとより、危機対応円滑化業務の主務省において、指定金融機関が制度趣旨に十分に留意した運用を行うよう、制度を適切に運営する必要があると認められる。
商工中金において、危機対応業務の要件確認における不正事案が判明し、要件非該当貸付けが相当数あったことなどが明らかになったのち、商工中金は、29年6月に29年度の危機対応準備金の額の見通し及びその根拠を経済産業大臣及び財務大臣に報告していたが、その内容は、いずれも前年度までの報告と同様であり、見通しについては前年同期と比べて変わらないとしており、その根拠については「欠損のてん補を行うこと及び国庫納付を行うことをいずれも予定していないため」としていて具体的なものとはなっておらず、29年度の事業計画策定時に、自己資本の質的向上等について設定するなどしていたが、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて具体的な検討を行っていなかった。
危機対応準備金について、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至ったと認める場合には、その額の全部又は一部に相当する金額を国庫に納付することとなっていることから、商工中金は、危機対応貸付けの実施状況等を踏まえて、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて具体的な検討を行う必要があると認められた(「危機対応準備金について、事業年度ごとに、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているか具体的な検討を行うとともに、国庫納付が可能であると判断した場合は、適切に国庫に納付するよう改善させたもの」参照)。
危機対応円滑化業務の主務省において危機事案の認定、継続及び解除が適切に行われなかったり、指定金融機関が危機対応業務の要件を満たしていない事業者に対して危機対応貸付けを行ったりした場合は、危機によって事業者が受けた被害に対処するために行う危機対応業務の制度の趣旨を逸脱することになる。また、日本公庫が危機対応円滑化業務において指定金融機関である商工中金へ損害担保契約に基づく補償金の支払、利子補給金の支給等を行うために、国が日本公庫に多額の出資等の財政措置等を行っており、危機対応業務においては、指定金融機関による多数の危機対応貸付けが行われていることから、上記の場合は国の財政負担を増加させるおそれがある。
そこで、本院が、危機対応円滑化業務の主務省は危機事案の認定、継続及び解除並びに危機対応業務の制度運営を適切に行っているか、商工中金による危機対応業務における不正等の要因は何か、商工中金は危機対応貸付けの審査を適切に行ってきたかなどに着眼して検査したところ、次のような状況となっていた。
危機対応円滑化業務の主務省は、経済関連については、政府・与党会議、経済対策閣僚会議合同会議の決定事項を踏まえたり、危機事象により見込まれる具体的な影響を検討したりなどして危機認定を行っていた。しかし、危機認定の要件である「一般の金融機関が通常の条件では事業者が受けた被害に対処するために必要な資金の貸付け等を行うことが困難」であることについては、一般の金融機関から聞き取りを行うなどして実際に貸付け等を行うことが困難な状況であることを一部の危機事案では調査していたものの、それ以外の危機事案では、危機事象による中小企業への資金繰りへの影響を確認するにとどまっていた。また、危機認定の継続に際しても、一般の金融機関の貸付けの状況等について一般の金融機関からの聞き取りによる調査は行っていなかった。
危機対応円滑化業務の主務省は、日本公庫の危機対応円滑化業務勘定に対して、29年度末までに出資により計9693億余円、補給金により計28億余円、補助金により計15億余円の財政措置を講ずるなどしている。
主務省による商工中金に対する立入検査は、20年10月の商工中金の株式会社化以降、計5回実施されてきた。
商工中金の行った危機対応貸付けの貸付残高は、24年度末には4兆円を超える規模となっていて、その後減少してきているが、29年度末でもなお1兆8000億円を超える規模の貸付残高となっている。
鹿児島事案の公表後、商工中金本店及び12支店において、第三者委員会により不正が行われていたと判定されたものなどを除いた危機対応貸付けを検査したところ、新宿、池袋、福岡、鹿児島各支店の計21件において不正が行われていた可能性がある事態が見受けられた。そして、商工中金による継続調査等の結果、29年10月に公表された商工中金の調査報告書において、13件については不正があると判定され、残りの8件についても判定不能であるため不正の疑義が払拭できなかったとされた。
13件のうち鹿児島支店における雇用維持利子補給に係る5件については、商工中金が第三者委員会の調査に先行して行った社内調査において、従業員数の動きに不自然な点はないかといった従業員数の連続性に着眼した調査を行っていなかったものであった。商工中金は、他の一部の支店でも同様の状況が見受けられたことから、この着眼点から改めて2,681件について調査を行い、その調査結果について上記の調査報告書に反映させていた。
商工中金の調査報告書が公表される直前に札幌、高松両支店において、商工中金が不正の疑義がないとしていた危機対応貸付けを検査したところ、計2件の不正が行われていた可能性がある事態が見受けられた。そして、商工中金は、これら2件に関連した追加調査を実施した結果、不正が行われていた危機対応貸付けの件数が、当該調査報告書で公表した4,609件(不正数4,802件)から22件(同23件)増加して4,631件(同4,825件)となったなどとする旨を30年3月に公表した。
不正上位グループとその他グループとの営業店業績評価の総合評価結果を比較すると、不正事案が多く発生していた25、26両年度において、不正上位グループの総合評価結果がその他グループのそれを上回る状況となっていた。
不正比率の高い上位3営業店について、総合評価結果と不正件数等の推移をみると、不正件数が多い期間ほど、おおむね総合評価結果が高い状況となっていた。
25年11月、長野支店において、少なくとも8件は不正が行われていた可能性が高いことを組織金融部及び長野支店は認識していたが、改ざんなどを行ってはならないという認識が著しく欠けていたことから、調査の内容は雇用維持利子補給の要件に該当しているかどうかの確認に終始していて、不正が行われていたかどうかについての判断は行わず、改ざんなどが行われていたものの、雇用維持利子補給の要件に該当していると判断したものについては、事業者から新たに資料を入手するなどして不備を補完したとしていた。そして、組織金融部は、取締役会、監査部等に報告を行っておらず、他の営業店で同様の事態がないかの調査も行っていなかった。
貸付け実施後に行われる自店監査による指摘等に対しても不備を補完するとして、りん議決裁時点の資料等の差替えや廃棄といった不適切な行為が行われていた。
商工中金は危機対応貸付けにおける損害担保契約の適用割合が貸付件数及び貸付金額のいずれも累計で9割を超えている一方、政投銀は累計で4%に満たない状況となっているなどしていた。また、商工中金は危機対応貸付けの実績を営業店及び各営業担当者の業務目標として定めていたが、政投銀は人事考課等に組み込んでいなかった。
商工中金本店及び10支店が行った雇用維持利子補給が適用された危機対応貸付けについて、商工中金の調査報告書で不正が行われていた又は不正の疑義が払拭できなかったとされたものを除いた1,603件のうち、394件(24.5%)において、6か月後確認以降に従業員数が減少していた。
商工中金本店及び15支店が行った危機対応貸付けについて、複数の貸付けにおいて経営支援型利子補給の適用を受けている事業者3,800者における同利子補給の適用間隔を確認したところ、貸付け後に新たに同利子補給を適用した危機対応貸付けを行っていた7,923件のうち、5,610件(70.8%)で当該貸付けが1年以内に行われているなど、短期間に繰り返し同利子補給を適用しているものが多数見受けられた。
札幌、高松両支店が行った危機対応貸付けについて、商工中金の調査報告書等において不正が行われていなかったとされた貸付けで利子補給が適用された貸付け139件のうち、一般の金融機関から通常の条件による貸付けの提案を受けていることを事業者から聞き取っていたにもかかわらず、当該事業者に対して危機対応貸付けを行っていたものが52件見受けられた。
商工中金において、危機対応業務の要件確認における不正事案が判明し、要件非該当貸付けが相当数あったことなどが明らかになったのち、商工中金は、29年6月に29年度の危機対応準備金の額の見通し及びその根拠を経済産業大臣及び財務大臣に報告していたが、その内容はいずれも前年度までの報告と同様であり、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて具体的な検討を行っていなかった。
危機対応業務は、政策金融改革の一環として創設され、業務が開始されてから約10年が経過している。この間、商工中金は、指定金融機関として危機対応貸付けを行ってきており、いわゆるリーマン・ショックや東日本大震災といった大規模な危機に対応してきている。しかし、今般、商工中金が危機対応貸付けにおいて多数の不正を行っていたことなどが判明し、商工中金において、危機対応業務を一般の金融機関との競争上優位性のある「武器」として認識し、収益等の維持・拡充に利用するなどして過度に推進したことや、社外役員によるけん制機能を含め、取締役会の機能が十分に発揮されていないなどガバナンス態勢が欠如していたことなどが明らかになったことから、商工中金は、ガバナンスの強化を図るとともに新たなビジネスモデルを構築するとしている。
ついては、商工中金による危機対応業務等が適切に行われるよう、商工中金及び危機対応円滑化業務の主務省において、次のような点に留意する必要がある。
ア 商工中金において、
イ 危機対応円滑化業務の主務省において、
本院としては、今後とも商工中金における危機対応業務の実施状況等について引き続き検査していくこととする。