会計検査院は、平成23年12月7日、参議院から、国会法第105条の規定に基づき下記事項について会計検査を行いその結果を報告することを求める要請を受けた。これに対し同月8日検査官会議において、会計検査院法第30条の3の規定により検査を実施してその結果を報告することを決定した。
一、会計検査及びその結果の報告を求める事項 | |||||
(一) | 検査の対象 | ||||
国土交通省、農林水産省 | |||||
(二) | 検査の内容 | ||||
公共土木施設等における地震・津波対策の実施状況等に関する次の各事項 | |||||
〔1〕 | 地震・津波に対する耐震基準等の改定状況 | ||||
〔2〕 | 地震・津波対策に係る整備、補強等の進捗状況 | ||||
〔3〕 | 東日本大震災に伴う被災等の状況 |
国の災害対策は、災害対策基本法(昭和36年法律第223号。以下「災対法」という。)に基づき内閣総理大臣を会長にして内閣府に設置された中央防災会議が作成する防災基本計画(昭和38年6月策定)を基礎として行われている。そして、同計画に基づき、国の指定行政機関及び指定公共機関は防災業務計画を作成し、都道府県は都道府県地域防災計画を作成し、市町村は市町村地域防災計画を作成している(図表1
参照)。
災対法によれば、国の指定行政機関は、その責務として、都道府県及び市町村の地域防災計画の作成及び実施が円滑に行われるように、その所掌事務について、当該都道府県又は市町村に対して、勧告し、指導し、助言し、その他適切な措置をとらなければならないとされている。
防災基本計画は、対応する災害ごとに構成されており、従来、自然災害に関しては、震災対策編、風水害対策編、火山災害対策編及び雪害対策編の4編で構成されていて、それぞれ、災害に対する予防、応急、復旧、復興の各段階における対策が記述されていた。中央防災会議は、23年12月に、東日本大震災を教訓として防災基本計画の見直しを行い、津波対策について、震災対策編の特記事項という位置付けから津波災害対策編を新たに設けて、他の編と同様に予防から復興までの各段階における対策を体系的に記述し、津波対策の充実を図っている。
津波災害対策編によれば、津波対策の基本的な考え方は、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの津波を想定してその対策を推進することとされており、〔1〕 発生頻度は極めて低いものの発生すれば甚大な被害をもたらす最大クラスの津波と、〔2〕 最大クラスの津波に比べて発生頻度が高く、津波高は低いものの大きな被害をもたらす津波の二つのレベルの津波を想定することとされている。また、国、地方公共団体等は、堤防、港湾施設、漁港施設等について、耐震点検や耐震対策工事により耐震性の確保を図り、津波発生時に水門、陸閘(注1)
の閉鎖を迅速かつ確実に行うために、自動化又は遠隔操作化を図ることとされている。さらに、地方公共団体等は、避難場所、避難路等を示す津波ハザードマップの整備を行い、これらを住民に周知することとされている。
国土交通省(13年1月5日以前は総理府北海道開発庁、運輸省及び建設省。以下同じ。)は、防災基本計画に基づき国土交通省防災業務計画を作成し、堤防、道路施設等の地震・津波対策について、〔1〕 地方公共団体等と連携しつつ計画的かつ総合的に推進し、〔2〕 地震に対する安全性を確保するため、既存の施設を計画的に点検し、その結果に基づき、緊急性の高い箇所から計画的・重点的に耐震化を図るなどとしている。そして、同省は、23年8月に、東日本大震災への対応を通じて明らかになった課題、改善点等を踏まえて、堤防等について、施設の効果が粘り強く発揮できるような構造物の整備等、津波対策の基本的な考え方を記載するなど津波対策に係る記述を強化している。
また、同省は、同防災業務計画において、〔1〕 堤防等の耐震対策及び津波・高潮対策の推進等について定めるなどとした「災害に強い地域づくりに関する事項」、〔2〕 緊急輸送道路ネットワーク計画に基づく計画的な整備の推進等について定めるなどとした「緊急輸送の確保に関する事項」等を地方公共団体が地域防災計画に記述すべき内容として定めている。
農林水産省は、防災基本計画に基づき農林水産省防災業務計画を作成し、農林水産関係施設の地震・津波対策について、〔1〕 農林水産関係施設の耐震性の強化、液状化の対策の充実等によりその安全性の確保に努め、〔2〕 ため池の決壊等による浸水想定区域、避難場所等を図示したハザードマップの作成及び一般住民等への配布等を推進するとともに、市町村に対して、地域防災計画にこれらの取組を位置付けるよう働きかけ、〔3〕 山地災害の発生を防止するため、山地災害の危険地区等における治山施設等の整備の促進を図るとともに、同危険地区の住民への周知を図るなどとしている。
地域防災計画は、当該地域に係る災害対策の基本となるものであり、災害の規模、緊急性等により国及び地方公共団体が緊密に連携して災害に対応できるように、都道府県地域防災計画においては防災業務計画に、市町村地域防災計画においては防災業務計画又は都道府県地域防災計画にいずれも抵触しないものとされており、防災基本計画と同様に、災害に対する予防、応急、復旧、復興対策のそれぞれの段階における体制整備の諸施策について記述されている。
そして、地域防災計画は、地域の災害予防や応急対策を直接実施する地方公共団体が作成することから、緊急輸送道路ネットワーク計画に基づく緊急輸送道路や堤防、港湾施設等の地震・津波対策に係る施設整備に関する事項を具体的に定めている。また、地域防災計画は、施設整備だけではなく、災害発生時の避難対策に関する事項について具体的に定めており、都道府県地域防災計画は、避難対策として、地震、津波等の災害発生時に住民が避難することができる避難場所及び避難場所に安全に移動できる経路である避難路について、選定し、整備し、周知することとしている。これにより、最も住民に近い基礎的地方公共団体であり、地域防災において一次的な災害対策実施主体となる市町村の多くは、市町村地域防災計画において、災害発生時の一次的な避難場所である一時避難地や広域避難地及び災害による帰宅困難な住民等を受け入れる避難所並びに避難路について選定し、公表している。
災害対策の基本は、災対法に基づく防災基本計画において必要な諸施策が定められているが、大規模地震の切迫性等から、東海地域、東南海・南海地域及び日本海溝・千島海溝周辺地域を対象とした地震防災に関する特別措置法がそれぞれ制定され、これらの法律等に基づき地域を定めて重点的な施設整備等の地震防災対策が実施されている。また、阪神・淡路大震災を契機として定められた地震防災対策特別措置法(平成7年法律第111号)により、都道府県知事は、堤防、緊急輸送道路、港湾施設、漁港施設、避難場所、避難路等について、地震防災上緊急に整備すべき施設等を計画的に整備することとされており、これにより8年度から4次にわたり5か年計画を作成している。
ア 地震防災対策強化地域の指定等
東海地震を想定した大規模地震対策特別措置法(昭和53年法律第73号)によれば、地震防災に関する対策を強化する必要がある地域を地震防災対策強化地域(以下「東海防災強化地域」という。)として指定し、中央防災会議は東海防災強化地域に係る地震防災基本計画を作成することとされている。そして、国土交通省及び農林水産省は、防災業務計画において、地震防災応急対策に係る措置に関する事項等を定めている。東海防災強化地域については、昭和54年8月に当初の市町村が指定され、平成24年4月1日現在、8都県(注2) の157市町村が指定されている(図表2 参照)。
イ 東南海・南海地震防災対策推進地域の指定等
静岡県から高知県に及ぶ地域を震源とする大規模地震を想定した東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成14年法律第92号)によれば、東南海・南海地震が発生した場合に著しい地震災害が生ずるおそれがあるため地震防災対策を推進する必要がある地域を東南海・南海地震防災対策推進地域(以下「東南海防災推進地域という。)として指定し、中央防災会議は東南海・南海地震防災対策推進基本計画を作成することとされている。そして、国土交通省及び農林水産省は、防災業務計画において、避難場所、避難路等地震防災上緊急に整備すべき施設等の整備に関する事項、東南海・南海地震に係る地震防災上重要な対策に関する事項等を定めている。東南海防災推進地域については、15年12月に当初の市町村が指定され、24年4月1日現在、21都府県(注3) の414市町村が指定されている(図表3 参照)。
ウ 日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進地域の指定等
北海道から福島県に及ぶ地域を震源とする大規模地震を想定した日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成16年法律第27号)によれば、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震が発生した場合に著しい地震災害が生ずるおそれがあるため地震防災対策を推進する必要がある地域を日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進地域(以下「日本海溝防災推進地域」という。)として指定し、中央防災会議は日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進基本計画を作成することとされている。そして、国土交通省及び農林水産省は、防災業務計画において、避難場所、避難路等地震防災上緊急に整備すべき施設等の整備に関する事項、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災上重要な対策に関する事項等を定めている。日本海溝防災推進地域については、18年2月に当初の市町村が指定され、24年4月1日現在、5道県(注4) の117市町村が指定されている(図表4 参照)。
国は、社会資本整備について、道路整備緊急措置法に基づく道路整備五箇年計画等の事業分野別の緊急措置法に基づく計画により実施してきたが、15年に制定された社会資本整備重点計画法(平成15年法律第20号)に基づき、15年度以降、事業分野別の計画を統合した社会資本整備重点計画(以下「重点計画」という。)により、活力ある地域・経済社会の形成、安全・安心の確保等5年間の計画期間中の重点目標を設定して事業を推進している。推進に当たっては、地方ブロックごとに地方公共団体との定期的会議の開催等により、地方公共団体と円滑な意思疎通を図り共通認識を醸成することとしており、これにより、国が行う事業と地方公共団体が行う事業が相まって、それぞれの地域において必要な社会資本の形成が図られることとなっている。
そして、広く国民生活、産業活動の基盤を形成する社会資本である堤防、道路施設、港湾施設等の公共土木施設は、その重要性から国が事業推進のための費用を負担し、国が行う直轄事業と地方公共団体が行う国庫補助事業等により整備されている。なお、国庫補助事業については、22年度からその一部が社会資本整備総合交付金等による交付金事業(以下、国庫補助事業と合わせて「補助事業」という。)となっている。
公共土木施設については、災害の速やかな復旧を図ることを目的として、国は、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法(昭和26年法律第97号。以下「負担法」という。)により、地方公共団体の財政力に適応するよう負担することとしており、その対象となる公共土木施設は、河川、海岸、砂防設備、地すべり防止施設、急傾斜地崩壊防止施設、道路、港湾、下水道、公園、林地荒廃防止施設(注5)
及び漁港としている。
また、特定の者に係る公共的施設ではあるが国土保全上必要なことから、国は、農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律(昭和25年法律第169号)等により、災害復旧事業に要する費用を補助し、災害の復旧を図ることとしており、その対象となる施設は、かんがい排水施設(注6)
、集落排水施設(注7)
等としている(以下、直轄事業又は補助事業により整備されている上記の施設を合わせて「公共土木施設等」という。)。
(注5) | 林地荒廃防止施設 山林砂防施設(立木を除く。)又は海岸砂防施設(防潮堤を含み、立木を除く。)の治山施設をいう。
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(注6) | かんがい排水施設 ため池、ポンプ場、パイプライン、開水路等の農業用施設をいう。
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(注7) | 集落排水施設 農村等の集落における生活雑排水等の汚水を処理するための管路、ポンプ、処理水槽、建屋等の施設をいう。
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23年3月11日に発生した宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmの海底を震源とする東北地方太平洋沖地震は、日本における観測史上最大の規模であるマグニチュード9.0を記録し、その最大震度は7、震源域は岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200kmの広範囲に及び、宮城、福島、茨城及び栃木の4県では震度6強が観測された。この地震により、場所によっては波高10m以上にも上る大津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に多大な被害がもたらされた。また、津波以外にも、地震の揺れや液状化、地盤沈下、ため池の決壊等によって、東北地方と関東地方の広大な範囲で被害が発生し、各種ライフラインも寸断された。
内閣府は、23年6月に東日本大震災の被害額(注8)
を公表したが、これによると、国有、民間施設等を含む被害額は、〔1〕 建築物等(住宅・宅地、店舗・事務所、工場、機械等)で約10.4兆円、〔2〕 ライフライン施設(水道、ガス、電気、通信・放送施設等)で約1.3兆円、〔3〕 社会基盤施設(河川、道路、港湾、下水道等)で約2.2兆円、〔4〕 農林水産関係(農地・農業用施設、林野、水産関係施設等)で約1.9兆円、〔5〕 その他(文教施設、保健医療・福祉関係施設、廃棄物処理施設、その他の公共施設等)で約1.1兆円、計約16.9兆円と試算されている。
会計検査院は、公共土木施設等における地震又は津波対策の実施状況について、従来、関心を持って検査に取り組んでおり、図表5 のとおり、その結果を決算検査報告に掲記している。
決算検査報告 | 件名(概要) |
平成6年度 決算検査報告 |
特定検査対象に関する検査状況 |
阪神・淡路大震災において、道路、鉄道、港湾等の公共土木施設に大きな被害が生じたことなどから、公共土木施設に着目して検査を実施したところ、被災した阪神高速道路、国道、山陽新幹線の高架橋等、神戸港の岸壁等の設計及び施工については、特に問題となる点は見受けられなかった。 | |
平成14年度 決算検査報告 |
特に掲記を要すると認めた事項 |
大規模地震等の災害時に緊急物資等の輸送を確保するための耐震強化岸壁等の大規模地震対策施設の整備及び管理の状況について検査したところ、整備については、耐震強化岸壁の整備が基本計画に対して十分に進捗していなかったり、臨港道路の橋りょう等の耐震化がなされていなかったりしていて、震災時において、緊急物資の輸送等に対応できなかったり、施設の機能を十分に発揮できなかったりするおそれがあると思料された。また、管理については、震災時における手順についての具体的な取り決めがされておらず、港湾担当部局における認識や防災担当部局との連携及び調整が十分でないため、震災時に迅速に対応できなかったり、円滑な活動に支障を生じたりして、施設の機能が十分に発揮されないおそれがあると思料された。 | |
平成15年度 決算検査報告 |
特に掲記を要すると認めた事項 |
緊急輸送道路における橋りょうの耐震対策工事の実施状況、推進体制等について検査したところ、耐震対策工事が完了していない橋りょうが見受けられ、また、関係機関との調整、連携等の枠組みが十分でないなど、地震発生時において、地震の規模等によっては、応急復旧活動の円滑な実施を図るための緊急輸送道路としての機能が十分に発揮できなくなるおそれがある状況が見受けられた。 | |
平成16年度 決算検査報告 |
特定検査対象に関する検査状況 |
津波・高潮対策の実施状況について検査したところ、堤防等において、耐震性が確保されていないものや耐震性の調査が行われていないものが見受けられた。そして、ハザードマップについて、市町村により作成及び公表がされていないものが多数見受けられた。また、海岸保全施設の開口部に整備した陸閘等を閉鎖する体制等は、必ずしも適切なものとはなっていなかった。 | |
平成22年度 決算検査報告 |
意見を表示し又は処置を要求した事項 |
会計検査院は、公共土木施設等における地震・津波対策の実施状況等に関する次のアからウまでの各事項について、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、次の着眼点により検査を実施した。
(ア) 地震・津波対策に関する公共土木施設等の耐震基準等は、どのように改定されてきたか。
(イ) 東日本大震災を契機として、地震・津波対策に関する耐震基準等は、適切に見直されているか。
(ア) 公共土木施設等は、地震又は津波に対して有効に機能するよう整備されているか。
(イ) 公共土木施設等の整備事業と災害関連法に基づく防災計画等の内容は、相互に連携する適切なものとなっているか、また、適時適切に見直しが行われているか。
(ウ) 公共土木施設等の耐震点検等は、適切に実施され、その結果が反映されているか。
(ア) 公共土木施設等の被災内容等は、適切に把握されているか。
(イ) 地震・津波対策として整備した公共土木施設等の効果は、十分なものとなっていたか。
会計検査院は、本年次、国土交通省及び農林水産省が直轄事業又は補助事業で整備した河川、海岸、砂防、道路、港湾、下水道、公園、治山、漁港、農業農村及び集落排水に係る公共土木施設等について、直轄事業は、5地方整備局等(注9)
、3農政局(注10)
及び3森林管理局(注11)
において、補助事業は、近年、切迫性が指摘されている東海地震又は東南海・南海地震による被害が大きいと想定されている23都府県(注12)
のうちの13都府県を含む15都道府県(注13)
においてそれぞれ検査を実施するとともに、国土交通本省、農林水産本省、林野庁、水産庁及び内閣府本府においても検査を実施した。
検査の実施に当たっては、公共土木施設等の整備事業の内容、地震・津波対策の実施状況、東日本大震災に伴う被災状況等について、資料を基に説明を受けたり、調書を徴したりなどするとともに、現地の状況等を確認するなどして、527人日を要して、会計実地検査を行った。
なお、被災地域の実情を踏まえ、本年次は、東北地方整備局については、被災状況等について説明を受けるにとどめ、集計の対象から除外しており、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉県等については、会計実地検査を行っていない。
(注9) | 5地方整備局等 東北、関東、近畿、四国各地方整備局、北海道開発局
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(注10) | 3農政局 東北、東海、近畿各農政局
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(注11) | 3森林管理局 北海道、東北、近畿中国各森林管理局
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(注12) | 23都府県 東京都、京都、大阪両府、神奈川、山梨、長野、岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀、兵庫、奈良、和歌山、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知、大分、宮崎各県
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(注13) | 15都道府県 東京都、北海道(空知総合、石狩、胆振総合、日高、十勝総合、釧路総合各振興局管内)、大阪府、青森、神奈川、静岡、愛知、兵庫、岡山、広島、徳島、愛媛、高知、大分、宮崎各県
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